報道記事がいくつかあって、それに対する批評が既に行なわれているようですが、モトネタは診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会「これまでの論点整理」ではないかと考えます。読めば報道記事に含まれる事はほぼ網羅されています。ひょっとするとこれをベースに別の試案が出来ているかもしれませんが、時期からしてこれである可能性が非常に高いと判断します。
まず委員名です。
鮎澤 純子 | 九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座准教授 |
加藤 良夫 | 南山大学大学院法務研究科教授 弁護士 |
木下 勝之 | 日本医師会常任理事 |
楠本 万里子 | 日本看護協会常任理事 |
児玉 安司 | 三宅坂総合法律事務所弁護士 |
堺 秀人 | 神奈川県病院事業管理者・病院事業庁長 |
高本 眞一 | 東京大学医学部心臓外科教授 |
辻本 好子 | NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長 |
豊田 郁子 | 医療事故被害者・遺族 新葛飾病院 セーフティーマネージャー |
樋口 範雄 | 東京大学大学院法学政治学研究科教授(英米法) |
前田 雅英 | 首都大学東京法科大学院教授 |
南 砂 | 読売新聞東京本社編集委員 |
山口 徹 | 国家公務員共済組合連合会虎の門病院院長 |
山本 和彦 | 一橋大学大学院法学研究科教授 |
なお委員長は前田雅英氏、他にオブザーバーとして太田裕之・警察庁刑事局刑事企画課長、甲斐行夫・法務省刑事局刑事課長が名を連ねています。
この論点整理には試案部分とそれついての意見が加えられる形になっていますので、試案部分の全文抜粋と、私が目に付いた意見を拾い上げる事にします。
1 策定の背景
- 患者・家族にとって医療は安全・安心であることが期待されるため、医療従事者には、その期待に応えるよう、最大限の努力を講じることが求められる。一方で、診療行為には、一定の危険性が伴うものであり、場合によっては、死亡等の不幸な帰結につながる場合があり得る。また、医療では、診療の内容に関わらず、患者と医療従事者との意思疎通が不十分であることや認識の違いによる不信感により、紛争が生じることもある。
- しかしながら、現在、診療行為に関連した死亡(以下「診療関連死」という。)等についての死因の調査や臨床経過の評価・分析等については、これまで、制度の構築等行政における対応が必ずしも十分ではなく、結果として民事手続や刑事手続に期待されるようになっているのが現状である。また、このような状況に至った要因の一つとして、死因の調査や臨床経過の評価・分析、再発防止策の検討等を行う専門的な機関が設けられていないことが指摘されている。
- これを踏まえ、患者にとって納得のいく安全・安心な医療の確保や不幸な事例の発生予防・再発防止等に資する観点から、今般、診療関連死の死因究明の仕組みやその届出のあり方等について、以下の通り課題と検討の方向性を提示する。
今後、これをたたき台として、診療関連死の死因究明等のあり方について、広く国民的な議論をいただきたい。
細かい事を言い始めるとキリがないのですが、意見の中で、
- 我が国の医療は、上下の風通しが悪く、自由活発な議論ができない風潮があり、事故を隠蔽する、患者に説明しない、謝らないという傾向があった。国民の信頼を得られる調査組織を創設するためには、医療界は従来の傾向・風潮を認めた上で、それを打破していく必要がある。
ただ司法での医療紛争処理の意見はまずまずかと見ます。
- 遺族が死因究明を望んでいても、司法解剖においては、遺族や医療機関側に鑑定結果をスムーズに開示できず、裁判となると時間もかかる。遺族にとってはそこが非常に納得のいかない部分である。
- 裁判所は当事者の責任の量を検討し、相当な刑罰を定めるために必要な限度においてのみ、その職務環境や上司の指導監督の適否等を判断すべきものであり、当事者の責任とは離れて、医療過誤を引き起こした実質的原因を解明することは、裁判所に与えられた権限を越えるものである、という主旨の判決(大阪高判平成16年7月7日)もあるように、刑事訴訟による真相究明は必ずしも再発防止につながるものではない。
- 民事訴訟についても、本来の目的は、当事者間の権利義務関係を法的な立場から確定することにある。それに付随して死因究明等がなされることはあるが、制度の本来的な限界があり、被害者の望みや思いを訴訟の中でどれだけ拾うことができるかは疑問である。訴訟制度で遺族の望む死因究明や医療紛争等を解決することには限界がある。
- 裁判による医療紛争処理には多くの問題があり、患者側も医療側も納得をしていないという現状がある。双方の納得を得て、国民の社会制度への信頼を取り戻すことが、現在の医療崩壊を食い止めるのに何よりも重要ではないか。
2 診療関連死の死因究明を行う組織について
(1)組織のあり方について(2)組織の設置単位について
- 診療関連死の臨床経過や死因究明を担当する組織(以下「調査組織」という。)には、中立性・公正性や、臨床・解剖等に関する高度な専門性に加え、事故調査に関する調査権限、その際の秘密の保持等が求められる。こうした特性を考慮し、調査組織のあり方については、行政機関又は行政機関の中に置かれる委員会を中心に検討する。
- なお、監察医制度等の現行の死因究明のための機構や制度との関係を整理する必要がある。
(3)調査組織の構成について
- 調査組織の設置単位としては、以下のものが考えられる。
- 医療従事者に対する処分権限が国にあることに着目した全国単位又は地方ブロック単位の組織
- 医療機関に対する指導等を担当するのが都道府県であることや、診療関連死の発生時の迅速な対応に着目した都道府県単位の組織
- なお、都道府県やブロック単位で調査組織を設ける場合、調査組織に対する支援や、調査結果の集積・還元等を行うための中央機関の設置も併せて検討する必要がある。
- 調査組織には、高度の専門性が求められる一方で、調査の実務も担当することとなると考えられる。このため、調査組織は、
- 調査結果の評価を行う解剖担当医(例えば病理医や法医)や臨床医、法律家等の専門家により構成される調査・評価委員会(仮称)
- 委員会の指示の下で実務を担う事務局から構成されることが基本になると考えられる。
- また、併せて、こうした実務を担うための人材育成のあり方についても検討する必要がある。
ここは調査機関の規模概要が書かれています。読む限り「都道府県→ブロック→中央組織」みたいな構成です。ごく素直に「調査結果の評価を行う解剖担当医(例えば病理医や法医)や臨床医」は多数必要と考えられますが、
- 調査組織において、いつ発生するか分からない事例に常時対応し、調査・評価を行うためには、専任で業務を担当する医療従事者の確保が必要である。その確保に当たっては、現場の医療従事者が調査組織専任を何年か経験して、また医療機関へ戻るといったローテーションの仕組みも考えられる。
それと読む人によっては逆上する方もおられそうな意見があります。
- 医療従事者と遺族をつないでいくという面で、看護師が大きな役割を果たせるのではないか。調査組織における看護師の役割を明確にしていく必要があるのではないか。
3 診療関連死の届出制度のあり方について
- 現状では、医療法に基づく医療事故情報収集等事業以外には、診療関連死の届出制度は設けられておらず、当事者以外の第三者が診療関連死の発生を把握することは困難となっている。このため、診療関連死に関する死因究明の仕組みを設けるためには、その届出の制度を併せて検討していく必要がある。今後、届出先や、届出対象となる診療関連死の範囲、医師法第21条の異状死の届出との関係等の具体化を図る必要がある。
- 届出先としては、例えば以下のようなものが考えられる。
- 国又は都道府県が届出を受け付け、調査組織に調査をさせる仕組み
- 調査組織が自ら届出を受け付け、調査を行う仕組み
- 届出対象となる診療関連死の範囲については、現在、医療事故情報収集等事業において、特定機能病院等に対して一定の範囲で医療事故等の発生の報告を求めているところであり、この実績も踏まえて検討する。
- 本制度による届出制度と医師法21条による異状死の届出制度との関係を整理する必要がある。
ここは結構問題視されている部分です。どうも今度の制度では「異状死」と「診療関連死」のすべてを一手に引き受ける構想のようです。現状でも異状死の定義について曖昧な部分が多いのですが、診療関連死とは具体的に何を指しているのでしょうか。意見も割れているようですが、目に付くところを拾い上げると、
- 全ての事例について調査組織を介すことについては議論が必要である。何が「明らかな過失」かというのは、判例を参考にすれば、運用は自ずと皆が納得いくものになるのではないか。
- 「明らかな過失」とはどのようなものかというガイドラインができれば、少なくとも調査組織を通して「明らかな過失」と認定されたものが警察にいく、という手順を運用としてある程度固めることができるのではないか。それを法文化する、しないということよりも、基準ができて運用されることの方が重要ではないか。
- 診療関連死については、専門的な調査・評価を行う必要性が極めて高く、犯罪の取扱いを主たる業務とする警察・検察機関ではなく、調査組織において、まず届出を受け、調査が開始されることが望ましい。
広く定義すれば罰則付きの届出義務化が意見として強くなっていますので、防衛医療蔓延の現状から猫も杓子も状態が予測されます。届出不要と判断し、後で届出必要なものと判断されれば罰則が医師に下されるからです。まさか結果として問題が無かったものを届けての罰則はないでしょうから、過剰適用が行なわれると考えるのが妥当です。過剰適用となれば漏れは少なくなるでしょうが、調査機関の負担は必然的に重くなり、果たして応じられるかやや疑問が残ります。なんと言っても迅速処理もこの調査機関の使命だからです。
4 調査組織における調査のあり方について
(1)調査組織における調査の手順としては、「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の実績も踏まえ、例えば以下のものが考えられる。
(2)なお、今後の調査のあり方の具体化に当たっては、例えば以下のような詳細な論点についても、検討していく必要がある。
- 死因調査のため、必要に応じ、解剖、CT等の画像検査、尿・血液検査等を実施
- 診療録の調査、関係者への聞き取り調査等を行い、臨床経過及び死因等を調査
- 解剖報告書、臨床経過等の調査結果等を調査・評価委員会において評価・検討(評価等を行う項目としては、死因、死亡等に至る臨床経過、診療行為の内容や再発防止策等が考えられる)
- 評価・検討結果を踏まえた調査報告書の作成
- 調査報告書の当事者への交付及び個人情報を削除した形での公表等
記事にあった事項が意見としてあがっています。
- 遺族からの申出による調査開始を行うべきである。
- 調査組織に医療機関が調査を丸投げするようなことがあってはならない。まず向き合うべきは当事者たる医療従事者や医療機関と患者であり、当該医療機関で解決できることについては、そこで解決していく必要がある。院内事故調査委員会を通じて、各医療機関に医療安全に関するきちんとした実力がついていかない限り再発防止につながらないのではないか。また、事故の当事者が誠意をもって、真相究明・再発防止のための議論に参加することが重要であり、このような営みを通して、遺族にも誠実さが伝わり、紛争化を防ぎ得るのではないか。
混乱はこんな意見にもあります。
- 例えば、特定機能病院・国立病院・大学病院等の大規模な医療機関は、重大な医療事故が発生したときに、過半数の外部委員を加えた事故調査委員会を作ることを義務付けてはどうか。その他の医療機関については、調査組織が当該医療機関と一体となって調査をするのがよいのではないか。院内事故調査委員会における外部委員の存在は、公正さを確保する意味でも、議論を深めていく上でも重要であり、例えばシステムエラーの観点から調査を行う専門家や、患者側で医療過誤訴訟等の経験のある弁護士等が外部委員として加わることも検討してはどうか。
5 再発防止のための更なる取組
調査組織の目的は、診療関連死の死因究明や再発防止策の提言となるため、調査報告書の交付等の時点でその任務は完了するが、調査報告書を踏まえた再発防止のための対応として、例えば以下のものが考えられ、その具体化の為には更なる検討が必要である。
- 調査報告書を通じて得られた診療関連死に関する知見や再発防止策等の集積と還元
- 調査報告書に記載された再発防止策等の医療機関における実施について、行政機関等による指導等
ここはさして議論の余地は無いかと考えます。
6 行政処分、民事紛争及び刑事手続との関係
また、併せて、以下の点についても検討していく。
- 調査組織の調査報告書において医療従事者の過失責任の可能性等が指摘されている場合の国による迅速な行政処分との関係
- 調査報告書の活用や当事者間の対話の促進等による、当事者間や第三者を介した形での民事紛争(裁判を含む)の解決の仕組み
- 刑事訴追の可能性がある場合における調査結果の取扱い等、刑事手続との関係(航空・鉄道事故調査委員会と捜査機関との関係も参考になる)
報告書の活用の意見として、
調査報告書は行政、民事、刑事に広く活用せよとの意見となっています。以上が報告書です。これを読んだ感想として、委員会はやっと事故調査機関のアウトラインの肉付けに四苦八苦している状態と感じられます。意見として添えられているものも、有力意見のものもあるでしょうが、まだまだ異論併記のものもあります。どうも事故調査機関の配置や調査範囲の設定も固まりきってないようです。そのためか意見も基本的なところで相違しているものが多数見られます。
それと一部報道で躍っていた
- 医師に国への届け出を義務付け、怠れば刑事罰や行政処分を科すこと
- 医師側に責任があったとの結論が出た場合、行政処分の対象になる
- 専門家会議では「真相解明のため、調査に協力した医師の刑事処分を免除すべきだ」との意見もあったが、試案は調査内容の刑事手続き利用を認めた
- 警察へ通報する事案かどうかは、医療事故調が判断する
- 医療機関からの届け出がなくても遺族の相談に応じて調査を始めたり、調査に被害者団体など遺族側の代表も参加できるようにするなど、患者側の視点が入るよう配慮した
-
なお、本整理は、これまでの検討会での議論において、どのような意見があったか、また現段階で意見の相違が見られた部分は何か等を示すために整理したものである。したがって、未だ結論に至っているものではなく、今後も更なる検討が必要である。
(以下、囲み内に試案、その下に検討会での各委員の意見を記載している。)
さらにという事になりますが、意見を書き並べて「論点整理」とすること自体が中間報告としても珍しい形態です。この手の審議会ではまとまっていない事柄でも、暫定決定として形にしてしまう事が多いのですが、ここまで念押しして「未だ結論に至っているものではなく」とするからには委員会内での異論の強さが推察されます。試案が出来たのが3月で論点整理が8月ですから、その間の7回の会議でも委員の意見のまとまりが悪い事と考えられます。
意見から方向性は窺えないではありませんが、これをあたかも決定事項のように報道するのは、やや「ミスリード」と感じられます。