京都心タンポナーゼ訴訟

平成18(ワ)1394損害賠償請求事件・医療過誤が正式名称で、京都地方裁判所 第1民事部が担当し裁判長は井戸謙一氏、裁判官は土井文美氏、大川潤子氏となっています。全文で33ページと割り箸の半分以下ですがボリュームはあるので、頑張って読んでいきます。

まず事故の発端ですが、

亡D(昭和22年7月6日生)は,平成17年2月21日(以下,特に断らない限り,日付のみ記載のものは,平成17年2月のものである。)午後3時過ぎ,自らが運転していた2トントラックを上り坂に駐車する際,サイドブレーキを引くのを忘れ,降車後,同トラックが後方に動き始めたことに気付き,これを止めようとして,同トラック後部とその後方に駐車していた乗用車前部との間に挟まれ(以下「本件事故」という。),同日午後4時ころ,被告病院に救急搬入された。

 亡Dとは死亡した患者でどうやら自損事故だったようです。次に病院搬送時の検査治療です。

 亡Dは,被告病院救命救急科外来で,「左足関節開放性脱臼骨折」と診断された。亡Dは,被告病院搬入時,意識清明であり,頭頸部に異常なく,胸部に圧痛なく,呼吸音は左右差なく清であり,上肢の可動性は良好で,腹壁は平坦で軟らかく,腸管の蠕動音は正常で,骨盤の動揺はなく,直腸,前立腺,肛門括約筋,右下肢等に異常はなかった。

 亡Dに対しては,胸腹部のFAST(心嚢,腹腔及び胸腔の液体貯留の検索を目的とした迅速簡易超音波検査法,以下「搬入時FAST」という。),胸部正面仰臥位X線単純撮影(以下「搬入時胸部X線撮影」という。),腹部臥位,骨盤,足,膝関節等のX線単純撮影,12誘導心電図検査(以下「第1回12誘導心電図検査」という。)等が実施され,上記の胸部正面仰臥位単純撮影によって,左第6肋骨側胸部に骨折が認められた。

 被告病院救急救命科医師は,速やかに左足関節の脱臼観血的整復術を実施する必要があると判断した。

救急科外来で行われた検査として、

  1. 搬入時FAST
  2. 腹部臥位,骨盤,足,膝関節等のX線単純撮影
  3. 12誘導心電図検査
これらが行われ、
  • 左足関節開放性脱臼骨折
  • 左第6肋骨側胸部に骨折
この二つ発見されています。他の所見は診察所見も含めて異常がなく、左足関節開放性脱臼骨折の治療の必要を判断されたようです。手術は行なわれたのですが、術中も含め何度か痛みを訴えています。詳しくは判決文を読んでもらいたいのですが、まとめると、

時刻 部位 処置
18:10 背部痛 鎮痛剤
手術中

19:40〜23:50
左胸部痛 鎮痛剤
0:15 背部痛 自制内
0:30 左前胸部痛 自制内
2:20 足及び左腰の痛み
心窩部痛
ボルタレン坐薬
12誘導心電図
ガスター
5:30 足の痛み 鎮痛剤
6:00 心窩部痛 ガスター


2:20の心電図も異常な無しです。ただ6:00の時点の心窩部痛が改善しなかっために

午前6時45分ころ,E医師を呼んだ。E医師は,淡々血性の血尿を認めたが,腹部エコーでは明らかな所見はみられず,亡Dのバイタルサインにも異常がなかった。E医師は,血液検査を指示するとともに,胸腹部の造影CT検査を実施することとした。

記事にあった朝の検査は6:45に決断され胸腹部の造影CTが選択されたことがわかります。検査の結果ですが、

同日午前7時10分ころ,亡Dは出棟して本件造影CT検査を受けた。その結果,心嚢に血液が貯留していること及び左血胸があることが判明した。午前7時28分に撮影されたCT画像(乙A3)によれば,心嚢液の厚みは1cm以上に及び,心嚢液中には,血腫若しくは凝血塊が存在することが読み取れた。

ここで初めて心嚢液の貯留と左血胸を発見することになります。時刻は7:28として良いかと思います。患者は7:40に帰室しています。ここから事態は急変します。

 同日午前8時10分ころ,亡Dにチアノーゼが生じたため,酸素吸入が開始された。血圧は100ないし110台であった。心窩部痛及び腰痛は持続しており,鎮痛剤が投与された。同日午前8時25分,亡Dについて,「血胸」「肋骨骨折」「心タンポナーデ」がそれぞれ病名登録された。

 同日午前8時30分ころ,胸腔に左トロッカーカテーテルが挿入された。その後,急に血圧が下がって測定不能となり,橈骨動脈の脈拍に触れることもできなくなり,意識レベルは,ジャパンコーマスケールで?−3(覚醒はしているが,自分の名前,生年月日が言えないレベル)の状態となった。

8:10にチアノーゼが出現、8:30には血圧の急激な低下と意識障害が出現しています。左のトロッカーは血胸対策と考えて良いかと思います。

 同日午前8時50分ころ,亡Dの呼吸は浅く,アンビューバッグによって人工呼吸が行われ,ブミネートポンピングがなされ,ドーパミン製剤(昇圧剤)及びアルブミン製剤(血液製剤)が投与され,気管内挿管が施行された。

 同日午前8時57分ころ,血圧は30ないし40台であり,頚動脈を触知できなかった。心臓マッサージが開始され,心臓マッサージを受けながら,亡Dは,手術室へ移動した。

ところで7:28に心嚢液の貯留と左血胸を発見した後、病院側が何をしていたかですが、

 心嚢液貯留を確認したE医師は,被告病院心臓外科のG医師と協議し,心臓外科において開胸手術により心嚢液を排液することとした。そして,同病院心臓外科の医師は,インフォームドコンセントをするために,亡Dの家族に電話をかけて被告病院に呼び出したが,到着まで1時間程度を要するとの回答であったため,家族の到着を待って手術を開始することとした。

 そして,手術室の確保,麻酔科,外科チーム等の人員確保,輸液及び輸血,各種検査の手配,心機能,循環動態並びに貯留心嚢液の量及び性状の確認等のための心エコー検査等,緊急手術実施に向けた諸準備を行い,午前8時30分ころには,手術準備を整えたが,そのときに亡Dにショックが生じたのである。

7:28に心嚢液貯留を発見後、心臓外科医と協議し、手術準備にかかり、8:30にはスタンバイできていたことがわかります。もう一つ、患者家族は患者が病院入院後帰宅していた事もわかります。病院まで約1時間となってますから、8:30の急変時に病院に居合わせていたかどうかはわかりません。それとトロッカーですがこれは患者のショックに対する治療の一環として行なわれたのではなく、開胸手術の準備の一つとして行なわれたと考えて良さそうです。

ショック治療なんですが判決文を信じれば、

時刻 症状 処置
8:10 チアノーゼ 酸素投与
8:30頃 * トロッカー挿入
8:30後 血圧低下、意識障害 *
8:50 呼吸浅迫 アンビュー呼吸
昇圧剤。血液製剤投与
気管内挿管
8:57 血圧30〜40 心臓マッサージ
9:02 * 手術室入室


この経過から考えるとトロッカー挿入後も、ほんのしばらくは酸素投与程度で安定していたと考えることもできます。そうでないとICU内で20分間も急に血圧が下がったのに何もしていなかったことになります。もっともこの部分の記述は「争いの無い事実」であり、実際は8:30からショック治療は展開されていたが事実認定されていないとも考えられます。8:30にショックが起こり、9:02に手術室に入室するまでの間で、8:30〜8:50までの20分間に「放置された」が争点に浮上していない事を考えると、単に事実認定されなかったと考える方が妥当とかと考えます。

手術経過ですが、

 亡Dは,同日午前9時2分に手術室に入室した。同日午前9時4分から午前11時48分までの間,被告病院心臓血管外科医師により,亡Dに対し,開胸(正中切開)による心タンポナーデ解除術が施行された(以下「本件開胸手術」という。)。

 左第6ないし第8肋骨に1か所ずつ骨折があり,心臓には肋骨骨折によって生じた小骨片1本が刺さっており,左室心尖部に約3cmの裂創があったが,出血は既に止まっていた。

 心嚢切開により,心嚢内出血約430ミリリットルが排出された。また,トロッカーカテーテルによって,胸腔から360ミリリットルの血液が排出された。術前から心停止状態であったが,心タンポナーデが解除された後,自己心拍が再開した。心停止時間は約20分間に及んだ。

要点と考えられるのは、

  • 心臓には肋骨骨折によって生じた小骨片1本が刺さっており,左室心尖部に約3cmの裂創があった
  • 心嚢内出血約430ミリリットルが排出された。また,トロッカーカテーテルによって,胸腔から360ミリリットルの血液が排出された
  • 心停止時間は約20分間
心嚢液の貯留及び左血胸の原因は骨片が突き刺さったと考えたいところですが、判決文だけでは左室心尖部の3cmの裂創との関連性は不明です。術後ですが、

 亡Dは,本件開胸手術後,CT,脳波,ABR検査(脳誘発電位検査)等を受け,「低酸素脳症による脳死」と診断された。心停止中に有効な脳血流が保たれておらず,低酸素脳症になったと考えられた。

 その後,亡Dに対して脳保護のための低体温療法等の治療が続けられたが,平成17年3月4日午前10時40分,亡Dは死亡した。

患者が受傷したのが2/21、手術が2/22、死亡が3/4ですから受傷から11日目、手術から10日目に死亡した事になります。

ここで原告側の主張をまとめてみます。

  1. 心嚢液を排液すべき時期はいつか


    • 心嚢液貯留がある場合,心嚢液の増加傾向が認められた時点で,心嚢液排液を行うべきである。
    • 本件では,22日午前0時30分までには,亡Dに心嚢液貯留が生じており,同日午前2時20分には,心嚢液が増加しており,その後も時間の経過とともに心嚢液は増加していたものと考えられる。そうすると,22日午前2時20分以降,なるべく速やかに心嚢液の排液がなされるべきであった。


  2. 22日午前7時28分ころの心嚢液の発見前に排液措置をとらなかったことについて,被告病院医師の過失の有無


    • 被告病院医師は,22日午前0時30分,午前2時20分,午前6時及び午前6時45分に心エコー検査を実施すべき義務があり,22日午前0
      時30分の心嚢液貯留,午前2時20分及びその後の心嚢液の増加は,これらの時点で心エコー検査を行っていれば発見することができたのに,こ
      れを怠ったため,被告病院医師は,心嚢液の貯留及び増加を把握できず,午前2時20分ないしその後速やかに排液措置をとることができなかった。
    • 上記各時点で心エコー検査を実施すべき義務があった理由は,次のとおりである。


      1. 本件のように,患者の胸郭に強力な鈍的外力が加わった場合,鈍的心損傷により心タンポナーデを発症する可能性があることに注意し,継続的に心エコー検査を実施し,心嚢液の貯留につき経過観察を行う必要がある。
      2. 搬入時胸部X線撮影において,肋骨骨折とともに心陰影の拡大が認められ,心拡大が生じているものと判断された。
      3. 第1回12誘導心電図検査において,STの上昇がみられた。これは,心筋障害を疑わせる。第2回12誘導心電図検査では,STの上昇幅が更に拡大していた。
      4. 心嚢液が溜まると心外膜が圧迫され,心窩部痛が起こることがあるところ,亡Dは,21日被告病院への搬入時,左季肋部の痛みを訴え,22日午前0時30分には,左前胸部痛を訴え,同日午前2時20分には心窩部痛を訴えていた。また,同日午前6時からは継続して心窩部痛を訴えていた。
      5. 亡Dの受傷経過や肋骨骨折があったことからすれば,被告病院医師は,胸部鈍的外傷への視点を持ち,全体の診療をどのように進めるかという計画的な診療計画を設定し,個別の診察結果を総合的に判断しつつ経過観察すべきであった。そして,STの上昇,心陰影の拡大,心窩部痛等の徴候に着目すれば,心嚢液貯留の可能性が認められるから,被告病院医師は,亡Dが左前胸部痛を訴えた22日午前0時30分の時点,亡Dが心窩部痛を訴え,第2回12誘導心電図検査でSTの上昇幅の拡大が認められた22日午前2時20分の時点,一旦入眠した亡Dが再び心窩部痛を訴えた同日午前6時の時点,E医師が異変を感じて本件造影CT検査の実施を決めた同日午前6時45分の時点でそれぞれ心エコー検査を実施して,心嚢液貯留の有無を確認するべきであった。

        しかるに,被告病院医師は,胸部鈍的外傷の視点を持たず,上記各徴候を軽視して,上記各時点で心エコー検査をするべき義務に違反した。被告病院医師が胸部鈍的外傷の視点を持っていなかったことは,血液検査によってトロポニンなる蛋白の湧出,CK−MBなる酵素の上昇をチェックしていないこと(心外傷や心筋損傷を判別するために最も鋭敏と言われている)にも現れている。



  3. 22日午前7時28分ころの心嚢液の発見後,排液措置が遅れたことについて,被告病院医師の過失の有無


    • 22日午前7時28分に胸部CT検査で亡Dに心嚢液貯留が認められたから,被告病院医師には,緊急に心嚢液の排液措置をとる義務があったのに,同医師はこれを怠った。
    • 亡Dは,同日8時30分過ぎにショックに陥ったが,その時点では,既に手術の準備はできていたから,被告病院医師には,直ちに心嚢液の排液措置をとる義務があったのに,同医師は,これを怠った。


  4. 被告病院医師の過失と亡Dの死亡との因果関係
    • 被告病院医師が22日午前0時30分,午前2時20分,午前6時,午前6時45分に心エコー検査をしていれば,そのころまでに心嚢液の貯留及び増加を発見でき,排液措置をするべきとの正しい判断をすれば,速やかな措置によって,亡Dがショックに陥った午前8時30分過ぎまでに心嚢液を排液することができ,亡Dを救命することができた。
    • 22日午前7時28分に胸部CT検査で心嚢液貯留が認められた後,被告病院医師が即座に排液措置をとることを決定すれば,午前7時43分ころには手術に着手できたから,亡Dを救命できた。
    • 22日午前8時30分過ぎに亡Dがショックに陥った後,被告病院医師が直ちに手術に着手すれば,10分程度で心嚢液を排液できたから,亡Dを救命できた。
訴訟ですからこれぐらいは主張するでしょうが、裁判所の判断として1〜3は退けられています。お時間と余裕があれば判決文をお読みください。ごく簡単にはショックが起こるまでの治療は問題無しと判断されています。裁判所が問題としたのは4.の最後の一項目です。

 午前8時30分ころ,既に手術準備は整っていた。そのころ亡Dの左胸腔にトロッカーカテーテルが挿入された。その後,亡Dの血圧が急に低下し,亡Dはショック状態となった。被告病院医師は,直ちに開胸手術に着手するのではなく,第2の2(2)エ記載のように,人工呼吸,薬剤の投与,気管内挿管,心臓マッサージ等に時間を費し,ようやく午前9時2分に手術室に入室し,午前9時4分から開胸手術が実施された。

この部分の指摘を前提にして、

 次に原告らは,午前8時30分ころには手術の準備が整っていたから,午前8時30分過ぎに亡Dがショックに陥った際,被告病院医師には,直ちに心嚢液の排液措置をとる義務があった旨主張するところ,なるほど,亡Dがショックに陥った時点において,その原因が心タンポナーデであることが明らかであり,心嚢液を排液して心タンポナーデを解除しなければショックから回復させるのは困難であるし,排液できればショックから回復することが十分期待できたというべきであるから,被告病院医師としては,何よりも優先して心嚢液の排液措置に取り組むべきであったというべきである。

 この点は,証人Fも,排液措置を緊急にせざるを得ない旨供述しているところである(尋問調書46頁)。しかるに,被告病院医師は,人工呼吸,薬剤の投与,気管内挿管等に時間を費やして心嚢液の排液措置を後回しにした結果(しかも,被告病院医師がしたこれらの措置は功を奏せず,後記のとおり,午前8時50分ころには亡Dは心停止に至った。),亡Dがショックに陥ってから排液措置に着手するまでに約30分もの時間を費やしたのであって,これは,医療水準に応じた診療行為とは言い難く,過失という評価を免れないというべきである。

8:30頃にショックが起こっていたときにわかっていた情報として、

  1. 心嚢液の貯留、左血胸
  2. 手術室はスタンバイ状態
ここでショックの原因として心タンポナーゼを考えるのは常識であり、ショック治療のためには心タンポナーゼを解除する以外手段が無いという事実認定をしていると考えます。さらに心タンポナーゼ解除を行なうための手術室のスタンバイは完了しており、いつでも手術が行なえる状態であったと裁判所の判断はなされていると考えます。

それなのに病院側は30分もの間

  1. 人工呼吸
  2. 薬剤の投与
  3. 気管内挿管等
こういう無駄な治療を行なった挙句、
    被告病院医師がしたこれらの措置は功を奏せず,後記のとおり,午前8時50分ころには亡Dは心停止に至った
これは
    医療水準に応じた診療行為とは言い難く
とし過失認定されています。

裁判所の判断の正しさを補強するものとしては、心停止状態で手術室に運ばれたにも関らず心嚢液の排除により心拍は回復しており、さらに心停止時間20分により低酸素脳症を引き起こしているのだから、ショックを起した時点で間髪を入れずに手術室に運び込むのが医師なら誰でも分かる正しい判断としているかと考えます。

そのうえで裁判所はより注意深く判断を重ねています。

  • 心停止時間と蘇生率の関係については,3分間で50%程度,10分間を超えると殆ど零%に近くなることは,一般的な認識であるといってよいと思われる。そうすると,本件において,被告病院医師が亡Dにショックが発生したことを確認後,直ちに心嚢液の排液措置をとった場合に,午前8時50分ないしその後数分以内に排液することができたかを検討しなければならない。


  • 証拠〔証人E(38,39頁)〕によると,被告病院において,ICUから手術室に患者を移動させるために要する時間は,モニター等をつけた状態で安全を図って移動させる場合は少なくとも20分,そうでなく,最短時間で運ぶのであっても5分程度は要することが認められる。


  • そうすると,亡Dのショックを確認した後,被告病院医師が直ちに開胸手術を施行することを決めたとしても,その実施までに10分程度は要したと考えられること,手術に着手してから心嚢液を排除するまで数分を要することを併せ考えると,午前8時50分までに亡Dの自己心拍を再開させるのは困難であり,午前8時50分以後,なお数分間を要したと考えられる。

こういう考察を加えた上で、

 被告病院医師の上記過失がなかった場合,亡Dを救命できた高度の蓋然性を認めることはできない。しかし,心停止時間は現実の20分間よりも短くて済んだことは明らかであるから,亡Dが死亡した平成17年3月4日においてもなお生存していた相当程度の可能性はあるというべきである。

ちょっと話が煩雑なんですが、病院側の30分の過失がなくとも救命のための「高度の蓋然性」は認められないとしています。「高度の蓋然性」が求められなかったので過失はあったが因果関係は認められないとしています。しかし「高度の蓋然性」は認められなくとも「相当程度の可能性」は認定しています。「高度の蓋然性」と「相当程度の可能性」にどんな差があるか分からないのですが、「相当程度の可能性」がある時の考え方を提示しています。

 疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が,その過失により,当時の医療水準にかなったものでなかった場合において,その医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども,医療水準にかなった医療が行われていたならば,患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は患者に対し,不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。(最高裁判所平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照)

 よって,被告は,民法715条によって,亡Dが死亡の時点でなお生存していた相当程度の可能性を侵害されたことによって生じた損害を賠償する責任がある。

ここは私も勉強不足の判例があるようです。訴訟では因果関係の証明が無ければ責任は無いと単純に考えていましたが、因果関係の証明でよく使われる「高度の蓋然性」ではなく「相当程度の可能性」であっても

    (医師は)不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。
引用される最高裁判決ですからこれは絶対の基準と考えてよいでしょう。最後に結論部分です。

被告病院医師の過失と亡Dの死亡との間に因果関係が認められないから,亡Dの死亡を前提とする亡Dの損害及び原告らの損害を認めることはできない。

損害賠償は認められないとまずしていますが、

しかしながら,亡Dは,死亡の時点でなお生存していた可能性を奪われたことにより精神的苦痛を被ったものと認められる。そして,その慰謝料の金額について検討する

損害賠償ではなく「相当程度の可能性」に対する慰謝料の認定と考えるのだと思います。

 よって,原告らの本訴各請求は,原告Aについて550万円,原告B及び同Cについて各275万円並びにこれらに対する不法行為による損害発生の日である平成17年3月4日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容するべきであり,その余は失当として棄却するべきである。

そうそういつも質問にあるのでこれも付け加えておきます。

訴訟費用は,これを7分し,その6を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

もともとの患者側の慰謝料、弁護士費用の請求ですが、

ウ慰謝料

 (ア) 亡D 3000万円
 (イ) 原告A 500万円
 (ウ) 原告B及び原告C 各250万円

エ弁護士費用691万4547円

弁護士費用としては,アないしウの小計6914万5470円の1割が相当である。

弁護士費用は6/7が原告負担となっていますから、592万6778円が原告負担となり金利を別にすれば慰謝料との差し引きは507万3223円。医療から見れば問題点を含む裁判ですが、民事訴訟ビジネスからすればどんなものでしょうか。原告側の主張の勢いからすれば二審は展開されそうですから、一番儲かるのはやっぱり・・・ですね。