ツーリング日和(第9話)南の果てに

 公衆便所の決闘の後はひたすら国道一六九号から南下して熊野に。一時間ちょっとで鬼が城に着き熊野灘の眺望を休憩がてらに堪能して、今度は国道四二号で潮岬に向かってひた走り。七里御浜を左手に見ながら、

「ユッキー、肇さんって京都署勤務やろか」

 コトリ、もう名前呼びなの。油断も隙もあったもんじゃない。でも京都署勤務でも、

「正倉院派出所もあるよ」

 鴛淵さんは警察手帳は本物だけど、普通なら所属する警視庁とか、県警本部名が書いてある。もちろん肇さんのにも所属本部が書いてあったけど、これがなんと皇宮本部。つまり皇宮警察なんだよ。

「本物は初めて見た」

 わたしもそう。皇宮警察は警察の一部署ではあるけど、警察の中でも別格と言うか、別世界として良いと思う。だってだよ普通の警官と別枠の採用で、警察学校も別なんだもの。

「昔の近衛師団の代りみたいなもんやろな」

 だから警察官じゃなく皇宮護衛官とするのが正しくなる。職務だって、

『天皇及び皇后、皇太子その他の皇族の生命、身体若しくは財産に対する罪、皇室用財産に対する罪又は皇居、御所その他皇室用財産である施設若しくは天皇及び皇后、皇太子その他の皇族の宿泊の用に供されている施設における犯罪』

 これの担当なんだ。さっき京都署勤務の可能性を考えたのも京都県警じゃなくて、京都護衛署勤務って意味なんだ。京都護衛署とは京都御所とかの警備を担当するところで、正倉院にも皇宮警察の派出所があるのよね。

「皇宮警察の業務は特殊と言えば特殊やもんな」

 皇族の護衛は二十四時間三百六十五日になるし、外出する時にも常に必要になる。なにしろ相手が日本最高のVIPみたいなものだから、礼儀作法も教養も重視される。

「専属儀仗隊みたいなとこもあるもんな」

 皇居の門のところにも護衛官が門番してるけど、それこそ直立不動で立ち尽くし、交代の時にも、

『お疲れさん』

 みたいな気軽なものじゃなく、衛兵交代みたいなシャチホコばったものになるもの。日本で皇族に対するテロ行為は少ないとはいえ、もしそんな事が起これば、文字通り命を張って対処しないとならない業務だもの。だから間違ってもお飾りじゃなくて実力もあるはず。

「肇さんもシャキッとしとるもんな」

 うん。一目であれほど魅かれたのは、やっぱり古代エレギオン時代の士官の匂いを感じたからで良いと思う。わたしもコトリも女神の男にした多くは士官だったもの。女はね、なんだかんだと言っても強い男は好きなのよ。

「それは否定せん。強いだけがすべてやないが、強い方が魅力が増すもんな」

 もちろん強いと言っても粗暴な男は論外。強さを内に秘めてる感じが良いの。普段は温和なのに、事があれば敢然と立ちあがる強さよ。

「ああそうや。今の日本やったら戦死はあらへんやろし」

 古代エレギオンの男たちは、まさに男の中の漢だった。だけど時代が時代じゃない、わたしのために勇敢さを示し、笑いながらどれだけ死んでいったことか。

「そや、たかがコトリのために死への勇気をどれだけ示したか」

 コトリ、この話はやめよう。わたしやコトリのために死んでいった男たちを背負い続けるのも宿命だもの。そうしないように、そんな日が二度と来ないために生きてるのじゃない。

「そやった」

 ところでさぁ、

「コトリもやねんけど」

 腹減った。でも先導してるのは肇さんだから困ったな。この調子だったら新宮ぐらいになりそうだけど、鹿六のウナギはダメよね。

「ナンボすると思うてるねん。さんま寿司ぐらいやったらまだなんとか」

 護衛官がリッチと思えないし、出会ったばかりで奢るのもプライドを傷つけそうだもの。そうなると那智か太地になるけど、

「那智には食うとこがあらへんから太地やろ」

 何を言っているかと言えば道の駅のこと。そこのレストランなりフードコートなら値段的にも妥当のはずじゃない。この辺は肇さんだってわたしたちの懐具合を知らないから、その辺にするはず。

「コトリ、今夜の宿は?」
「上手いこと合わせといた」

 さすがコトリだ。いつの間にと言いたけど、こういうことをやらせれば右に出る者はいないよ。

「ただし部屋は別や」

 夜這いだ。

「やりやすそうやで」

 へぇ、民宿だけど部屋の仕切りが襖だけとは好都合だ。なんか燃えてきた。夜這いはともかく、肇さんがどうするのかと思ってたら那智大社に。忘れてた、初めて来たのなら寄るわよね。でもこれで昼食問題は参道にある店でお茶を濁せたからラッキーだ。那智参拝が終われば目指すは潮岬のみ。勝浦、太地と越えてコメリに寄るって何の用なの。

「ああ今日の宿やけど、歯ブラシも、タオルも、シャンプーも石鹸も、なんもあらへんねん」

 ついでに言えば風呂も自分で沸かして入るとか。さすがに使った後は洗わなくても良いらしい。おもしろそうなところじゃない。すると肇さんはバイクを駐車場に停めて、

「あれが橋杭岩です」

 こんなところに道の駅が出来てるとはね。駐車場から一望できるじゃないの。橋杭岩も立ち止まって見るのは初めてだ。それにしても丁寧だねぇ。よく下調べしてツーリングに来てるのがわかるもの。

 橋杭岩の駐車場を出たらもう串本市内のはず。ここもそこそこ大きな街だね。この市街地を抜けて、どこかから潮岬に向かうはずだけど、

「とりあえず真っすぐで正解や。その辺まで行ったら道路案内は絶対あるからな」

 次の信号を左だな。あれれれ、曲がらないの、肇さんが間違ったとか。でもコトリじゃあるまいに、

「うるさいわい。反時計回りにしたいんやろ。ほら次の信号左や」

 なるほどミサキを巡る外周道路だね、これを反時計に回れば潮岬から奇異大島に周遊しながら走れるって事か。さすがは肇さんだ。コトリとは一味違う。

「誰が走っても一緒じゃ!」

 もう潮岬灯台まで六百メートルってなってるよ。綺麗な芝生広場が見えて来たから、肇さんが入って行ったな。なになにバイクは無料の上に奥まで行けるのか。バイクが無料なのは褒めてあげる。

 どこまで行けるのかと思ったら灯台の門の前まで行けるじゃない。こりゃ、魂消た。門の前にバイクを置かせてもらっていざ灯台に。ここも明治に出来た歴史ある灯台で、なんと登れる灯台なんだよ。灯台の上からの景色はまさに絶景。ついに、ついに、本州の南の端を征服したぞ!

「惜しいがここやない。ほら、最南端の碑があらへんやろ」

 ホントだ。左側の方が南に見えるものね。バイクに乗って道に引き返したんだけど、あのマルビルみたいなのはなんだ。

「潮岬タワーっていうらしいで」

 そんなものまで出来てたんだ。前に来たのは昭和だから変わるよね。ありがたいのは駐車場が無料なこと。その南に広がるのは望楼の芝。キャンプ場にもなってるみたい。

「望楼って付いてるのは昔海軍の見張りのための望楼があったからや」

 灯台の回りって芝生が広がっているところが多いのよね。さて駐車場から下って、あずま屋風の休憩所のさらに南側に、あった、あった、今度こそ本州最南端の碑だ。これで胸を張って本州の四隅をバイクで制覇したって言えるぞ。

 でもさすがは観光地だよ。でも北の端の大間崎には負けるね。なんと言っても大間にはマグロがいるのが大きいもの。

「なに言うてんのや。和歌山かってマグロのメッカやんか」

 そうだった。近大マグロまでいるんだった。妙なものが共通してるのに笑っちゃう。潮岬も端っこ感は十分にあるけど、やっぱり北と南はだいぶ違うな。北の端はそこでついに果てるって感じが強いけど、南の端はどう言えば良いだろう、

「あれやろ。ここからさらに海に乗り出して行く感じちゃうか」

 うん。そんな気がする。たしかに地の果てだけど、さらに海の向こうに大地に漕ぎ出したい気分だよ。さらなる冒険への中継地点みたいなものかもしれない。さあさあ、記念写真、記念写真。

「ついでやからホンマの端っこまで行こうや」

 行く、行く、ここまで来たら行けるものなら行きたいもの。遊歩道から岩場に下りて、こりゃ、大変なとこだな。岩を乗り越え、乗り越えして。

「ここか・・・」

 この先を南に真っすぐ下ると、赤道を越えてパプア・ニューギニアまでずっと海なんだ。大いなる太平洋。この先端感こそまさに本州の南の果てだ。わたしは本州の四隅を征服した女になったぞ。

「コトリらのバイクで征服したんは、そうはおらん気がするで」

 いないだろう。でもないか、他人の事は言えないけど物好きはいるものね。それでも女じゃ少ないんじゃないかな。これで今夜、肇さんの先端を征服できたら完璧なんだけどな。

「さすがに今夜は無理ないか」

 さて、宿に行こうか。