恵梨香の幸せ:来客

 康太から相談があったんだ。お客さんを一人招いても良いかって。そうそう、恵梨香と結婚してから家に来たお客さんも少ないのよね。康太の叔母さん夫婦が一度来たのと、弟の隆行夫婦・隆明夫婦、後は恵梨香の両親ぐらい。この辺は親戚だから、結婚したら一度ぐらい来ない方が不思議だけど、後はゼロなんだ。

 康太も友だちは多いと思うけど、出来るだけ恵梨香との二人の暮らしを楽しみたいぐらいかな。つうか、康太はそう言ってるのだけど、他にも原因がある。それは恵梨香だよ。

 恵梨香単独でも悪口は言われやすいけど、康太とセットになるとさらに凄いのよね。たとえば破談になった佐田先生の結婚式の時がそう。あの時は新婦側親族の悪口も大きかったけど、新郎側からだってあったもの。やっぱり釣り合いが悪すぎるのには、はっきり言って自覚症状はある。

 恵梨香は聞きなれてるからまだ我慢できるけど、我慢できないのは康太の方。そりゃ怒るんだよ。怒鳴ったり、殴りかかったりはしないけど、顔色がホントに変わるんだ。だから、わざわざ招いたお客さんがついにでも口にしたら、康太は絶交にしてしまいそう。

「ああ、それならだいじょうぶ。もしアイツが恵梨香を侮辱したら、あの世に行ってもらう」

 ちょっと、ちょっと物騒な、

「誰を招くの?」
「前にも話したことがあるけど、森田修っていうて、高校の時の文芸部仲間や。今は加島って苗字になってる」

 ああ、墓石屋さんか。結婚前だけどリサリサの件で加島さんのところに泊りがけでお邪魔してるから、そのお礼の意味もあるらしい。

「泊りになるの」
「うちは狭いから無理って言ってある」

 言っても3LDKだから、泊めれないこともないけど、今の部屋割りは、夫婦の寝室、康太の本棚部屋、恵梨香の化粧室兼衣裳部屋にになってるのよね。とにかく二人で住んでるものだから、広々使ってるんだ。

「じゃあ、歓迎しないとね」
「悪いが恵梨香に任せるよ。修の家では歓待してもらったから」

 一晩飲み明かしたって話だものね。任しといて、恵梨香が腕によりを揮って歓迎してあげる。

「ご夫婦でいらっしゃるの?」
「修だけや」

 康太は駅まで迎えに行った。恵梨香は玄関で出迎えて、

「妻の恵梨香です」

 こうやって自己紹介したけど、加島さんは目をパチクリさせて、

「味半の時の」
「お久しぶりです」

 加島さんは納得したように、

「道理であの時に康太やリサリサの事をあれだけ聞いてたんか。康太からもリサリサや上村さん以外に意中の人がいるって聞いてたけど、恵梨香さんやったんか。康太、でかしたぞ。恵梨香さんやったら最高の伴侶や。オレが太鼓判押したるわ」

 康太は加島さんが恵梨香を知っていたのに驚いたけど、恵梨香は加島さんがお世辞でも褒めてくれて嬉しかった。

「お世辞やあらへん。もし康太が浮気なんかしやがったら、うちの若い者連れてきて、康太を冷たい石の下に埋めたるわ」

 きっと康太が加島さんに良く言えと頼んでたと思うけど、加島さんの話しぶりはそんな事をちっとも感じさせないから素直に嬉しい。食卓に料理を並べたのだけど、今日は洋風のオードブルにしてみた。

「カンパ~イ」

 食事が始まると加島さんは、

「こりゃ、プロも裸足やで。ホンマに美味しいで」
「ああ、恵梨香の料理の腕はたいしたもんだよ」

 恵梨香も料理に自信はあるのだけど、実は康太の方が上なんだよな。上って言うのも変だけど、どう言えば良いか、そりゃ本格的なんだ。もっとも妙な料理が作れなくて、恵梨香が肉じゃが作ったら、ビックリするほど感動してくれた。そう言えばクリーム・スープは作れるくせに味噌汁が作れないとかあるものね。

 康太の料理は料理書通りに作るし、恵梨香も見たけどかなり本格的なレシピが載ってるのよね。康太は、その中から食べたいもの、作れそうなものを選んでるんだけど、作れるものはホントにちゃんと作ってくれる。

「だいぶ練習したからな」

 この練習も結構なもので、作れるようになるまで毎日作ってたと言うから驚いた。料理はレシピだけでは作れないことは確かに多いのよね。どれぐらい炒めるとか、どれぐらい煮詰めるとか、どれぐらいの塩コショウの加減にするかは、作らないとわからないノウハウみたいなもの。

「美味しく出来上がったけど、一週間続くとさすがに飽きた」

 出来るものは美味しいけど、それ以外になると作れないのが康太の料理。冷蔵庫の残り物でデッチ上げるのは出来ないタイプとすれば良いかな。とにかく野菜炒めさえ作ったことがないんだよね。

 康太の料理はともかく、加島さんとは近況報告的なもの、康太と恵梨香の結婚話でしばらく話が盛り上がってた。加島さんもよく食べるし、よく飲むのよね。康太も恵梨香もその点は一緒だから、

「恵梨香、悪い。もうちょっと、つまめる物があったら嬉しいな」
「任せといて」

 デリカテッセンのハムとサラミ、それにウインナーを茹でて、後はチーズを添えてみた。台所から戻ってみると。

「リサリサを売るような事にならんで助かったわ」
「これで立ち直ってくれたらな」

 シャブ漬けになったリサリサを救うために、加島さんは警察への告発を検討してたんだけど、リサリサの男が捕まって、芋づる式にリサリサも捕まったみたい。リサリサの男は恵梨香の睨んだ通りに、他の女もシャブ漬けにして貢がせていたんだよ。

 リサリサは被害者的な扱いもされたみたいだけど、一方で常習歴もあるから起訴されて執行猶予が付いたらしい。その後は措置入院となって現在は治療中だって。

「しょげるな修。オレたちが望める最高の結果やないか」
「そうやねんけど、ここまでになる前に、なんとかならんかったと思うとな」

 加島さんにとってはリサリサは初恋の人だったんだ。そりゃ、口惜しいだろうな。

「それでもボクらはリサリサの友だちや」
「おう、そうや。康太が去ってもオレ一人になっても友だちで残るぞ」

 康太が言ってたけど、麻薬中毒者は再犯率が高いんだって。それぐらい魔薬なんだよね。また手を出すのを防ぐには、患者本人の強い意志が必要としてた。ここもどう言えば良いのかな、また手を出したら良くないの意思を持ち続けることかな。

 そのために孤立は良くないって。リサリサが立ち直ると信じてくれる仲間が必要だって。でもね、リスクもあるのよ。リサリサが再び手を出した時に、シャブを使ってる仲間と思われてしまうのよ。

 だから犯罪者への世間の目は厳しいのよね。下手に関わり合いになると、同類と見られてしまうってこと。それを百も承知で康太も加島さんも友だちで居続けようとしているのはエライと思う。

「ところで若宮小百合って覚えてるか」
「文芸部の後輩いうより、修の彼女やんか」

 高三の時の文芸部は加島さんが部長で、康太が副部長。加島さんと康太が入部した時は、膨大な幽霊部員を除くと三年生の部長と二年生の副部長しかいなかったけど、康太が三年生になった時には実質部員が二十人を越えてたそう。

 ただって程の話じゃないけど、男子部員は入って来なかったんだって。その辺もなんとなくわかる気がする。文芸に性差は無いけど、高校レベルじゃイメージとして軟弱、暗い、オタク、なにをやってるかわからないがあるものね。

 それと恵梨香は今でも好きじゃないけど、文芸部イコール作文だよね。作文はあれこれと沢山書かされたけど、作文が好きな高校生って少ないと思うよ。好きでもない作文を部活でも頑張りたい高校生男子は少ないよね。

「女ばっかりやったから、修も、もてたんや」
「アホ言え、殆ど康太狙いやったやないか」

 文芸部の中では康太の方がもてたみたいだけど、加島さんが好きな女もいて、それが小百合さんだったぐらいかな。

「いつまで続いたんや」
「三浪もしてもたからな」

 小百合さんは康太たちの二年後輩。高校では一年しか被らないけど、小百合さんが卒業しても続いてたって言うから、これは長いよ。加島さんが三浪しているうちに小百合さんは卒業してしまい。

「慶応行ってもて終わったわ。大学も抜かされた時点で愛想つかされた」

 そうなると三年か。二年後輩の彼女が先に慶応入学になったら関係はフェード・アウトになったか。加島さんは翌年にやっとこさ三明大だから、遠距離恋愛だし、釣り合いも悪いものね。

「今さらなんや」
「それがな、小百合が入院してるんよ」

 加島さんは康太に小百合さんの病気がどうなってるか調べて欲しいみたい。

「そりゃ、無理や」
「医者でもか」

 これも康太に教えてもらったのだけど、個人情報保護法以前に医者には守秘義務があるんだって。だからいくら康太が医者でも、他の病院に入院している患者の情報を聞き出せないってこと。

 加島さんはガックリしてた。小百合さんは加島さんの初恋の人ではないけど、初恋人だものね。それだけじゃなく、時期からして初体験の相手だと思う。あの時期に三年間も付き合って、なんにも無しってする方が不自然だし。

「お見舞いに行って聞いたらどうや」
「さすがにな」

 病気のお見舞いにそこまで遠慮がいるかな。

「そやったら文芸部OB・OGを代表してお見舞いにいくのはどうや」

 そうすれば名目は立つけど、なんか回りくどいな。

「それエエな。オレも小百合の事を聞いたんは、文芸部仲間やし」

 加島さんは連絡のつく元文芸部員からお見舞い集めてみるって言ってた。そこまでやらないといけないのかな。

「それでやけど、お見舞いの時に康太も来てくれへんか。その方が体裁もエエし、病気の事もようわかるやんか」

 加島さんも小百合さんが好きだったんだろうな。実質的に初恋の人に近いものね。それと、どうもだけど小百合さんの病気は軽いものじゃない感じがしてる気がする。最悪のケースの可能性もあるから、最後に一目でも逢いたいんだろ。

「一緒に行ってもかまへんけど、病院はどこや」
「大阪の上浦病院や」

 えっ、理恵先生の病院じゃない。康太もちょっと複雑そうな顔してる。さすがに理恵先生にまた会ったからって何が起こるとは思わないけど・・・・・・あっ、そっか、加島さんが奥さんに気を遣う理由がよく分かった。

 それと、ひょっとしたら、加島さんも自信がないのかもしれない。加島さんが奥さんを愛しているのは確かだけど、康太なら智子の見舞いに行くようなものじゃない、由佳でも良いと思う。

 加島さんだって奥さんを裏切る気はないと思うけど、そういう気持ちが起こる可能性があるお見舞いを奥さんに言いにくいんだよ。これが恵梨香の立場だったら、ちょっと微妙な気分になるものね。

「恵梨香も来てくれるか」

 えっ、恵梨香も。小百合さんはまったく知らない人だよ。

「病室までは入らなくても良いから、病院まで頼むよ」

 留守番しててもつまらないから、一緒に行くのは良いけど・・・あっ、なるほど理恵先生か。恵梨香が理恵先生を気にすると思ってるんだ。いや、気にしてた。男と女の仲って複雑だね。

 これだけ康太に愛されてるのに、どこかで康太を奪われないか心配してるところがあるもの。康太もそんな恵梨香に気を遣って上浦病院まで一緒に来るように頼んでるんだよね。

「もちろんイイよ」