100億円

医療で100億円といえば「安倍総理の100億円」を覚えてられる方もおられるかも知れません。もう2年も前になる2007年3月の予算委員会で、医師不足についての野党議員の追及に対し、

先ほど申し上げましたように100億円この補正とですね当初予算でこの医師不足対策費は組んでいるわけでございます。

この安倍元総理の100億円が医師不足解消にどう効果があったのか、一体どこに消えたのか、その全貌を知る人は決して口にしないだろうと考えています。とにかく2年前は、この100億円で、首相が予算委員会での医師不足の追及をねじ伏せるぐらいの金額であったとしても良いかと思います。その後、毎年の様に医師不足対策費だけは膨らんでいますが、効果は抜群でまるで医師不足「問題検討のための」対策費じゃないかと思ったりもしています。


そんな100億円ですが、現在では金額の感覚が違っているようです。元はshy1221様の妥協を読んで調べ始めたのですが、お話は大阪府主導で、大阪南部の4病院の経営統合です。設立母体の異なる公立病院の統廃合は地方政治の難問で、最大の鍵は、

    縮小される病院側の地域住民の反発
これが大問題になります。縮小ではありませんが、銚子市民病院の閉院問題では市長のリコール騒ぎが成立するなんて騒ぎになったのは記憶に新しいところです。今回のお話で経営統合の対象になった病院は、どういうスタイルで統合するのかの大阪府の原案がわからないのですが、記事でわかる範囲として、8/14付タブロイド紙は、

 阪南市の福山敏博市長は12日、府が阪南、貝塚泉佐野3市立病院と府立泉州救命救急センター統合を表明したことについて、「入院機能が残らないのであれば、統合には乗れない」と述べた。府が先月末に示した案では、貝塚を北分院、泉佐野を南分院とし、阪南は入院を担わないとされていた。

どうもなんですが、統合に際して阪南市立病院は割を食うみたいな話になっているようです。この記事にあるように阪南市長が「提案」したのは8/12みたいなんですが、大阪府はこの計画を7/31に発表していますし、そのときに4病院の関係者は合意したとなっています。これを伝える記事が7/31付産経関西で、

 医師不足などの解決を目的に政府が設置した「地域医療再生臨時特例交付金」を活用し、大阪府が、泉州南部の市立3病院と府立泉州救命救急センター泉佐野市)を経営統合して独立行政法人化する地域医療再生計画を検討していることが31日、分かった。計画を策定して厚生労働省に提出し、100億円の交付金の獲得を目指す。

 この日午前府庁で開かれた戦略本部会議で示された。対象となる市立貝塚病院(貝塚市)、市立泉佐野病院泉佐野市)、阪南市立病院(阪南市)、府立泉州救命救急センターの関係者らも出席し、将来的に経営統合することでおおむね合意した。

当然この時に阪南から入院機能がなくなる事は説明されていたとは思うのですが、この時には「合意」となっています。もし最初から反対であれば、「反対」なり「保留」でも良さそうなものなのに「合意」です。また大阪府知事は必ずしも根回しが熱心な知事には見えませんが、それでも7/31にいきなり4病院の関係者を集めて「イエスかノー」かをやったとは思えず、7/31以前に「合意」の根回しがあったと考えるのが妥当です。

この辺の筋立てが見難いところなのですが、府立病院はともかく残りの三市の病院のうち貝塚泉佐野は、統合の気運があったような傍証はあります。まず2007.9.17付伊関友伸のブログに、

朝日新聞が、泉佐野市立泉佐野病院貝塚市貝塚病院の産婦人科が2008年4月に統合されることを報道している。

「産科は泉佐野」「婦人科は貝塚」と機能を分けることで、限られた医師を効率的に運用し、共倒れを防ぎたいという。

さらに2008.7.18付Asahi.comに、

 行政の壁を越えて、救急医療を守る試みが始まっている。大阪府泉佐野貝塚両市の市立病院が互いの産婦人科を統合し、4月に発足させた「泉州広域母子医療センター」。両病院の医師が当直や手術をともにし、勤務負担が格段に軽くなった。

産婦人科部門の統合の成功を踏まえて、さらなる統合を進めようとの動きが出てきたとしても不思議はありません。そこに大阪府が乗っかった構図です。阪南は規模も小さいですが、経営も医師数もどんな状態にあるかはウォッチャーならよく御存知の通りですから、貝塚泉佐野の話なんて関心を向けるどころの状態ではなかったかと考えています。

そういう状態の阪南を大阪府が病院統合に引っ張り込んだ理由があると思います。記事をググっても統合計画に対し、貝塚泉佐野もさしての異論はないようです。つまり3病院の経営統合ならスムーズに行く可能性はありそうに思います。それでも阪南を入れて、なおかつ阪南の入院機能を廃止する統合計画を行なう必要性です。

そこで気になるのが産経関西の記事にある地域医療再生臨時特例交付金です。これには30億円と100億円の2種類があるようで、大阪府は100億円を目指しています。この30億円と100億円の差は、、地域医療再生臨時特例交付金に関するQ&Aによると、

 交付要綱において、100億円程度の計画は「医療機関の再編その他の地域における医療課題の解決に必要な事業」と、30億円程度の計画は「医療機関の連携その他の地域における医療課題の解決に必要な事業」とそれぞれ整理しているところ。

お役所文書の真意を読み取るのは難解なんですが、

大阪府が目指す100億円のためには「再編」が必要です。「連携」と「再編」の間にどれほどの差があるかはわからないのですが、府立救命救急センター貝塚泉佐野の3病院経営統合では「連携」と認定される可能性を考えたのではないかと推理します。あくまでも「どうも」なんですが、この3病院の統合後の青写真は、建物人員も基本的にそのままで経営のみ統合とも受け取れるからです。

「再編」の条件に病院の縮小とか、統廃合が入っている可能性を考えます。つまりどこかを潰す条件がないと「再編」として認められない可能性です。そこでどうしても100億円が欲しい大阪府は、経営難で病院の存続さえ危うくなっている阪南市を統合案に取り込み、阪南をつぶす事によって「再編」の100億円を獲得する計画にしたのではないかと思っています。

阪南側も当初は渡りに船状態で一旦は合意したのでしょうが、後からこのカラクリに気が付いた可能性を推測しています。つまり100億円の鍵は実は阪南が握っている状態である事にです。阪南がカギであるなら、地方政治的にリスクが極めて高い病棟閉鎖を受ける必要はないとの戦略です。阪南市の医療事情はよく存じませんが、外来機能だけに縮小するとすれば議会対策が大変ですし、下手すればリコール騒ぎに巻き込まれます。

これも8/14付タブロイド紙からですが、

 福山市長は同日の市議会特別委員会で、「将来的に統合を検討しなければならない。現185床の縮小はやむを得ないが、135床前後は確保するよう府に要望する」と答弁。終了後、病院を存続するためには国の地域医療再生計画に基づく交付金が不可欠と指摘し、「老朽化した施設の改築や医師確保にもつながる」と述べた。

市長が言う「地域医療再生計画に基づく交付金」が「地域医療再生臨時特例交付金」であり、この額が100億円と言うわけです。これは憶測ですが、大阪府の原案は阪南をつぶす事により100億円を獲得するだけでなく、阪南の185床をどこかで有効利用しようと言うのもあるかと思います。それを見抜いた阪南側は50床ほど減らして100億円の条件に参加するが、その代わりに100億円の分け前の半分ぐらいよこせと言っているとも見えます。

阪南が参加しなければ30億円ですし、阪南が参加することにより、阪南が半分の50億円を取っても、残りの3病院の分け前は増えるじゃないかの構図にも見えます。もちろん阪南にしても話ごと潰してしまえばゼロですから、まずは「吹っかけた」と取りたいところです。断っておきますが、あくまでもこれは憶測であって、状況証拠からの推理に過ぎません。


地方政治の駆け引きなので、内情については野次馬程度の興味しかないのですが、思ったのは100億円の軽い事です。2年前は医師不足をたちどころに解消させる威力のあった100億円が、今や大阪南部の自治体の山分け勘定に使われる程度であると言う事です。なるほど「安倍総理の100億円」じゃ、なんにも問題が解決しなかった理由がよくわかります。