結論先にありきはいつまで・・・

中間管理職様のところで見つけた記事です。これも10/16付のあの毎日新聞ですが、内容はまともです。

前立腺がん:厚労省研究班…5人脱退へ 検診否定に反発

毎日新聞 2007年10月16日 3時00分

http://mainichi.jp/select/science/news/20071016k0000m0401...

 前立腺がん検診の有効性を検討する厚生労働省研究班(主任研究者、浜島ちさと・国立がんセンター室長)が、「PSA前立腺特異抗原)検査による集団検診は勧められない」との報告書案をまとめたことに関し、メンバーや研究協力者の泌尿器科医5人が研究から脱退する意向を示していることが分かった。「内容に責任を持てない」ことが理由。PSA検査による集団検診は市町村の7割が実施しており、研究班の分裂は自治体に混乱を招きそうだ。

 研究班は主任研究者と分担研究者9人(うち泌尿器科医1人)で構成。研究協力者11人(同4人)も研究に参加する。脱退を表明した5人はいずれもPSA検診推奨の立場を取る日本泌尿器科学会の会員。連名で研究班に文書を送り、脱退のほか、今月末完成予定の報告書に名前を掲載しないことも求めている。

 分担担当者で脱退を表明した伊藤一人・群馬大准教授は「議論は最初から結論ありきで、泌尿器科医の意見は受け入れられなかった」と話す。一方、浜島室長は「議論を重ね、経緯も報告書に盛り込まれている」と説明する。厚労省研究班メンバーの脱退は、極めて異例だという。

 PSAは、前立腺の組織が壊れると血液中に漏れ出るたんぱく質。報告書案は、国内外の研究論文を評価した結果から、「PSA検査を使った集団検診に、死亡率減少効果があるかどうかを判断する根拠が不十分だ」とした。一方、泌尿器科学会はPSA検診を推奨する見解を表明し、学会独自の前立腺がん検診の指針を刊行する準備を進めている。【須田桃子】

厚生労働省の審議会、検討会、研究班のほとんどが「結論先にありき」なのは有名です。他の省庁でもそうかもしれませんが、直接議事録を読んだ事のある範囲で言えば厚生労働省は確実です。大雑把に会議の進め方を書いておけば、

  1. 事務局が議題・資料をまとめておく
  2. 委員に一渡り意見を話させる
  3. 設定された結論に都合の良いものを抜き出して事務局が要約を作る
おおよそこの作業の繰り返しで結論に向かって驀進します。委員の中にも反対意見や異論を持つ者がいるのですが、粛々と押し流されます。なぜ抵抗できないかと言えば委員の構成に鍵があります。委員は厚生労働省が選びますから、結論賛成派の委員を絶対多数に構成しているのです。もうひとつ言えば、完全に御用委員も半数ぐらいはおられ、そういう方々は厚生労働省のコントロール下で議事を進めていると見ています。

この構図は与党が多数派の国会審議に類似し、野等がいかに抵抗しようが議事は進み、最後は原案通り可決されるのと同様と考えると理解しやすいと思います。国会と審議会の違いは、国会であれば委員の構成比は国民の選挙によって決められますが、厚生労働省の審議会では常に与党有利に構成されるところです。

記事にあるPSA検査とは前立腺癌の検査です。今日はPSA検査が集団検診に真に有用かどうかの医学的検討は控えておきたいと思います。こんな問題を基礎資料無しに、知見の乏しいものが結論を出せないからです。今日取り上げるのは会議の進み方とその結末です。

結論は記事から明らかです。

この結論を出すために研究班が活動した事は間違いありません。この結論を出すに対して、直接関わりのある泌尿器科医は大反対です。結論に誘導するためには反対派の泌尿器科医の意見を押さえ込む必要があります。押さえ込むためには研究班に入れ無いという選択もありますが、そこまですると専門家の入っていない研究班となるため、研究員構成に工夫を凝らします。

厚生労働省の研究班なんて御大層なものには縁がない医師人生なので間違っている部分があるかもしれませんが、この研究班の構成は、

  • 主任研究者
  • 分担研究者
  • 研究協力者
この3つの肩書きである事が分かります。主任研究者に関してはここまで書いてあるので一人であり、会議で言えば委員長みたいなものと考えれば良いと思います。そうなるとおそらく分担研究者は委員に当たり、研究協力者はオブザーバーみたいなものと推測されます。つまり研究班で議決権を持つのは主任及び分担研究者では無いかと考えられます。そこでの反対派の泌尿器科医の構成は、
  • 主任研究者:0/1
  • 分担研究者:1/8
  • 研究協力者:4/11
議決権を持つであろうと考えられる主任及び分担研究者では、泌尿器科医:非泌尿器科医=1:9、研究協力者も議決権を持っていても5:15です。多数決になると絶対勝てない構成になっています。ここでは主任及び分担研究者が議決権を持っていると想定しますが、唯一の泌尿器科医は伊藤一人・群馬大准教授でもちろん分担研究者です。

会議録を全部読み返せばよいのですが、手間と時間がかかるので無精しています。無精したので想像になりますが、唯一の泌尿器科医は反対だったのは間違いありません。会議でも反対意見を陳述していたと考えます。ただこの手の会議の設定された結論に対する反対意見は聞き流されます。「聞いておく」「参考にする」ぐらいでサラサラと流されます。流された挙句、事務局が作り上げた結論を最後に提出され、残りの多数派で押し潰すのが常套手段です。

この常套手段の前に苦汁を飲んだ委員は多数おられると聞きます。医師にとって悪魔の聖典である「医師の需給に関する検討会」に参加したある委員も後で憤慨していると聞いた事があります。最終段階になると国会の強行採決宜しく抵抗できない状態に追い込まれていると言うわけです。

外野からすると席を蹴っても反対すればどうかと思うのですが、主催は厚生労働省ですから、公然と反旗を翻すデメリットを保身のために考えると言われています。不承不承でも最後に同意しておく方が、個人的にはメリットがあると判断されると言われています。私なんか絶対呼ばれる事はありませんが、万が一呼ばれても絶対参加したくないと思っています。

ところが今回は常套手段が破綻しています。

    連名で研究班に文書を送り、脱退のほか、今月末完成予定の報告書に名前を掲載しないことも求めている
完全に喧嘩別れの姿勢です。前立腺癌の専門家である泌尿器科医が全員で会議を蹴飛ばしての反対行動を行なった事になります。

今回だけの特異例かどうかはわかりませんが、個人的には続発例が出そうな感触を持っています。厚生労働省の審議会、検討会、研究班は膨大な数に昇りますが、多くの会議で医療費削減先にありきの、現場無視の結論を目指してのものが繰り広げられています。参加する医師側委員もその良心に基づいての発言が多数なされているのも知っています。ところがそういう意見はほとんど結論に反映されないのです。

反映されないは言いすぎで幾分は反映されてはいます。報告書なり、答申の片隅に「今後の検討課題として考慮云々」ていどの反映はあります。しかしその反映部分は実質なにも効果はないのです。誰も読まない個所と言っても良いと思います。そうなると反対意見を実質として反映させるためには過激な行動が必要です。穏当に妥協する事の無意味さを医療側委員も悟り始めたのではないかと期待しています。

もっとも監督官庁から「面子を潰された」の陰湿な報復も考えられ、今後の動向が注目されます。