ツーリング日和29(第14話)大社の夜

 二日目の宿もあれこれ考えたんだ。温泉がもちろん候補だったけど、出雲大社から中途半端に遠かったのはある。やっぱり湯村温泉から出雲大社は遠いかな。とにかく初めてモンキーで走る道だから、目安はナビで出来ても最後は実際に走ってみないとわからないものね。

 そしたらね、いきなり小学校の修学旅行の話になったのよ。千草とコータローでは小学校は違うけど、行ったのはお伊勢さん。一時よりは減ったかもしれないけど、関西の修学旅行の定番みたいなとこかな。

「関東の高校生やったら京都が定番みたいなものやろ」

 あれも今はどうなんだろ。ネット漫画とかは今もそういう設定が多いけど、あれもシナリオ作家の経験が多いはずよね。そこはともかく修学旅行は楽しかったな。学校で机を並べてる友だちとのお泊り旅行だもの。

「家族旅行と全然ちゃうもんな」

 出雲大社にも立派な門前町があって旅館も多いのだけど、修学旅行生で賑わってた時代もあったそうなんだ。なるほど山陰からお伊勢さんはさすがに遠いから、代わりに出雲大社になってもおかしくないか。今はどうかなんて知らないけどね。

 修学旅行気分をもう一度味わうのは無理としても、調べたら良さげな旅館もあったから、泊まってみようって話になったぐらいかな。

「出雲の料理も食べたいやん」

 それは巨大すぎる理由だ。昼食は米子だったからあそこは出雲じゃないのよね。ここもお食事処システムなんだよね。お品書きがあるけど、これが縁結び椀か。

「結び人参がそういう意味やろか」

 そうのはずよ。どうかコータローと結ばれたこの縁が二度と離れることがありませんように。御凌ぎが出雲そばとは嬉しいな。お造りは日本海がすぐ近くだから新鮮だ。でさぁ、この紙に包んだ魚は?

「スズキの奉書焼やと思うけど初めてや」

 千草もだ。これがグルメ伝説にあった幻のスズキの奉書焼か。

「幻のグルメ伝説は大げさやけど、あんまり見んもんな」

 スズキ自体をあんまり見ないもの。このウナギって宍道湖産よね。こっちは島根和牛の陶板焼か。いやぁ、これは美味しいよ。留椀の赤だしはシジミだ。たっぷり堪能して部屋に戻ったら歴史オタクの爆発だ。良いよ、付き合ってあげる。

「大国主命が縁結びの神様になった頃やねんけど」

 そんなもの昔も昔、大昔、天照大神が出て来る神代の時代だ。

「そうでもあらへんと思うねん」

 根拠は播磨風土記みたいだけど、千草が卒業した高校名の謎をムックした時に志染の地名の由来の話があったのを覚えてるよ。履中天皇って人が志染に来て弁当を食べてる時に、シジミが弁当の蓋か縁に攀じ登って来て志染になったってふざけた話だ。

「あん時やけど履中天皇が志染に来た理由は、国境線の確定のためやとなってるねん」

 えっと、えっと、国境って大和王権と他の王権とだよね。コータローによると履中天皇の爺さんの応神天皇も播磨を訪れていたのが播磨風土記に出ていて、

「おおよそで言うたら、加古川を境にして東側で活動してるんや」

 履中天皇の志染のエピソードと考えると播磨は大和王権と隣接王権の係争地で、応神天皇の時代から争っていて、それは息子の仁徳天皇、さらには孫の履中天皇も続いていて、

「志染なんかで国境線の確定しようとしとったんなら、履中天皇時代は押されとったぐらいやろ」

 だったらその国境線を決めた相手は誰だになるのだけど、これもコータローにたっぷり講釈された事がある。播磨一之宮って山崎の北隣にあり伊和神社だけど祭神は大国主命だそう。

 さらに千草も小学校の遠足で登ったことがある雌岡山があるのだけ、あの山の上に神出神社があるのよ。あそこの石碑には、素戔嗚尊と櫛名田姫が天下って来て大国主命を産んだとしてたけど、

「古事記には大国主命はあれこれあって根の国の素戔嗚尊のところに行って、素戔嗚尊の娘の須勢理姫と結婚しとるからな」

 神話の血縁関係は後付けで複雑怪奇になっている部分はあるけど、大国主命が素戔嗚尊の息子なら、素戔嗚尊の娘の須勢理姫との結婚はどうだろうってぐらいだ。もっとも神代まで遡らなくても異母であれば兄妹婚がいくらでもあるのが日本の古代なんだよね。

 しょせんは神話だけど、播磨は基本的に出雲系の国で、そこに大和系が進出していたとするのは同意だ。要するに履中天皇が国境線を決めた相手は出雲王権になる。そうなると応神天皇から履中天皇時代になっても出雲王権は健在だったと余裕で解釈できそうだ。

 さらに言えば履中天皇の息子の天皇の系譜は孫の武烈天皇で途絶えてしまい、その後の天皇家は激動の時代に突入する。だってだぞ、武烈天皇の次の継体天皇は応神天皇の五世の孫って遠すぎるだろ。それも徳川御三家みたいな出身でもなさそうだって。

「そもそも天皇家の人間であるかも怪しいとされるぐらいや」

 継体天皇については歴史のタブー扱いされてるところもあるそう。と言うのも、継体天皇の子孫が今の天皇家まで繋がるからだって。

「ごく素直に征服者でエエと思うてるねん」

 継体天皇は越前からやって来たらしいけど、王権の簒奪者みたいなものだから出雲まで遠征して征服する余力なんかなかったするのは同意だ。そうなると継体天皇の子孫になるけど、

「継体天皇の息子が欽明天皇で孫が用明天皇や」

 用明天皇の奥さんが推古天皇で、用明天皇の息子が聖徳太子であり、さらに蘇我馬子の時代になり、遣隋使の時代にも入って来るよ。頭がこんがらがって割れそうだ。

「おもろいやろ」

 コータローが面白がってるだけだろうが。ところでだ。ここは縁結びの総本山の出雲大社のお膝元だよ。千草たちだって縁が結ばれて夫婦になってるじゃない。こんなパワースポットみたいなところにせっかく泊まってるんだよ。

「千草の言う通りや。二人を結んでくれた感謝の印を見せなあかんやろ」

 コータローに誘われて布団に入ったのだけど、このドキドキ感ってホントにどうなってんだろ。夫婦の営みなんて、もう何回やったかわかんないぐらい。それもかなりの頻度で結ばれまくってる。

 それと夫婦の営みははっきり言わなくても大好きだ。それなのに未だに慣れるとか、馴染むの感覚が乏し過ぎる。馴染むだって体の反応はそうなってる。そりゃ、そうならければ喜べないじゃないの。体だけはバリバリに反応してしまう。

 慣れも、馴染みもしないのは心だ。これだって嫌がってるわけじゃない。今夜だって欲しいしか頭に無いぐらい。なのに、なのに、この襲い来るドキドキ感は尋常じゃない。その強さはコータローと初めて肌を合わせた時、いやはっきり言うと初体験に臨むドキドキ感そのもなんだ。

 今夜もまたコータローに初めてを捧げられるドキドキ感と嬉しさに包まれてるもの。一つになれた時なんて、感動のあまり涙が必ず零れるもの。

「千草はホンマに新鮮や」

 そうでいられるのは絶対に良い事のはず。千草がこんな状態でコータローを迎え入れるのを喜んでもらえるなら、死ぬまでこうでありたいよ。コータローを喜ばすことが妻である千草の夜の仕事のすべてみたいなものだもの。

 それでも今夜はいつも以上に格別だ。だって神に捧げる契りだよ。一つになった夫婦の神に奉納する舞が始まる。今夜はどこまで舞い上がるのだろう。