ツーリング日和26(第18話)丹波三街道

 コメダの前から国道一七六号に乗る。国道一七六号も時間帯によっては混むけど、さすがにこの時間帯なら空いてるぞ。北に北に走って行く。三田市街を抜ける頃にはちょっとした快走路気分だ。でさぁ、でさぁ、この道には丹波の森街道の表示が出て来るけど、あれってどこからどこまでなんだ。

「あれか・・・」

 南からなら国道一七六号が三田から篠山市に入ったところから始まるそうで、そこから北へ北へと走って行き、遠坂峠で朝来市に入るところで終点なのか。

「他にも丹波三街道って言うてな・・・」

 デカンショ街道もよく耳にするけど、あれは篠山を東西に横断する国道三七二号になって、東は天引峠から始まって、西は古市から不出来方峠を越え、

「黄桜のある坂があるやん」

 あそこか。あの坂のテッペンぐらいから加東市になるからそこが終点だって、

「もう一つ水分かれ街道もあるやが・・・」

 これはあんまり聞かないな。東と言うか北は福知山との境の塩津峠から始まって、国道一七六号を西に走り、そのまま国道一七五号に入り、

「こっちは西脇に入るとこが終点や」

 名前に丹波が付いてるから丹波内の指定、それも兵庫県内のみの指定になっているのか。

「もうちょっと言うたら、丹波市と篠山市に限定や」

 そっか、そっか、兵庫の丹波と言っても広域合併の末に自治体は二つだけだものね。

「デカンショ街道以外の知名度はもう一つやけどな」

 デカンショ街道もどれだけって思わないでもないけど、やっぱり観光地としての篠山の存在が知名度を左右している気がする。もうちょっと言えば、デカンショの言葉自体の知名度とデカンショの言葉のインパクトもありそうだ。

 もっとも三街道とも古来からなんてものじゃなく、わりと最近に付けられたものみたい。あれだろうな、地域振興とか、地域整備の一環ぐらいで良いはずだよね。でもなんだけど、

「なんか補助金絡みなんかもな」

 ナビを見てると、なんとか街道とか、なんとかロードとしてるところは割とあるのよね。これも温度差があって、道路にネーミングの表示があったり、モニュメント的な物があるところもあるけど、

「地元の人でも知らんのんちゃうかってのもあるもんな」

 あるあるだ。そりゃ、そうよね。昔から呼ばれていたのならともかく、誰かが勝手に決めて、広報もアピールもしなかったら知ってるわけないもの。

「それと丹波三街道はまだましやけど、あの手のネーミングは地域性で揉める時は揉めるはずやんか」

 コータローによると国道二九二号は日本国道最地点があるかから有名だそうなんだけど、別名として志賀草津道路とも呼ぶらしい。これは志賀と草津を結ぶ道路ってシンプルなネーミングだけど、

「ナビには浅間・白根・志賀さわやか道路ってなっとる」

 なんだ、なんだ、その寿限無は。コータローだって行ったことがないから実情は知らないとはしてたけど、

「そんな長ったらしいので呼ぶ奴はおらんのんちゃうか」

 別名とか愛称が成立する理由は様々あるけど、長いのはまず定着しないどころか呼ばれない。これは道路じゃなくて地名とか、建物の名前でもそうだと思う。

「道路やったら単に国道とか、県道とか」

 バイパスとか、新道とか旧道なんてのもあるかな。国道とか県道が複数あって呼び分けないと行けない時も、

「国道二号やったら二国やし、国道四十三号やったらヨンサンや。山手幹線なんか山幹やもんな」

 とにかく短く呼び直す感じ。さんちかだって元は三宮地下街のはずだし、

「ウメチカも梅田地下街やったはずや」

 もちろん例外はあって国際会館とか新聞会館はそのままだけどね。だからだと思うけど三宮の再開発で出来たところはEKIZOになってると思う、あれは長ったらしいとか、堅苦しいと呼び名として定着しないからだと考えたはず。

 もっともそんな芸当が出来るのは民間だからの話で、お役所仕事になるとそうはいかない。地元の利害とか、住民の愛着だとか、さらにお役所なりの新味を出そうとして、

「浅間・白根・志賀さわやか道路みたいな寿限無になってもうて、誰も知らん愛称になってまう」

 素直に志賀草津道路にしとけば良いのにね。

「道の駅も寿限無ネーミングが多いけど、あんだけひらがなにするのも、かえって読みにくい時があるわ」

 バイクでもクルマでもそうだけど、走っていて道路案内を見るのは一瞬なんだよね。長いと読み切れないし、ひらがなも少しでも長くなるとかえって読みにくいのよ。なんていうか、パッと頭に飛び込んで来ない感じ。

「地名は読みが難しいとか、クセのあるころが多いけんど、漢字って不思議なとこがあって、すらっと読めへん時の方が頭に残ったりせえへんか」

 あははは、コータローもそうなんだ。漢字を素直に読んだらこうだけど、地名としてはどっか変みたいな時だろ。有名なものだったら十三をジュウサンと呼んだり、

「放出をホウシュツって読んだりや」

 あれって国語の漢字読解の試験の時の後遺症かもだ。

「それオモロイ考え方や。試験やのうても、授業で当てられて読めへんかった時のトラウマかもしれへんで」

 トラウマは嫌だけど、変な読み方して笑い者にされるのは記憶にいつまでも残るし、

「下手したら同窓会でも酒の肴にされるもんな」

 読めなくて立ち往生じゃないけど、あれは中二の英語の授業の時だった。教科書を読まされていた男の子が急に詰まったのよね。詰まったものだから、どこが読めないんだと思うじゃない。でもさ、それが、

『tell me』

 だったのよね。英語が得意じゃなくてもさすがに読めるじゃない。でもその男の子は顔真っ赤にして詰まってるのよね。そこで千草だけじゃなくクラスの大半の子が気づいたと思うんだ。その男の子が好きだった女の子の名前が、

『輝美』

 愛しの女の子の名前と音が一緒なのを意識し過ぎたってこと。

「あったあった、あれも英語の授業やった・・・」

 体の部位の単語を順番に当てられて答えていたそうなんだけど、ある女の子が詰まったんだって。それが、

『eye』

 だったのだけど、あの子って明文館に進んだぐらい勉強が出来たから誰もが不思議だと思ったのだけど、詰まった女の子が切羽詰まったように叫んで答えたのが”

『目』

 理由がわかってクラスで大爆笑になったのか。その女の子は目がクリっとしてるのがチャームポイントだったのだけど、クリっとし過ぎて口の悪い男連中から、

『目』

 こう揶揄われてたんだ。自分への悪口みたいなものだから、他に言い換えを考えていたのかもしれないけど、適当な言い換えが思いつかずに詰まってんだろうな。

「これは医学部あるあるやけど・・・」

 泌尿器科って男の外陰部なんかを扱う診療科だそうだけど、臨床実習の時にそういう患者の状態を教授にプレゼンしたのだそうだけど、部位が部位だからどうしても男のモノの名称を口に出さないと行けなくなったらしい。女子の医学生だったけど懸命になって口にはしたそうだけど教授は追撃。

「普段が何センチで、勃起したら何センチだ」

 そういう情報が必要な患者だったらしいけど、うら若き女だから答えられなくなってしまったそう。でもさぁ、それってセクハラじゃないの?

「そやから医学部あるあるやねん。医者になったらごくごく普通に口にするもんやから、ある種の洗礼をかましたんやろ」

 そっかそっか、医学生は医者になるんだものね。医者になったら単なる医学用語になってしまうのか。それでも、それでもだよ、

「言いたいことはわかるけど、泌尿器科の猥談は医者の中でも一番強烈ってされとるわ」

 千草じゃ行けない世界だ。