ツーリング日和2(第8話)見るべきもの

 コトリさんはニコニコしながら、

「ツーリング付き合うてくれてありがとう。ほいでやけど、プロのユーチューバーやったら、今日のツーリングをどうまとめるか聞かせて欲しいな」

 まずフェリー乗り場に向かうシーンから入るな。フェリーを使ったツーリングは多いとは言えないから、乗船手続きとかも詳しめに紹介したいところです。原田がこれに続けて、

「フェリーの設備が整っていることもアピールしたいと思います」

 それも必要だよな。航海中はカットとして、次はあのディープなうどん屋だよな。あれは今回の目玉の一つになるからしっかり紹介しておきたい。

「笹岡、大歩危峡までの道中はどうする」
「要所要所程度で良いのじゃないか」
「いや、高松から祖谷にバイクで行ける点を出しておかないと」

 原田の意見の方が正しいかもな。まだ関西に来てから日が浅いから自信がないのですが、たとえ神戸からでも祖谷は遠いイメージがある気がします。フェリーを使えば朝こそ早いですが、余裕で祖谷にツーリングできる情報はあった方が良いはずです。

 大歩危峡は・・・綺麗だ、絶景だパターンにするしかありませんか。道が悪くないのも伝えておくべきだと思います。

「原田はどうだ」
「それぐらいしか思いつかないな」

 次はかずら橋でしょう。

「もう一つのかずら橋があるのを出すのはインパクトがあるぞ」
「野猿もあったしな」

 あとは祖谷温泉ホテルのケーブルカー露天風呂で〆かな。

「料理を出したら妬まれるかな」
「露天風呂だけでも妬まれるさ」

 今回は番組にしていませんが、出直して作れば良いものになりそうな気がします。

「ユッキーはどう思う」
「ありきたりだね。同じようなのがテンコモリあるもの」

 うっ、それを言われると。とは言っても、他に編集しようがないじゃないですか。ここでコトリさんは、

「変なとこ回ったと思てるやろ。あれはな平家落人伝説ゆかりの地を回ってたんよ」

 ひょいと紙を渡してくれて、

「それはホテルのフロントに置いてある平家落人伝説の概要や。まずやけど・・・」

 祖谷にもそんなのがあったのか。なになに、壇ノ浦の合戦から安徳天皇と平国盛が祖谷に逃れて来たって!

「ホンマに来たかどうかの話は後や。まず安徳天皇一行は大枝名に行ったとなってるやろ。あれは平家民俗資料館の次に行った旧喜多家武家屋敷のあったとこら辺やねん。今でも大枝集落ってなっとるわ」

 あんなところに逃げ込んでたのか、

「最初の御所が流されたところは天皇森って書いてあるけど、東祖谷民俗資料館があったんを覚えてるか。あそこのもうちょっと東側ぐらいやったとなっとる。今は国道があるからわからんけど、昔は森やったはずや」
「そう言えば天皇森の上の集落を京上って言うけど、関係あるの」
「あるかもしれんけどわからんな」

 川に流されたとあるから、川の傍にあったんだろうな。

「あっ、鉾杉ってその時の杉が今でも」
「そういうこっちゃ」

 コトリさんが言うには旧喜多家武家屋敷が出来たのは江戸時代ですが、あれだけの屋敷を作れる力を持った豪族の庇護を受けていた可能性はあるとしていました。

「そこから変な神社行ったやろ。栗枝渡神社の境内で安徳天皇を荼毘にしたって伝承や」
「だったらあの対岸に二度目の安徳天皇の御殿があったことに」

 ここでユッキーさんが、

「わかるかな。コトリが見て回ったのは祖谷の伝説の地巡りよ。もちろんコトリの趣味だけど、バイクなら回れるでしょ」

 クルマでも可能ですが、酷道からさらにあんなクネクネした細い道を走るのはラクじゃありません。とくに旧喜多家武家屋敷なんかそうです。

「祖谷と言えばかずら橋だけど、そこばっかりじゃない。セットで紹介したら面白くないかな」

 たしかに。

「いっつも、いっつも都合良う、あるわけやあらへんけど、あったら利用せん手はない」
「そうよ。バイク乗りの観光とクルマの観光は同じじゃないでしょ。バイク乗りだから出来る観光ってあるはずなの」

 なるほど。クルマは移動に快適な乗り物ですが、そのぶん車幅があります。クルマを停めるにも駐車スペースの問題や方向転換の場所も必要です。それよりなにより、すれ違いも出来ないような道は走りたくないはず。

 バイクは今日ぐらいの道でも走るのはクルマほど苦にしません。ワインディングだってかえって楽しいと思ってしまうのがバイク乗りです。

「それにバイク乗りは、案外しょぼいものでも喜ぶで。そやな、自分が見つけ出したとか、たどり着いたの価値観が重い感じの気がするで」

 それはあります。そういうところに行きたいのがツーリングの楽しみの一つです。クルマでもラクに行けるところは、混んでるし避けてしまう傾向が無いとは言えません。

「バイクってさ、クルマよりお手軽に寄り道出来ると思うのよ。道の狭さだって、悪さだって、クルマに較べるとはるかに強いじゃない。これはわたしもコトリも好きだからそうしてるけど、寄り道ツーリングって楽しいよ」

 ひたすら走る派だって、休憩はしますし、休憩したところに、ちょっとしたでも良いから見どころがあれば嬉しいはずです。だけど、今回はたまたま平家落人伝説があったから、

「今回は特別に感じるかもしれへんけど、もっと単純に考えてみいや。ツーリングしとって気になるもんってあらへんか。風景でもエエし、建物でもかまへん」

 それはあります。変わった山の形だとか、妙に由緒がありそうな建物とか。原田も、

「廃墟も気になったりするよな」
「それ、あるあるだよ」

 コトリさんはコップ酒を煽りながら、

「そういうもんって、通り過ぎたら忘れてまうし、後で調べようと思ても場所がどこやったかもわからんことが多いやろ」

 そうなることが多いですが、

「わかったら楽しあらへんか。知っとって見るのも楽しいし、後からわかっても楽しいやんか。先に知っとったら、わざわざ見に行ったりもあるで。それもツーリングの楽しみちゃうか」

 言われてみれば、

「調べるのは難かしゅうない。そういうマニアはちゃんとおる。そやけど、そういう情報の横の連絡は弱いと思わへんか」

 なるほど。うどん屋もそうでした。そりゃ、うどん好きのバイク好きもいますが、多くのバイク好きはうどんは好きでも、ディープなうどん屋の情報を熱心に集めるわけじゃありません。

「完全な新発見の情報なんか滅多にあらへん。さっき廃墟の話が出とったけど、廃墟マニアの世界はむちゃくちゃディープや。少々の廃墟を見つけても、ちゃんと調べ上げとる。そやけどポピュラーな情報とは言えん。ネットにあっても調べようとせんと知らんままや」

 ユッキーさんもコップ酒をまるで水のように飲みながら、

「ツーリングでの新発見って個人的な体験なのよ。わかるかな、自分の感覚で新発見であれば満足するのよ。定番以外に一つでも見つけられたら嬉しくない?」

 ボクたちが考えた番組構成では・・・うどん屋以外は定番も良いところです。ボクたちの番組を見て高松から祖谷にツーリングしても、あのうどん屋が新発見ぐらいしか体験できません。

「誤解せんときや。定番も必要なんや。定番があるからそこから外れた楽しみがあるからな。そやけど、定番撮るやつはゴッソリおるやんか。そこで競うてもワン・オブ・ゼムや。よほど段違いのもん作らん限り、その他大勢にしかならんで」

 厳しい指摘だが間違っていません。ボクと原田の考えたものは定番観光ガイド的なものです。普通に大歩危小歩危から祖谷に行けばああなります。そうモデルコースの紹介のようなものです。それが必ずしも悪いわけではありませんし、ユーチューバーでも趣味でやっている者なら十分のものです。

 だがボクらはプロのユーチューバー、食えるユーチューバーを目指しています。そうだよ、定番だけじゃダメなんだ。そこにプラス・アルファを加えないと埋もれてしまうだけです。今回であればコトリさんの言う通り、祖谷の紹介に平家落人伝説を絡めると、普通と違うツーリングを紹介できるじゃありませんか。これこそがプラス・アルファのはずです。