アカネ奮戦記:新弟子修業

 先輩たちの話通りに最初の仕事は機材の手入れです。これはボクがどれぐらい出来ているかのテストも兼ねていると思いますが、求められる水準の高いこと、高いこと。レンズ磨きぐらいは楽勝と思っていましたが、

    「やり直し」

 これも意地悪でなく、アカネ先生がお手本を見せてくれるのですが、ボクが目を疑うほど綺麗に磨かれているのです。そう、レンズ磨きの合格点はアカネ先生と同じ技量に達する事なのです。

    「レンズが濁っていたら写真は始まらないよ」

 そうなんですが、他も全部その調子で求められるのです。アシスタントもすぐに入ったのですが、とにかく撮影のスピードが桁外れ。とくに撮影になるとアカネ先生は鬼になります。自分の求めてるイメージを撮るためなら、どんな手間も惜しまれません。そのためのアシスタントのはずですが、

    「もたもたしない」
    「そこ邪魔」
    「止まるな、動け」

 アシスタントじゃなく邪魔してるだけの存在になり、トドメは、

    「今日は時間切れ。しかたがないから明日に続きをやる」
 絶望宣言を喰らいます。これガチの本業ですから、アカネ先生の仕事を直撃します。アカネ先生は数年先まで撮影予定が詰まっているとされ、一日延びただけで、最悪で休日返上になります。もちろん他のスタッフもです。モデルを使っていたりしたら追加料金も発生します。

 厳しいとは聞いていましたが、こういうレベルの厳しさとはまさに針の筵状態。最初のうちは、いくら頑張っても撮影の邪魔にしかならず、

    「今日は時間切れ。しかたがないから明日に続きをやる」

 撮影終了後のアカネ先生や、他のスタッフの目が怖くて頭も上げられない日々が続きます。これがアシスタントを満足にこなせるようになるまで延々と連日続きます。なるほど、弟子が逃げ出すのがよくわかりました。ボクも今夜こそ逃げると思い続けたものです。アカネ先生に、

    「これでは御迷惑ばかりで・・・」

 アシスタントから下してもらうように頼んだ事もありましたが、

    「迷惑? そう思ってんなら、そうしないように努力するんだ。タケシは男だろ、根性見せんかい!」

 仕事場以外はニコニコとお茶目で楽しいアカネ先生に怒鳴り倒されました。ただですが、それだけ怒られても、その後にはビッチリ指導が入ります。

    「あの時だけど、アカネはこういう狙いで動いてるんだ。だからタケシのポジションはこう。これを撮れば、次はこう動くんだ・・・」

 ボクの失敗した原因と、実際にはどう動くべきかを叩きこまれるのです。これも最初のうちは聞いてもわからない部分が多かったのですが、先輩に言わせると、

    「それがわかるようにさせるのが、アシスタント段階の修業のキモだよ。タケシ、わからないかな。あれはアカネ先生の写真が何を狙っているのか教えてくれてるんだよ。それも手取り、足取りだぞ。こんなもの、いくらカネを積んでも教えてくれるものではないぞ。これがどれだけ貴重な経験だか、そのうちわかるよ」

 そう言われて、やっと気づいたのですが、ボクがアシスタントを満足にこなせないのは、その撮影スピードもありますが、アカネ先生の動きがまったく読めていないからです。ボクの経験では、こっち側に動くはずだと予想していても、

    「そこ邪魔」

 そうなのです。こんなアングルを狙うなんて想像もつかないところに動かれるのです。それも被写体が変われば、動きも変わります。どう言えば良いでしょうか、アカネ先生はアングルの可能性を常に追求しているとすれば良いのでしょうか。

    「それはアカネ先生だけじゃないよ。ツバサ先生も他の先生も同じだよ。オフィス加納にベスト・アングルというか、
    『これはこう撮るもの』
    この発想はゼロってこと。それを覚えるのがアシスタントと思えば良いかもな」

 これはボクが今まで積み上げて来た写真技術を否定するようなものですが、

    「ここは写真学校じゃなくてオフィス加納。本物のプロのフォトグラファーを育てるところってこと。基礎と言っても、そこから始まるぐらいと考えたらイイと思うぞ」

 とは言うものの、ひたすら辛いのですが、アカネ先生は、

    「ここの指導はとにかく実戦で覚えてもらうからね。それが一番早く実力が付く」

 そりゃ、そうなんですが、聖地の厳しさを骨の髄まで経験させてもらいました。悪戦苦闘なんて生易しい言葉で言い表せない苦労の果てに、アシスタントがなんとかこなせるようになった時に、

    「タケシ、よく頑張った。アシスタント段階をクリアしたのは三年ぶりだよ」
 アカネ先生にこの言葉を頂いた時に思わず涙がこぼれました。こここそが写真の目指す者の聖地、日本一のオフィス加納なのです。