ここは慰労パーティ会場。勝ってれば大祝勝会の予定だったけど、負けたんで竜胆監督がささやかにやろうって。そうしていたらお好み焼き屋の大将が特大ブタ玉を三十枚ぐらい持ってきてくれて、
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「エエ試合やった、感動した。でも、あの敬遠は男のすることか・・・」
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「ホンマに頑張りはった。せめてもの感激の印。それにしても、あの敬遠はちょっとあかんよね・・・」
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「私はね、高校スポーツは、ああなっちゃいかんと・・・」
とにかく水橋は結局準決勝から二試合連続の十連続敬遠になったから、球場内の雰囲気はとにかく異様だった。一回が三者凡退の後に、二回の水橋の無死走者なしの第一打席で、敬遠策が取られた時のどよめきというか怒号から凄かった。これは打席を重ねるごとにヒートアップした。もう極楽大附属は球場全体を敵に回してた。大げさにいえば日本中を敵に回している感じさえした。今日の全国の夕方のトップニュースになってるぐらいだ。明日もこの話題で沸騰しそうな気がする。
もう球場全体の応援はうちの方に一辺倒になっていた。極楽大附属の応援席でさえブラバンの音だけで、声は回を追うごとに小さくなっていた。途中で席を立つ者も少なくなかった。いくら母校でもそうなる気持ちはわからないでもない。
うちの応援席もリンドウがいくら頑張って押さえて回っても、あれぐらいは荒れるだろう。校長なんて教頭と一緒になって、スタンドの一番前の金網にしがみついて顔を真っ赤にして怒鳴ってたから。試合終了時に二人で乱入しかねない勢いだったのを顧問の先生や後援会長たちが必死になって止めてたぐらいだった。ボクだって偉そうなことは言えない。応援席にいたら、ああなっていたかもしれない。これもかなりの問題行為だが、
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「敬遠大好き極楽大、恥とも思わん極楽大、水橋一人に、勝てない極楽大」
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「卑怯者、卑怯者、卑怯者」
向こうで泣き顔の夏海が土下座しそうな勢いで水橋に謝ってる。水橋敬遠策を破るには夏海のバットがカギだったんだが、SSU附属戦も、極楽大附属戦もヒットどころか打点すら出なかった。とくに決勝の極楽大附属戦では全部三振だったんだ。責任感の強い夏海にしたら、たまらなかったと思う。
夏海は外角は強いが内角がやや苦手なんだ。SSU附属戦はそこを上手く突かれて封じ込められてた。極楽大附属も同様の戦術を取って来たけど、夏海も対抗策を取っていた。夏海は内角が苦手だったので普段はバッター・ボックスではやや下がって構えるんだが、極楽大附属戦では思いっきりかぶって構えてた。かぶると言っても半端なものじゃなく、ホームベースに文字通り覆いかぶさるような構えで、内角に少しでも深く入ればデッドボールてな感じだ。いや、ストライクでも当たるぐらい被ってた。
決勝で唯一のチャンスは、この試合でたった一本だけだった安打を古城が放った時。二死からだったが、古城は三番だったから四番の水橋が敬遠で自動的に一・二塁になる。あの打席の夏海の闘志はベンチのボクにもヒシヒシと伝わるぐらいだった。さらに大きく被さっていた。一球目も、二球目も、
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「ドスン」
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「ストライク」
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「うぉお」
ボクもSSU附属戦の二番手投手はまだ打てたけど、極楽大附属戦ではノーヒットだから、夏海のことを責める気には到底なれない。とにかく決勝は三振十七個で攻撃に関しては話にならなかった。
それにしても夏海にストライクとはいえ、あの異様な雰囲気の中でも容赦なくぶつけてくる極楽大附属エースの精神力は敵ながら天晴れと感心した。あれこそエースの中のエースだ。きっと水橋と直接対決したかったんだろうな。監督の指示はああいうチームだから絶対と思うが、内心はどれだけ無念だったかと察するに余りがある。ボクだって勝敗抜きで見たかった。
さっきから大丸キャプテンが泣きながらリンドウに謝ってる。みんなにも謝ってる。キャプテンの自分が、みんなをもっと、もっと引っ張っていたら甲子園に行けたはずだったのにと。後一歩が足りなかったのはすべてキャプテンの責任だって。
でも違うよ。キャプテンがどれだけ引っ張ったかは、みんなは認めてるんだ。認めてるどころか驚嘆して尊敬してるんだ。あの竜胆駿介の猛烈スパルタ・シゴキにキャプテンが率先して頑張ったから、みんなここまで来れたんだ。キャプテン抜きじゃ絶対に無理だった。
リンドウが言ってたが、うちの野球部は足りないものだらけだって。リンドウは本当によくその穴を埋めてくれたと思う。でも最後まで埋めきれなかったものが時間だ。水橋は四連戦四連投になったから、ああなるのは仕方ないと思うけど、他の野手も疲労は限界だった。ボクもそうだった。
それこそ鍛錬を重ねてスタミナを養う時間がなかったんだ、これは魔術師竜胆駿介をもってしても、たった三ヶ月ぐらいじゃどうしようもなかったってところだ。一年、いやせめて半年、いやいやもう三か月あっただけでも結果は変わったかもしれない。
でも、これは間違ってもリンドウのせいじゃない。いかにリンドウだって時間まで作れないよ。こんなチームで決勝まで行けて、あの極楽大附属相手に九回まで頑張ったなんて今でも信じられないよ。野球をやれて本当に良かった。
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「お〜い、ススム。なんか考え事か」
「いや、よく頑張ったなって」
「うん。なんかあの地区大会の借りを返した気分がする」
「リュウもそう感じるか」
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「冬月もお疲れさん。ところで夏海をなんとかしてくれよ。あない泣かれたら往生するわ」
依頼料がバカ高いと言われていたが、やった事もないことを必ず成功させるなんて、考えただけで無謀な話だよ。それと仕事に必要なものは惜しみなく買うんだよ。野球部に百万だしたのもそうだよ。たしかに中古を売ったカネもあったけど半分以上は水橋の自前だ。ボクが予選で勝つために合宿費用が必要と相談したら、なんの迷いもなく百万をそろえてみせたんだ。
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「わかった水橋。ダイスケをなんとかする」
「悪いな」
「それぐらい気にするな」
後出しジャンケンみたいなものだけど、うちが甲子園にいけなかった理由はそれこそ色々あるよ。その中でも台風が来て予備日が潰れて、決勝まで四連戦になったのは本当に痛かった。あれで水橋の休養日がゼロになったから。いくら水橋でも三連投目、四連投目になると明らかに球威が落ちざるを得なくなっていた。
これに連動するがSSU附属と極楽大附属が七回戦目、八回戦目の連戦になったこと。これは日程通りで中一日挟みながらでもあまりにも厳しすぎる相手だった。せめて連戦でも五回戦目・六回戦目ならひょっとしたら結果は変わっていたかもしれない。そこに予定通りの休養日があれば勝って甲子園に行けてた可能性さえある。そんなことを今さら考えてもしかたないけど。
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「監督。夏でやめられるんですか」
「そのつもりやってんけど、やっぱり悔しくてな」
「じゃ、続けられるのですか」
「まあな、古城で夢を見ようかなってな」
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「ススム、あかんかったな」
「今日はしかたないよ」
「でも今日の水橋凄かった」
「ヒロシもそう感じたか」
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「ヒロシ、受けててどうだった」
「今まで一番球威がなかったけど、一番熱かった。ミットが燃え上がるんじゃないかと思ったもの」
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「冬月君、お疲れ様」
「リンドウさんこそ、甲子園に連れて行ってやれなくて悪かった」
「いやだ冬月君まで、もうイイのよ」
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「ボクは竜胆薫を愛してます」