怪鳥騒動記:騒然

 アカネさんがメキシコシティで仕事中に姿を現した怪鳥のニュースは世界中を駆け巡ったんだ。そりゃ、あれだけの人の目の前で何時間にも渡って飛び続け、象まで掴んで飛び去ったとなれば今世紀でも指折りの大事件じゃない。

 あの騒ぎの前に牧場の牛が襲われる情報があり、牛はいくらなんでもと思っていたら、象まで襲われたんだから、まさにあの鳥は化物。それだけじゃないよ、人も襲われてるんだ。

    「シノブちゃん、平山博士の様子は」
    「かなり落ち込んでました」

 合同調査隊は現地調査も行ってたんだけど、そこを襲われたんだ。メキシコシティの事件の少し後ぐらいだけど、最後の通信は、

    『鳥が、ぐぇぇぇ』
 山科教授もそこにいてやられたらしい。とにかく鳥の出現のためにメキシコは大混乱。戒厳令が出されてる。マモルもすぐにでもメキシコに行きたそうだったけど、入国するのは難しそう。アカネさんも、よくあの時に帰ってこれたぐらいのところで、あの後に空港は再び閉鎖になってるぐらいだものね。

 メキシコとアメリカの国境も大変なことになってて、メキシコからアメリカに脱出しようとする人間と、物好きにも鳥見物にメキシコに入りたがる野次馬でごった返してるよ。あんなところを鳥に襲われたら、どうするんだろうの懸念も出ていて、米軍がかなり動員されてるみたいなの。

    「コトリ」
    「とっくに動いてるけど、今回は厳しいわ」
    「実害は深刻だし、長期化しそうだし」

 エランの宇宙船騒動の時もそうだったけど、こういう騒ぎに便乗するのはコトリ先輩の得意技。いつから準備して、動き始めてたかはシノブでさえわからないけど、最初の怪鳥騒ぎの時からかもしれない。メキシコの産業がストップ状態だから、とにかく物の値段が高騰してる。ああいうものは、

    『無くなりそう』

 この情報だけで思惑買いが殺到するから、実際に物が無くなる前に物が無くなっちゃうんだよね。コトリ先輩はさらに先手を取って動いてるのだけど、

    「この調子じゃ、マーケット自体がいつまであるかわからんで」
 怪鳥が出現しているメキシコのお隣のアメリカも動揺しまくって、経済が大混乱。アメリカが大混乱となると、連動して世界中が大混乱ってドミノ倒し。エレギオン・グループもメキシコから逃げられる人は出来るだけ逃してる。

 鳥は翼開長で三十メートルにもなってるらしいけど、大きくなった分だけエサも大量に必要になってるで良さそう。だから牧場の牛も一度に何十頭って単位で襲われてるらしい。さらにだけど、養豚場や、精肉工場、さらには冷凍倉庫まで襲われてるのまではわかったんだ。人だってもう何百人かわからないぐらい。

 そのために誰も出歩かなくなってるらしい。歩いていたら、いつ襲われるかわからないもの。家の中にいたって、襲われるかもしれないけど、外を歩くより、少しは危険が少ないぐらいかな。

 だから工場や、会社も出勤する人がめっきり減って、電力の供給も不安定になってるんだよ。電力が不安定になれば、通信も不安定になって、メキシコの現地情報も手に入りにくくなってるんだ。

    「暴動さえ起りにくくなってるって話だものね」
    「襲われちゃいましたから」
 政府の責任を追及する大集会が行われたんだけど、そこに鳥が来襲。もう大混乱どころの話じゃなくなり、喰われて死んだのもいたけど、それ以上に踏み潰された死傷者が多数の惨状。

 緊急国際会議も行われたけど、世界的規模に広がっている経済の混乱をすぐに収める方法もなく、鳥に対しての有効な対策もすぐには打ち出せるはずもなく、なんとか具体的に決まったのはメキシコへの経済支援や食糧支援だけ。

 これだって、どうやってメキシコへ食糧を持ちこむのかは大問題。だってだよ、食糧を輸送するトラックが襲われたんだ。トラックだけじゃない、船だって襲われて、誰もメキシコに行くのを嫌がってるんだよね。

 日本も大変。物価どころか物も店屋から減ってるし、大不況の影響は深刻。国会でもあれこれ論議してるけど、定番の政府の責任追及だけで、なんにも決まらないんだよ。政府も安全保障会議を開いてるけど、鳥の情報が少なすぎて、お手上げ状態。

 シノブにとって痛かったのは山科教授がいなくなったので、マモルが東京に引っ張り出されてデートもろくろく出来なくなっちゃったのよ。それぐらい日本の鳥類学でマモルの地位が高かったんだけど、とにかく、ずっと東京に縛り付け状態だもの。

    「やれたの」
    「それが・・・」

 やっぱりさ、ここのステップって重要じゃない。告白こそ突撃しちゃったけど、さすがにシノブから誘うのは躊躇うじゃない。別に女から誘ってもイイようなものだけど、シノブはユッキー社長やコトリ先輩と、そこは違うって思ってるの。

    「会うのさえ大変だものね」

 東京まで出かけて逢うのは逢ってるけど、釘付けするような甘い雰囲気になりようがなくなってるんだ。マモルも東京ではとにかく、会議、会議、会議、ひたすら会議に引っ張り出されて、専門家の意見って奴を聞かれまくられるみたい。もうクタクタって感じで、慰めて、愚痴聞いてあげて、励ますぐらいで終わっちゃうんだ。

    『意見って言われても、正体不明だし』

 どういう鳥に近くて、どういう習性を持ってるかなんて答えようがないとボヤいてた。この辺は聞く方だって、

    『なんとかしろ』

 この要求に追い回されッぱなしってのがあるけど、まさにゲッソリって感じ。でもね、でもね、シノブの事はちゃんと考えてくれてて、

    「とにかく、この騒ぎが落ち着かないと何もできないよ。その代り、落ち着いたら必ず迎えに行く」
    「それって、そう受け取ってイイの」
    「それ以外になんの意味もない」
 ちょっと不愛想だったけど、あれはプロポーズとして良いはず。帰りのジェットの中で幸せな気分に浸ってた。それにしても鳥が縁で出会えたから文句も言いにくいけど、鳥が二人が結ばれるのを邪魔してるのは憎たらしい。


 そうそうアカネさんが空港で倒れたのは演技だったけど、神戸では本当に倒れちゃったのよね。メキシコからずっと緊張してんだと思うし、東京でもあの状態で、なんとか神戸までたどり着いた時に緊張の糸が切れたんだと思う。結局、十日ぐらい入院してたよ。シオリさんも心配してたし、猛烈に怒ってた。

    「アカネをあんな目に遭わせた鳥は、丸焼きにしてくれる」

 コトリ先輩に、

    「コトリちゃん、火焔放射って出来ないのか」
    「怪獣みたいに火焔放射は無理やけど、火着けるぐらいは可能や」
    「教えてくれ」

 そこにユッキー社長が、

    「シオリはやらない方が良い。コトリだって最初の頃は丸焼きになりそうに何度もなってるんだから。シオリがやったら、このビルぐらい簡単に燃え上がっちゃうよ」
    「そうやで、マッチぐらいの火を着けようと思たら、いきなり火炎瓶状態になったんよ。シオリちゃんならナパーム弾になるで」

 うん。やって欲しくないと思った。とにかくシオリさんは主女神だからパワーは強力なんだけど、コントロールが初心者。危険な技を無暗に使われると巻き添え被害が甚大だものね。

    「とにかく情報を待とう。この状態じゃ動きようがないよ」

 本業の方もとにかく忙しい。エレギオン・グループは世界展開してるから、あちこちで問題が噴出するし、その対応に二十四時間体制みたいなもの。いつもは五時になれば三十階で遊んでるユッキー社長や、コトリ副社長も残業どころか、二十四時間体制を余儀なくされてる感じ。

    「とうぶん、しゃ~ないやろ」
    「お肌に良くないけど」

 それにしてもタフ。ずっと寝てないんじゃないのかな。

    「シノブちゃんもじゃない」
 叙事詩では不眠不休でエレギオンの大城壁を守ったってなってるけど、女神は本当にそんな事が出来るのがわかったのが今回の発見かな。そういえばミサキちゃんもラ・ボーテ事件の時に鉄人と呼ばれるぐらい働いてたものね。