リンドウ先輩:フォア・シーズンズ

 オレの名前は春川流。流は『りゅう』って読むんだ。小学校からの野球少年で、中学でも一年からベンチ入りしてた。ポジションはピッチャーで二年の時にはエースナンバーを付けてた。野球部でオレの学年は黄金世代と呼ばれてて、キャッチャーに小学校からバッテリーを組んでいた強肩の秋葉浩、サードには強打の夏海大輔、ショートには軽業師と呼ばれた冬月進がいた。夏海と冬月が組んだ三遊間の守備は鉄壁と呼ばれたもんだ。

 二年の時には県大会を突破し全国まで進んだんだ。全国では二回戦で敗れたが、三年になれば全国制覇も夢じゃないと思ってたよ。オレら四人は苗字に春夏秋冬が付いてるので『フォア・シーズンズ』とも呼ばれることがあるけど、これは二年の時に付いたものなんだ。

 二年の時に県選抜が結成された時に四人も選ばれ、アメリカ遠征が行われた。この時に四人とも大活躍したんだけど、その時のアメリカの歓迎会で、

    「名前の漢字にはそれぞれ意味があるのですよね」
 県選抜が行くぐらいだから、友好協会が世話役やったし、それなりに日本を知ってる人が司会してたんで、こんな質問が出たぐらいかな。いうても中二やからたいした英語も出来なかったんやけど、苗字を英語でいうことになったんや。単純やけど、
    「スプリング・リバー」
    「サマー・シー」
    「オータム・リーブス」
    「ウインター・ムーン」
 これが妙に受けて、
    「オー! イッツ・フォア・シーズンズ」
 てな感想になり、取材に来ていた現地のメディアに取り上げられて見出し記事になり、その記事が地元のローカル紙でも報道されて定着したぐらいのお話。この時の笑い話として、県選抜のメンバーに岡本ってのいたんだけど、 こうやらかして、『本はブックとちゃうやろ』って突っ込んだのを覚えてる。でも岡本をなんて訳すんだと言われて詰まったのも確かやけどな。

 さて新チームが結成された時にオレは引き続きエース、夏海は主将に選ばれた。オレらの目標は当然だが全国制覇だった。そのために猛練習が行われ、実力も確実についた実感はあったよ。練習試合でも連戦連勝だった。またチームとしての目標は全国制覇だったが、オレら四人の目標はプロを目指すことで、そのステップとして全国制覇した実績をもって野球強豪校に入る事もあったんだ。

 しかし話は青春ドラマのようには行かなかった。秋葉は練習試合のクロスプレーで膝を痛め、夏海は肩に違和感を感じ始め、冬月は腰の痛みを訴え始めていた。痛み止めを使いながら練習は続けていたが、三人とも良くなるどころか段々に悪くなってた。それでもエースのオレが健在であれば県予選ぐらいは突破できたはずなんだが、オレの肘も地区大会の準決勝ぐらいから痛み始めてしまったんだ。

 四人とも爆弾を抱えながら地区大会決勝に臨んだんだが、相手のピッチャーはなかなかの好投手だった。投手戦の様相となったが、オレの肘は回を追うごとに痛みが増し球威が目に見えて落ちていくのが自分でも良くわかった。先につかまったのは悔しいけどオレの方で五回に三点を失ってしまったんだ。ただ相手の投手も疲れからか球威が落ち始め、七回に同点、八回表には夏海のホームランが飛び出してついに逆転。

 このままってところだったんだが、八回裏になるとオレが投げるのも辛い状態になり二点を失って再びリードを許す苦しい展開。残す攻撃は九回表のみ。土壇場まで追い込まれたけど、相手のエースもかなりヘバっていたから、まだチャンスは十分あると考えてた。

 そしたら相手のエースが出て来ないんだ。後で聞いたら肩の痛みでついに投げられなくなったそうだ。オレも厳しい状態だったが、相手も大変だったようだ。だからリリーフが登板したんだけど緊張からか乱調で、フォア・ボールとデッド・ボールであっと言う間に無死満塁。打順は三番秋葉、四番夏海、五番オレの願ってもない逆転のチャンスを迎えたんだよ。バッターボックスに向かった秋葉を見送りながら夏海と、

    「ヒロシでひっくり返せるかな」
    「いやヒロシとダイスケの連続押し出しで逆転かも」
 なんて話をしていたのを覚えてる。そうしたら相手は三番手のピッチャーを送り込んできた。まあだいたいどこのチームでも三番手となるとかなり質が落ちるんだけど、そいつの投球練習を見て三人で笑ってた。
    「なんじゃ、アイツ、ホンマにピッチャーかいな」
 どう見たって、投球をしているというより、ノンビリとキャッチボールをしているようにしか見えなかったんだ。そういえばブルペンで投球練習すらやってなかったから、急遽登板になったとしか考えられなかった。相手も二番手投手がストライクも入らない状態だったから変えざるを得なかったんだろうが、あれじゃ代える意味があったんだろうかってところ。秋葉が
    「オレで決めてくるわ」
 こう言ってバッターボックスに向かっていったのをよく覚えてる。プレイ再開になってから、オレたちは信じられないものを目にすることになるんだ。その三番手ピッチャーはキャッチボールのようなノンビリしたホームから凄まじいスピードボールを投げ込んで来たんだ。秋葉も、夏海も、オレもバットにかすりもしなかった。三者連続三球三振でゲームセット。オレたちフォア・シーズンズの中学野球は終ってしまったんだ。最後のバッターとなったオレは茫然と立ち尽くしていた。

 四人の怪我は思った以上に深刻だった。痛いのを無理したので相当悪化させてたらしい。医者は二度と野球は出来ないまでは言わなかったが、少なくとも卒業までは練習すら禁止にした。オレたち四人はガックリきて野球はこの時点で断念することにしたんだ。プロも夢見てたんだが、こんな体じゃ到底無理ってところ。

 四人とも勉強は出来ていた。というのも狙っていたのがシステム科学大学(SSU)附属だったからだ。ここは野球も強いが進学にも強いところだったからだ。今からでもSSU附属進学も可能だったが、もう野球との未練を断ち切るために県立の進学校である明文館に進むことにした。野球部からも勧誘されたが断った。で、オレたち四人は中学まで野球一色で出来なかったことをやろうと言う話になったんだ。

 夏海が言いだしたんだが、アイツはあれでって言えば怒るだろうがギターが弾けるし、結構歌も上手い。冬月のピアノは野球と変わらんぐらい上手いし、オレも兄貴がギター好きだったから少しは弾けた。あとは秋葉にドラムをやってもらえればバンドが組めるってプランだ。

 秋葉の親父さんは若いころにバンドやってた時期があったみたいで、家にドラムセットが残っているのを知ってたんだ。秋葉の親父さんに頼んだら今でも使えるし、快く貸してくれることになった。秋葉はかなり嫌がったけどなんとか説き伏せて、ついでに秋葉の親父さんに手ほどき頼んどいた。あのオヤッさん『まかしとき』って嬉しそうやった。横で秋葉がベソかきそうになってたのは笑ったけどね。

 みんな久しぶりだし、とくに秋葉は初心者だったから時間はかかったけど、三か月もすればそれなりに形になってきた。そこで軽音楽部に入部してグループ名をフォア・シーズンズとして活動を始めたんだ。現在の構成は夏海がギターとボーカル担当、オレがベース、ドラムが秋葉で、キーボードが冬月。ずっとこのメンバーで活動してて、校内ではかなりの有名人気バンド。目標はもちろん春の文化祭でのステージだ。

 練習にも熱が入っているところなんだが、一人ウルサイのが最近絡んでくるんだよ。野球部のマネージャーのリンドウなんだ。リンドウはただのマネージャーじゃなくてGMと言ってるけれど、目的は野球部への勧誘。これが、もう堪忍してくれなんだよ。

    「・・・春川君、文化祭が終わったら野球部手伝ってよ。お願い」
    「野球はもうやらないの」
    「でも凄いピッチャーだったんでしょ」
    「もう忘れたよ」
    「じゃあ、思い出して」
    「バンドの練習あるからこれぐらいにしてくれないか」
    「じゃあ聴いてる」
 こんな調子で毎日毎日だよ。バンドの練習中もちょっと一休みになれば、待ってましたとばかりに野球部勧誘を始めるんだよ。もちろんオレだけでなくて他の三人にもだよ。オレは鬱陶しくてたまらないから、
    「もう、出てってくれ」
 こう何度も言ったけど、それこそ蛙の面にションベン状態でニコニコしながら野球部への勧誘を懲りもせずに続けるんだよ。オレはもうイライラしてバンドの練習さえ気が散って困ってる。

 リンドウの勧誘だけど、放課後だけじゃないんだ。休み時間や、昼休みも追っかけまわされるんだ。それこそ昼飯食ってる間も隣に座り込んでやり続けるんだよ。クラスが違うと言っても気にもしやがらないんだ。なんか最近ではリンドウが絶対来ない授業中の方がホッとするぐらいで、休み時間にリンドウが来なければ、

    「助かった」
 こう感じるぐらいなんだ。もちろん、オレのところに来てないということは、他の三人が被害を受けているってことだけど。他の三人にリンドウを追っ払う相談もしたんだけど、気の良いというか、女に甘いというか、
    「まあ、そこまで言わんでも・・・」
 とにかくオレは野球なんて忘れたよ、オレたちは筋金入りのロックンローラーなんだよ。オレが愛するのはこのベースギターで、命を懸けるのは春のステージだ。