佐賀の裏技 情報整理編

昨日の佐賀の裏技エントリーは非常にレベルの高いコメントが多数寄せられ、コメント欄に未整理のまま置いておくにはもったいないので、エントリーを立てて整理しておきたいと思います。ただ最近鬼門の法律解釈ですから、ビビリながらとしておきます。

まず事実関係をまとめておきます。

  1. 佐賀県立病院好生館で出勤記録改竄による時間外賃金不払い事件が発覚した。
  2. 労基局は1年前に是正勧告を行なった
  3. 佐賀県は1年経っても「不払い額算定が難航」として支給していない
ここから派生する問題点は、
  1. 出勤記録改竄は罪にあたるか、あたるなら何に該当するか
  2. 不払い賃金の時効は2年であり、算定が難航するほど支給額が減っていく状況をどう考えるか
  3. 労基局は是正勧告してから1年しても是正されていない状況をどう考えるか
この問題点に対する鋭い議論が展開されています。

まず出勤記録改竄問題ですが、当初は県立病院の出勤記録ですから「公文書」になり、虚偽の記録の文書を作成したのですから「公文書偽造」になるんじゃないかと考えられました。公文書偽造は刑法では、

第155条

 行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。

  1. 公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
  2. 前2項に規定するもののほか、公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は、3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

条文読めばなんとなく該当しそうなんですが、無能な土木役人様から、

勤務記録の作成権限者がその権限に基づき行った行為であり、ありもしない公文書を偽造したものではありません。公文書の中身が一方的に事実とあわない記載がなされていたわけであり、公文書そのものは正式のものですので、行為は「偽造」でなく、「不実記載」と思われます。で公文書の不実記載については罪が規定されていません。

これも難しい話なんですが、出勤記録自体は正式のもので「偽造」されたのでは無いという見解です。この辺の解釈は良く分からないのですが、偽造とはありもしない文書を作ることであり、出勤記録はあるべきものであるから偽造に当らないと考えればよいのでしょうか。あるべき公文書であるから偽造ではないが、事実と合わないことを故意に記載したので「不実記載」に該当するとの考え方です。

不実記載に関しては刑法157条が該当しそうですが、

第157条

 公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

  1. 公務員に対し虚偽の申立てをして、免状、鑑札又は旅券に不実の記載をさせた者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
  2. 前2項の罪の未遂は、罰する

これは読んでの通り、公務員に対して嘘を言って文書を作らせた時の罰則であり、公務員自身が「不実記載」をした時のケースは無能な土木役人様が指摘するように無さそうです。つまり「公務員、嘘つかない」の信用が前提にあるように思います。エエ加減これだけでも頭が痛い話なんですが、さらにt_f様から、

しょーもないつっこみですみませんが、(公)文書偽造というのは、“作成名義を冒用する”(書く権限のない者が書いた)ことですので、佐賀のケースは、「虚偽公文書作成」(156条。書く権限のある者が書いたが内容がウソ)ではないかと思われます。

今度は刑法156条に該当しないかの指摘です。

第156条

 公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前2条の例による。

条文だけを読めば確かに該当しそうな気がします。

    県立病院の職員(公務員)の出勤記録を作成する時に(職務に関し)、時間外手当を削減のため(行使の目的)で、出勤記録(文書)を改竄(変造)した
素直に考えればこう読めます。もっとも法運用は複雑で、これで正解かどうかは自信がありません。


次は労基局と不払い賃金の関係です。ストレートな感触として、労基局が是正勧告を出した時点から未払い賃金は計算されそうなものですが、そうではないと法務業の末席様が鮮やかに解説されています。労基局の役割は労基法の刑法上の番人であり、機能としては警察に近いと考えるようです。警察が民事不介入の鉄則があるように、労基局も民事である不払い賃金には一切介入しないという事です。つまり労基局は賃金不払いを起した使用者を労基法に基づいて罰する事はできますが、不払い賃金自体は民法の問題になり関与する職掌ではない事になるそうです。

今回の事例に当てはめると、県当局は「算定が難航」の理由で支給日をドンドン先送りしています。未払い賃金の時効は2年ですから、1年が経過したという事はすでに半分は消滅した事になります。報道記事に基づけば不払い賃金は年間1億4000万円であり、月に1167万円ずつ未払い分は消えて行っています。時間の問題ですが、「算定が難航」が2年続けば未払い賃金は消滅します。こういう行為自体は労基局では止めようが無いという事です。労基局は是正勧告に対する県当局のこういう不誠実な対応について罰則を下す事はできますが、民法上で消えいく未払い分に対しては無力です。

未払い賃金が時効による消失を防ぐためには、これを法定中断にする処置が必要です。しかし是正勧告では、

残念ですが労基署の是正勧告により時効が中断(時効時計の針が停止すること)することはありません。

そうだと明言されたらそうだとしか言い様がありません。ではどうすればですが、

賃金は民法上の債権債務であり、民法147条の時効の中断の規定が適用されるためです。すなわち債権者(労働者)の権利の主張があったとき、差押えなどがなされたとき、債務者が債権者に対して債務の存在を認めたときのいずれかです。債務者が債務の存在を認める例としては、債務者が弁済の延期を求めてきたときとか、債務の一部を弁済(内入れ弁済)などによっても時効が中断(時効の時計がリセットされてゼロに戻る)します。

時効中断の条件を3つ上げています。

  1. すなわち債権者(労働者)の権利の主張があったとき
  2. 差押えなどがなされたとき
  3. 債務者が債権者に対して債務の存在を認めたとき
最後の項目が分かりにくいのですが、これも解説を頂いており、

債務者が弁済の延期を求めてきたときとか、債務の一部を弁済(内入れ弁済)などによっても時効が中断(時効の時計がリセットされてゼロに戻る)します。

方法は2つで、

  1. 債務者が弁済の延期を求めてきたとき
  2. 債務の一部を弁済(内入れ弁済)など
今回の事例で考えてみると、県当局が「算定が難航しているから支給を待ってくれ」と債権者である職員にお願いすれば時効はリセットされますが、そうでなければ時効で消失する未払い金は刻一刻と増えていく寸法になります。1ヶ月1667万円としましたが、1日なら約40万円です。「支給日から算定する」と県当局が断言しているので時効は中断せず、今日も40万円が消滅した事になります。

もう一つの内入れ弁済ですが、県当局がする気が無いのは明白ですので、債権者である職員個々がこれを行なう必要があります。ただし、

未払い賃金の請求は、労働者本人か、或いは本人から権利を委ねられた授権者(業として行えるのは弁護士だけ)以外からの請求では時効中断しないという判例があります

弁護士に頼むか独力でこれを行なわないとならないそうです。この辺は職員が結束していれば集団で弁護士に委任するなんて便法もあるでしょうが、とにもかくにも何もしなければ時効の針は県当局の思惑通り限りなく進んでいくことになります。これも専門家からのアドバイスですが、

    労働者一人一人が請求しないと法の恩恵は受けられないのです。誰か正義の味方が現われて困っている無力の民を助けてくれる、こういうのは水戸黄門のテレビドラマの中だけです。

最後に是正勧告を行なった労基局の問題なります。原則と言うか実際として労基局の労基法運用は非常に「謙抑的」です。今回の事例でも分かるように是正勧告後1年ぐらい改善しなくとも「謙抑的」な姿勢を崩しません。いかに謙抑的かは法務業の末席様の言葉の端々に現れています。

  • すなわち労基署の勧告を無視して2年の支払時効が成立した後さらに1年間は、労基署が使用者を送検して刑事訴追することが出来ます。
  • 刑事訴追覚悟で金銭的な負担が大きい未払賃金の支払を無視する悪質な使用者の例も現実にはあります。
  • 今回の使用者(佐賀県)は、未払い賃金の計算と支払を頭から拒否しているのではなく、支払います、支払うけれど準備に時間を下さいと言っていますので、実際に支払が実行されるかどうか労基署が注意深く見守っている状況だと思います。
ここは誤解して欲しくないのですが、法務業の末席様を責めているのではなく、ごく自然に書かれたコメントに労基局の謙抑さが滲み出ているように受け取れます。

そこで意地悪だったのですが、このまま事態が推移し

    算定が難航し2年を経過してようやく終了し、支給しようとしたが既に時効で払えなかった。
こうなった時の労基局はどういう対応を取るかの質問をさせてもらいました。そうなってしまう「相当程度の期待」はどう見たってありますからね。これに対する法務業の末席様の模範解答は、

労基法37条違反の要件には、天災事変以外の支払遅延の事由を斟酌しないことになっています。ですのでこの理屈は法理論上は全く意味を持たず、刑事罰は免れないものと考えます。

まず建前はそうなるかと思います。それでも現実的には是正勧告から、

合理的な猶予期間は見てくれるのが普通

是正勧告には是正期日が通常付されると考えるのですが、是正期日内に改善されなくとも「合理的な猶予期間」は認めてくれると言うことです。これ自体はさして不思議な運用とは思いません。とくに労基局は「謙抑的」に動く機関だからです。今回の事例でどこまでが「合理的な猶予期間」かの判断はもちろん労基局の裁量で行なわれます。ここで法務業の末席様は、

本来労基法では使用者に労働者の労働時間を記録して管理する義務を負わせており、労基法108条において賃金計算の起訴となる事項として、各々の賃金支払月ごとに労働日数・労働時間・時間外労働の時間数などを記載した台帳を作成し、3年間保存する義務を負わせています。算定のための記録が無いという県当局の言い訳は、この規定にも違反することになります。

これは読んだ瞬間「そうだよな」と思ったのですが、よく考えれば義務づけられている出勤記録が改竄されているのですから「算定の記録が無い」という言い訳ができそうな気がしてきました。ここについては無能な土木役人様から、

こういう勤務時間の操作についてうちらの世界は当たり前でして、2重帳簿です。表の勤務時間簿では、正式に上司が勤務を命じたものとして、超過勤務の予算に合わせて、操作されたもの記録します。これに対して、表には出ない裏の勤務簿があり・・・

裏の出勤記録があるので、それに基づけば算定は容易となりますが、時効で不払い金の消滅を願う県当局が裏の出勤記録の存在を認める理由がありません。裏の出勤記録の存在が表に出ればさらに話は厄介となりますから、建前として「そんなものは無い」とするでしょうし、改竄前の記録も消失したと主張すると考えます。裏の出勤記録の存在を否定し、改竄前データが無いとなれば「算定の難航」は「合理的な猶予期間」と労基局がみなす可能性は相当あります。なんと言っても労基局は「謙抑的」ですから。

昨日は労基局と県当局の親密な関係や、議会での予算承認まで言及がありましたが、それはさておいても、

  1. 未払い賃金の時効は個々の職員が法的手続きを行なわない限り、粛々と進んでいく。
  2. 是正勧告に対する改善作業の遅れは「合理的な猶予期間」として「謙抑的」な労基局は是認する可能性がある。
  3. 出勤記録改竄問題は担当者の数が多く、県としての実害が無くなれば、ウヤムヤに終わる可能性がある。
書いていてとっても嫌な気分になりました。