過疎ヘリ、侮るべからず

ssd様の専用とか多目的とかが気になったので、ちょっとだけムックしてみます。とりあえず多目的医療用ヘリの「多目的」の複数の目的とは何かになります。参考になりそうなものとして島根県の資料があったので、まず紹介したいのですが、そこには、

医療用多目的ヘリコプター(過疎ヘリ)を活用した離島・山間地域の病院の診療支援

行政的に「医療用多目的ヘリ = 過疎ヘリ」と言うのかどうか確証はありませんが、「過疎ヘリ」とはなかなかのネーミングです。この運用目的として、

離島・山間地域における診療体制を中核的な病院が支援するため、医師派遣や患者搬送等を迅速に行えるよう医療用多目的ヘリコプターの設置・運用に対する支援が必要である。

これでも何のことやらですが、運用イメージ図と言うのがあります。

ここから複数の目的とは、
  1. 救急患者の搬送
  2. 医師の僻地への派遣
  3. 時には防災ヘリ
この3つの目的を兼ねるのが医療用多目的ヘリらしいことが確認できます。防災ヘリと救急ヘリが目的用途が別と言うのはまだ理解しやすいのですが、患者搬送と医師派遣が別の目的とは違和感が少々あります。救急ヘリなら別の目的とせずとも良いような気がするからです。ところが救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法てなものがあり、そこにまず救急医療用ヘリの定義があります。

第二条
 この法律において「救急医療用ヘリコプター」とは、次の各号のいずれにも該当するヘリコプターをいう。

  1. 救急医療に必要な機器を装備し、及び医薬品を搭載していること。
  2. 救急医療に係る高度の医療を提供している病院の施設として、その敷地内その他の当該病院の医師が直ちに搭乗することのできる場所に配備されていること。

これだけではわかり難いのですが、次の第三条を読むともうちょっとはっきりします。

第三条

 救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する施策は、医師が救急医療用ヘリコプターに搭乗して速やかに傷病者の現在する場所に行き、当該救急医療用ヘリコプターに装備した機器又は搭載した医薬品を用いて当該傷病者に対し当該場所又は当該救急医療用ヘリコプターの機内において必要な治療を行いつつ、当該傷病者を速やかに医療機関その他の場所に搬送することのできる態勢を、地域の実情を踏まえつつ全国的に整備することを目標とするものとする。

救急医療用ヘリとは医師がすぐに同乗できるだけではなく、

    当該傷病者を速やかに医療機関その他の場所に搬送する
どうも救急患者搬送専用の単目的のヘリであると特別措置法に定められているようです。ですから、医師派遣を行なうのは救急医療用ヘリからすると目的外使用となり、多目的医療用ヘリと言う表現になると考えられます。もう一つ救急医療用ヘリコプターの導入促進に係る諸課題に関する検討会報告書(素案)と言うのがあり、そこには、

消防防災ヘリ等については、救助や火災等多目的に利用されるため必ずしも救急医療用の機材を常備していないこと、配備先が医療機関でないため医師の搭乗に時間を要すること等から、ドクターヘリと明確に区別される。

消防防災ヘリも実運用上に於ては、

一方、例えば消防防災ヘリについては、全災害出動件数のうち約半数近くが救急に使用され、さらにその約半数に医師が搭乗している(転院搬送を除いた場合は2割弱)。

こういう実情があっても「明確に区別される」、つまり救急ヘリ関係の補助金の対象外になっていると考えられます。補助金対象になる救急ヘリは特別措置法によって定義された救急医療用ヘリのことであり、その目的は「救急患者の搬送」だけの単目的ヘリになっていると考えられます。



ここからは根拠が無いので憶測ですが、島根県も打ち出している過疎ヘリはどういう狙いなんだろうと言う事です。この防災ヘリを救急ヘリとと認めない運用については批判もあるらしく、特別措置法の改正とか、「弾力的運用」の動きみたいなものがどうやらありそうな気配です。理由は良くわかりませんが、ヘリ救急は「そこのけ、そこのけ聖域整備」の背景もあるからと考えています。

ただヘリは高価な代物です。機体だけでもそうですし、それを維持運用するには莫大な費用が必要です。いくら国からの補助金があるにしろ、都道府県からの持ち出しは確実に増えます。高価な投資であるヘリですから、出来るだけ幅広く運用したくなるのは当然かと思います。救急医療用ヘリについては特別措置法で定められていますが、第二条の定義さえ満たせば、第三条については弾力的な運用が考えられているんじゃないでしょうか。

つまりヘリ本体は医療用ヘリとして医療資材を常備しているだけでなく、ヘリ基地も医師がすぐに同乗できる体制でさえあれば、救急患者の搬送以外の目的に一部使うのは差し支えないみたいな感じです。これは批判しているのではなく、安い買い物ではありませんから、それぐらいは「エエんちゃう」ぐらいの素人感覚です。

そりゃ、予算に余裕があれば防災ヘリと救急ヘリ、さらには医師派遣用ヘリと別々に備えれば理想ですが、そんな事ができる都道府県は限られてしまうと思われます。融通使用の範囲を広げても、実運用上はさして悪いとは思えないところもあります。



融通使用はまあ良いとして、そうなると気になるのは医師派遣です。どういう運用イメージなのかを島根県資料から引用すると、

  • 医師不足等により診療機能が低下しつつある離島・山間地域における救命救急率を高めるとともに、通常の診療体制を維持するためには、広範囲で医療資源を有効活用することが重要な課題
  • このため、中核的な病院で勤務する専門医が短時間で移動し、離島・山間地域で診療に当たることができる条件整備が必要
  • 防災ヘリコプターでは、これらのニーズに十分対応できないことから、新たに医療用多目的ヘリコプターの設置が必要
  • これにより、急性期を脱し、回復期にある患者の身体的な負担の軽減に対応し、安全に搬送することも可能

キモは、

    中核的な病院で勤務する専門医が短時間で移動し、離島・山間地域で診療に当たる
島根県がどういうイメージを抱いているのか不明なんですが、受ける印象はヘリによる巡回診療みたいに思えますし、当然の事ですが行ったからには帰りもヘリになるはずですから、ヘリ送迎による非常勤勤務みたいな感じとも受け取れます。救急ヘリは夜間運用も検討されているそうですが、現在は夜間飛行は難しく、天候にもかなり左右されます。さらに機数も限定されていますので、ヘリ派遣された医師が帰る頃にヘリ搬送が入れば、やはりヘリ搬送が優先されると考えられます。漠然と「おいてけぼり」は嫌だな〜ってところです。

それより何より、従来は救急部門にほぼ限定されていたヘリが、どの診療科の医師でもヘリに日常的に乗る可能性が出てきます。個人的にはヘリ怖いですから、縁の薄い開業医で助かったと思ってます。逆にヘリ好きの方なら、定期的に搭乗できるので、ヘリでの巡回診療当番が心待ちになるかもしれません。

それにしてもエライ時代になったもので、勤務医になったからには日常的にヘリ搭乗が要求されるようです。なんつうても、

    通常の診療体制を維持するためには、広範囲で医療資源を有効活用することが重要な課題
かんなり前に医師の効率的配置の議論の時に、「どこでもドア」でもないと無理みたいな議論があったと思いますが、過疎ヘリは「どこでもドア」ならぬ「どこでもヘリ」みたいな側面がありそうです。「広範囲で医療資源活用」とは、どう読んでもヘリによる医師の高速輸送で支える構想と考えられるからです。

ヘリポートの整備が不十分のところは、やはり医師はホイスト降下なんでしょうかねぇ。過疎ヘリは本当に侮るべからずです。