公式の第3者調査機関への憂鬱

これの設立の必要性を説く人が医者でも増えています。コメント寄せていただいた方にも主張されてられる方がおられます。ご趣旨ごもっともなんですが、私はお上の御用機関に信頼を置けないのです。

現在まだ正式のものはなく、診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業というのが日本内科学会が厚生労働省補助金を受けて活動し始めているようです。先行きはどうなるかはわかりませんが、これが日本版医療事故調査委員会の雛形になると考えて良いかと思います。

このモデル事業の趣旨は

    医療事故の発生予防・再発防止が最大の目的であり、これらの原因を究明し、適切な対応策を立て、それを全医療機関・医療従事者に周知徹底すること、患者やその家族のみならず、社会に対しても十分な情報提供を図り、医療の透明性を高めることが重要であると考えます。
となっており、これだけ読めば申し分の無い制度のように思えます。

ただしこれは趣旨が理想どおり運用されて初めて活きるものでもあります。活かすためには

  1. 調査分析に当たるメンバーに全幅の信頼が置けること。
  2. 調査結果の詳細を素早く広く公開すること。
  3. シロかクロかの結論を出す委員会ではなく、事故の背景、原因の調査分析に重きをおいた活動をすること。
これぐらいは必須として必要です。順番に検証してみます。

まずメンバーですが、当然のように医療事故が発生した分野の専門家が当たる事が必要条件となります。高度に専門家した現在の医療では門外漢では正しい判断を下せないと言う事です。福島の事件であっても、小児科医の私では何の事やらわかりません。とくに高度医療における事故については、不可避であるのか、防止できる範囲であるのかの判断は非常に難しく、臨床の最前線で実際に治療に当たっているものの意見がないと、全幅の信頼とならないのは言うまでもありません。

ところがメンバーとして選出される可能性がある医師は、最前線の医師である可能性は非常に低いと言う事です。なぜなら最前線の医師はそんな委員会にノンビリ出席しているほど暇で無いということです。休日を取る事さえままならない勤務状態の医師の参加など、現実的には不可能と言う事です。

また医療事故が発生する病院の状態は様々です。設備人員、バックアップ体制が十分な大病院から、たったこれだけの人員と設備で、このレベルと数の患者の治療に当たっているのが信じられないところまであります。もちろん治療に従事している医師もそんな勤務環境に満足しているわけではなく、体制の充実を乞い願いながら必死で歯を食いしばっているのです。そういう医師の踏ん張りが日本の医療を支えています。

しかしこういう委員会に選出される可能性がある医師のほとんどは、常に設備人員の整った病院での勤務経験がほとんどであり、そんな委員会にゆっくり出席できる第一線を退いた医師という事になります。そういう医師も若い頃には野戦病院のようなところで働いた経験があるかもしれませんが、それは美化された過去の思い出であります。どうしても私には苦しい最前線を支えている医師の声の代弁になるとは思えません。

また調査結果ですが、本当に詳細が明らかにならないと調査結果に信頼は置けません。結果からではなく、事故発生時における判断の是非が重要となります。発生時の対応にAとBの選択枝があり、当事者がAを選択し不幸な結果を招いた時、後からBを選ばなかったと非難するような分析は役に立ちません。問題は事故発生当時にAを選んだ妥当性です。医療にはやり直しが利かないものはヤマほどあります。現代の医療は結果論としてAではなくBを選ばなかった事を非難されるのに苦しんでいる本質を、どれだけ調査結果に明瞭に反映しているかが重要となります。

最近の傾向は注意義務違反の一言の下、後からゆっくり検討して、非常に稀な事態であると判明しても、それに注意しない医者の責任のみをひたすら追及します。その範囲は高すぎる注意義務の範疇を超えて、もう神の領域を要求しているとしか思えないようなものがまかり通る世界です。医師はタダの人です。タダの人が常識的な医療水準の注意義務を遵守しても、犯罪として追及される事にほとんどの医師が疲れ果てていると言っても良いかと思います。東京の中心にある日本第1級の設備と人員の医療水準を僻地医療に当てはめられる矛盾に絶望していると言い換えても良いと思います。そんな医師の本音をどれだけ説明できるかに疑問を感じます。

最後の事故判定機関ではなく、事故防止機関であると言う性格付けですが、これは上にあげたメンバーへの信頼性、調査報告書の詳細性によります。この2つの前提がクリアされず、曖昧に技量不足や管理不適切であると言う結論部分だけ発表すれば、医者叩きに熱心なマスコミや司法の餌食になるだけです。どれだけ詳細な調査分析をしていようが、マスコミは結果だけしか見ません。シロかクロかです。そしてシロなら調査委員会を叩きのめし、クロなら病院に社会的制裁を加えます。

私はペシミストかもしれません。しかし私以外にも昨今の医療情勢からこの手の機関に悲観的な期待しか出来ない医師は多いような気はしています。一つだけ付け加えれば、この手の機関の設立は厚生労働省が政府の意向を受けて動いている事を忘れてはいけません。政府の意向は巨大な力を持ち、医者の願いとは別に明らかに結論誘導の方向性を打ち出すと懸念しています。その流れに普通の医者はどんな口も挟めないと考えます。

私は神戸に住んでいますが、関西地区の調査委員に心筋炎訴訟で高名な某先生の名が連ねられていても不思議とは思いません。そういうのが政府の意向であると思っているからです。