ツーリング日和12(第20話)テキサスゲート

 中ノ島から西ノ島に渡った内航船フェリーだ。知夫里島の來居港に着くのは十五時五十一分になってるから、三十分ほどの船旅になりそう。ところで料金は、

「内航船フェリーはどこで乗っても下りても同じみたいや」

 シンプル会計だ。内航船とフェリーの違いだろうけど、フェリーって車検証が必要なことが多いんだよ。だから乗船前に切符を買ってから乗り込むのだけど、島前のフェリーはそうでもない。

 菱浦や別府は隠岐観光案内所でも乗船券を買えるけど、来居にはそんなものないし、菱浦や別府でだって乗船してから払ってもOKなんだ。フェリーと言うより渡し船に近い感覚で良いみたい。

 そのせいかフェリー内もシンプル。食堂はもちろんだけど売店もない。さすがにソファー席はある。ソファー席でも良かったけど、バイクって座りっぱなしじゃない、デッキで景色を楽しみたいから、潮風に吹かれながらちょっとした船旅。

「これはこれはエエな」

 海は天気一つで荒々しくなるけど、穏やかな時はたまらないものがある。

「二人で行けばいつもツーリング日和や」

 陸だけでなく海もそうなのよね。なんかロマンチックな話をしたかったのだけど、

「それにしてものウンコロードやったな」

 そうだった。島後や中ノ島では見かけなかったから西ノ島の道はちょっとしたカルチャーショックだったもの。それもだよ、点々とあるレベルじゃなく、

「路面の半分ぐらいは埋まっとったんちゃうか」

 半分は大げさとしてもまさにビッチリ状態だった。最初は避けようと思ったけど、すぐにあきらめた。あんなもの避けながら走れるレベルじゃないもの。だけどね、不思議なとこがあったののよ。

「ユッキーもそう感じたか。あれだけウンコがあるのに、あるところから無くなるねんよな」

 逆もまた然り。ある地点からウンコがビッシリに変るものね。それが見えるからウンザリ気分になったのは白状しとく。誰だってウンコを踏みつけながら走りたはずないじゃない。とにかく国賀海岸沿いの絶景スポットは、

「ウンコを乗り込えた先に広がってるねん」

 あれってどういうこと。別に柵で囲ってないから牛さんや馬さんは島のどこへでも行けそうじゃない。

「そうやねん。それにやであれだけ道を我が物顔で歩いてるのに、南側の住宅地に下りてきたら、ウンコも牛さんも馬さんもおらへんやんか」

 そりゃ、あの勢いで馬さんや牛さんが島中をほっつき歩かれたら、いくらあれぐらいの島でも交通の邪魔になるだろうし、

「島中がウンコの臭いに包まれるで」

 あれどうなってるのだろう。まさかそういうところには行かないように躾けてるとか。

「そういうけど、あんだけおるねんで。犬や猫でもそこまで躾けるのは大変や」

 そしたら風香が含み笑いしながら、

「ウンコが出て来るところの前になにかありませんでしたか?」

 島でも馬さんや牛さんが濶歩できるゾーンを設けているのはわかる。馬はともかく、牛は商品だから管理しないといけないもの。そういうところは牧場ってことになるけど、牧場なら囲いを作るはず。

 道路が牧場を貫いているのはわかるけど、濶歩ゾーンと言うか、牧場地帯に入るのにゲートがあったわけじゃない。ゲートも無しにどうやって閉じ込めてるのよ。わかるのは突然ウンコ道路に変り、馬さんや牛さんが挨拶に来ることだけ。そしたらコトリが、

「そう言われたら、なんか格子の鉄板みたいなものがあったけど」

 あれって小川とか、排水路じゃないの。それにあんなものがあっても誰でも渡れるじゃない。

「そういうけど、あの鉄板の先からウンコロードが始まらんかったか」

 言われてみればそんな気もするけど、あれってなんのオマジナイ。

「オマジナイではありません。あれはテキサスゲートと言いまして・・・」

 鉄板が格子状になってるのがミソらしい。クルマやバイクなら走り過ぎるだけだし、人が歩いてもちょっと注意するぐらいで問題なく歩けると思う。だけど牛や馬からすれば、一つ間違うと蹄が入り込んでしまうのか。

 それでもって思うけど、牛や馬はああいうところを通るのを避ける本能があるそう。そりゃ、絶対に通らないとは言えないと思うけど、

「まず通りません。牛や馬にしても大怪我を覚悟してまで通りたいと思わないようです」

 そんなものなのか。名前からしてテキサスで発明されたんだろうけど、あれだけでこんなに効果があるのは驚きだな。風香によると隠岐以外にも使われているところはあり、応用でイノシシ避けにも使われることもあるそう。

「島の人間は、よほどの用事がない限りテキサスゲートを渡りません。あんなところを走ったら洗車が必要になりますから」

 だろうな。絶景スポットと言っても地元の人間は興味がないものね。これは隠岐だけじゃなくて、全国どこでもそう。他所から来た人にとっては絶景でも、地元の人間にとっては日常風景に過ぎないもの。

「そりゃそうや。神戸の人間かって、北野の異人館でも一度ぐらい行ったことがある程度が殆どやもんな」

 ポートタワーとかもそう。あの辺はデートスポットにさえならないもの。あの辺は神戸を訪れた人用だものね。そうだ、そうだ、知夫里島にも馬さんや牛さんは多いのかな。

「ええ、人口と同じぐらい牛がいます」

 ツーリングスポットとの関連は、

「西ノ島と似たような感じになります」

 こりゃ、明日もウンコロートとお付き合いになりそう。それとだけど馬さんも牛さんもバイクのエンジン音に驚かないんだよね。

「おそらく危害を加えないと学習した成果だと思います。その点では知夫里島の方が慣れていないところがあります」

 どういうこと。

「バイクやクルマに会う機会が少ないので、少しは驚いてくれるケースが多いようです」

 へぇ、慣れきっちゃうと気にしなくなるってことか。

「テキサスゲートがわかったから覚悟は出来るな」

 覚悟だけはね。でも避けようがないのは同じだ。てなことを話してるうちに來居港が見えてきた。へぇ、ここも立派なフェリーターミナルがあるじゃない。とりあえず上陸だ。