クレイエール・ビル三十階で今日も酒盛り。
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「ユッキー、女神って凄いね。心の性転換ってホントに出来るんだ」
「そんなもの出来ないよ」
どういうこと、マドカにやったじゃない。
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「神と言えども心をそこまで操れないわ。通常はモチベーションを上げたり、下げたリするぐらいが精いっぱい」
「たとえば」
「これはシノブちゃんが得意だけど、四座の女神は集中すると体が輝き、その光に包まれた者は陶酔するようにモチベーションが高まるのよ。逆ならクソエロ魔王。あの野郎の心理攻撃は人のモチベーションをダダ下げする」
そっか、そんな簡単に人の心を自在に操れるならアングマール戦の様相は変わっていたはずだものね。
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「マドカさんが女の心と体に馴染んでいるのは、そういう素因があったからでイイと思うよ」
「素因って?」
「性同一障害でも程度があって、重いものなら女であることを完全に拒否するのよ」
そんな話を聞いたことがあるわ。
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「マドカさんは女であることを無意識のうちに受け入れていたのよ。そうでなきゃ、あそこまでお嬢様にはなれないよ」
女子校とか、男子校とか、女子寮とかで起る事があるのは聞いたことがある。でも殆どの者は、一旦は同性愛に走っても、異性と接触できる環境に戻ると異性愛に戻るとしてるんだ。大雑把に言うと、
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異性愛 > 同性愛
異性がいないために同性愛が出現しても、異性が現れると異性愛に回帰するぐらいかな。二つの要素の比率は人によって様々なんだけど、マドカの場合は同性愛比率がかなり高かったと推測してる。
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「マドカはひょっとして、そのまま男で生まれていても、女装子から性転換手術に走る可能性があったとか」
「それはやってみないとわからないけど、そういう方向に助長される環境には置かれてた」
マドカの場合は体が完全な女である上に、円城寺家のお嬢様教育下に置かれ続けてる。さらに外見は瓜二つの見本が常にセットで存在している。女装を日常って変な言い方だけど、常に女として振舞うことが必要だったぐらいかな。そうして育つうちに無意識のうちに同性愛傾向が助長されたんだろうって。
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「でも男を嫌ってたよ」
「おそらく生まれつきの完成品だったから、かえって反発が強かったんじゃないなぁ」
マドカはいきなり完成品であったが故に、男の心を放棄する過程を経験しようもなく、男であることへのこだわりが根強く残ってしまったぐらいとしてた。そのために男なのに男を愛するのはおかしいとし、女を愛さなくてはいけないの心理ブレーキが出来上ったぐらいとユッキーはしてる。
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「証拠は」
「まず性転換手術に飛びつかなかったじゃない。心が完全に男であれば、他の選択枝はなかったはずだよ」
そう見るのか。なるほど男の体になるのに抵抗感があったってところだな、
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「次にわたしとのレズに躊躇を示した」
「もしあの時に求められたら」
ユッキーはニコッと笑って、
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「可愛がってあげたよ。でも拒否すると思ってた。心が本当に男なら、女の体じゃなく男の体でわたしを欲しがると見てたんだ」
なるほど、そうやってマドカの反応を見てたんだ。たしかに性転換手術への反応はイマイチだったし、それを聞いた上でのユッキーとのレズへの反応ももう一つだったよね。
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「じゃあ、何をしたの」
「男であることのこだわりを少し緩めてあげたのよ。どういうかな、マドカさんが本来進むべき道に少し誘導したぐらいかな」
そういうことか。ユッキーは頑なになった心を解きほぐす程度は出来るとしてたから、マドカの男であることへの強いこだわりを緩めるぐらいは可能なんだ。
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「じゃあ、元に戻れるの」
「あは、無理よ。心の本当の性転換は出来ないと言ったでしょ。わたしがやったのは、マドカさんが本来進むべき道への手助けだけ」
どうにも複雑だけど、
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「でも辛かったと思うよ。普通じゃありえないからね」
「そんなに」
「まず男の心なのに女の体で苦しんでるじゃない。それに加えて、男の心なのに男を愛する性嗜好を持っちゃったじゃない。どっちか一つでも大変なのに、二重の葛藤だよ」
そっか、普通はどっちかだけだものね。
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「マドカはどうなるの」
「あの手のタイプは生まれつきの女より女らしくなっちゃうんだよ。そのうえ、マドカさんは本物の女になってるじゃない。寄り道したけど、幸せな人生を送れるんじゃないかな」
ユッキーの言う通り、もうこれでイイ気がする。わたしだって今さら男の外見になったマドカは見たくないし。ややこしすぎる話だったけど、回り回って一件落着で終りにしよう。
そっか、後はマドカに男が出来て、マドカが男に満足するかどうかだけか。そこでもめたら・・・う~ん、アカネ並に手がかかるわ。それでも、それだけ手を懸けるだけの価値がある才能だと思う。そう、わたしとアカネにもしついて来れるとしたらマドカだけだからね。