シオリの冒険:撮影旅行

 ツバサ先生に呼ばれて、

    「アカネ、一緒にヨーロッパに行くよ。準備しといて」
 ツバサ先生には海外からのオファーもあるんだけど、国内での仕事がどうしても優先になってて、だいぶ溜め込んでたみたい。この辺はアカネが足を引っ張りまくったコントの影響もはっきり言わなくてもある。それがユーロ写真大賞の審査員に招かれたから、この際消化してしまおうの話になってた。

 行くのはツバサ先生とサキ先輩とアカネと、オフィスのスタッフが三名。女三人、男三人の六人編成。予定はバルセロナ、マルセイユ、パリ、アムステルダムと回り、ユーロ写真大賞が行われるミュンヘンに。そこからロマンチック街道の都市を幾つか巡りながらウィーンに向かい、フェレンツエからローマってプラン。

 アカネも大学時代に香港には友だちと行ったことあるけど、ヨーロッパは初めて。それもこれだけの長期旅行でワクワクしてた。関空からバルセロナに飛んだんだけど、これが二十時間ぐらいかかってウンザリ。

 驚いたのはアカネやスタッフがエコノミーなのは当然だけどツバサ先生もエコノミーだったこと。てっきりビジネス使われると思ってた。とにかく機内が長いからあれこれ話が出来た。

    「ツバサ先生の高校時代は地味だったんですね」
    「鶏ガラで驚いたかい」

 良い機会だから聞きだしてやろうと思ったけど、

    「成長期って遅れてくるのもいるみたいだねぇ。自分でもビックリしたよ」

 そう言われてしまったらツッコミようがなくなっちゃった。度胸についても、

    「あれ? 自信かな。心境の変化ってやつの気がする。ある時に自信が付いちゃって、高校時代の友だちに会うとビックリされるよ」
 これ以上は今の時点で突っ込むのは難しそう。とにかく時間があるからあれこれ話をしたけど、とにかくこういう時のツバサ先生はざっくばらん。写真哲学の話もあったけど、バカ話もテンコモリ。ただだけど、なんとなくツバサ先生は高校時代の話を避けてる感触があるのよね。もちろん高校時代なんかツバサ先生にとって暗黒時代みたいなものだから、避けたいのはわからなくもないけど。


 やっとこさバルセロナに着いてホテルに入ったんだけど、

    「ここ!」

 てなぐらいの安っぽい宿。ツバサ先生なんか、

    「やった当りだ、ちゃんと水が出る」

 そのレベルってところ。でも驚いたのは安宿だからじゃないんだ。アカネやサキ先輩ならそのクラスで納得するけど、ツバサ先生も一緒なんだよ。もっとビックリしたのが部屋割り。二つしか部屋を取ってなくて、

    「今夜は悪いけどアカネはエキストラ・ベッドでね」

 どうも三人ずつの部屋割りみたいで、ベッドも順番に変わっていくみたい。

    「ツバサ先生がエキストラ・ベッドの日もあるのですか」
    「あったり前だろ、師匠を床に寝かせるつもりなのかい」

 食事だって一緒。食事が終われば翌日の撮影計画の最終確認だけど、

    「ここで撮って、ここに回って、そうそう、ここが拾いもののスポットなのよ。ただ光線の向きが大事だから・・・」

 どうしてツバサ先生はこれだけ詳しいのだろう。たしかツバサ先生はマドリードには行ったことがあるけど、バルセロナは初めてのはず。翌日から撮影が始まったんだけど、朝は早い。バルセロナでは風景写真がメインだけど、朝の光って効果的なんだ。

    「アカネ、そっちじゃない、こっちから回って撮って行くんだよ」

 夜明け前からスタンバイして撮っていくんだけど、日が昇るにつれて光線の角度が変わるのを知り尽くしたように動いて行かれるの。この辺はアカネもツバサ先生の意図がだいぶ読めるようになってから、

    「アカネ、やるじゃん」

 褒められちゃった。もっとも直後に、

    「そうじゃない!」

 まだまだ半人前ってところ。十時ごろになって、

    「ちょっと押してるからランチはボカディージョにしよう。悪いけどアカネ、買って来てくれる。わたしはヴィグエタにするけど、好きなもの買っといで。店はコネサでね。支店が近くにあるわ」

 ボガディージョとかヴィグエタって何よと思ったらサンドイッチのこと。言われた通りのところにあったけど、行列が出来てた。こういう事もあろうかとスペイン語のトラベル会話本覚えてたけど、少々苦戦して買って帰ると、

    「お茶を忘れてたけど、まいっか。アカネに頼むと渋すぎるし。トットと食べたら、次行くよ。でも喉乾くから、誰か渋くないのを買ってきておいて」

 今日のツバサ先生は御機嫌みたいで、快調に飛ばされて行きます。アカネは時差ボケも残っていてヘトヘト気分になってたら、

    「よっしゃ、良く働いた。今日はここまで」

 あれ、まだ十四時ぐらいじゃない。そしたら、

    「食事だ、食事だ」

 大衆食堂っぽいところに連れて行かれ、ガッツリ。ビールやサングリアもガンガン。

    「後はホテルに帰ってシエスタ」

 このリズムがスペイン流だとか。それにしてもツバサ先生、どこに行ってもクソ度胸。初めて入った店のはずなのに、まるで十年来の常連みたいに、

    「オゥラ!」

 そりゃ大きな声でズカズカと入り込んじゃうし、他の客に声をかけられるし、ツバサ先生からもかけて回ってる。最後は肩組んで飲んでたものね。スペイン語まで話せるのかと感心していたら、

    「わかんないよ、ああいうものはノリでOK」
 サキ先輩も言ってたけど、ツバサ先生は弟子には厳しい面もあるけど、仕事の時はチーム感覚を凄い大事にするって。なんて言うのかなぁ、同じ目的を持つ同志で熱く燃えられないとイイ仕事が出来ないぐらいかな。今回の取材旅行でチーム・ツバサの端っこにぐらい入れた感じがしてる。


 いよいよミュンヘンってところでサキ先輩がちょっと心配顔。

    「どうされたんですか」
    「ツバサ先生って写真になると鬼になるじゃない」

 それは骨の髄まで知ってる。

    「ツバサ先生は基本的に審査員を避けられてるのよ。これは忙しいのもあるけど、やれば喧嘩になるからって」

 たしかにそういう面はある。とにかく『妥協』の二文字の無い人だし。

    「それをわざわざ受けられてるじゃない。変だと思わない」
    「それはヨーロッパ取材のついでじゃ」
    「そういう名目だけど、やらなくてもイイじゃない」

 言われてみればそうだ、

    「思うんだけど、小さなコンクールならともかく、大きなコンクールの方が喧嘩になりやすいじゃない。とにかくツバサ先生は好き嫌いがはっきりしてるし、嫌いとなれば塩まいて追っ払うぐらいだよ」

 ホテル浦島の時も凄かったって聞いてる。

    「それをあえて受けたのは・・・」
    「誰かと喧嘩する気がマンマンとか」
    「他に考えられない」

 サキ先輩が言う通りタダでは済まなそう。えっ、あっ、そうだ、

    「たしか審査って公開でやるんじゃ」
    「そうなのよ、あそこの特徴で、密室でコソコソ決めるんじゃなくて、各審査員がどう評価しているか筒抜けでやるのよ」
    「だったら、大人しく・・・」
    「してくれると思う?」
 しないと思う。アカネも心配になってきた。