ステトスコープ・チェロ・電鍵様の医療から信頼を損なわせたのは誰かに紹介されていた座談会も面白かったのですが、その座談会に対しての基調講演があったのでご紹介します。東京大学・読売新聞 医療改革シンポジウム「信頼の医療をめざして」から【基調講演】「複雑系としての医療システム」。
課題克服へ透明性重要
今の医療危機に拍車をかけているのは、なにより急速に進む少子高齢化だ。75歳以上だけで毎年10兆円近くの医療費が使われている。この額は防衛費の約2倍。65歳以上だと約4倍に相当し、今後さらに増加していく。これをだれがどう負担するのか。社会全体で考えないといけない。
医療費の中で特に大きいのは人件費だが、100床当たりの医師数を見ると、日本は15人しかいない。欧米に比べ3分の1から5分の1の人数で、看護師数もかなり少ない。
しかし、人口当たりの医師数で見ると、実は米国の9割程度で、大きな違いはない。日本では人口当たりのベッド数が多いからだ。ベッド数が多いと、マンパワーが分散し、人手が必要な救急医療や集中治療室に手が回らなくなる。
米国は過去40年、患者の在院日数を短くして、マンパワーの集約化を進めてきた。日本もここ数年で在院日数を短縮し始めたが、マンパワーは増えず、現場はどんどん忙しくなり、若い人が現場を離れるという悪循環が始まっている。
病院間で機能分担すればいいように思えるが、設立母体の異なる病院は合併できないという規制がある。病院統合を推進するための、規制緩和も必要だ。
この問題は、少しぐらい医師を増やすだけでは解決しないだろう。米国では、医師以外に医療行為に参加できる人たちが十数万人いる。医師補助士(PA)は、手術の同意書をとるほか、手術の一部も担当する。
例えばコロンビア大学の心臓外科は東大病院と規模はほぼ同じだが、PAが約30人いるため、約5倍の手術数をこなしている。日本でも、医師以外に医療行為を行える職種を設けることを考えないといけない。
医療は、患者を中心に、行政、経済、大学、地域、研究、教育、研修、臨床現場など様々な要素がかかわっており、互いが影響を及ぼし合っている。これが「複雑系」と呼ばれる状態で、どこかの要素を変化させても、全体に大きな影響をもたらす可能性がある。
医療の問題について犯人捜しをしてもかえって状況は悪化し、良かれと思った対策を順番に行ってもうまくいかない。重要なのは透明性を高め、社会全体で良い循環を作っていくことだ。
講演されたのは、
永井 良三(ながい・りょうぞう)氏/東大大学院医学系研究科教授。専門は循環器内科。1999年から現職。2003〜07年、東大医学部付属病院長。
とりあえずアメリカ・マンセーの方だという事はよくわかります。これで結論にしたらわかりにくいので、解説を加えますが、
医療費の中で特に大きいのは人件費だが、100床当たりの医師数を見ると、日本は15人しかいない。欧米に比べ3分の1から5分の1の人数で、看護師数もかなり少ない。
しかし、人口当たりの医師数で見ると、実は米国の9割程度で、大きな違いはない。日本では人口当たりのベッド数が多いからだ。ベッド数が多いと、マンパワーが分散し、人手が必要な救急医療や集中治療室に手が回らなくなる。
ここで強調しているのは日本の医師数は不足していないです。その証拠として人口当たりの医師数では日本はアメリカの9割いるとしています。それでも不足しているのは病床数が多すぎるからと結論付けています。データも挙げられていますので、
国 | 人口1000人当たり | 100床当たり | |||
病床数 | 医師数 | 看護師数 | 医師数 | 看護師数 | |
日本 | 14.0床 | 2.1人 | 9.3人 | 15.0人 | 66.4人 |
アメリカ | 3.2床 | 2.4人 | 10.5人 | 75.0人 | 328.1人 |
ここで永井氏の御主張の病床数の差を補正してみます。病床数の差は4.375倍ですから、
国 | 100床当たり | |
医師数 | 看護師数 | |
日本 | 65.6人 | 290.5人 |
アメリカ | 75.0人 | 328.1人 |
別に表にするまでも無くアメリカに近い数字なります。では実数としてどれぐらい病床数を減らすかですが、
病床種別 | 2007年データ | アメリカ型補正後 |
総数 | 1775481 | 405842 |
病院 | 1620173 | 370325 |
精神病床 | 351188 | 80272 |
感染症病床 | 1809 | 413 |
結核病床 | 10542 | 2410 |
療養病床 | 343400 | 78453 |
一般病床 | 913234 | 208739 |
一般診療所 | 155143 | 35461 |
療養病床(再掲) | 18993 | 4341 |
歯科診療所 | 165 | 38 |
どの種別の病床も単純に減らしていますが、一番わかりやすい一般病床と療養病床で見ると
病床種別 | 2007年データ | アメリカ型補正後 |
一般病床 | 913234 | 208739 |
療養病床 | 343400 | 78453 |
一般病床が91万床から20万床、療養病床が34万床から7万8千床程度に減ることになります。それだけ減る代わりに急性期の平均在院日数を19.8日から5.6日に減らせば帳尻がピッタリ合うとの御意見のようです。ではでは入院患者数はどれほどいるかになります。これも2007年度データですが、一般病床だけ参照にします。
* | 在院患者数 | 新規入院患者数 | 退院患者数 | |||
年間延数 | 1日平均数 | 年関数 | 1日平均数 | 年関数 | 1日平均数 | |
一般病床 | 2億5526万人 | 70万人 | 1352万人 | 3万7000人 | 1334万人 | 3万7000人 |
これらのデータのうち、新規入院患者数は変わらないすると年間1352万人の入院能力が必要です。一般病床は20万床になりますから、1床当たり67.6人の収容能力が必要となり、平均在院日数は5.4日にすれば可能です。ただしこれは100%運用になり、実運用上は90%ぐらいが限界と考えられ、そうなると平均在院日数4.9日程度にする必要があります。
気になるのはモデルとするアメリカの病床利用率です。これがハッキリしたのが見つからないのですが、全病床に対して66.0%と言うのがあります。日本が82%ですから、仮にアメリカの一般病床の病床利用率を70%にすれば、平均在院日数は3.8日が必要になります。3.8日はさすがに容易な数字であるとは思えません。余ほどの医療技術の革新が行なわれないとすぐには無理な数字かと思われます。
そこでアメリカの病床利用率を70%、平均在院日数を5.5日とすると年間の新規入院患者数は912万人ぐらいになり、423万人ばかりが入院できなくなります。423万人は32%程度になりますから、これまでの入院していた3人に1人は入院できなくなる勘定になります。これを日本では80%にしても、平均在院日数がアメリカと同様の5.6日であれば入院可能人数は1043万人になり、292万人、22%は入院できなくなります。
集約化と言っても、医師や看護師などの数が集まった分だけ稼ぎが必要になります。全体の数が一緒の集約化で入院患者数が2割以上も減れば、病院はすべて大赤字になります。現在黒字とされている病院の収益率も1%とか2%程度のところが殆んどで、2割も入院収入が減れば病院経営は成立しません。現在並みの収入を確保するには100%運用で平均在院日数を5.4日にして初めて可能になります。これも簡単に表にまとめておくと、
病床利用率 | 可能入院患者数 | 入院できなくなる患者数 |
100% | 1304万人 | 31万人 |
90% | 1173万人 | 162万人 |
80% | 1043万人 | 292万人 |
70% | 913万人 | 422万人 |
60% | 782万人 | 553万人 |
※新規入院患者数を1335万人、平均在院日数を5.6日と前提 |
その上で
病院間で機能分担すればいいように思えるが、設立母体の異なる病院は合併できないという規制がある。病院統合を推進するための、規制緩和も必要だ。
この問題は、少しぐらい医師を増やすだけでは解決しないだろう。米国では、医師以外に医療行為に参加できる人たちが十数万人いる。医師補助士(PA)は、手術の同意書をとるほか、手術の一部も担当する。
例えばコロンビア大学の心臓外科は東大病院と規模はほぼ同じだが、PAが約30人いるため、約5倍の手術数をこなしている。日本でも、医師以外に医療行為を行える職種を設けることを考えないといけない。
ここはそんなに悪い事は提唱していないのですが、100%運用で平均在院日数を5.4日にしても病院の収入自体はさほど変わりません。この辺は集約する事により事務職員の削減が可能になれば計算が変る部分はあると思うのですが、PAや麻酔看護師を設置すると、その分の人件費は当然増え、ドンブリですが帳消しと今日はしておきます。
アメリカ並みの病床数にすれば、当然ですが入院患者は減ります。さらに減った分で病院経営を成立させなければなりませんから、入院単価は2〜3割以上は最低限挙げる必要があります。もうちょっと考えれば集約化する巨大病院のための建設費も医療経営に圧し掛かりますから、3〜4割以上、いや安定経営のためには5割程度の値上げは欲しいところじゃないでしょうか。
アメリカは当然のように医療費は高くなっています。どれぐらいアメリカの医療費が高いかですが、今日は広島三菱病院外科部長 家護谷泰秀氏のアメリカの医療を紹介しておきたいと思います。
医者に会うだけで1万円、ちょっとした健康診断で3万円、血液検査でもすれば(末血と肝機能検査程度)さらに4万円、入院となると部屋代だけで1日につき10〜20万円、これに検査や手術が加わればまず50万円をはるかに超えます。虫垂炎で300万円、癌にでもなって手術でもすれば500万円を遥かに超えます。これはアメリカの話で、日本人なら誰もが驚きますが、一般の人にはほとんど知られていません。ちなみにアメリカの平均年収は400万円台で、大病をすると地獄行きです。
--------中略--------医療保険に入れば、こんな法外な医療費を払う必要はないのですが、アメリカには国民皆保険の制度はなく、政府が取り仕切っているのは65歳以上の高齢者と障害者に対する“メディケア”と、低所得者のための医療補助保険“メディケイド”だけです。この公的保険も診療報酬が低額に抑えられているため、病院によっては拒否されることが多いようです。全米で5,000万人近くの人と不法移民2,000万人が医療保険に加入できていません。あとは民間まかせで保険会社は非常に高い保険料を設定しています。ちなみに、夫婦2人と子供2人の平均的家庭で、平均的な保険に入ると月に約10万円〜15万円くらい。
--------中略--------患者が病院に行って真っ先にすることは、日本では保険証を提出することですが、アメリカでは“たとえ保険会社が支払いを拒否しても、いくら治療費がかかっても必ず払います。”旨の書類へのサインだそうです。保険屋が口出しをして、医療をここまで歪めているのです。医者の技術料は日本の約5倍、単価の4割近くは医療訴訟のための保険代です。くだらない話です。これが自由の国アメリカの医療の実態であり正体です。
アメリカの医療が日本の7割や8割の入院患者で経営が成立し、医師にも莫大な報酬が支払えるのは、ここまでの高額の医療費体制がしっかりあると言う事です。アメリカ式を日本に輸入するなら、とうぜんこれも付随します。永井氏の提案は、
医療者にとっては悪い話ではありませんが、患者にとっては、- 入院可能な人数が2割から3割減る
- 医療費は3割以上は軽く高くなる。下手すると5割以上もありうる
- 医療費の高騰は外来にも及ぶであろう
「国民的議論」にするには、チェリー・ピッキングのように美味しい部分だけ強調しても空虚なものです。永井氏の言葉にある、
-
医療の問題について犯人捜しをしてもかえって状況は悪化し、良かれと思った対策を順番に行ってもうまくいかない。重要なのは透明性を高め、社会全体で良い循環を作っていくことだ。
ここで永井氏の名誉のために補足しておけば、永井氏がこれだけの内容しか話さなかったかどうかは、参加者以外は誰も分かりません。分量からして講演内容をかなりダイジェストしていると考えられ、そのダイジェストも読売新聞の編集権の下で行なわれています。編集権による切り貼りの凄まじさは、説明の必要もありませんが、凄まじい切り貼りの結果、カラスがサギになる程度のことは最早驚きにもなりません。
つまり永井氏の真意が基調講演記事にどれだけ反映されているかなんて、藪の内だという事です。もっとも編集権の激しい行使の結果、読売新聞が意図することだけは明瞭に記載されているとは考えてよいので、読売の意見はよく反映されている判断する事は可能と考えています。