厚労省データ不正流用疑惑と統計法

法律解釈は正直なところ鬼門で最近逃げ腰なんですが、不正流用疑惑で新たな火種になりそうな統計法関係の話を少し考えて見ます。統計法自体は1947年に制定された法律なんですが、去年に大幅改正されました。改正されたと言っても総務省統計局HPに、

本法のうち、公的統計の整備に関する基本的な計画や統計委員会の設置などに関する一部規定は平成19年10月1日から先行施行されており、その他の規定も公布の日から2年以内に施行されることになります。

これだけではどこからどこまでが新統計法に置き換わったかサッパリわからないのですが、現時点では現行の統計法が基本的に適用されていると解釈して話を進めます。それとさして長くない法律ですが、今回の事件に関係しそうなところを手短に拾いながら簡単に解説してみます。

この法律は公的機関による統計調査はすべて総務省統計局が一元管理すると規定したものです。統計調査は大きく3つに分類され、

  1. 指定統計調査
  2. 国勢調査
  3. 指定統計調査以外の統計調査
3つの統計調査の色分けですが、指定統計調査(指定調査)と国勢調査は定期調査、指定統計調査以外の統計調査(届出調査)は臨時調査と解釈すればよいようで、「時間外診療に関する実態調査」は届出調査になると考えられます。指定調査であっても届出調査であっても総務省に届け出て総務大臣の承認が必要なんですが、承認に当って必要とされる項目が統計法7条1項にあり、

  1. 目的、事項、範囲、期日及び方法
  2. 集計事項及び集計方法
  3. 結果の公表の方法及び期日
  4. 関係書類の保存期間及び保存責任者
  5. 経費の概算その他総務大臣が必要と認める事項

総務省統計局に届ける時点で目的(調査目的)は明記され、これを承認されて承認番号が公布され統計調査が行われる事になります。ここで無能な土木役人様からの御指摘なんですが、

 中央官庁が大規模なアンケートなどの統計調査を行う場合には、統計法の規定で総務省の統計局の承認を事前にとっておく必要があるのだけど、質問票にも、依頼文のどこにも統計局の承認番号が書いてない。普通は質問票の右上に統計局承認第○○号と承認番号が記載されるばずなんだけどなあ。ひっとして、統計局の承認なしに調査をしていたとしたら、これまた、手続きの瑕疵かもね。

通常は統計局の承認番号が「お願い」文書には記されるのが通例だそうです。お役所の通例ですから、どの省庁でも共通と考えるのですが、確かに3種類の「お願い」文書のどこにも記載されていません。そうなると考えられる可能性は、

  • 単純に書き忘れた
  • 統計局の承認を受けていない
この二つが考えられます。さすがに「統計局の承認を受けていない」は無いとは思いにくいところですが、もし受けずに調査した統計データを用いていたらどうなるのでしょうか。この辺がよくわからないところですが、統計法の趣旨からして違法調査になると考えられます。ただ今日のところは承認を受けていて「単純に書き忘れた」として進めます。

※ちょっと補足

よく調べると統計報告調整法の第3条2項に

この法律において「報告様式」とは、調査票若しくは質問書又はこれらの様式をいう。

さらに第7条に

統計報告の徴集について承認を受けた行政機関の長は、当該報告様式にその承認期間及び承認番号を明示しなければならない。

承認番号を書いていないのはどうも法令違反になるようです。

届け出た調査目的の扱いは統計法で、

第十五条

 何人も、指定統計を作成するために集められた調査票を、統計上の目的以外に使用してはならない。

 2 前項の規定は、総務大臣の承認を得て使用の目的を公示したものについては、これを適用しない

ここは15条の2もあって解釈が分かれる部分もあるようですが、目的外使用は原則禁止で、総務大臣の承認が得られれば目的外使用は可能となるとしています。それといったん届け出て承認を受けた調査目的ですが、変更は可能です。これは統計報告調整法に規定があり、

第八条

 前条の行政機関の長は、当該統計報告の徴集を中止しようとする場合には、その旨を総務大臣に届け出なければならない。

2 前条の行政機関の長は、当該統計報告の徴集について変更しようとする場合には、変更しようとする統計報告の徴集について、新たに総務大臣の承認を受けなければならない。


長い前提でしたが、今回の疑惑は調査目的について趣旨の異なる「お願い」文書が作成されていた事です。統計法にはあくまでも総務大臣に届け出た調査目的以外の使用を禁じていますが、これも総務省資料の統計関係法における個人情報の取扱い等についてからで、

統計調査は、承認・届出に係る事項の範囲において行われる。何人も、統計上の目的以外に調査票(承認統計調査の場合は報告徴集によって得られた統計報告)を使用してはならないこととされている(統計法第15条、第15条の2)。

また、調査票にも統計以外の目的に使用しない旨を明記している。

調査票に明記しなければならないとは統計法にも統計法施行令にも書かれていませんが、調査を受ける側にすれば届けられた調査目的を容易に知る術も無いのでどこかで通達でもあるのかもしれません。調査票については京都府医師会が公開(10ページ以降)していますが、そこには見当たりません。公開された部分以外に記載されているのか、それとも「お願い」文書を同封する事により兼ねているのかのどちらかになりますが、どうも「お願い」文書で兼ねているように思われます。ここも現時点ではこれ以上の情報が無いので、「お願い」文書で兼ねていると考えます。

厚労省の強弁は森光課長補佐の言葉を引用しますが、

    とにかく(A)に「今後の診療報酬改定の検討資料とすることを目的に」と書いてあるから、再三ご説明したように不正流用ではない。なのに不正流用というのはけしからん。
これは厚労省としては総務省に届け出た「正しい目的」を厚労省は「お願い」文書として添付しているのだから問題は発生しないの趣旨と考えます。統計法ではそうなっていると解釈可能です。この見解の延長線上で上記した目的外使用のための手続きも取られていないと考えるのが妥当と考えます。保団連と森光課長補佐の生々しいやり取りは7/5エントリーで解説したのですが、ひたすらこの主張で押しまくっています。

ここでもし目的外使用の手続きを取っていたら、森光課長補佐はあれだけ感情的にならずに「冷静」にその旨を告げて話は終わっていたはずです。それとやや疑問なのは、あれだけ感情的になったのは「不正流用」の指摘だけだったのでしょうか。もちろん個人の性格の問題がありますし、森光課長補佐のお人柄など知る由もありませんから、怒られるとああいう反応を示す人物である可能性は否定できません。

ここで統計法を読んでみてある重大な疑惑が一つ膨らんできています。厚生労働省が届け出た調査目的は本当に「正しい」バージョンなんでしょうか。もう一度3種のお願い文書を並べてみますが、

バージョン 調査目的文 流用の適否
厚労省「正しい」版 今後の診療報酬改定の検討資料とすることを目的に
厚労省「下書き」版 今後の時間外診療のあり方を検討するための基礎資料とする事を目的に ×
みずほ情報総研版 今後の時間外診療体制のあり方を検討するため ×


厚労省の「下書き」バージョンに注目したいのですが、
    今後の時間外診療のあり方を検討するための基礎資料とする事を目的に
読むからにクドい文章ですが、これって総務省に届け出た調査目的そのものの引き写しの可能性は無いでしょうか。一般にですが、こういう届け出では調査目的をなるべく狭くしようとするかと考えます。漠然と広い調査目的では調査の使用範囲が無闇に広がるからです。また文章のクドさは正式の届け出でのお役所文書と取ればごく普通のものです。つまりこれぐらいクドクドと調査目的を限定しないと総務省の承認が下りない可能性です。

「下書き」バージョンと「正しい」バージョンは調査目的以外は同一の内容です。ある時期に変更になっているのですが、調査委託先のみずほ情報総研が「お願い」文書を作成した頃には、この「下書き」バージョンかさもなくばみずほ情報総研と同じ調査目的の別の「下書き」バージョンがあったと考えれます。「下書き」バージョンが2種あった推測は6/25エントリーを御参照ください。

ところが調査書類配布直前に「正しい」バージョンに差し替えられた考えられます。そのために厚労省は「みずほ」バージョンの修正を失念して今日に至っていると考えていますし、日医に「下書き」バージョンを渡すという失態も演じたと思われます。あくまでも推測ですが、外来管理加算問題まで調査時点で考慮したかどうかの問題はさておき、「お願い」文書の調査目的をより広く設定しておこうの何らかの意志が働いた可能性です。

もちろん上記したように調査目的の変更は可能ですが、その場合にも総務大臣への届け出と承認が必要です。そこまで手続きが間に合っていたかどうかです。統計調査の承認については「速やかに」とはなってはいますが、実態はどうなんでしょうか。殆んど届け出られたら盲判状態なのでしょうか、それとも届け出内容についてネチネチ追及されるものなのでしょうか。盲判状態なら土壇場の差し替えも容易ですが、ある程度の承認審査時間が必要なら、総務省に届け出ている調査目的は変更されていない可能性が残ります。なんと言っても調査目的を広げる変更ですから、通常は嫌がられるものじゃないかと考えます。

これはあくまでも仮定の推理ですが、森光課長補佐は「お願い」文書の変更の現場責任者であったと考えます。「不正流用」の指摘にのみ「感情的」になっているとしても十分説明可能ですが、届け出の調査目的との乖離がもしあるとすれば、そこに飛び火すれば一巻の終わりですから、その焦燥感も応対に出ている可能性を考えます。

これは傍証の一つですが、保団連との面談でも森光課長補佐は「厚労省のお願い文書では不正流用にあたらない」の主張は執拗にくり返していますが、言っても良さそうな「総務省に届け出た正確な調査目的はこちらだ!」とは一言も口にしていません。総務省に届け出た調査目的に合致しているものが一番正確な調査目的になりますし、その正当性を主張すれば後は事務上の単純ミスに話は収束していくはずです。

まあ、今日書いたことぐらいは保団連も調査するでしょうから、今後の報告を見守りましょう。少なくとも総務省統計局は

    今は信頼関係がない。よって回答しない
こうは言わないと思います。