ミサトの旅:エピローグ

 喫茶北斗星にも久しぶりに顔を出したけど、思いっきり冷かされた。でもみんな嬉しそう。もっとも平田先輩には、

 「ちょっとはセーブしてくれよな。彼女いない歴更新中のオレには目の毒や」

 妬かない、妬かない、欲しけりゃ、自分で探してね。

 「お~い、チサト、売れ残り同士でどうや」
 「全力で遠慮しておきます」

 そうそうサークルの公認昇格も内定したんだって。まあ二年連続でツバサ杯グランプリ獲得だから、実績としては申し分ないらしい。ただ手続きとかが色々あって正式に承認されるのは、年が明けてからになりそうだって。ここで加茂先輩が、

 「サークル北斗星の未来は洋々としているが、一つ心配がある。次期代表だ」

 次期って言っても候補は二人しかいないけど、

 「平田君が代表になると麻雀同好会になりそうだし、三井君が代表になるとイラスト研究会になってしまう危惧がある」

 う~ん、その可能性は無きにしもあらずだよね。チサト先輩なんて、入会してから写真を撮ったのを見たのは数えるほどしかないもの。平田先輩も似たようなもの。

 「そこで提案がある。次期代表は尾崎さんになってもらい、副代表は伊吹君になってもらおうと思う」

 学年がっ、と口を挟むとより早く、

 「オレは賛成や。未公認サークルのままやったらオレらでもエエけど、公認になると実力主義を採るべきや。公認維持するのも容易じゃないし」
 「チサトもそう思う。このサークルで好きにイラスト描かせてくれたことに感謝してるのに、せっかく公認になるのに一年で降格じゃ面目ないもの」

 それからチサト先輩が、

 「チサトもミサトさんって呼んでイイかな」
 「もちろんです。後輩ですから呼び捨てで宜しくお願いします」

 そしたら他の部員も、

 「ボクもイイ」
 「私もそうさせて頂けますか」
 「先輩、イイですか」

 加茂先輩とケイコ先輩は公認問題が片付くまで、代表と副代表を続けてくれるのに感謝かな。そいでもって、二年の後期は入学してから初めて平穏だった。普通に授業に出席できて、ついについに普通に試験対策できて、後期試験も受けられた。あんなにラクだなんて思わなかったもの。

 試験が終わった頃に旧公認写真サークルの部室に入り、これを機にサークル北斗星の創立メンバーである、加茂先輩、ケイコ先輩、ヒサヨ先輩は卒業引退。イイ人たちだった、どれだけミサトも助けられたことか。いや、ミサトの人生を変えてくれた恩人と思ってる。


 さて部室が出来たのは良かったけど、とにかく何にも無いんだよね。机や椅子さえないタダの空き部屋。公認サークルとは言え活動費が出るわけじゃないし、備品の調達費も出るはずも無い。

 とりあえず平田先輩が、粗大ごみの日に拾ってきたらしいテーブルとか、椅子とか、棚とかを持ちこんでくれたけど、使い勝手は悪いし、そもそもゴミだからガタガタもする。なにより貧乏臭すぎるじゃない。いくら学生たって、そりゃちょっとはね。伊吹君も、

 「わざわざ拾ってきてくれた平田先輩に悪いけど、これじゃ会員も逃げるし、集まらないよ」

 そこで四人で幹部会議。なんとかして活動資金を学祭で集めなければならないって。それも結構な金額を集めないといけないのだけはわかった。二万や三万じゃ全然足りない物ね。チサト先輩がここで、

 「一獲千金の良い案がある」

 なんだと聞いたら、一昨年に挫折したミス西学との記念写真プラン。

 「チサト先輩、また出ようとするつもりですか」
 「違うよ、うちのサークルにはミス西学より凄いのがいる」

 誰だって聞いたら、ミサトとアキラ。映画はヒットして良かったのだけど、余計な副産物が。ミサトも一夜にしてスターになったようなものなのよね。

 どこに行ってもサイン、サインで大変。アキラもそうみたいで、二人とも大学に通うのに変装が必要になっちゃったのよ。聞くとアキコまでそうなってるみたいだけど、平田先輩は、

 「どうしてオレらはそうならないんやろ」
 「チサトは少しぐらいあるよ」

 あれはあるというより、喫茶北斗星に行ったからだと思ってる。あの店もロケに使われて、ファンによる聖地巡礼地扱いになっちゃったのよね。そこでいつものようにチサト先輩がイラスト描いてたら見つかっただけ・・・いや、あれはわざと行った気がする。だって、映画の時の衣装に近かったらしいんだもの。

 「アイドル・スターやから一枚二千円は取れるで」
 「もっと取れるって」

 やめてくれって抵抗したけど、嫌なら同じぐらいの収入が期待できる案を示せって言われて、ミサトもアキラも最後は沈没。部室の整備は代表のミサトにも、副代表のアキラにも急を要するのはわかってたし。

 ここから平田先輩の大活躍が始まった。平田先輩は麻雀仲間を通じて顔が広いし、情報通でもある。どういうつながりになっているのか、さっぱりわからないのだけど映画会社とコンタクトして、コラボにしてしまったのは魂消た。

 空き部屋同様だったのを逆手に取って、映画の宣伝をするのと同時に記念写真用のセットを作らせたんだもの。さらに平田先輩はメディア創造学科まで動かして、記念講演に滝川監督まで呼んじゃったのよ。

 衣装まで映画の時と同じにさせられて、やったわよ、ツーショット、スリーショットを延々と三日間。とにかく長蛇の列が出来て、撮っても、撮っても終わらないのに参った。ミサトもアキラも笑顔を続けすぎて、最後は顔の筋肉が痙攣してたし、サインも書きまくって腱鞘炎を起しそうだった。五百枚以上になったらしいけど、

 「結局、一枚いくらにしたのですか」
 「サインとセットで五千円にしたった」

 ひぇぇぇ、だったら二百五十万円以上になるじゃない。

 「これで麻雀卓が買えるで」
 「イラスト専用のデスクが欲しかったんだ」

 こらぁ、誰がそんなもの買うか! でも部室の備品が充実したし、小ぶりのスタジオみたいなものも設置中。機材もオフィス加納の使い古しを麻吹先生が譲ってくれて、だいぶ体裁が整ったのにサークル代表として満足した。

 「この手は来年も使えるで」
 「そうよね」

 これも、こらぁ、だけど、活動資金が必要なのは間違いなく、来年も、やらざるを得ない悪寒がした。

 それにしても、チサト先輩のキャラが変わった気がする。いっつも隅っこで、我関せずみたいにイラスト描いてたのが、自分から話の輪に加わるようになったし、学祭の時にも平田先輩と走り回ってくれたもの。

 ちょっと影がある人だったのが、なにか晴れやかになって、明るくなった気がする。いや、あれは弾けたとした方がイイ。チサト先輩に聞いたのだけど、

 「心境の変化かな。ミサトを見てたら、もうちょっと人生を楽しんでも良いかもってね」

 心境の変化って言うけど、ここまで変わるのなら、恋をしたとか。でもチサト先輩も友だちが多い方じゃなさそうだし、ましてや男友だちとなると・・・まさか平田先輩とか。それだけはないと思うけど、人の気持ちなんてわかんないからね。

 高校の時にアキコが藤堂副部長を好きになったのに驚かされたもの。それにだよ、あの時から延々と交際は続いてるんだよ。まだキスだけなのはビックリ物だけど、もうゴール・インしか眼中になさそうにしか感じなかった。

 アキコと藤堂副部長があそこまでの愛を育めるのなら、チサト先輩と平田先輩だって・・・それでも、いくらなんでもとしか思えないけど、とにかく、あの二人が最近になって妙に仲が良いのだけは間違いない。


 オフィスのバイトも続いてるけど、新田先生がやってきて、

 「良い映画でした。お願いします」

 出されたのが色紙。それにしても新田先生が青春映画とラブ・ロマンス映画が大好きで、御夫妻で涙しながら見てると聞いて驚いた。あの新田先生がだよ。人は見かけに依らない物だとホントに思った。

 新田先生の旦那さんは何回かお会いしたことあるけど、港都大の中村卓准教授なのよね。古典文化が専門で、みるからに真面目そうな学究。なおかつとっても品の良い紳士なんだよ。そういう意味でお似合いだし、二人が連れ添って歩く姿なんて優美そのもの。

 そんな二人が青春映画やラブ・ロマンス映画に熱中してるって言うのよ。それだけじゃない。二人の出会い自体がだよ、そういう愛好会のファン・クラブの集いだって言うから世の中わからないもの。


 それからも新歓コンパだとか、新入会員の指導方針の検討とか、もちろんツバサ杯に向けての準備とか・・・でも毎日が充実してるって感じがしてる。そうそう指導方針だけど、麻吹先生にアドバイスされた。

 「一昨年に加茂たちにやったのがイイぞ。あれは褒めておく。ただし本当のオフィス流は、よほど相手を選んでやれ。あれをオフィス外でやるにはまだ経験が足りん」

 ミサトもそう思った。それとアキラだけど、夏休みに体験生として受け入れてくれるって。アキラの顔が少しだけ曇ったけど、殺されることはないからって励ましといた。うん、生き残ればレベル・アップは確実だし。

 「アキラ、こんなに幸せでイイのかな」
 「もちろんだよ。ミサトは苦しい旅をしてた。やっと落ち着けたんだと思うよ。ボクの使命はミサトを幸せにすること」

 アキラは優しいし、誠実だし、頼もしいし、格好良いんだよ。ミサトを喜ばすためにあれこれしてくれるし、それでミサトが喜んだら、とっても嬉しそうな顔をしてくれるんだ。アキラさえいればミサトはなんの心配もないよ。

 だから近づいてると思う。望まれれば、もういつでもOKだけど、その日がもうすぐ来るはず。それでね、そうやって結ばれれば、二度と離れられなくなりそうな気がしてならないんだ。それぐらいミサトにとって重大な日になりそうな予感がする。

 その日が来ればミサトは迷わず飛び込んで行く。絶対に離さない。ミサトの旅の終着駅はアキラ。いや、終着駅じゃない、二人で次の世界に羽ばたいていく日にするんだ。そう二人の新たな出発点。

 「アキラ、離さないよ」
 「ミサトを誰が離すものか」

 まだ口づけだけ、でも、もうすぐ・・・