不思議の国のマドカ:迷走

 マドカさんは頑張ってるけど、まだ合格点にはかなり遠い。あのポスターに求められものは、ラグビーの迫力なんだ。その点はマドカさんもしっかり理解してくれて、正面から取り組んでくれている。マドカさんがこの手の課題を苦手にしているのはわかったけど、ある時期に、

    『おっ』

 こう思わせる写真が混じり始めた時期があったんだ。なんて言うかなぁ、まるで男が力任せに荒々しく撮った感じ。粗い点が多くて商売物にするには無理があるけど、課題の迫力を取り込む点ではかなりイイ線行ってた。アカネも、

    「こういう写真は方向性としてはイイよ」
 こうやって褒めてたぐらい。今から思えばあの時のマドカさんの表情は変だった。なにか見せてはならない物を見られたって感じかな。そしたら傾向がガラっと変わっちゃったんだよね。

 これも言い方が難しいのだけど過剰なぐらい女らしさを強調する写真。お蔭で迫力の方は二歩も三歩も後退しちゃったんだよ。むしろ最初より悪いぐらい。どうしてあの荒々しい写真の方向に進まなかったんだろうって。

 アカネは思うのだけど、マドカさんが課題を克服するにはまず迫力を取り込む事を覚えることなんだ。取り込んだ上で商売物に仕立て直していくぐらいの段取りかな。もちろんその過程で女らしさが入っても構わないよ。

 別に女らしさがあったって、力強さを表現するのに邪魔にならないはずなんだ。だってアカネだって、ツバサ先生にも出せるんだよ。たとえばだけど、

    『力強さの中にも女性らしい繊細さを備えている』
 これぐらいのモノ。もちろん味付けの微妙なところまでは今のマドカさんには難しいと思うけど、まず大事なのは迫力を取り込むこと。極端な話だけど、女らしさがゼロであっても構わないぐらい。

 それがあれだけ女らしさにこだわっちゃうと、そう簡単に迫力でないよ。言い方は悪いけど、普通に進めば良いものを、わざわざ難しいルートを、大きなハンデ付きで進もうとしているとしか思えないんだ。もうどうしたら良いかわからなくなってツバサ先生に相談した。

    「なるほど。難しいところだが、マドカに合っていないと判断した可能性はあるな」
    「でも、あの方向に進まないと」
    「写真の最後のキモは自己表現だ。マドカは課題に合う写真を撮ろうとして、撮ってはみたものの、それは自分の写真ではないと判断したと思う」
    「でも、今の写真の女らしさへの強すぎるこだわりは、マイナスにしかなっていません」

 ツバサ先生は難しそうな顔になり、

    「それはマドカがマドカであるための、こだわりぐらいしか言いようがない。そこを失えば自分の写真が崩壊するぐらいに感じてるぐらいだろう」
    「そうは言いますが、男らしさ、女らしさは前面に押し出す時もありますが、今回の課題でいえば使うとしても隠し味程度じゃありませんか。あれだけ押し出して撮れるとは思えません」

 ツバサ先生はアカネに窓辺に近づき、

    「女らしさを押し出しても撮れるのは撮れる。アカネなら撮れるだろう」
    「ええ、まあ、撮れと言われれば撮れますが。今のマドカさんに求めるのは、かなりどころでない難度になります。今回の課題はそんな曲芸をするためのものじゃないはずです」
    「アカネの言いたいことはわかるが、課題に対する答えは一つではない。どんな解答法、どんな答えにするかを考えるのも課題だ。マドカが今の解答法を選ぶのなら、今は見守るしかない」
    「でも難度があまりにも高すぎます。時間だって無限にある訳じゃありません。これでもし課題を達成できなかったら、マドカさんが潰れてしまうかもしれません」
    「これぐらい乗り越えられないようじゃプロになれない。女らしさへのこだわりをどうするかは、マドカが自分で考えて答えを出さないといけない」

 そりゃそうかもしれないけど、

    「そのマドカさんの女らしさへのこだわりで気になることがあるのです」
    「なんだ」
    「マドカさんが出してる女らしさは、本来の女らしさと少し違う気がしてなりません」
    「はははは、アカネが女らしさを口にするとは明日は雨かな」

 ウルサイわい。

    「どう違うんだ、アカネ」

 どうって言われても困るんだけど、

    「どうにも媚びてる、いや媚びすぎてる気がします」
    「アカネもたまには媚びてもイイぞ」

 ほっとけって思ったけど、そうかもしれない。

    「マドカのは男が女に望んでいる女らしさだ」

 なるほど! さすがはツバサ先生だ上手いこと言う。

    「だがな女らしさ、男らしさと言うから話がややこしくなるが、あれはマドカのポリシーだろう」
    「警察ですか?」
    「それはポリス。生きていく上での信条とか、モットーみたいなものだ。それを貫きながら課題を達成できるか、課題を達成するためにモットーを修正するかはマドカの問題だ。だから待て」

 アカネも仕事があるから、毎日はマドカさんの写真を見る訳にはいかないんだけど、見ると同じところでぐるぐる回ってる気がする。

    「どうですアカネ先生」
 少しずつだけど良くなってるのは良くなってるけど、合格点には距離があり過ぎるんだよな。それよりなにより今の進んでいる方向で合格点に達するのだろうかって不安が一杯。どこでそうなっちゃたんだろう。どこかでアカネが余計なことを言ったのかな。それが原因だったらアカネの責任は重大過ぎるよ。