ニセ医者騒動余聞

年月日関係

2011.10.13付msn産経より、

逮捕容疑は、平成21年11月5日から22年12月20日ごろまでの間、同市内に開設した「ヒューマン・メンタル・クリニック」などで、沼津市に住む女性(57)らに対し、無資格で診察や検査を行い、診断書を交付した疑い。

逮捕は2011.10.12なのですが、2011.12.9付中日新聞

無職室伏由美子被告(44)の初公判が8日、静岡地裁沼津支部であり、室伏被告は起訴内容を認めた。検察側は懲役1年6月を求刑し、即日結審した。判決は19日。

こうなっており、さらに2011.12.20付朝日新聞

無職室伏由美子被告(44)の判決公判が19日、地裁沼津支部であり、岡田龍太郎裁判官は懲役1年6カ月執行猶予4年(求刑懲役1年6カ月)を言い渡した。

一旦まとめておくと、

年月日 事柄
2009.11.5 ヒューマン・メンタル・クリニック開設
2010.12.20 ヒューマン・メンタル・クリニック閉鎖
2011.10.12 逮捕
2011.12.9 初公判、容疑を認め即日結審
2011.12.19 懲役1年6カ月執行猶予4年の判決


とりあえずこんな感じです。


経営情報

2011.10.27付週刊新潮に、

 診療所は、伊豆箱根鉄道伊豆長岡駅から出てすぐ、ビルの一室にあった。

 「駅前だからか、結構“繁盛”していたようです。少なくとも約70人の患者が常に通っていたそうですから。彼女の仕事は、精神面に不安を抱える患者の話を聞いて助言する問診。治療費は、1回1時間で1万円前後です。投薬はしなかったけれど、正規の医師が処方した薬をやめさせることがあったといいます」

この記事を額面通りに受け取ると1日70人で1人1万円ですから1日に70万円、月に20日としても1400万円の売上があった事になります。ただ週刊新潮の記事にも不可解な点はあり、1日70人は心療内科にすればチト多すぎる気がします。たとえば外来時間を午前3時間、午後3時間の計6時間としても1人当たりの診察時間は平均5分です。

診察に「お薬外来」はないとなっていますから、1人あたり5分で満足させる診察テクニックは卓抜な話術がないと無理な気はします。正直なところ5分の話で1万円(当然ですが自費です)を支払わせるのは心療内科的に可能なんだろうかと思ってしまいます。実数的にはタブ紙の2011.10.13付記事にある、

9月中旬の家宅捜索で66人分の保険証のコピーが押収されていた。

患者総数が70人ぐらいにも見えない事はありません。70人はチト少なすぎる気もしますが受診回数は中日新聞に、

男性患者2人に計31回の問診を行い、計22回にわたって傷病手当の請求書類に診断結果などを書いたとされる

1年ぐらいの間ですから結構な受診回数です。それにしても保険証をコピーすると言う事は、保険医療を「やっているフリ」もしていたらしい事も推測されます。それにしても大した手腕です。


発覚

タブ紙情報ですが、

受診者の1人が障害者手帳申請のための診断書を交付してもらえないと保健所に相談して発覚。

これの時期が書かれていないのですが、クリニックを閉じた2011年10月頃のお話なんでしょうか。上手の手から水が漏れると言うか、うまく言いくるめるのに失敗した結果でしょう。それにしても傷病手当の請求書類程度ではバレないものだと感心しました。案外調べないのですねぇ。


発端

ニセ医者としてクリニックをやったのは、いきなりではなく前段階があったようです。これは3/27付読売ですが、

男性は2005年11月に同町で開かれた女性の講演をきっかけに06年10月〜11年6月、計119回、女性の「治療」を受けた。

クリニックは2009年11月からですから、それ以前から治療行為をやっていた事が判ります。講演会も読売記事では「静岡県清水町」で2005年11月行ったとなっていますが、タブ紙ではさらに、

沼津市教育委員会は08年5月と09年5月の2度、主催する子育て支援講座の講師として室伏容疑者を招き、「心療内科医」と紹介していた。市教委は「事実とすれば誠に遺憾。今後は県や市の医師会に確認するようにしたい」と話している。

記事で確認されているだけで2005年11月、2008年5月、2009年5月の3回に渡って講師として公式に招かれているのがわかります。この辺は地域柄ですが、この手の市主催の健康教育講演は医師会経由で講師依頼が下りてくる事が多い印象を持っていましたが、このニセ医者は医師会ルート以外からの招聘であったようです。

もちろん医師会ルート以外があっても良いのですが、その場合は無名の一般人はそうそう招聘されません。誰かが推薦しないと講師には招かれないです。つまりは2005年11月以前にも活動はあり、その活動実績から講師に招かれたと考えるのが妥当です。舞台は沼津周辺ですからこのあたりの有名人になっていたとも考えられます。

これは週刊新潮ソースですが、

近所の、学校に行けない子どもたちのためのフリースクールでカウンセリングをしたり、隣の沼津市役所主催の講座で、ギャラをもらって“自信がもてる子育て”なんて講演もやっていましたから

ここの解釈的には「フリースクールのカウンセリング」で評判を取り、その評価が沼津市の講師につながっていったとしても良さそうな気がします。


さらなる事業展開の計画

ここについて抗議があり、詳細については削除させて頂きます。概略として医師免許が必要なニセ医者事業以外の健康事業に関与を試みられた残滓が、ネット上に2件確認できたに留めさせて頂きます。


もう一つの顔

wikipedia沼津工業高等専門学校のところに、

2011年 吹奏楽部嘱託顧問木村零音(本名 室伏由美子)が医師法違反(無資格医業)の疑いで逮捕される

この「木村零音」はニセ医者でも使っています。この吹奏楽部嘱託顧問をいつからやっていたかですが、どきゃんなひとりごと by MZK様の【音楽】 沼津高専吹奏楽団第37回演奏会に、

OB会(一次会)は30人強?
去年同様ここ数年の卒業生が出席してくれているのが大きい。
オジサンたち、普段、若い女の子と飲む機会がないからってハシャギすぎ(笑)
現役の学生は諸般の理由でドロシー役演じたC5の女の子のみ。
レオン先生いわく「一年生のころから無茶なコスプレいろいろしてもらって、その度一生懸命演じてくれて本当にありがとう」とのこと。
今後一生OB会では「ドロシー」と呼ばれ続けることでしょう。

「レオン先生 = 木村零音」で疑う余地はありません。ここで高専5年生の事を

    レオン先生いわく「一年生のころから無茶なコスプレいろいろしてもらって、その度一生懸命演じてくれて本当にありがとう」とのこと。
記事は2010年1月30日の沼津高吹奏楽団第37回演奏会について書かれたものですから、2010年1月当時に5年生、つまり2005年4月入学の生徒の事を入学時から知っている事になります。少なくとも2005年頃には吹奏楽部嘱託顧問であった事がわかります。それ以前については、どきゃんなひとりごと by MZK様の【音楽】 沼津高専吹奏楽団第39回演奏会に、

まずは、ここ数年指導および指揮をしてくださっていた先生の名前が、WEB告知および当日パンフに記載がなく、疑問に思っていたのだが、諸般の事情にて不参加とのこと。世の中いろんなことがありますな。

これは「平成24年1月21日(土)」に行われた演奏会です。「数年指導および指揮をしてくださっていた先生」が「レオン先生 = 木村零音」でしょうから、やはり2005年頃から吹奏楽部嘱託顧問であったと見て良さそうです。ここももう少し調べてみると、静岡県吹奏楽コンクールに沼津高専は出場しているようです。一生懸命遡ってみると、平成13年度 第42回静岡県吹奏楽コンクールに、

沼津工業高等専門学校吹奏楽団(大学の部) 指揮:木村零音  銅賞

こうあります。それ以前の第41回コンクール第40回コンクールには焼津高専自体が出場してません。確認できるところでは2001年から嘱託顧問をしていたのは間違いありません。これ以前になると調査が難しいのですが、Musica Bellaのキャッシュに1967年から1986年にニセ医者以外の指揮者で11回の出場記録が確認されるだけです。

在籍記録の確認が難しくなっているのは、沼津高吹奏楽部のホームページは見れないと言うか、削除されているようです。ちょっとやそっとでは訂正できないでしょうから、致し方ないかもしれません。10年ぐらいは嘱託顧問をやっていたのですから、登場個所を削除修正したら構成が不自然になりますし、残しておくのも宜しくないぐらいになっているようです。


感想的なもの

上で作った年表にもう少し付け加えておくと、

年月日 事柄
2001 津高吹奏楽部嘱託顧問の在籍最古記録
2005.11 静岡県清水町で講演会
2008.5 沼津市教委の子育て支援講座
2009.5 沼津市教委の子育て支援講座
2009.11.5 ヒューマン・メンタル・クリニック開設
2010.12.20 ヒューマン・メンタル・クリニック閉鎖
2011.10.12 逮捕
2011.12.9 初公判、容疑を認め即日結審
2011.12.19 懲役1年6カ月執行猶予4年の判決


津高専の吹奏楽部はどうやらそれなりの歴史があるようです。そこの嘱託顧問になるのが容易なのか、難しいのかはその時々の事情もありなんとも言えませんが、音楽についてある一定以上の知識と技術が求めらると思います。少なくとも10年程度は嘱託顧問を続けていたわけですから、ただの素人の音楽好き程度では難しそうな気はします。ある意味、心療内科カラーセラピーより難しいんじゃないかとも感じます。

講演会の記録は2005年より遡れなかったのですが、吹奏楽部の嘱託顧問と並行してカウンセリング系の仕事もやっており、かなりの評判を取っていたとと考えて良さそうです。講演会に呼ばれたのは評判とカウンセリングを受けた信者の推薦によると考えるのが妥当です。ひょこっと地方的有力者が信者になっていた可能性も十分にあります。

カウンセリングから「治療」にシフトしたのは確実なところでは2005年ぐらいからですが、2005年当時には「心療内科」の肩書きで講師もされていたようですから、それ以前と考えて良さそうです。クリニック開設以前はどういう形態であったか不明ですが、「患者宅」ないしは自宅で行っていたのではないかと推測します。

これもどうもなんですが、カウンセリング時代の評判は相当良かったんじゃないかと見ています。どうもばかりで申し訳ないのですが、最初からニセ医者を狙ったわけではなく、初期はあくまでもカウンセリングだったと考えています。それがやってみると案外チョロイ感覚を持ち、これならもっと手広く商売しても大丈夫の感触を抱いたような気がします。

ニセ医者クリニックは2010年に畳んでいますが、怪しげなトータルボディスクールとかメンズクラブ事業の計画は進められていた残滓があります。

ま、本物の詐欺師ではなかったのかもしれません。どちらかと言うと自信過剰タイプで「こんなもの簡単、ゼニはこうやって稼げる」で破滅に向かって突き進んだだけのような気がします。もっとしたたかな詐欺師であるなら、バレたら轟沈のニセ医師など手を出さずにカリスマ・カウンセラーとか、怪しげな代替療法で稼ぎそうなものです。砂糖粒でも大きな事業を築けるのは周知のことです。

ニセ医者クリニックがやばくなって閉店してから、より安全なその方面に転進しようとしたみたいですが、既に手遅れとなり逮捕劇に行き着いた様に見えます。自信過剰が仇になったというところでしょうか。



新たな余波

3/25付読売新聞をもう一度引用しますが、

 静岡県清水町の講演会をきっかけに心療内科医をかたる女性の「治療」を受け、精神障害が悪化したとして、同町の30代男性と両親が、同町に2465万円の損害賠償を求める訴訟を静岡地裁沼津支部に起こしていたことがわかった。

 提訴は2日付。訴状によると、男性は2005年11月に同町で開かれた女性の講演をきっかけに06年10月〜11年6月、計119回、女性の「治療」を受けた。このため、以前は日常生活で介護の必要がなかったのに、常時介護を必要とする状態に陥ったとしている。

 原告側は「町の講演会であれば、講演者や内容を信頼するのは明らか。重大な注意義務違反にあたる」と主張。一方、同町は「内容を精査し、弁護士と相談して対応する」としている。

民事訴訟は誰を訴えても良いのですが、面白いと思ったのは直接「治療」を行い、直接被害を与えたはずのニセ医者ではなく、ニセ医者を招き講演会を行った自治体に責任があるとしている点です。ま、ニセ医者を訴えたところでゼニは取れないと言われればそれまでです。記事だけでは詳細は不明なんですが、結果は、

    以前は日常生活で介護の必要がなかったのに、常時介護を必要とする状態に陥ったとしている
これの原因が
    女性の講演をきっかけに06年10月〜11年6月、計119回、女性の「治療」を受けた
ふ〜んてなところです。刑事訴訟の判決は2001.12.20付朝日には、

 岡田裁判官は、長期にわたって問診を繰り返し、診察代を受領した点について「常習的犯行で悪質」と指摘。一方で「被害者に健康被害が生じたとは認められない」とも述べた。

実はそうではなく実質的な健康被害が存在したとの主張です。そうなるとこの記事の民事訴訟の要点は、

  1. ニセ医者の治療が本当に健康被害を生じさせたか
  2. ニセ医者受診のキッカケになった講演会の主催者に注意責任義務はあったか
この2つが成立しないと賠償は認められないことになります。1.の立証も難しそうな気がします。喩えれば占い師にのめり込んだ人物に生じた結果がどうかみたいなお話です。ニセ医者の診療行為自体は論外に違法ですが、何も投薬していない状態での因果関係の証明はどんなものかと言うところです。おそらくクリニック時代の「患者」にも健康被害らしきものはあったとは思うのですが、認められていないからです。

主催者の注意責任義務もまた微妙です。これは取り様ですが、主催者も騙された被害者である論理も成立する様に思います。ここで主催者がニセ医者である事を承知しながら講演させていたのなら話は単純ですが、講演時点では本物と思い込んでいたわけです。思い込むだけのそれなりの状況証拠もあったと考えます。後から見れば誤認ですが、その時点で本物と信じるに足る根拠があったかどうかがポイントになりそうです。

それと、

    原告側は「町の講演会であれば、講演者や内容を信頼するのは明らか。重大な注意義務違反にあたる」と主張
理はそれなりにあるのですが、この論理はニセ医者でなく本物の専門家の講演であっても適用されてしまう怖れがあります。医療以外でも講演会は行なわれ、演者のユニークな意見が紹介される事はごく普通の形態です。ユニークな意見はアタリもあれば結果的にハズレもあります。外れた時に「町の講演会であれば、講演者や内容を信頼するのは明らか」もまた適用される可能性が出てきます。

筋としては健康被害をもたらした直接の加害者に損害賠償を請求すべきとは思います。それなら十分に争う余地があります。これを捻って講演主催者に賠償先を持っていったところが非常にユニークですが、いわゆる影響範囲が広すぎて裁判所判断が慎重化してしまう流れを予想してしまいます。つまり裁判所にすればその方面の判断を出したくないです。

出したくなければ、ニセ医者治療で本当に健康被害を生じたかが訴訟の重点になりそうな気がします。これが成立しないと主催者責任まで話が広がらないです。あえて結果を予想すれば、砂糖粒治療団でさえ健康被害の立証は容易でない感触があります。ニセ医者は砂糖粒治療団より医師法や医療法の脇は甘いですが、一方で砂糖粒さえ与えていません。

いくら治療と称する「話」をくり返しても、直接の医療行為としての薬剤とか、手術が行なわれていないと立証はかなり難しいのではないかと思わないこともありません。だからクリニック時代の健康被害は立証できなかったです。こう考えると砂糖粒治療団はニセ医者より100倍いや1000倍巧妙で老獪である事がよくわかります。


訂正と謝罪

クリニック閉鎖後のニセ医者の健康関連事業への関与に付き、事実関係の調査で不明瞭な部分があり、これについての抗議がありました。抗議を受け止め、被害を受けられた関係者に陳謝させて頂き、当該部分を大幅に削除修正させて頂きました。よろしく御了承お願いします。