長崎除細動事件

3月6日付 長崎新聞より

遺族が賠償求め提訴 奈良尾病院で「除細動遅れ死亡」

 二〇〇五年二月、新上五島町の県離島医療圏組合奈良尾病院に入院していた女性=当時(70)=が心室細動で死亡したのは除細動の遅れなど病院側の過失が原因として、遺族ら九人が五日までに、同組合に損害賠償約四千二百万円の支払いを求める訴訟を長崎地裁に起こした。第一回口頭弁論は四月十七日。

 訴えによると、女性は同年二月十二日、体調を崩し血圧が高いことから同病院に入院。十四日午前六時半ころ、病院内のトイレで倒れているのを入院患者が発見した。駆け付けた看護師の呼び掛けに「はい」と答えたが、同三十四分に心室細動の波形が確認された。

 医師らは心臓マッサージをした後、同四十三分に電気的除細動器でショックを与え、除細動に一回成功。しかし、心臓の収縮力が次第に衰え、同七時五十分に死亡した。死因は慢性心不全による心室細動だった。

 原告側は「除細動が早期に行われていれば生存の可能性があった」と主張。病院側は「適正に処置したと認識している」としている。

 心室細動は心臓が不規則に細かく収縮と緩みを繰り返す状態。心臓のポンプ作用が失われて心肺停止につながる。この心室細動を除去することが除細動。除細動による救命率は、心停止から一分以内なら90%と高いが、五分で約50%、十分で約10%、十二分を超えると数%に低下するという。

 〇四年七月の厚労省通知で、従来は医師や救急救命士だけが使えた自動体外式除細動器(AED)の一般使用を解禁。県によると、昨年八月現在、県内計百十七の公共施設に設置されている。

この記事では死亡した70歳女性の入院理由として「体調を崩し血圧が高い」とし、死因として慢性心不全の文字があります。最低限基礎疾患として、慢性心不全があったと解釈しても良さそうです。他に記事が比較的詳細に伝えているのは心室細動から死亡までの時間経過です。

6:30頃 トイレで倒れているのを発見される
6:34 心室細動を診断、心マッサージを行う
6:43 除細動器による除細動を行ない除細動に成功
7:50 心臓の収縮力が次第に衰え死亡

これだけしか情報が無いので、ここから考えますが、トイレで倒れているぐらいですから、トイレに行けるぐらいの安静度であった事がまずわかります。ただしトイレで倒れてからどれぐらい経ってから発見されたかがまず不明です。すぐなのか、5分なり10分経過してからはわかりません。とりあえず6:30から病院側の蘇生措置がスタートしたとは取れます。

呼ばれて駆けつけた看護師は意識を確認した後、トイレから処置できるところへの移動を考えたかと思います。成人女性ですから移動には人手が必要で、そのために全館コールで応援を呼んだ可能性があります。集まった人手で患者をストレッチャーに乗せ、ICU的性格の病床に移動したと考えるのが自然です。

舞台となった奈良尾病院は病床数60。常設科として内科、外科、放射線科、リハビリテーション科があり、特殊診療科として皮膚科、泌尿器科、眼科があります。心臓に関係しそうなものとして、ペースメーカー移植術、ペースメーカー交換術とあるところから、内科及び外科はある程度循環器的性格を持っていた可能性があります。また病床は一般病床のみ60床のため、ICUというよりナースステーションに隣接する要注意患者病室に運ばれたと考えるのが妥当でしょう。

トイレから運ばれた患者に行なわれる処置として、血圧、体温などのバイタルの確認、輸液路確保と採血、酸素投与、心電モニター装着がほぼ同時進行で行なわれたと考えます。尿道バルーンも入れられた可能性も高いと考えます。おそらくですが心電モニターで心室細動が確認されたかと考えます。ここまでの処置が4分で行なわれています。朝の6:30の当直時間帯の人手からすると、かなり素早い処置かと思います。

心臓マッサージを行なったとあるところから、心室細動からの血圧低下もしくは心停止状態になりつつあった事を窺わせます。そうなると行なう処置は記事にある心マの他に昇圧剤の指示、それともちろん除細動器を大至急運んでくる事が指示されたはずです。60床程度の病院で装備されている除細動器は通常一台です。置いてあるとすれば外来ないし救急外来に置いてあると考えるのが普通です。看護師が除細動器まで駆けつけ、ガラガラと病室まで運び、そこから除細動器にチャージを行い、患者にセッティングして「ドカ〜ン」とするまで9分。そんなに遅い処置なんでしょうか。

ここからの記事の内容の解釈が微妙になります。「除細動に一回成功」とあるのですが、その後に心室細動がどうなったかは書かれていません。心筋の収縮力が次第に衰え死亡となっています。つまり除細動に一旦成功しても心室細動が再び起こって死亡に至ったのか、心室細動は収まったが心臓自体が弱って死亡に至ったのかは判断が出来ません。記事だけなら除細動には成功したが、その後心臓が衰えて死亡したとも解釈できます。

患者側の訴えにある「除細動が早期に行われていれば生存の可能性があった」ですが、以上の経過のどこをどうすれば時間が短縮できたかになります。発見から除細動まで事件では13分です。時間短縮の可能性があるのは、

  1. トイレから病室に移動する時間
  2. 除細動器を持ってくる時間
1.の短縮を行なうためには処置をトイレ内もしくはトイレ前の廊下で行なう必要があります。しかしそうなると酸素はボンベで運ぶ必要があり、モニター類も電源確保の問題があります。また医療用の除細動器を作動させるにはトイレ内や廊下は少々リスクが高いかとも考えます。慣れない所に物品をセッティングすることはかえって時間の短縮にならないかと考えます。よって病室移動から心室細動発見の4分の短縮は難しいと判断します。

2.は除細動器の位置と数の問題になります。ここで要した9分間には

  1. 取りに行く時間
  2. 運んでくる時間
  3. セッティング時間
病室に運び込まれてDCショックを行なうには2分ぐらいはかかると考えます。あんまりやった事がないので自信がありませんが、10秒や20秒で出来ないかと考えます。そうなると運ぶのに要した時間が7分です。もし病室に除細動器があればこの7分が短縮できた可能性はあります。この7分の遅れが損害賠償約四千二百万円になるようです。

こういう事は日本中の病院でいつでも起こりうる可能性があります。そしてこの7分を短縮できる病院が幾つあるというのでしょうか。これを短縮するために日本中でいったい幾つの除細動器を購入しなければならないのでしょうか。試算しただけで眩暈がしそうになりました。診療所でも下手すると要求されますからね。