シオリの冒険:アカネの疑惑(2)

 そんな頃にスタッフに密かに呼び寄せられて、

    「アカネちゃんに特別任務をやってもらう」
    「任務ですか」
    「そうだ・・・」

 オフォスの忘年会は盛大に行われるのだけど、その時にツバサ先生の過去を暴く企画をやりたいって。

    「そんなことをしたら」
    「だいじょうぶ、一昨年はツバサ先生がサトル先生の初恋の人まで暴露してたから、社長命令でもある」
 こういう企画になるとアホらしいぐらい盛り上がるのがオフィス加納。去年の仮装パーティだって、どれだけ気合が入っていた事か。スタッフたちはオフィス加納の名を使ってツバサ先生の母校に取材許可までもう取ってるんだもの。

 これもタマタマかどうか不明なんだけど、加納先生も、ツバサ先生も明文館高校出身で、お二人とも写真部。取材の名目もツバサ先生の高校時代を探るにしていて、ツバサ先生の許可まで偽造してた。そこまでやるかと思ったよ。

 オフィス加納からの偽装でも正式取材だから写真部顧問の高木先生が応対してくれた。騙すようで心が痛んだけど、ツバサ先生の高校時代を知ることが出来るワクワク感も強かったのは白状しとく。

 話を聞くと高木先生はツバサ先生が卒業された後に赴任されたらしく、会ったことはないそうなの。だから気を使ってくれて、ツバサ先生を知っている藤本先生まで同席してくれてた。藤本先生は、

    「麻吹君ねぇ。悪いけど印象が薄くて・・・でも今とはだいぶ違う気がする」

 顧問の高木先生が写真部に残っていた、ツバサ先生が写っている写真を見せてもらったけど、

    「これがツバサ先生ですか」
    「そうなってるけど」

 そしたら藤本先生が、

    「うん、間違いない。高校の時の麻吹君はこんな感じだった」
 他にも卒業アルバムでも確認したけど、はっきり言って別人みたいだった。これも高木先生がわざわざ探し出してくれて、ツバサ先生の写真部時代の作品も見せてくれたけど。申し訳ないけど、ごくごく平凡。

 それとこれはアカネが頼んでたんだけど、加納先生が写ってる写真も探してもらってた。さすがに六十年以上前だから卒業アルバム程度しか期待していなかったんだけど、

    『ドン』

 なんじゃ、この雑誌の山は。表紙を見ると加納先生の特集雑誌みたい。それもだよ二十冊ぐらいあるじゃない。内容は加納先生のスナップ写真がテンコモリ。ザッと読むと高校時代の加納先生は『女神様』と呼ばれるぐらいのスーパー・アイドルだったみたい。高木先生は、

    「この三倍ぐらいあったらしいのですが、学校に残ってるのがこれぐらいで・・・」
 バックナンバーを見るとトビトビになってた。でもだよ、ここは高校だよ、それも県立の伝統名門校じゃない。どれだけの進学校かはアカネでも知ってるぐらいなのに、どうしてこんな雑誌が発売されるのよ。

 加納先生はさすがに若い。でも高校の時からこんなに綺麗だったんだ。そりゃ特集雑誌の一つも出ても不思議無さそう。普通は出ないけどね。変わった高校も世の中にあるもんだと思ったもの。

 高木先生や藤本先生にお会いしたのは応接室だったんだけど、ふと見上げると一枚の写真が額に入れて飾られてるの。これもかなり色あせしてるんだけどキャプションに。

    『県大会決勝進出記念』
 高木先生や藤本先生も聞いただけの話だそうだけど、かつて夏の甲子園の県予選の決勝まで進んだことがあり、その時の記念だそうなの。でもさぁ、こういう写真ってナインの集合写真ぐらいが定番のはずじゃない、それがなんと応援風景。

 写真はスタンドの応援席を写したものだけど、最前列に机を並べ、その上でボンボンを持ったチア・リーダーが三人写ってる。というか、この三人をメインに撮ったものとして良さそう。よくよく見ると右側のチア・リーダーは、

    「こちらは加納先生ですよね」

 それにしても三人とも美人だ。加納先生は特集雑誌が出るぐらい綺麗だったのはわかったけど、残りの二人も勝るとも劣っていない。だから記念写真に残っているのかもしれない。それにしても、この学校ってどんだけ美人が集まる学校だったんだろ。

    「後の二人はどなたですか?」

 残念ながら知らないって。仕方がないよね、六十年以上前の話だもの。後は許可をもらって校内の撮影させてもらった。これも今どきのことで、

    「くれぐれも生徒が特定できる写真は撮られませんように」
 帰りの電車の中で考えてたんだけど。一番の謎は写真の技量。高校時代の麻吹つばさは正直なところ高校写真部のそれも並レベル。にもかかわらず、たった三年後に、あのブレークするほどのテクニックを身に付けたことになっちゃう。これはあまりにも不自然過ぎる。大学三年間で突然の才能開花で説明するには、どう考えても無理がある。

 次にツバサ先生の容姿。高校時代の麻吹つばさと今のツバサ先生は別人って言うほど変わってること。もちろん高校生から大学生、さらに社会人になって変わる人は男も女もいるのはいるけど、それにしてもの変わりようってぐらい。

 高校から大学・社会人になって変わるのがいるのは知ってる。一番多いのは、高校時代はポッチャリを越えてデブだったのが、ダイエットとシェープ・アップで変わるタイプ。アカネの友だちにもいるから知ってるけど、あれは贅肉を落としたら本来のボディが出てきたぐらいで説明可能と思ってる。

 逆もある程度はいる。高校時代に痩せっぽち過ぎたのが、適度に肉が付いて魅力が出るタイプ。ツバサ先生の高校時代は鶏ガラ・タイプだから強いて言えばこっちだけど、これだけでは説明するのは無理がテンコモリ。

 今のツバサ先生はグラマー。ポイントは豊満なバストとヒップになるけど。間違ってもデブじゃない。お風呂も一緒に入った事があるけど、そりゃ見事なボディで贅肉なんてどこにもない引き締まった体なのよね。まるでギリシャの女神の彫刻みたいな感じ。

 わかるかな。鶏ガラ・タイプに肉が付くと、ヒップぐらいは豊満になってもバストは変わらないのよ。そもそもヒップが豊満になるぐらい肉が付いたら、体全体がデブになるじゃない。いくらまだ成長期だからと言っても、高校から大学でバストが洗濯板からホルスタインにまで成長することはありえないもの。


 もう一つ出てきた謎は加納先生。あんな特集雑誌が何十冊も出されるぐらい綺麗だったのはわかったけど、オフィスに残されている写真より明らかに若い。そうなると高校時代からいくつか歳を取られてから、ある時点で歳を取らなくなった事になる。

 加納先生は写真で見る限り死ぬまで二十代半ば過ぎだったみたいけど、高校時代からそこまで歳を取って、そこで突然止まり不老化したことになる。これも説明も理解も不能だけど、事実であることだけは間違いない。

 ツバサ先生が加納先生と同様に不老化しているかどうかは、もう少し年数が経たないとはっきりしないと言うものの、高校時代の麻吹つばさからツバサ先生への大変身が大学時代に起ったらしいのは確認できたと思う。


 忘年会の暴露写真は大受けした。ツバサ先生が、

    「やめてやめて、それだけは見せちゃダメ」

 そう叫んで大暴れするのをスタッフ全員で抑え込んでスクリーンに、

    「じゃ~ん、高校時代の鶏ガラ・ツバサ先生です」

 怒られなかったかって? この手の悪ふざけは大好きだから、

    「覚えてろアカネ、来年はオネショの写真を探し出してやる」
 これぐらいのリアクションで盛り上がってた。


 忘年会での乱痴気騒ぎの帰りにふと思いついたの。ツバサ先生のスタイルは加納先生そのものじゃないかって。例の特集雑誌には水着の写真まであったのよ。あったどころか一冊丸ごと特集だった。今だったら問題になりそうだけど六十年以上前だからね。

 加納先生もナイス・バディだった。高校時代からナイス・バディだった。オフィス加納に残されている写真でもナイス・バディだった。加納先生は高校時代からナイス・バディだったから、そのまま死ぬまでナイス・バディだったのはわかる。

 ツバサ先生が加納先生の生まれ変わりなら、そのナイス・バディも受け継いだんじゃないかって。そうなのよ、加納先生が亡くなったのはツバサ先生が大学一年の時、それも前期の間。

 麻吹つばさの鶏ガラ・ボディがナイス・バディに変わったのは大学時代に特定しても良いはず。藤本先生の言葉が頭に甦って来る。

    「麻吹君は大人しくて、ちょっと上がり症というか、緊張過剰なところがあって・・・」
 それなのに今のツバサ先生のクソ度胸はなんなのよ。これも大学時代に変わったとしか考えようがないじゃない。だったら、だったら・・・