恋せし乙女の物語(第18話)忍び寄る影

 アキラはリッチ。正確にはアキラの実家がリッチなんだけど、あれこれプレゼントしてくれるんだ。これは誕生日とかの記念日はもちろんだけど、サプライズもよくあるし、それこそデートでウィンドウ・ショッピングしながらもある。

 それ自体は嬉しいのだけど、アキラは妙なものをプレゼントしたがるところがある、プレゼント言えば、アクセサリーとか、バッグとかが定番のはずなんだけど、なんと服をプレゼントしてくれる。

 服もプレゼントとしてありとは思うのだけど、これがアキラが選んだ服なんだよ。そりゃ、アキラがわざわざ明日菜のために選んでくれたのだから嬉しいけど、ちょっと子どもっぽい感じが気になってる。

 明日菜は童顔でしょ。だから今まで背伸びしてでも大人っぽい服にしてたんだ。そうやってバランスを少しでも取ろうって。だけどアキラの選んだ服じゃ童顔が強調されて、余計に幼く見える気がしてならないんだよ。

 でもだからと言って断れるものじゃない。せっかくのアキラからのプレゼントなのもあるし、渡してくれる前に目を輝かせながら、

「絶対に明日菜に似合うはず」

 渡された後に着るように頼まれるんだけど、

「思った通りだ。いやそれ以上かもしれない。明日菜もそう思うだろ」

 これを満面の笑みでいわれたら、気に入らないとか、いらないなんて言えるものじゃない。でもってもらったら着ないといけなくなる。デートの時も、アキラのマンションに行く日もだ。それだけじゃない、大学もそう。避けようにもアキラは、

「着て来てね」

 これだって最初の方は服が少なかったから、洗濯中とかで誤魔化せたけど、今やクローゼットにいっぱい状態。どうでもアキラの選んだ服を着るしかなくなってしまう。絢美も、

『そういう路線も似合わないとは言わないけど・・・』

 かなり言われてるのは知ってるけど、逃げ道がないじゃない。だから開き直ることにした。着飾るのは誰を喜ばすものかってこと。それは考えるまでもなくアキラだ。逆に言えばアキラ以外が喜んでも意味は無いもの。

 愛する彼氏を喜ばせるために彼氏の趣味に合わせるのが一番じゃないかってね。昔から夫唱婦随とも言うじゃない。これじゃ男尊女卑って言われそうだから、彼氏の好みに染まっていくならどうだろ。いずれにしても服がそんな調子だから、メイクや下着、小物に至るまで合わせて行くしかなかった。


 そうこうしているうちに卒業だ。アキラに溺れ込んだ学生生活ではあったけど、勉強もそれなりにやったよ。就活はそこそこ苦労させられたけど、ほぼ第一希望に近いところになってくれたから上々だと思ってる。アキラは実家の会社に勤めるかと思っていたら違ってた。

「外を見て来いってさ」

 武者修行ってやつかな。跡取り息子も大変だ。ここでだけど卒業となると、はっきりさせたいものがある。言うまでもないけどアキラとの関係。ここまで来れば明日菜も濃厚に結婚を意識してる。だって他に道はないじゃない。

 とはいえ卒業と同時に婚約から結婚に突き進むのはまだ無理があるぐらいはわかる。社会人一年目はあれこれ忙しいって言うものね。だから関係を前進させたいぐらい。具体的にはまず同棲だろ。

 この辺は前後するかもしれないけど親への挨拶もしておきたい、ここもいきなり結婚の挨拶は無理として、交際の挨拶ぐらいはあっても良いはず。アキラに相談したんだけど、

「まだ社会人一年目だろ。まず仕事を覚えるのに専念したいな」

 そりゃそうだろうけど、同棲したって仕事を覚えるのに差しさわりはないはずじゃない。

「そうかもしれないけど、同棲するなら親への挨拶が先になる」

 アキラはそういう主義なのか。だったら挨拶に行こうよ。

「そうなんだけど、そこは慎重にしないといけないんだよ」

 木崎産業の跡取り息子ってことか。でもさぁ、いつかはしないと前に進まないじゃない。

「そこはちゃんと考えてるから、もうしばらく待ってくれ」

 なんとなくスッキリしなかったけど、煙に巻くように言いくるめられて社会人生活がスタートしちゃったんだよね。それでもアキラの言葉は当たっている部分はあった。やっぱり新社会人の生活は甘いものじゃなかった。

 ブラック企業じゃないと思うけど、覚える仕事が山のよう。学生じゃ、書類一つまともに書けないもの。とにかく回って来る仕事をこなすだけで一日が終わって行く感じだし、休日だってとにかく寝ていたかった。

 そりゃ、アキラに逢いたいけど、その気力さえ削り取られてしまった感じだったものね。誰だって通る道のはずだけど、あれこそ目が回るような毎日だったもの。とくに最初の三か月は辛くて、六か月経って少しだけ余裕が出来て、一年が過ぎて新入社員を迎えて、

「あんな時期もあったよね」

 こうやって同僚と話せるぐらいになったかな。一年目は仕事をイチから覚えていく大変さもあったけど、とにかく会社の中では一番下っ端じゃない。どうしたってあれこれ雑用を押し付けられる。

 この辺は職場で違うはずだけど、職場では仕事以外の細々とした雑用が出て来るし、それを誰かがやらないといけない。先輩たちも仕事で忙しいから、新人に少しでも余裕が出来たらやらされた感じだったんだ。

 それでも二年目になれば一人前とまで行かなくても、半人前以上、一人前未満ぐらいになるじゃない。これは出来る仕事の範囲が増えるだけでなく、任される仕事の量もまた増える。

 それだけじゃない、仕事をこなしただけでは評価されなくて、結果が求められれる段階になっていく。この成果を挙げると言うのが、評価になり、いわゆる出世競争も出て来ると思えば良い。

 サラリーマンの出世はたぶん二つの意味があると思う。一つは出世する事による昇給。そりゃ、誰だって給料を増やしたいよ。それと出世する事による肩書の獲得。主任とか、係長みたいなの。

 これは社内での序列にもなるけど、社外的にも信用になる。そりゃ、ペーペーの平社員と肩書付では、それだけで相手の対応も変わるからね。例外もいるだろうけど、人事異動の季節になると誰もが気にしてる感じになる。

 やれ何年入社の誰それが昇進したとか、どこそこに配属されたとかは居酒屋の話題の中心になるものね。そう、社会人二年目になったからといって、余裕で仕事に取り組めるって感じじゃなく、今度は出世競争に本格的に参戦って感じになってた。


 もちろんアキラとの交際は続いてる。逢う頻度は勤めてる会社が違うからどうしたって減るけど、逢える時には今でも嬉しいもの。アキラからの変わらぬ愛を確認できるからね。だからこそアキラとの関係をどうにかして次に進めたいのよね。

 そりゃ、まだ社会人二年目だから若いと言えば若い。年齢だけで言えば結婚を焦るような段階じゃないけど、アキラとの交際はもう五年目に入るじゃない。そりゃ、年内に結婚まで望んでいないけど、結婚へのレールに乗ると言うか、より近づいている実感が欲しいぐらい。

 結婚は大昔は家と家との結びつきが重視と言うか、そのために結婚なんてのもあったらしい。今だって残っていて、政略結婚とか言われるものもあるもの。だけど今はやはり当人同士の意志の問題になっている。

 それでもやはり家の問題は今でさえ出てくる。そりゃ、結婚しても親兄弟姉妹はいるわけだし、親戚付き合いが消滅するものでもない。そう、相手の親族との関係が嫌でもセットで付いてくる。

 このへんは家がどの程度のものかで変わって来るけど、アキラの家は重そうなのはわかる。木島産業の経営者一族だし、アキラはそこの跡取り息子だもの。ゆくゆくは木島産業の社長の椅子も約束されてるものね。

 そこの嫁となると、たとえば婚姻届一枚出して結婚とならないよね。そりゃ、嫁候補に対する条件はあれこれ出ない方が不思議だろう。もちろん親兄弟、親戚一同が反対したって本人の意志さえあれば結婚はできるけど、

「そんな波風は立てたくない」

 明日菜だってそう。だってだって、アキラの家の反対を押し切って結婚しても、幸せな結婚になるとは思えないもの。というか、結婚するからには親兄弟姉妹、親戚、友人の誰もに祝福されて結婚したいじゃない。

「ボクもそうだから、もう少し時間をくれないか」

 アキラの言い分もわかるけど、この話になるといつもこんな感じで言いくるめられてしまうのよね。そんなアキラとの関係は社会人三年目になっても変わらなかった。明日菜もさすがに苛立った時もあったけど、だからと言って別れる選択枝なんてもうないよ。