そう言えば、プロポーズの時に不倫の過去はさすがの康太も考えこんだけど、恵梨香がビッチにされてることへの反応は薄かったのよね。恵梨香にしたら大きな負い目だったんだよ。
やっぱり男は処女が好きじゃない。まだ誰も手を付けてない女を自分の物にしたいのが理想のところがあるもの。女だって、そういう面はあって、一人の男に捧げたいってのもあるのはある。あくまでも理想だけど。
処女は一回限りでなくなるから、男も女もこだわって拒否するところまでいかないにしても、とくに女は人数の経験を重ねすぎると確実に評価が下がる。そこは男より厳しいかも。不平等だと思うけど、誰彼無しに股を広げて回る女は恵梨香でもあんまりよく思わないところはある。
『恵梨香はたった二人じゃないか。綺麗なものだよ』
二人しかいなかったとも言えるけど、最初のクソ元夫はともかく、二人目の不倫上司との関係は明らかな黒歴史。女は処女は尊ばれるけど、熟女ももてはやされる。バツイチならそれが武器になる。要は男を喜ばせるだけの経験を積んでる点かな。
ただなんにでも限度がある。恵梨香がやられたのは、女の極限へのチャレンジ。ぶっちゃけ変態行為。変態行為を好むのは男も女も忌避される。もちろん、そっちの需要もあるけど、多数派はノーマルだし、ノーマルの男は変態行為をされた女と言うだけで汚れた存在と見下すもの。
『それだけ恵梨香が経験があるってだけじゃないか』
『でも・・・』
『じゃあ、一つだけ聞く。恵梨香はアレが好きか、嫌いか』
ストレート過ぎて返答に困ったけど、
『好きだけど・・・』
『じゃあ、問題はない』
嬉しかったな。その言葉がウソでないのもわかったし。
「お~い、恵梨香。最近、考えごとが多いぞ」
「ゴメン、ゴメン。今夜の事を考えたらドキドキしちゃって」
「恵梨香は可愛いよ」
そこに突然だったけど、
「おい、神保じゃないか!」
「坂崎か」
話を聞くと康太の同級生。麻酔科らしいけど、学会があって来てるんだって。坂崎先生は恵梨香の顔を見て、
「神保はやっぱり結婚したのか」
なんかおかしい。康太は結婚はしたけど離婚して今は再婚だよ。それよりに何より恵梨香とは初対面じゃないの。
「坂崎、それは違うよ。妻の恵梨香だ」
坂崎先生は、ポカンって表情になり、
「恵梨香って、まさかお姉さんとか」
「だから違うって。ぼくの奥さんの浜崎恵梨香だよ」
恵梨香がお姉さんってなによ。そこからしばらく話が弾んだのだけど
「坂崎、お前が来てるってことは」
「そうや、迫田も石神井も一緒や」
久しぶりだから、もう一軒飲みに行こうって話になったんだ。康太は迫田先生と石神井先生のテーブルに挨拶に行ったから隣に座った坂崎先生と話をしてたのだけど、
「いやぁ、悪かった。あんまり似てたんで間違ってもた」
坂崎先生が知ってるのなら、康太の最後の恋人よね。
「よく知ってられるのですか」
「一回会っただけや」
聞くと医学生ではなかったらしい。それと康太の下宿は大学からかなり離れていたらしく、友だちもそれほど遊びに来たわけじゃなさそう。それと最後の恋人は恵梨香がお姉さんと間違われるぐらいだから、かなり年下みたい。
ここから先が難しいな。あんまり根掘り葉掘り聞いたらヤキモチ妬いてるみたいに思われちゃうし。どうしようかな、少し遠回しに聞いてみようか、
「夫の同級生と言えば、先日上浦先生に神戸でお会いしました」
「へぇ、上浦さんに会ったのか。ここだけの話やけど・・・」
やっぱり康太と理恵先生の仲は深い物なんてものじゃなさそう。坂崎先生も康太がそのまま理恵先生と結婚すると思ってたぐらいみたい。だろうな、今だって美人だけど学生時代ならなおさらだろうし。
「上浦さんは美人やけど冷たい感じもあってんよ。それが神保と付き合い始めて温かいと言うか、女らしいと言うか・・・・・・」
やっぱりやったんだ。そらやるよね。やってない方がおかしいよ。理恵先生を見てやりたくない男なんていないだろ。康太は無暗やたらに女に手を出すタイプじゃないけど、彼女にまでなったら、やるしかないだろ。手を出さない方が逆におかしいよ。
「ホンマにいつも二人でベッタリで、彼女がおらんかったオレなんか、羨ましくて、羨ましくて」
坂崎先生もマフラーは覚えてて、赤い毛糸で編んだ一・五メートル以上あったものだって。手編みじゃないかとも言ってたよ。でも別れたんだよね、
「そうやねんよ。男と女の仲やから出会いもあれば別れもあるとは言うけど、神保と上浦さんが別れるとは夢にも思わんかった」
「その次の恋人って素敵な人だったのでしょうね」
坂崎先生も一度しか会ってないからとしてたけど、どちらが美人かと言われると、考える余地もなく理恵先生だって。それは、なんとなくわかる。理恵先生より綺麗な人なんてそうそうはいないと思うもの。
「でもな、神保とピタッと呼吸が合ってたわ。あの呼吸と言うか、空気は恋人同士というより夫婦みたいに感じたものな」
同棲してたかと聞いたら、たぶんそうだとしてた。康太の部屋に女物としか思えないものが、当たり前のように転がっていたそう。ぶっちゃけ、並んで下着が干してあったのも見えたそう。
坂崎先生が言うには、康太は幸せそうだったって。理恵先生と付き合いってる時よりも、なにかリラックスしてるというか、寛いでる雰囲気があったぐらいかな。だから、
「そうやねん。あのまま行くとしかオレも思えんかってんよ。それによく見ると奥さんとはちょっと違うけど、雰囲気はホンマにそっくりやってん。あれからもう二十年ぐらいになるから、これぐらいは変わってもおかしないやんか」
そこに康太が加わって来て、
「坂崎、あの頃の話はそれぐらいにしてくれよ」
「そやけど、キーコは・・・・・・」
「頼むわ、坂崎」
康太の顔が今まで見たことがないぐらい悲しい顔になってる。
「坂崎、誰にだって語りたくない過去はあるんや。理恵さんのこともそうや」
とりあえず最後の恋人がキーコと呼ばれていたのはわかった。関係は同棲まで進んでる。そのキーコさんが恵梨香によく似ているのもわかった。ポッチャリ狸だったんだろうな。坂崎先生が見間違えたのは、十年以上の歳月はポッチャリ狸をビヤ樽狸に変えたと思ったんだろ。
この夜はこの辺でお開き。坂崎先生も明日の午後に発表があるからってさ。ホテルに帰った恵梨香は康太にいつも以上にトロトロにされちゃった。やっぱり旅行になると普段より燃えちゃうのよね。
翌日は予定通りにバスで市内観光。いつもの康太に戻っていて、恵梨香もはしゃいで楽しかったよ。お土産もいっぱい買えたし、昼は札幌ラーメン、夜はビール園のジンギスカンも堪能した。天気も良かったし最高だった。
「札幌時計台って、こんなところにあるんだね」
「そうなんや。写真で見るとポツンと建ってるように思うけど、実際はビルの谷間なんだよね」
本当にビルの谷間で恵梨香も逆に驚いたぐらい。きっとかつては、このあたり一帯に札幌農学校の校舎が並んでたんだろうけど、時計台だけが取り残されたんだよね。出来た頃にはそうなってしまうなんて誰も思いもしなかったろうな。時計台はそれをずっと見てたんだろうね。
時計台を見ている恵梨香も康太も、時計台から見ればほんの通りすがり。さっと見て通り過ぎていく時の旅人の一人かな。恵梨香は前世とかあまり信じないけど、康太と出会ってから、あるのかもしれない気がしてる。
恵梨香の思い過ごしかもしれないけど、康太とは初めて会った気がしないところがあるんだよね。ずっとずっと昔にも会って、恋をして、結ばれてラブラブやってたんじゃないかって。
いやラブラブじゃなかったかもしれない。もっと苦しい恋だったかもしれない。苦しい恋だったから、今は康太も恵梨香を幸せにしようとしてくれるし、恵梨香も康太を幸せにするのが生きがいになってるかも。
「生々流転かな」
康太に教えてもらったけど、生々流転とは人間は生死を繰り返しなが六道世界を迷い苦しむことらしい。六道世界とは、
・地獄道・・・苦痛に溢れていること
・餓鬼道・・・欲が深いこと
・畜生道・・・幸福な人物を妬むこと
・修羅道・・・他人と競争すること
・人間道・・・辛さと楽しさがある人間界にいること
・天上道・・・苦しむこと
この世界を巡りながら絶えず生まれ成長して、変化を続けるんだって。
「天上道でも苦しむの?」
天上道に住むのは天人で人間より優れていて寿命も長くて、空を飛ぶのを享楽としながら生きるんだって。悩みも少ないそうだけど、最後は天人五衰ていうらしいけど、腐り落ちるように死ぬんだって。
「苦しむ事となってるのは、そこまで悩みの少なそうな天人でも、いつか訪れる死への苦しみから逃れられないぐらいだよ」
ここは康太も苦笑いしていたけど、死も含めた苦しみから逃れる方法は一つで仏教と出会い解脱することになってるそうなの。天上道には仏教がなく、仏教があるのは人間道だけだって。ちなみに解脱してなるのは仏だそうだけど。
「なんか御都合主義ね」
「宗教も商売だから」
仏教の到達点は悟りを開いて解脱することになってるけど、康太に言わせると、
「それもつまらん」
悟りとか解脱の解釈も色々あるみたいだけど、悩みとか欲とか、仏教用語でいう煩悩から解き放たれるぐらいで良さそう。
「ボクは煩悩をまだまだ楽しみたいよ。人間道は苦しみも多い世界だけど、楽しみも多い世界になっている。だから楽しいと思わない」
「天上道に行って天人の楽しみをするのは」
「飛んで回るのが楽しいかな。それより恵梨香と暮らす方が楽しいとしか思えない」
ありがとう康太。恵梨香もそう。悟りとか解脱もよくわからないけど、人を好きになって夢中になるのも捨て去った世界なら恵梨香も住みたくない。仏教に出会えなくとも恵梨香は康太に出会ってるんだ、
札幌の最後の夜は恵梨香も大炎上した。あのヒイヒイ言わされながら追い込まれるのは、ムチャクチャ感じるけど苦しかったのよね。それがね、なんて言えば良いのだろう、感じ続けたいというか、楽しいというか、嬉しいというか、そうだね、そのまま受け入れたいに変わってるんだよ。
朝の目覚めも強烈だった。なんと雄々しい康太に起こされたんだ。そう眠ってるまま始まってた。朝っぱらからフルコースを堪能させられちゃた。そこから大通公園に行ったり、札幌テレビ塔に登ったりして千歳から神戸に帰った。