恵梨香の幸せ:元婚家

 そうそう元婚家の名字は、

『〆平』

 これを『しめひら』と読む。珍しい名字だと思う。江戸時代には苗字帯刀を許されていたってのを自慢してたよな。恵梨香にしたら、それがどうしたぐらいにしか思わなかったけど、とにかくイヤミの材料に使われまくったから、恵梨香は苗字帯刀を聞くだけで嫌な気分になるぐらい。

 恵梨香にも弟がいて上が隆行、下が隆明。家は隆行が継いでくれている。仲は良くて、恵梨香のところにも従兄妹を連れて遊び来ることもあるんだよ。隆行にあのクソ元婚家がどうなってるかを確認してみた。とりあえずクソ元舅姑、クソ元夫は健在だった。ただそれだけじゃなく増えてるんだ。

 増えてるって言ってもクソ元夫が再婚して子どもが出来た訳じゃない。あのクソ元夫には妹がいるんだよな。恵梨香も良く知ってるけど、それこそのクソ姑のクソ娘って感じのクソ小姑。時々帰って来て恵梨香をこき使い、嫌味どころか罵倒してくれたよ。

 まずクソ姉小姑だけど明石の会社の社長の息子と結婚してる。恵梨香が嫁いだ頃には旦那は三代目社長になってて、恵梨香に社長夫人風を吹かせまくってくれたよ。だけど旦那の会社は倒産、負債を抱えて破産して行くところがなくなって転がり込んで来たぐらい。このクソ姉小姑夫婦なんだけど、子どもが四人もいるんだよ。

 クソ妹小姑は神戸の方に嫁いでいたのだけど、これが出来婚なんだよね。まあ、それは良いとしても、結婚してからも不倫騒動を何度も引き起こし、最後は親子鑑定まで行ったらしい。

 この結果が衝撃的。子どもは三人いるけど、旦那の子どもはゼロで、全部父親が違うってなんなのよ。どんだけ尻が軽いと言うか、股が緩いと言うか。家から叩きだされて実家に逃げ込んだぐらいかな。


 結局のところ十三人の大家族になってるのだけど、一遍に生活が苦しくなったらしい。そりゃ、無駄飯食いを十人も抱え込んだらそうなるよな。それに元婚家がいくら広いと言っても、中高生が七人もいれば狭くなる。

 元婚家の収入はだいたいわかる。田んぼは一町歩だから四百万円ぐらい。それじゃ食えないから、クソ元姑とクソ元夫は地元の農協に勤めてた。農協って給料が良さそうな印象があるけど良いのは全農とか連合会だけで普通の農協は安いのよね。それでもクソが二人で八百万円ぐらいあったはず。

 恵梨香は毎日毎日、孫産め、男産め、早く産め、仕事辞めろ攻撃にさらされ続けたけど、仕事が続けられたのは恵梨香の給料目当て、全部没収されたけど三百五十万円ぐらいあったんだ。だから恵梨香のいた頃は家族四人で千五百万円ぐらい年収があったはずだよ。

 今はクソ舅は定年退職して年金暮らしであれが百万円足らずぐらいのはず。そうなると今は九百万円程度になると言いたいけど、九百万円でも中身が変わってるはず。兼業でも農家だから米は自給出来るけど、四人と十三人では田んぼからの現金収入が違うのよね。

 一町歩の田んぼから米は四十石(百俵)取れて一石が十万円、一俵が四万円になる計算なの。人ってどれほど米を食べるかだけど、今の平均は一日一合程度でおおよそ年に四百合になる。つまりは一俵ってこと。

 恵梨香の頃は農家だから米の消費量は平均の倍ぐらいで、四人で年間八俵ぐらいだった。つまり残りの九十二俵をカネにしてたから三百七十万円ぐらいだったはず。

 今は現金収入が落ち込んでいるうえに、食べ盛りが七人もいるから一人当たり四合、つまり四俵ぐらいでも不思議ないと思う。そうなると年間五十俵ほどいるから、田んぼからの現金収入は半減して二百万円ぐらいになっていてもおかしくない。

 それでも兼業でも農家だから野菜もかなり自給できるから、慎ましく暮らせばなんとかなるはずだけど、とにかく見栄張りの家だから余計な出費が多いのよね。さらにそういう環境で育っているクソの集団だから、カネ使いがかなり荒い。

 隆行から聞いたけどクソ元夫もパチンカスだったけど、クソ姉小姑夫婦もそうみたい。とくにクソ元姉小姑夫婦はやることないから、入りびたり状態みたい。余裕が乏しいところにパチンカスやられたら余計に苦しくなるのは当たり前。

 それでも現金収入が七百万円あるからなんとかなってたみたいだけど、クソ元夫が遊ぶカネ欲しさに農協商品の横流しをやらかした。発覚して刑事告訴は弁償することでなんとか免れたみたいだけど、懲戒免職で退職金もパー。この時にクソ元舅の退職金も吹っ飛んだって話なのよね。これでついに現金収入三百万円の十三人家族が出現したことになる。

 これだって食費以外の三百万円とも言えるけど、田んぼの二百万円だって農機具の維持費や、肥料や除草薬代がかかるから全部じゃない。もちろん光熱費、水道代、クルマの維持費・・・だいたいだけど、三百万円って言っても、十三人で割ったら一人当たり月二万円しかないからね。


 苦しければ働きゃイイのに、誰も働かないのよね。クソ元舅は歳だし年金もらってるし、農業担当と見れるけど、クソ元夫も農業担当じゃね。だけどあれだけの犯罪行為をやらかせばどこも雇わないよ。さらに言えば農協勤務時代も何様かってぐらいエラそうにしてて、散々の悪評だったし。

 何様かと言えばクソ元姉小姑夫婦もそうみたいで、会社を倒産させてるのに社長夫妻の気分のまんまらしくて、パートなんて論外で正規の従業員もNOらしい。望んでいるのは雇われの経営者って話だけど、誰が会社を倒産させるような人間を使う物かってお話だよ。

 クソ元妹小姑もずっと有閑マダムやってたから働く気なんてゼロ。つうか、クソ元小姑は実家に帰ったからには、優雅に暮らせるぐらいにしか考えてないで良さそう。これも噂だけど次の男を物色してるとか。どんだけよ。そんなに男が欲しければ泡風呂にでも行けば良いのに。

 七人の子どもだけど、中学生が三人で高校生が四人。中学生がせめて高校までは理解するとして、高校生の四人は高卒で働くなんて全然考えてないらしい。大学進学するのだって、奨学金もらって国公立に入り、バイトで学費や生活費を稼ごうとするならまだしも、そんな学力も意欲も無いんだよね。

 目指しているのは東京の私立大、それもFランだって言うんだからアホだ。要は東京で学生しながら遊びたいだけ。ぼっちゃん、お嬢ちゃん気分が抜ける気配もないぐらいかな。あの親にしてあの子ありの見本みたいなもの。月二万円で行けるわけないだろ。


 それでもカネがなくなって来てるのはわかったみたいなのと、大家族だから家事に悲鳴が上がってるらしい。そりゃ食事の準備だけで食い盛り七人を含む十三人分だし、洗濯だって十三人分。

 クソ姑がクソ小姑を使おうとしても、子どもの時から家事なんてほとんどやってないし、小姑二人も結婚してからも家事なんてやってないのよね。さらにいえば、子どもも同上。そんなクソ連中が集まって立てた解決策が、

『恵梨香を呼び戻す』

 恵梨香は信用金庫勤めだから四百五十万円ぐらいあるのよね。恵梨香が嫁に戻れば、現金収入が一挙に増えるし、そのうえ家事奴隷が出来て文句なしぐらいだってさ。恵梨香がまだ独身であるぐらいは確認したみたいで、

『もう一度、もらってやるから喜べ』

 こんな感じで実家に申し入れがあったみたいだけど、隆行が言うにはあれは通告だって言ってたよ。ついでに言えば恵梨香の実家からもタカる気もミエミエだってさ。ホント、キチガイ集団の妄想には付いていけないよね。

 でもさぁ、考えてみると恵梨香ばっかり被害に遭って、ずっと逃げ回ってるっておかしいじゃない。恵梨香だって、たまには実家に帰りたいし、友だちにも会いたい。このままじゃ、ずっと帰れないのよね。

 隆行も元婚家の横柄さにウンザリしてるし、そう思ってる人も故郷では今や多数派になってるのよ。いくら田舎だって、いつまでも江戸時代の亡霊に付き合える人間は絶滅危惧種になってるってこと。


 康太は結婚の挨拶に行きたがってるのよね。神戸に来てもらっても良いのだけど、先に籍入れてるから、順番が逆になってしまってるのを気にしてるぐらい。康太は都会生活が長いけど、元はそれなりの田舎の人だから、

『ウソは良くないけど、表向きは恵梨香を妻に欲しいって申し込む形にしようと思うのだけど』

 入籍日なんて確認しないだろうから、まだ未婚にして恵梨香の両親に挨拶をして、そこから入籍結婚したことにしようってさ。その方が田舎的には角が立たないんじゃないかって。だからまだ隆行にも再婚したことを伝えてないのだけど、

「姉ちゃん、ちょっと考えてることがあるんだけど・・・・・・」

 そこから隆行と作戦を練り始めた。