謎のレポート(第23話)月集殿本部

 コトリ社長と話してんだけど、

「月集殿の本部って但馬やったよな」
「要塞みたいなところです」

 四方を山に囲まれた盆地なんだよね。山はそんなに高くはないけど、とにかく険しくて、その盆地にあった村は外との交通がとにかく大変だったそう。

「ちょっと変わった村やったらしいな」
「外との交流が乏しかったからだと思います」

 そんなところに誰がわざわざ侵入するかと思うけど、外部からの侵入者に対して非常に厳しかったそう。

「定番の落ち武者伝説もあるらしいからな」

 そのためかもしれないけど、トンネルが出来るまで電気も、水道も、ガスも、電話もない江戸時代並みの自給自足の生活をしていたと記録に残されてる。

「なんでトンネル掘ったんや」
「県民への福祉のためだとなっています」

 秘境どころか独立しているようなもので、行政サイドも色々手を焼いたのはあったみたい。時の県知事が予算を付けて掘ったとなってるけど、

「後は毎度のことか」
「文明の利器に流されるのは早かったようです」

 村はトンネルが出来て外部との交通が容易になったと言うものの、それでも僻地も良いところで、狭い谷というより峡谷の奥のどん詰まりにある。ここへの道もトンネル建設のために作られたもの。

 その道路の入り口だってなんにもないところ。街どころか、人家ですらクルマで一時間ぐらいかかるんだよね。電車どころか、バスすら走っていないぐらい。言ったら悪いけど、あんなところに人が住んでいるなんてよく知られていたと思うぐらい。

「まあ米も取れん村やったそうやし」

 そうなのよね。完全な盆地だから川もなく慢性的に水不足に苦労していたらしい。ここも水の出口がないから池なり、湖になりそうなものだけど、一番低いところにある沼に地下水路があるらしく外に流れ出してしまうみたい。

 井戸で飲料水ぐらいには困らなかったようだけど、水が乏しいから米は難しく、ソバとか大麦、大豆が主力だったとなっている。とはいえ耕地に出来るところも限られてるから、慢性的な食糧不足に悩まされていたみたいなんだ。

 文明生活を知ってしまうと不便しか存在しないような村だから、三十年もしたら村から人口が流出してしまい、廃村になっちゃったぐらい。ちょっと極端な気がするけど、閉じ込められてたから住んでたけど、無理してまで住む土地じゃなかったとしか言いようがないよ。

「秘境過ぎて観光地にも出来へんかってんやろ」

 そんな秘境を買い取ったのが月集殿。村ごと全部買ったそうだけど、土地の価値なんてタダに等しかったみたいで、登記料だけだったなんて話も残ってるぐらい。

「トンネルは」
「どうもこれも月集殿の管理になっています。ついでに言えば峡谷の道もです」

 県のトンネルと道路のはずだけど、どうも月集殿が買ってしまったようなんだよね。まあ、トンネル使って行けるのは月集殿の本部だけだし、そんなトンネルの維持費を県が払うのもアホらしいと言えばアホらしいのはわからないでもない。

 だから今では月集殿の私道になり、私トンネルになっているはずなんだ。でも、その結果として、月集殿の本部に行くには、月集殿が管理する道とトンネルを通らないと行けない仕組みになってるんだよね。

「トンネル開通前に使っていた杣道は」
「元が秘密のルート扱いでして、トンネル開通後は誰も通らなくなり、荒れ果てててるどころか、どこに杣道があったかもわからなくなったそうです」

 そんなに高い山じゃないから、登るのは不可能じゃないけど、とにかくどこから登っても険しくて、相当な装備と準備がないと登れないとされてるのよね。山は高くなくても、登山道がない山はそう簡単に登れないもの。

 さらにトンネルの入り口付近にトンネルを塞ぐような建物が建てられてるんだよ。月集殿だって食べて行かないといけないから、食料とか、日常必要物資を運び込むのだけど、入り口のところが倉庫になっているみたいで、そこから月集殿のトラックに積み替えて本部に運んでるみたいなんだ。

 これもさらに言えば、峡谷の道の入り口に門が作られて、そこも許可されたものしか通れないようになってる。だけど許可されても行けるのはトンネルの入り口の倉庫兼積み替え施設までだけどね。

「門言うても、こりゃ城門みたいやな」

 そうなのよね。二階建で一階部分に門がある構造。門の山側はびっちり塞がれてるし、峡谷側にも大きくせり出すように作られてる。だから門の向こうなんて見えないんだよ。通る時はここの詰所の許可をもらう仕組みだよ。

 そりゃ宗教法人の所有地だから、許可なく入れなくするのは可能だけど、あの本部に入れるのは本当に限られた人だけで良さそう。単に信者ぐらいじゃ絶対に無理って情報もあるもの。

「ほんまに要塞みたいやな。月集殿の本部に行こうと思たら、門を突破して、トンネルの入り口の倉庫兼積み替え施設みたいなのを突破せんとあかんもんな」

 さらに本部側のトンネルの出口だけど、延長されて月集殿の本部に直結してるんだよ。本部にも特別に許された信者が参拝するのだけど、トンネル側に玄関があって、そこから本殿に入るらしい。だから参拝しても盆地の中に行けないし、窓もないから見えないそう。

 峡谷の道だって山側も谷側も断崖絶壁みたいなもので、そこから道に出ようとすればロック・クライミングでもしないと到底無理だよ。これは倉庫兼積み替え施設まで行っても同じだよ。

「電気とか、水道とか、ガスは?」

 ガスは僻地だからプロパンのはずだけど、水道は通っていないからたぶん井戸水。電気とか電話線は通じてるけど、城門のところから地下みたいなんだ。峡谷の道を整備した時に埋め込み式にしたんだと思ってる。だって電線ないんだもの。

「なるほど、電気メーターも城門のところにあるんやろな。こりゃ徹底してるわ」

 そりゃ、宗教法人と言っても民間施設だから、警察とか、消防とかは入れると思うけど、部外者が興味本位で近づくのは不可能として良いと思うよ。

「それだけやないやろな。そうやってゲート施設があったら、警察とか来ても本部に連絡が行くやんか。門からかって時間かかるから、マゾ奴隷を隠してまう時間が稼げるってことやろ」

 シノブもそう思う。興味本位の連中は物理的に近づけないし、警察とかは時間の壁で対応するぐらい。そうやってマゾ奴隷とかを隠す施設と言うか、手段も用意されてるはず。

「月集殿本部以外は森と言うか、荒れ放題の林みたいなものやから、そこに隠したらまず見つからんやろ」

 熊倉も最初は脱出を考えてたみたいだけど、いくら逃げても飢え死にするか、捕まるかしかないと思う。本部の三階から抜け出すのも監獄並みだけど、建物を出ても、もう一度本部の一階を通り抜けないとトンネルにも行けないもの。

「ましてや靴はハイヒールや。か弱い美少女の体力じゃ、秘密の杣道を見つけても登られへんやろ」

 服だってメイド服だものね。さらに言えば夜は素っ裸。体力的に可能性が残されていた最初の夜は、あの最後の晩餐だよ。翌日にはフラフラのままいきなり性転換。

「まさに万全の準備やな」

 シノブもそう思う。まあ、逃げられたらヤバイのはわかるけど、まさに鉄壁の配備と計算が施されてるで良いと思う。

「本部の構造は少しぐらいわからんか」
「ほとんどわからないに等しいのですが」

 特別参拝者が見れるのはトンネル直結の玄関から本殿ぐらいまでで、月集殿本部の内部の情報はこれしかないのよね。おそらく一階部分は宗教施設が大部分ぐらいと考えるのが精いっぱい。

「一階でも玄関・本殿とそれ以外は、かなり厳重に分けられてるはずや」

 特別参拝者が迷い込まれたら拙いものね。後は熊倉レポートにあったクローゼットの様なもの。中にボックスがあってどこかに動くのはわかるんだよね。だけど隣の部屋ではないのはまず間違いない。隣もマゾ奴隷部屋だもの。

 そうなるとボックスは、そのまま二階に下ろされていた気配がある。シノブも自走台車システムみたいなものを想像してたけど、ダムウエーターに近いもので良さそうな気がする。

「構造は似てそうやけど、電導やのうて手動の気がするわ」

 ダムウエーターって小型のエレベーターみたいなものだけど、運んでいるものもメイド服一式と下着、とにかく薄くて軽いシーツと掛け布、後は枕カバーと雑巾しかないのよね。それにダムウエーターなら、マリが食事のたびに運び込んでいたワゴンもいらなくなりそうだもの。そんな仕組みは脱出口になりかねないけど、

「そんなものがあるのを知った時にはムチの嵐や」

 そう熊倉がそういう仕組みがあったのを知ったのは、女になって二日目の夜。最初の夜は服のままで寝かされてるもの。箱の存在を知った夜は半殺し状態で、以後は脱出よりムチの恐怖への対応しか考えられなくなってる。

「そんな仕組みにしとる理由は、よほど三階に人を入れたないんやな。それと本部自体も人が少なそうやな」

 シノブもそんな気がする。洗濯物なら取りに来れば良いだけだし、ワゴンだってマリが毎回運ばなくても良いものね。それと熊倉は警備員すら見ていないんだよ。いれば見せてるはずだから、あれはいないと思う。確実に住んでいるのは十人のマゾ奴隷とマリ、ゲシュティンアンナとドゥムジだけ。後は食堂があるからコックは必要だけど、

「後は全部女かもしれへん。炊事も、洗濯も、掃除も女で全部出来るからな。男のスタッフは倉庫兼積み替え施設におるはずやけど、本部は玄関ぐらいしか行かれへん気がするわ」

シノブもそんな気がする。

「そうなると本部は」
「ゲシュティンアンナのマゾ奴隷だけ」

その連中が一番信用置けるものね。自分が仕込んだマゾ奴隷が裏切るとは思わないけど、ここまで用心してるなら、

「ひょっとしてゲシュティンアンナも災厄の呪いの糸を使えるとか」
「可能性はあるで。元が女神やから」

災厄の呪い糸は女神の得意技となってるらしい。もっともユダ情報だけどね。ナルメル事件の時に死んだニンフルサグも使えたらしい。ゲシュティンアンナも宿主は男だけど、女神は女神か。とにかくはっきりしない事が多すぎるけど、

「要塞ですよね」
「秘密の隠れ家とも言えるで」

謎のレポート(第22話)監禁場所

「熊倉の監禁場所の推測は」
「月集殿の本部と仮定すれば符合する部分はあります」

 月集殿の本部はこじんまりした盆地の中にある。だから熊倉が見た森や山の描写はあてはまるんだよ。でもそれだけじゃ、日本でも他にありそうだけど、少なくとも反していない。

 宗教系の本部と言えば、人目を驚かすような壮大なものが多いけど、月集殿本部はあえて言えば西洋風城館。城と言うより御殿かな。造りは三階建で寄棟の屋根。だから三階の上に屋根裏部屋があり、さらに建物の両端が突き出てるんだ。

 これは熊倉レポートにある館の描写と合致する部分は多いんだよね。熊倉が食堂で見た女は十人。さらに部屋は廊下を挟んで南北に並んでるとなってる。そうなると南北に五室ずつになるはずだけど、左右の突き出し間の窓は五つなんだよ。

 熊倉は南側の部屋にいた可能性が高いと思うけど、そうなれば左側の突き出し部分に浴室があり、右側の出っ張り部分に食堂があったとしたら話が合うのよね。さらに言えば左右の突き出しの一階部分は出入口になっているから、熊倉が食堂を通って階段を下りて庭に出た話とも合致するんだよ。突き出し部分は階段室で良さそう。

「窓の配置なんかピッタリやし、左右の浴室や食堂も出入り口もそうや」
「でもこれなら三階から二階のテラスに飛び降りれそうだし、窓も嵌め殺しじゃないし、鉄格子もないじゃない」

 月集殿本部は部外者立ち入り禁止。それも半端じゃない厳重さで、調査員を派遣するにしてもCIAのスパイ並みの潜入調査が必要なぐらい。だか月集殿本部の画像は教団パンフにあるもののみ。

 教団パンフの画像だって実物じゃなく完成予想図なんだよね。建物全体がおおよそこの規模なのはグーグル・アースで確認できるけど、窓やテラスがどうなっているかの側面部分の確認は無理だった。

「未だに実物画像じゃなくて、完成予想図のままなのは、見せられないものがあるからでしょうね。熊倉の監禁場所としてまず間違いないね」

 シノブもそう思う。本部への接近の厳しさと合わせてもそのはず。予定していた二階のテラスが無いのはともかく、鉄格子付きの窓は宗教施設に似つかわしくないものね。

「月集殿はゲシュティンアンナと読めん事ないな」
「でもアンナがないじゃない」
「女っぽいから省略したんやろ」

 この辺はアンナまでつけると、長くなりすぎるし、漢字に置き換えるのに無理もあった気がする。

「宗教系に入り込むのは神のシノギとしてポピュラーだものね」
「ああ一番多いかもしれん」

 ユッキー副社長も明治時代から昭和まで教祖様やってたし、浦島夫妻も亀縁起やってるもの。ナルメルが作った共益同盟も宗教系に近いし、他にも占い師とかもいたものね。

「ユダもローマで枢機卿やってるよ」
「ゲシュティンアンナが新興宗教やってもアリやもんな」

 細かい事情は省略するけど、ゲシュテインアンナは旧華族の円城寺家に入り込み北田財閥を乗っ取り、戦後は北田財閥を再結集して南武グループの総帥をしている。

「円城寺家に戻らなかったのは」
「命が惜しかったんやろ」

 エレギオンの女神がゲシュティンアンナと関わったのはマドカさん事件の時。あの時はゲシュティンアンナは姿は現さなかったけど、

「マドカさんの師匠は主女神のシオリだよ。シオリに喧嘩なんか売ったら、わたしもコトリも全面加担するのは目に見えてるじゃない。それ以前にシオリ一人見ただけでも尻尾巻いて逃げるよ」

 神は出会ってしまうと、どちらかが死ぬって言われるぐらい仲が悪い。だからデイオルタスも、魔王も、ナルメルも、天の神アンも死んでるんだ。だから殆ど生き残っていないのだけど、生き残ってる神は無謀な喧嘩は売らないタイプだとユッキー副社長も、コトリ社長もしてたものね。

「あれやろな。円城寺家におって、南武グループの総帥なんてやってたら、どこかでコトリやユッキーとガチンコ勝負に追い込まれるのを避けたんやと思うで」

 うちの二人も対神戦となると相当どころじゃない殺伐さなんだよ。正々堂々なんてクスリにしたくてもなくて、対魔王戦なんか陰険さの塊みたいな策略で仕留めちゃったし、対デイオルタス戦なんて完全な騙し撃ち。

「当たり前や。殺し合いやで。生き残った者が勝ちに決まってる」
「そうよ。手段じゃなくて結果よ。騙された方が悪いに決まってるじゃない。日本でも勝てば官軍と言うでしょ」

 とにかく普段も騙したり、ウソ吐くのに良心の呵責なんてゼロじゃないかと思うぐらいだものね。まあ、それが出来たから、こうやって五千年も生き残ってるともいえる。

「そやけど、熊倉レポートが本当やったら、ゲシュティンアンナとドゥムジが手を組んでる事になる」
「ドゥムジも好きだね」
「さすがにやってへんと思うけど」

 ゲシュティンアンナはガチガチのサディストで、ドゥムジはゴリゴリのマゾヒスト。凸凹コンビで良さそうなものだけど、あれを仲が良いと言うんだろうか。

「ああそやな。あの二人はサドとマゾの関係やけど、その関係で燃えたのは一万年前のエランで人やった時の話や。地球で神になってからはSMプレイはやってないでエエと思う」
「そうだと思うよ。正体はともかくドゥムジだって男の姿のゲシュティンアンナとSMしたくないはずだよ」

 仲が良かったと言うか、SMプレイを楽しんでいた時代があったのは間違いないから、今でも腐れ縁ぐらいの関係で共存協定を結んでるぐらいはあるか。前の時もドゥムジはマドカさんを、あれだけ手間をかけてゲシュティンアンナの献上品に仕立て上げていたものね。

「そっちの方が神の目的なら妥協ぐらいするわ」

 シノブも神だけど、昔からの神の発想は人とはかなり違う。いろいろ違うところはあるけど、とにかく不死みたいなものだから、安定して食っていける場所の確保が優先される面が確実にある。

 これもシノブも宿主代わりを経験したからわかる部分はあるもの。とにかく宿主代わりをすれば宿主が変わるから別人になるんだよ。名前も戸籍もそうだし、財産だって、家族だって縁が切れちゃうのよね。子どもや孫と縁が切れるのはさすがに悲しかったし、寂しかったもの。ミサキちゃんもそう言ってた。

 主女神を宿すシオリさんもそう。シオリさんはフォトグラファーなんだけど、加納志織から麻吹つばさになって何が困ったかって

「腕は同じでもネームバリューがゼロになる。こういう商売は名前が売れないと始まらないのだ。フォトグラファーなら弟子入りから始めないとならんことになる。無駄な時間だ」

 実際はあれこれあって、弟子入りしたはずの星野君の師匠になって、いきなりブイブイ言わせたのだけど、手順としてはそうなる可能性があったぐらいかな。

 コトリ社長やユッキー副社長になるとシノブの四座の女神だけじゃなく、宿主にしてる神が見えちゃうのよね。だからシノブもいきなりエレギオンHDの専務になれたんだ。もっとも、あの時はまだ十九歳だったから、そっちはそっちで苦労した。

 ユッキー副社長が前に言ってたけど、エレギオンHDを経営しているのは、宿主代わりをするエレギオンの女神の受け皿のためだって。こうやって帰るところがある有り難さは、シノブも実感したよ。

 もっとも、それにしてものエレギオン・グループの成長ぶりだけど、コトリ社長やユッキー副社長に言わせると、

「商売なんてボチボチで十分やんか」
「そうよ、そうよ、食べて行ければ何が不満なの」

 迎え入れてくれる場所と、食べれることが何より重視されるのが神の常識で良いみたい。だからドゥムジが食うためにゲシュティンアンナと手を組むのは当然ぐらいの判断になっちゃうと思う。

謎のレポート(第21話)クリープを入れないコーヒー

「後半のSM部分も小説にしたらおかしいよね」
「そうやせっかく凶悪犯を主人公にしてるのに、あれやったらサビ抜きの鮨とか、辛子のないおでんとか、七味がないキツネうどんとか、クリープを入れないコーヒーみたいなもんやんか」

 クリープを入れないコーヒーは今どき言わないと思うけどそうだよね。そうそう女だってSM小説や、エロ小説を読むんだよ。もちろん隠れてひっそりね。読んでるのをバレるのは男だって恥しいだろうけど、女ならなおさらだもの。

 これも知ってる人は知ってると思うけど、エロ小説、SM小説の書き手には実は女が多いんだよ。これも女が書いてるとバレないように男のペンネームにしてるけどね。つまりは、それぐらい女も読んでるってこと。

 男と女の書き手の違いだけど、女が書いた方が、女の心理描写や、感じかたの表現の細やかさに差があると思うんだ。あればっかりは実経験の差が出るし、男じゃ経験しようがないもの。

「シノブちゃんも詳しいね」
「いいえ、ユッキー副社長の足元にも及びません」

 熊倉レポートをSM小説と考えると、マゾの主役はもちろん熊倉。それも折り紙付きの凶悪犯になる。ここで読者が期待するのは、美少女に性転換されてしまった運命なんだよね。

「そんなもったいぶらんでも、どれだけ苛酷なマゾ調教を受けさせられるかやんか」
「凶悪犯だから情け容赦なしって受け取るのよ」

 ぶっちゃけそう。超弩級のエグさのマゾ調教を読者は期待するんだよね。

「それなのにムチばっかりじゃない」
「そうや、ムチを使うのも常套手段だやけど、ムチだけってなんやねん」

 それはシノブも思う。ムチしか使わないから、読者全員が期待しているあれが始まらないんだよ。

「まず処女を散らさないとね」
「いや、まず取引や」

 さすがにこの二人は詳しいな。展開にもよるけど、処女を守りたい主人公に持ちかけられるのが取引。ここはバリエーションが多いけど、

「フェラチオが多いな」
「そうね、泣く泣く咥えさせられて、最後は口の中に出されるまでね」

 処女を守るための究極の選択として持ち出されるんだよ。屈辱と嫌悪感にまみれながら、泣くような思いで口で咥えるんだよ。それだけでも限界なのに、咥えた途端に追加条件も出されて、これも処女を守るためだと懸命になって応えるぐらいかな。今回は主人公が元男だから、その辺をどうするかにワクワクするところなんだ。

「そこから裏切られるのよね」
「落花無残さを競うところや」

 そうここが序盤の最大のヤマ場なのよ。いかに無残な目に遭わせて処女を散らせるかの腕の見せ所だよ。屈辱の取引条件を満たしたのに、騙されて身動きできない状態にされてしまうのが多いかな。

 男を罵るけど、鼻で嗤われてしまうぐらい。そこから防ぎようもなく濡れてもいないところに男が突き付けられる。絶対に入れられたくないから死力を振り絞ってアソコに力を入れるのだけど、それを嘲笑うように男は侵入してくるんだよ。

 ついにメキッて感じで処女膜が破られ強烈な喪失感を覚えるのだけど、男の侵入は止まるはずもなく、ついに奥まで貫通されてしまうんだ。もちろん、この時の男はすこぶる付きの巨根だよ。だから子宮の奥まで貫かれてしまったと感じるぐらい。

 そこから男が動き出すのだけど、男の一突き、一突きに、もう逆戻り出来ない体にされたことを心に刻まれていき、

「律動と射精がわかるんだよね」
「体の芯まで全部穢されてもたや」

 処女を散らすシーンは読むほうも楽しみにしてるけど、ここはまだオードブル。処女が散ったことで調教は本格化していくんだよ。

「あれこれパターンはあるけど、次のクライマックスへの盛り上がり部分になるよね」
「心の動揺が読みどころや」

 次のクライマックスへの序章は、処女を奪った憎い相手に感じてしまうこと。そうなっている自分の体に驚き狼狽するぐらいかな。心は必死になって否定するのだけど、体に火が着いていくのを自覚させられていくんだよ。

 そうなっているのを男に見抜かれて、嘲笑される悔しさ、悲しさを味合わせられる。やがてチャンスと見た男に延々と責め立てられ、どんなに感じまいとしても、頂点に向かってドンドン追い詰められていく。このあたりの工夫は見どころなんだけど、

「オモチャや機械を使うパターンもあるね」
「媚薬もあるで」

 ここも女ならオナニーすらしたことがない設定にしたりも多いね。元男だって初めての感覚に動揺しまくる感じ。未経験だけど、これは憎い男の前で感じてはならないのだけはわかるのよ。それなのに、時間の問題で来るのがわかってしまうぐらいかな。

「ここも白眉よね。死に物狂いで我慢して、耐えに耐えるのよね」
「そして、限界を迎える」

 どうにも出来なくなった体の裏切りを恨みながら、悔しすぎる最後の瞬間を迎えてしまうぐらいだよ。とくに主人公は元男だから、

「元男にとって女のイクがどれほど屈辱的なものだとか」
「恥辱の女のイクなのに、どこか戸惑うとかもあるで」

 次はマゾ奴隷に堕ちていく段階に進むんだよ。ここでのポイントはイクを覚えさせられてしまった女の体の哀しみかな。憎い男にイカされるのは屈辱だし、恥辱なのに、そんな心とは裏腹に体が裏切るどころか、喜んでしまう状態になっていく。

 そうだね、どんなに心で頑張っても、体がイクを求めてしまう女の体の弱さを主人公は思い知らされてしまうぐらい。イクが来たらこらえようがなくなり、次第次第に体だけではなく心さえ求め始めてしまう。

「イクのが止まらんようになって、我を失うぐらいにイキまくるだけやなく、自分の心がいくらでもイクを求めてまうんや」
「どうしようもなくなって崩壊するのよね」

 男が与える女の快楽に次々とプライドが打ち砕かれ、その快楽に溺れるだけでなく、すべてを支配されてしまう。ついには処女を奪われた男に身も心も屈服し、その男に与えられる快楽がこの世のすべてになるマゾ奴隷の誕生だ。

「羞恥や屈辱の追加もあるよね」
「元男でありそうなパターンなら・・・」

 そこまで堕とされても残る羞恥は、旧知の人間にだけは知られたくないになる。なのに男であった時代、そうだね、選りによって自分を罠に嵌めて女にし、マゾ奴隷に堕とした憎んでも憎み足りない張本人の相手をさせられるのはよくあるパターンかな。

 ここはオモチャ責めだね。体は無慈悲なぐらいに感じてしまうんだよね。為す術もなく追い込まれて行き、聞かれたくない喘ぎ声が止まらなくなり、見られたくない体の悶えを止めようもなくなってしまい、たちまちイク寸前まで追い込まれるのだけど、

「焦らしやな」
「男のモノが欲しいと自分で言うまで延々と寸止めね」

 それだけは口が裂けても言いたくないのに、体が耐えようもなくなってるから、もっとも卑猥な言葉でお願いを何度もさせられる。世界一憎むべき男が死ぬほど欲しいってね。そこまで言わせておいて、宛がうだけでわざと入れないんだよ。
 
 もう欲しいしか頭にないから、思いつく限りの懇願の言葉を並べたてさせられて、ついに心も体も待ち望みきった男が貫いてくる。貫かれるだけで歓喜に襲われ、奥の奥まで貫かれた瞬間に、頭の中が真っ白になり、絶叫とともに大絶頂に達し途轍もない満足感に浸ってしまうぐらいかな。

「そこから寸止め地獄から、イキ地獄にチェンジや」
「憎い男に極限のイキまくり状態を晒してしまうだけじゃなくて、その男にも完全に屈服してしまうのよね」

 この辺はバリエーションは多くて、教師ものなら元同僚に次々と体を開かされたり、元教え子に輪姦されたりもある。耐え切れないほどの恥辱なのに哀れなほどにイッてしまうだけではなく、自ら欲してしまうのも止められなくなってしまうぐらい。

「後はオプションね。色々あるけど」
「やっぱりアナルやろ」

 女の書き手がアヌスを描く時の参考資料はBL小説で良いはずなんだ。女がこの手の小説に手を染めるスタートがBL小説の事が多いからね。BL世界での扱いの特徴はとにかく美しく描写してあって、男同士の禁断の行為にすぐ酔いしれるぐらいになってる。

 BL世界のアヌスを知識として投影してるから、すんなり貫かれ、すぐに感じるぐらい。すぐにアソコと同等、下手したらそれ以上を感じる場所になっちゃうんだよ。でも女の書き手でもアヌス経験者なら、書き方は変わってくると思ってる。

「そうよね。経験者が書いたら初アヌスにいきなりはないよ。そんなことをすれば切れ痔になるだけだもの。拷問並みの大量浣腸をかけて、丹念に揉み解してからだよ」
「それでも早いわ。指三本ぐらいまでは拡張してから、メリメリって貫いてく感じや」

 そうなんだよね。いきなりじゃ、どう考えても痛そうだし切れ痔になるよ。それよりなにより、アヌスなんかでやりたいものか。

「だからこそマゾ調教として出てくるんよ。処女を散らされる以上の屈辱と恥辱やんか」
「そうだよ。すぐにアナルでもイクように調教されて、二本差しの世界に進むんじゃない」

 こいつら五千年も女やってるから、アヌスだってやりまくりの感じまくりだけど、シノブは絶対NGだ。

「この辺までは王道ね」
「そうや、基本中の基本や」

 ここでだけど、こういうSM小説はあくまでも作り話だし妄想世界なのよ。あえて言えば女の持つ被レイプ願望の投影。被レイプ願望も勘違いされやすいけど、レイプされたいのは妄想世界限定のお話。ぶっちゃけオナニーのオカズ用。

 それとこれは何度でも強調しておくけど、女はやりたい男以外には感じないの。そう、まず心をその気にさせるステップが欠かせないってこと。体だけ勝手に感じてしまうのは妄想世界のお話。

 妄想世界の中で嫌な男に無理やり犯される設定はポピュラーだけど、あれってね、設定は嫌な男だけど、その前の大前提があるんだよ。そんな嫌な男に犯されたい、感じさせられてイカされたいと思ってるってこと。

 わかるかな。現実世界に、嫌な男だけど実は犯されたい男なんて存在しないのよ。どこまで行っても嫌な男は嫌な男で、誰がやりたいと思うものか。ここは大事だから覚えといてね。勘違いしてる男が多すぎるけど、女は複雑なんだよ。

「実行動に出来るのは、よほどマゾ気質が強い女だけだろうね」

 ここも付け加えておくと、マゾ気質の強い女が実体験しても、そう簡単にはマゾ奴隷にならないよ。それどころか、自分の妄想通りに感じたりもまずない。それぐらい妄想世界と現実世界は別物って事こと。


 さてだけど、SM小説を楽しむ上の重要エッセンスであるはずの、定番のマゾ調教シーンが処女が散らないから一向に展開しないのよね。そりゃ、この続きにあるかもしれないけど、

「そうだよね、もうマゾになるための調教じゃなくなってるものね」
「マゾの調教は、やられたくない事を無理やりやらされるのがミソやもんな」

 そこ、そこなの。最終部分の熊倉は処女ではあるものの、マゾの調教を怖がるどころか、進んで喜んで受け入れてしまいそうじゃない。それこそ処女を散らされる時にイッても不思議無さそうだもの。

「どうして女になった熊倉の処女を散らさなかったのかしら」
「そうせんかったのはSM小説としては駄作やけど、実話としてもゲシュティンアンナがおるのに不思議やな」

 し、しまった。あの二人にまた乗せられた。どうしてシノブがSM小説の蘊蓄を語らなきゃならないのよ!

謎のレポート(第20話)ゲシュティンアンナの影

「この続きは?」
「尻切れトンボやんか」

 レポートを読んでいたコトリ社長は怪訝そうに尋ねられたけど。これで精いっぱい。ここまでハックした時点でブロックされ、それからは何度アタックしても跳ね返されている。

「シノブちゃんとこがやってもそうなんか」

 とにかく鉄壁に近いガードなのよね。ここまで強力なのはホントに滅多にないぐらい。あれこれ探し回った末に針の孔ぐらいのセキュリティ・ホールを見つけたんだけど、たったこれだけのテキスト文書だよ。これををハックしている最中に気づかれてブロックされちゃったもの。以後は完全にお手上げ状態。

 なんらかの感想文とか報告文と見てるけど、もうちょっと続きはあったはず。それがどれほどの量かもよくわらないんだよね。担当者に聞いたけど、長短さまざまのテキストがディレクトリにあったらしいけど、

「どっかの三文エロ小説やないよな」
「普通に読めばそうだけど」

 それは同意。シノブも読んだ時はそう思ったもの。だけど検索しても同じものはヒットしてないのよね。

「出どころは?」
「月集殿です」
「えっ、あんなところなの」

 月集殿はあえて分類すれば神道系の新興宗教かな。神道とはだいぶ違うから新宗教と言った方が良いかもしれない。ちゃんと宗教法人の認可も下りてるよ。そんなところのハックをやった理由は、そのあまりのセキュリティのバカ固さ。

 そりゃ、どこだってセキュリティは大事だけど、あの固さは尋常じゃない。CIAより固いんじゃないかと思うぐらい。もっともCIAの固さとは性質が違うけどね。CIAはともかく、ただの宗教法人があそこまでのセキュリティを敷くのに違和感を持ったんだ。

「言う通りやな。セキュリティを固めるっちゅうのは、知られてはならない秘密があるって事の裏返しやもんな」
「固ければ固いほど重大な秘密の可能性が高いのよね」

 あの文書の裏付けだけど、たどれるのは熊倉吾郎だけ。名前だけならマリもあるけど、マリだけじゃ誰のことなんか調べようがないもの。拘置所まではともかく後半は建物の名前も、地名もなんにも出て来いないものね。

 この熊倉は実在の人物。大松銀行襲撃事件を知らない人間なんていないんじゃないかな。その熊倉が死刑判決を受けて、死刑を執行されたのも事実。

「拘置所の書類関係は」
「完備してます」

 熊倉の親族は母親ぐらいだけど、完全に見放していて、情状酌量の証人にも立っていない。まあ、あれだけの大事件だから立つだけ無駄だろうし、そもそも熊倉の過去の経歴からお涙頂戴を出来る余地なんてないよな。それ以前に熊倉の母なんてバレるのも嫌がったんだろう。

 それはともかく、死刑執行後はすぐさま火葬され、骨も拾われず死刑執行前に教誨師を務めた僧侶の寺の無縁仏になっている。言うまでもないけど死亡診断書とか埋葬許可書関係に怪しい点はない。

「凶悪犯の末路やな」
「月集殿の誰かが趣味で書いた可能性はどうなの」

 その線もあるんだけど、熊倉が死刑判決を受けたのはともかく、死刑執行までの期間が異常に短いんだよね。

「ああ、それ。最近になって三人目じゃなかったっけ」
「死神法相の面目躍如ってとこやな」

 ここも一応チェックしといたけど、後の二人は遺族に遺骨を引き取ってもらってるのよね。最低限の親の務めを果たした格好かな。親もお気の毒だと思うけどね。じゃあ、単なる小説かと言えばシノブは引っかかるものがある。

 ブロックはされたけど、ハックした場所は月集殿でも最高機密データが置かれていたところで良いはずなの。そんなところに置かれるデータとして違和感がどうしても残るんだよ。


 熊倉レポートってしてるけど、小説だとすると違和感を感じる部分が多いのよね。全体をおおまかに分けると前半は熊倉の生い立ちから死刑執行までになるけど、この部分のリアリティは異常に高いとして良いと思う。

 手に入る限りの熊倉の情報と照らし合わせても間違いはないし、それ以上の情報さえある気がする。あれも創作とは思いにくいとして良いんだよ。細部の描写なんて熊倉じゃなければ書けないと思うほど。

 だけど死刑執行後の後半部は荒唐無稽も良いところ。それこそ三文エロ小説そのもの。だって死刑執行から助け出されていきなり性転換だよ。そこから延々と続くマゾ調教。ジャンルとすればSM小説になるのだろうけど前半部とまったく違う代物。

 この性転換と言うテーマは手垢がつきすぎてるぐらい使われてるけど、SM小説だとすると前半部が長すぎるのよ。SM小説でメインになるのは後半部だもの。凶悪犯が死刑執行から助け出される設定が悪いとは言わないけど、それにしても紹介が長すぎるし、詳しすぎる。

 こういう場合は死刑執行までを導入部としてあっさり流すんだ。スタートは凶悪犯が死刑執行に臨むぐらい。せいぜいどれぐらい凶悪だったぐらいの説明ぐらい入れて、執行シーンになるぐらい。

 まあ死刑にされるぐらいだから、もうちょっと凶悪部分を膨らませても良いけど、このレポートは長すぎ。凶悪犯のモチーフに実際の凶悪犯罪を使っても良いけど、もっとボカすはず。凶悪犯の名前とか、襲撃した銀行を変えるんだ。この辺は想起させる程度のモジリにして、

『死刑になるのが当然の凶悪犯か』

 これぐらいを読者に思わせれば必要にして十分すぎるぐらい。実名を出すのはかえって逆効果になりかねないもの。

「そうだよね。読者が読みたいのは性転換された凶悪犯がどんな目に遭うかだろうし」
「ほいでも、小説かって出来不出来の差は大きいで」

 それはそうだけど、後半部も妙なところが多いのよね。SM小説に御主人様が出てくるのは定番と言うより必須だけど、二人も出てくるのよ。それも実際に登場するのは少し能力が低い方の御主人様。

 二人登場しても良いけど、そういう場合は、一人目の御主人様が妊娠させられないのなら、二人目の御主人様がトドメに妊娠できるようにするとかでしょ。そういう展開なら妊婦レイプとか、出産させられるになるものね。

 なのにそんな展開になりそうな気配すらないもの。さらにがあって、調教部分に出てくるのはマリと言う女と熊倉だけ。そこはまだ良いとしても、肝心の御主人様が熊倉が連行されて二日しか出てこないのよ。

 おかしいじゃない。マリに熊倉の調教を任せたとしても、最後に御主人様が出ないとならないはずなんだ。そうだね、調教が完成した熊倉にお褒めの言葉を与えるとか、最終試験を行うとか、熊倉も言っていた使命を授けるとかよ。でも、そういう展開になるとは思えないもの。

「御主人様がこのレポートの続きに出てくる可能性は残るよ」
「そやな、日を改めて御主人様の部屋に呼ばれたりとかや」

 最後のところはそうとも読めるか。でも、

「言われてみればそうね。SM小説の調教の主役は御主人様だものね」
「そやな。二人も御主人様を登場させる必要もないよな。マリも入れたら三人や」

 後半部分を理解するカギはやはり性転換のシーン。手術ではないのはまず間違いない。そもそも身長を違和感もなく三十センチも縮めるって、どんだけの大手術なのよ。それも傷跡一つ残さずだよ。他だって熊倉の自分の体への評価は信じて良いはず。

 熊倉だって腰抜かしたと思うよ。でも、どれだけ自分の体を調べても女なのは認めざるを得なかったんだ。それもどう考えても手術じゃないとして、思いついたのは魔術と性転換薬。どっちも非現実的だけど、熊倉が原因として選んだのが性転換薬。

 でもね、そんなものは地球にも、エランにさえ存在しないの。だからと言って魔術になると熊倉も即断で否定してたけど、輪をかけて非現実的で荒唐無稽も良いところなのよね。どんな理由を付けても、そこまで完璧な性転換が出てきた時点で、この話はフィクションですと宣言してるのと同じってこと。

 だけどね、熊倉でさえ速攻で否定した魔術と考えた時に、たった一つだけ可能性が出て来ちゃうのよ。それはシノブも一人だけ魔術で性転換された女を知ってるから。そりゃ、もう完璧な性転換で結婚して子どもまで出来てるんだ。

「そういうことか。そっちから考えると、後半部分の見方が変わって来るな」
「マドカさん事件だね」

 そう二人の御主人様がいても不自然どころか当然になってしまうのよ。それだけじゃなく、あれほど完璧な性転換が一瞬で行えたのも説明がついちゃうんだ。

「ついでに言えばマゾ奴隷にするのもね」
「生きがいみたいなもんやからな」

 熊倉を女に変えたのがゲシュティンアンナ、もう一人の登場していない御主人様がドゥムジ。この二人は日本に住んでいる可能性が高いんだよ。熊倉が経験した後半部はゲシュティンアンナの差し金と考えれば、

「全部説明できるし、実話そのものとしてエエやろ」
「後半部分で建物名も地名も出てこないのも説明出来ちゃうよね」

 ユッキー副社長の言う通りで、ゲシュテインアンナが居場所を推測させないように伏せたからのはず。

「エライもんが出て来たな」
「女神の仕事だね」

謎のレポート(第19話)庭掃除

 幾日かしてから、アリサはマリ様に連れられて、食堂を通り抜け、階段を下り、さらに外に出ました。アリサが館の建物の外に出るのは、アリサがこの館に入って以来初めてです。さすがにアリサも胸の高まりを抑えきれません。

「ここの掃除よ」

 庭には他にも掃除をしている者もいるようでしたが、アリサはその一角を任されるようです。

「今日は初めてだから見ていたら良いわ」

 この見させてもらうのがどれだけ重要かは体で覚えてきました。そう、見たものは一度で完璧に覚えないとすべて出来るまで反省させられるのです。それもマリ様のすべてを見て覚えなければなりません。

 掃除の仕方はもちろんですが、その仕上がりの要求する水準、手順、時間配分のすべてです。そんなものは基本中の基本ですが、マリ様の身のこなし、表情の出し方、歩き方、服のさばき方はスカートの裾の動きの一つまで決まりになってるはずです。

 アリサは目を皿のようにしてマリ様の一挙手一投足のすべてを見逃すまいと懸命です。マリ様のお手本がこの世のすべてなのです。やがて掃除が終わると部屋に戻りましたが、

「アリサ、あの無様な歩き方はなんなの」

 この館の決まりはハイヒールです。これで自在に歩けるようになるまで大変でした。ですが、これまでは室内だけで、それも部屋と廊下と食堂の往復だけでした。つまりは室内の平たいところだけだったのです。

 今日は階段も下りましたし、庭の土の地面もありました。どちらも初めてでしたから、どうしてもぎごちなくなってしまったのです。ですがヒールで歩くのは決まりです。それがどこであっても優美に歩くのも決まりです。不慣れはこの館ではなんの言い訳にもなりません。

 ここももう少し付け加えておきますと、マリ様から教えを授かったり、命じられたことは聞いた瞬間から出来るのが当然とされます。出来なかった時はすべてアリサが悪いのです。ましてや出来なかった言い訳など、この館には存在しないものになります。

 他にも見学中のアリサの反省点をこれでもかと並べられました。これもそうで、見学に熱中するあまり、立ち居振る舞いで疎かになった事がたくさんあったのです。アリサはいつものように反省に入ろうとしましたが、部屋の天井から鎖が吊り下げられているのに気づきました。もちろん、どうしてなんて聞くことは許されません。すべては身を以て経験するのが決まりです。

 アリサは服を脱いで腕輪と足輪を装着して頂きましたが、腕輪は普段とは違い短い鎖で繋がれています。ちょうど手錠のようです。その鎖にはさらにはフックの様なものがあり、マリ様はこれを天井からの鎖に繋ぎました。

 天井からの鎖は滑車のようになっているようで、繋がれた鎖は引き上げられていき、なんとか足が着くか着かないかの高さで固定されました。さらにマリ様は鉄のパイプを取り出しました。これをアリサの足輪に固定されると大きく足を広げる格好になります。

「庭掃除での反省は吊るし打ちです」

 そこからまさに全身に滅多打ちを頂きました。アリサの叩けるところをすべて叩かれたとして良いでしょう。それはそれは痛いものでしたが、この時にアリサはわかりました。これは違うと。

 既にアリサは背後からのムチと前ムチを克服しています。吊るし打ちと言っても、それを合わせたものに過ぎないのです。アリサは一打に一打に、

「ありがとうございます」

 こう心からの感謝の言葉を述べ、マリ様からの慈愛のムチとすぐに受け取れたのです。庭掃除の課題も連日のムチの嵐でした。ですがこんなに楽しい課題はありません。反省は喜びにあふれ、明日への意欲を無限に駆り立てます。


 そうしているうちにアリサに何かが起こりました。まさに決定的な何かが。これこそがアリサが求めていた到達点のはずです。それに気がついた時にはアリサも驚いてしまったぐらいです。ムチがとにかく嬉しいのです。痛いのはまったく変わりませんが、痛みを与えられるのが嬉しいのです。

 アリサが求め続けた真のアリサがはっきりとわかりました。真のアリサとは究極の服従の喜びなのです。喜びと言うより歓喜です。これはムチで服従が深まるのも喜びではありますが、真のアリサになるにはまだまだ不足しています。

 服従の度合いが深まるうちはまだまだ未熟なのです。理想の服従、究極の服従とは、その深みの底に達し、そこから永遠に離れないように固定されることです。アリサはがっちりと固定された感触を得たのです。

 真のアリサにとって、ムチを与えて頂くのは純粋な喜びなのです。お褒めの言葉を頂くのと何の違いもございません。アリサはどこをどう考えてもムチを喜びにしか感じません。辛かった時代はかすかに記憶に残っていますが、こんな喜ばしいものを辛く感じたのが不思議でなりません。

 真のアリサの服従の喜びとは何事も無条件に受け入れ、それを喜びにすることです。そこに生じる感情は、いかなる物であっても喜びとしか感じてはならないのです。それも「ならない」とかすかでも頭に浮かぶうちはまだまだ未熟と言う事です。

 命じられただけで喜びに満ち溢れ、受け入れた瞬間に歓喜と幸せしか感じないように反射的に、なんの疑いも違和感もなく、ごくごく自然に、それがごく当然で、それを待ち望み、魂さえ震えるぐらい嬉しい状態になれることです。

 これでも真のアリサになれた喜びを伝えるのには不十分です。今のアリサはいかなる事をされてもすべては喜びでしかありません。真のアリサにどういう喜びが待っているかも、マリ様に教養としてそれなりに教えて頂いています。

 学んだ時にはまだ漠然とした不安と恐怖を抱いた記憶がかすかに残っていますが、どうしてそんな事を思ってしまったのかさえ今では理解するのも不可能です。

 わかりますか。真のアリサになれば、これから死ぬまで歓喜の中で暮らせるのです。これは選ばれた女にのみ与えられた特権であり、誇りと言っても良いものです。それをアリサはついに手に入れたのです。

 マリ様の一打、一打がどれほど愛おしく、嬉しく、幸せなものかを口で表すことなど不可能です。今日もマリ様からムチの嵐を頂いてますが、この時間が永遠に続いて欲しいと強く、強く願いました。マリ様はそんなアリサを見通すように、

「アリサ、ついに来れたね」
「ありがとうございます。すべてはマリ様のお蔭です。アリサは、アリサは・・・」

 これはムチの痛みの涙ではありません。真の服従の喜びを知った嬉し涙です。

「マリも嬉しいよ。今日はサービスしてあげる」

 この言葉がどれほど嬉しいものだったかわかって頂けるでしょうか。そこからマリ様にこの館に迎え入れて頂いてから、最大のムチを揮って頂きました。もうアリサは夢見心地の大興奮状態です。マリ様は満足げに、

「これはマリからのお祝いよ」

 マリ様の渾身の一撃が正確無比にアリサの急所をとらえます。マリ様の慈愛がアリサの体中に広がります。これこそ最高のムチです。続けて二打、三打、四打、五打・・・十打まで頂けました。こんなお祝いを頂けるなんて感謝の言葉も思いつかないぐらいです。陶然とするアリサに、

「そうだよ。言葉で表現できるうちは、まだ感謝が不足してるのだよ。真の感謝になれば言葉などで表現できるものではない。よくここまで来れた。マリも嬉しい」

 鎖を解かれ、腕輪と足輪を外されたアリサに、

「アリサはわかっているね」
「はい、それを頂くために今日まで精進を重ねて参りました」

 こうなれてこそ真のアリサであり、そうなれた真のアリサでしか授かれないもの。これを授かるためだけに生きてきたのです。

「近いうちに授かることになる」

 長かった日々が走馬灯のようにアリサの脳裏を駆け抜けます。すると思いもよらない事が起こったのです。マリ様がアリサを抱きしめてくれたのです。

「これは御主人様から特別の許可をもらったもの。アリサへの御褒美だよ」
「マリ様・・・」

 マリ様にこうやって抱きしめてもらうのは初めてです。こんな最高の御褒美があるとは夢にも思いませんでした。優しく抱きしめてくれるマリ様が愛おしくなります。マリ様がいなければ、アリサは絶対にここまで来れませんでした。すべてはマリ様のお蔭で真のアリサなれたのです。泣きじゃくるアリサに、

「よくやったよ」
「ありがとうござ・・・」

 もう感動と感激で声になりません。でもこれはマリ様との永遠の別れも意味します。

「そうだよ。これでアリサの教育係も終わりだからね」

 明日からは使命を授かるまで一人暮らしになります。同じ館の中にいますから、廊下ですれ違ったり、食堂や浴室で一緒になることはあるはずですが、今のアリサは隣にマリ様がいても気が付かなくなっています。

「これほど優秀な教え子を持てて、マリは誇りに思う。アリサなら使命を立派に果たせるよ」
「マリ様の教えを一生忘れません」

 どれほど抱き合って泣いていたかわかりませんが、別れの時は来ます。

「もう部屋にカギはなくなる。アリサには不要になったからね。庭掃除も終わり。化粧道具とかは明日には運び込むからね。その日まで休みなさい」

 マリ様の目にも涙が、

「アリサ、使命は必ずアリサに喜びをもたらすわ。そうできるようにマリはすべてを授けたのだから。使命をあるがままに受け止めて幸せに暮らしなさい」

 マリ様が部屋から出て行った後もアリサは別れが悲しくて泣いていました。マリ様に頂いた慈愛のすべてを思い出していました。この館に来れたこと、マリ様に出会えた事こそアリサの幸運の始まりであり、その結果として手に入れたのが真のアリサです。

 そんなアリサもまたこの館から出る日は近づいています。これからアリサに訪れるのは使命を授かり、それを果たしていくバラ色の日々です。黄金の日々とも言えるでしょう。使命を果たすのは天国より喜ばしい世界です。

 アリサはその世界に入れるのです。真のアリサの幸せへの片道切符として良いでしょう。嬉しくて、嬉しくて今夜はとても眠れそうにありません。マリ様から受けた御恩は一生忘れません。