ツーリング日和23(第33話)夕食の夫婦の会話

 浴衣に着替えてまず風呂だ。なんだかんだと言っても、温泉に来たからにはまず風呂だ。旅館と言えば大浴場なんだけど、ちょっと変化球で貸切風呂にしてみた。なんのためにってか。そんなもの美玖と二人で入るためだ。

 だってだぞ一緒に風呂に入れば、脱衣場で服を脱ぐ。それもすべてだぞ、すべて。そしたらどうなるかだ。あの美玖の美し過ぎるヌードを見れるのだ。だがな、これをいやらしいとは言わせない。なぜだってか、そんなもの夫婦だからだ。妻のヌードを見たって犯罪的とは言えないだろうが。

 さらに言えば妻である美玖のヌードを見て欲情したって問題は生じないはずだ。そりゃ、夫婦だって合意なく無理やりドッキングしたら、DVであり不同意性交罪に問われる事はある。だがな、その前段階である欲情をしたって倫理的な問題すら生じないはずだ。たぶんだけど。

 もちろん美玖のヌードは良く知ってるよ。ヌードどころか、ドッキングに至る行為及びドッキングだってもう百回単位でやっている。それだけ美玖の体の隅々まで知っても美玖のヌードはひたすら美しい。

 美しいだけじゃなく心を震わせるぐらい魅力的だ。あれを神の傑作と言わずして、なにを傑作と言うかだ。だから結婚してからこれだけ経っても見たくて仕方がないし、見たら脳天に血が昇りまくる。

 それはともかく、ここの温泉だけど茶色で湯の花がプカプカある感じかな。見るかに温泉効果がありそうなのだけど、

「有馬温泉の金の湯に似ています」

 この温泉だけど、湧き出た時は無色透明なんだそうだ。それが時間が経つと茶色になって行くらしい。鉄分が豊富に含まれていて、これが空気に触れて酸化するからだそう。

「炭酸やラドンも多く含まれているとなっています」

 なんか聞いただけで美玖がさらに美人になりそうな温泉じゃないか。美玖と湯船に一緒に入っているだけど、貸切風呂だから狭いんだよ。狭いから体が触れ合うのだけど、この肌触りがまさに極上なんだ。

 さらに美玖は美人だ。忍者ハットリ君メイクの時の美玖だって結婚を決意するぐらい惚れたけど、素の美人の美玖の美しさは言葉でなんか言い表されないほど美しい。美玖は完璧なスタイルと、極上の肌、それに女神さえ触れ伏す美人なんだよ。

 そんな美玖と一緒に温泉に入りたくない男がいるものか。だがな、それが出来るのは美玖の夫になれた者の特権だ。

「この温泉は長湯をすると湯あたりしやすいとなっていますから、そろそろ上がります」

 その上、優しくて気遣いもコンシェルジェ級だ。浴衣を着る時の動作も気品があって、湯上りの浴衣姿は色っぽいを越えて艶めかしいんだよ。歩く姿なんて祇園の舞妓さんでも裸足で逃げ出すはず。

 声だって素晴らしい。まるで天上の音楽を聴いてるようにうっとりさせられる。その声を仕事場でも聞けるし、一緒に暮らしてるから家でも毎日聴けるのだよ。美玖の声だけでも夫婦になった価値はお釣りがくるぐらいある。


 部屋でまったりしていたら、食事の支度が整ったの連絡があって一階の個室に。入って見ると座敷に椅子とテーブルを置いてある。今夜のメニューは但馬牛のすき焼きだ。突き出しはモズクの上にオクラと鳥貝で、お造りはマグロと紋甲イカ、カンパチ、ウニ。

「枝豆は黒豆です」

 どうなんだろう。

「流通の進歩です」

 そうなってしまうよな。丹波の山奥でもこのレベルのマグロやカンパチは当たり前のように手に入るし、それが不思議とも思わないもの。

「丹波の山奥と言いましても、高速道路が整備されていますから、神戸や大阪の市場に出た物がその日のうちに手に入ります。時間で言えば神戸市内の飲食店と変わらないはずです」

 たしかに。でもさぁ、でもさぁ、

「山の幸はやはり難しいかと」

 そこになるか。丹波で泊まってるのだから、丹波の山の幸を食べたいじゃないか。だけど山の幸って一口で言うけど海の幸に比べてバリエーションが限られるのは同意だ。

「海の幸と言っても獲れる海が違うだけでバリエーションはそれなりに限られます。むしろ供給の問題です」

 それはあるよな。丹波の山の幸と言えば猪が思い浮かぶけど、それ以外になると鹿とかになるだろうけど、

「丹波でアマゴやイワナ、ニジマスの類はあまり聞きません」

 獲れるかもしれないけど、供給となると不安定そうだ。野菜もあれこれあるだろうけど、ブランドとなると黒豆ぐらいしか知名度がない気がする。牛肉だって丹波牛なんて聞いた事がないものな。そういう不満はあっても、

「美味しい・・・」

 美玖が美味しいものを食べた時の表情も魅力的なんだ。だから美玖との食事は至福の時の一つだ。それに頭がとにかく良い。これは知識量が豊富なのもあるけど、頭の回転が速いし、臨機応変も完璧に近い程だ。

 そりゃ、営業だし、営業の手腕はかつて七洋物産の夜叉とまで怖れられたほどの手腕だから、当然と言えば、当然だけど話していてもまさに打てば響くなんだよ。食べる姿もまさに優美そのもの。

 これも当然で美玖が新人教育で叩き込む食事マナーの厳しさは傍で見ていても空恐ろしいぐらいだもの。あそこまで仕込まれたら皇室晩餐会に出席しても恥ずかしくないレベルになると思うぞ。

 とにかく美玖はこの世の美点を粒選りでかき集めた完璧美女としか言いようがない。これ以上の女がこの世に存在するとは絶対に思えないし、それほどの女がボクの妻になっていてくれるなんて夢でさえあり得ない事だといつも思ってる。


 そんな事を考えていたら美玖がトンデモない話を始めたんだ。旅先だから感傷的になったのかもしれないけど、

「美玖だってわかっています。可愛げも愛想も色気もないつまらない女だと。こんな美玖と結婚してくれて、こんなに愛してもらえるのは夢のようです」

 なにを言ってるのだ。惚れたのはボクだぞ、

「それは認めません。先に惚れたのは美玖です。その証拠にあの出張の夜に指一本剛紀は手を出していません」

 そ、そうだった。据膳になっていた美玖を呆然と・・・

「いえ見るところはしっかり見ていたと既に確認済みです。だって大事なところを見るのに熱中し過ぎて顔さえ見ていません」

 うぅぅぅ、そうだった。

「結婚してつくづくわかったのですが、剛紀に惚れられた女がどれだけ幸せかです。ここまで愛してもらえるのは女冥利に尽きます」

 それはボクが単に一穴主義なだけの話だし、それを言うなら一穴主義で愛し抜くと決めた女に二人も捨てられている。

「それは剛紀の真価を見抜けなかったアホ女だからです。そんなアホ女が二人もいてくれたお蔭で美玖は剛紀の妻になることが出来ました。そういう意味ではアホ女に感謝です」

 ボクも美玖で良かったと心の底から思ってるけど、そんなもの美玖の夫になれるのに較べたら、

「天と地ほど違います。剛紀はどんな女でも幸せに出来ます。ですが美玖は剛紀でしか幸せになれません」

 そう思ってるのか。でもそれは美玖が根本的に間違ってるぞ。