ツーリング日和2(第6話)ディープなうどん

 高松東港に到着したのですが、

「可愛いバイクですね」
「そやろ」

 コトリさんが赤、ユッキーさんが黄色の一二五CCの原付で、カラーリングされたリア・ボックスがマッチしています。あれ、キックなんだ。キック仕様なんてあったっけ。それはともかくツーリングの必須アイテムのナビがありません。

「ナビは好かん」

 どこに行くかと思っていたら、フェリー・ターミナルからひたすら南下。県道一五七号が屋島大橋のところで県道四十三号に変わります。道は高松市内を抜けてやがて郊外に。

「高松の市内観光はしないのかな」
「祖谷に行くから今日はパスじゃないか」

 下赤坂東の交差点を左に曲がり、今度は県道一六六号線に。やがて国道一九三号線、通称塩江海道に突き当りこれを左折。

「次曲がるみたいだぞ」

 右折して国道三七七号に入り、えっと、こんなとこを曲がるのか。さらに突き当たったら左折して県道三九号に。なんか路地みたいな入り込むようですが、

「笹岡、こんなところにうどん屋があるのか」
「通の店ってやつじゃないのか」

 なんかさびれた倉庫みたいな前にバイクを停めたのですが、看板も暖簾もありません。もっとも駐車場はいっぱいですし、客みたいな人が丼を抱えてうどんを食べているので、どうやらここのようです。コトリさんは、

「ここの注文の仕方だけ教えとくわ」

 注文はたったの二つだけ、

 ・熱いか、冷たいか
 ・大か、小か

 大とは二玉で小とは一玉になるそうです。

「入るで」

 店は・・・なんだこれ、製麺工場じゃないですか。食堂と言うより、製麺工場の一角にうどんを茹でてくれるコーナーがある感じと言えば良いのでしょうか。並んでいると順番が来たのでコトリさんやユッキーさんと同じように、

「大を熱いので」

 そうやって渡されたのが丼に入った茹で上がったうどんだけ。これをどうやって食べるのかと思っていたら、

「こっちでな、ネギと七味をこう入れて」
「生卵を入れると美味しいのよ。最後にお醤油だけど入れ過ぎると辛くなるから気を付けてね」

 店の中にもテーブルはあるのですが満席でしたので、

「外で食べよ」

 うどんに醤油を入れただけで食べるなんて初めてです。おそるおそる食べてみると、美味い、実に美味い。とくに麺が美味しい。

「しっかりコシがあるのに固くない」
「ツルツル入るじゃないか」

 コトリさんによると讃岐うどんの一番シンプルな食べ方だそうです。

「讃岐のうどんと小豆島の醤油が出会って生まれた歴史的傑作や」

 それに安い。小なら百四十円、大でも二百八十円、卵を付けても三十円です。

「もっとディープな店もあってな・・・」

 そこは麺しか茹でてくれないので、丼から箸、醤油や薬味まで持参して食べるそうです。こういうスタイルの店が出来た理由ですが、

「そりゃ、天下のうどん県やからな」

 麺は打ち立てが一番だそうです。美味しい製麺所の評判が立つと、うどん好きがより美味しいうどんを求め、製麺所の出来立てうどんを食べたがったからとしています。

「もちろん香川かって、美味しいかけうどんの店は数えきれんぐらいある。そやけど香川のうどん通は麺の美味しさを極めるのが好きみたいや」

 うどんの美味しさを極めれば麺になるのか、

「言うとくけど、この食べ方が一番と決まってる訳やない。そやけど麺の味を極める食べ方の一つぐらいと知っといても損はないやろ」

 そうか、フェリーでボクたちが考えていたうどん屋を却下した理由がこれか。あの店を紹介したところで、単に美味しいうどん屋を紹介したに過ぎません。だがこの店を紹介すれば、誰だって興味を掻き立てるはずです。

「まあ、そうやけど、どっちのうどんが美味しいかは意見が分かれると思うで。そやけど動画では味も匂いも伝わらん。伝わるのは雰囲気や。どっちの雰囲気の方が意外性があるかやろ」

 絶対こっちだ。値段だってはるかに安い。

「あのな。この店かって秘密の店やあらへん。うどん好きのブログやユーチューブ見たらゴッソリ出てるで。そやけど、うどん好きの連中と、バイク好きの連中は同じとは限らんやろ」

 ボクも知りませんでした。

「これだけの情報社会になっても、すべての情報を把握している人間なんていないのよ。でもね、バイク好きだって美味しいうどんは好きなのよ」

 それはそうです。ボクだってうどんは好きですが、美味しいうどんの店の情報は詳しくありません。会計もシンプルで丼を返しに行く時に自己申告して払います。こんなシステムではズルするのが出てくるはずが、

「おるかもしれんけど、こんな店にわざわざ美味しいうどんを求めてくる連中には少ないやろ」

 いやいない気がします。ここは真の美味を求めに来るところ。

「そない大層に構えるほどのもんやない。こんな美味うて安いうどんを踏み倒すより、うどん屋として残る方が嬉しいやろ」

 コトリさんによると、香川ではこの店と同じぐらいのレベルの店が数えきれないぐらい競い合ってるとか。

「あんまり東京と較べたら悪いけど、スノブな食通は関西では少ないんよ。美味しければ食べに行くだけ」

 恐縮したのですがうどん代は払ってくれていました。

「かまへん、かまへん、コトリたちへの付き合い料や」
「そうよ、女二人でツーリングしてるより男が入った方が楽しいじゃない」