舞台裏

まずは医療維新から、

 厚生労働省は3月25日、「産科医療機関調査」の結果を踏まえ、今年1月以降、分娩の休止・制限が実施または予定されている7医療機関に対して、産科医の派遣などを実施したり、何らかの対策を講じることを明らかにした。
 
 対象となるのは、以下の7施設で、地元大学のほか、防衛省などからの派遣を予定している。

【対応した医療機関
福島県:県立南会津病院
 4月から近隣医療機関の協力で妊婦健診を継続
 さらに防衛省愛育病院より後期研修医の派遣を実施予定

もちろん記事はまだ続きますが、今日必要な分はこれだけです。必要なのは、

このうち防衛省のドタバタについての舞台裏情報です。この情報は某所で拾ったと言う事にさせて頂きます。もちろん情報提供者には了解を取ったのですが、匿名はもちろんの事、出所もできるだけボカして欲しいとの要望があり、その条件に沿っての御紹介になります。かなりの内部情報なので私も震えながら書きます。

産科医の不足はもはや一時的なものではなく、慢性的なものであるのは常識です。その対策として行政はドクターバンクや女医バンクを作ったり、緊急医師派遣制度を創設したりしています。しかしこれらの対策は産科医が足りないから「どっかから」調達してこようとの発想です。「どっか」も何も産科医が余っているところなどありませんから、鳴り物入りで作られてもどこも開店休業状態です。

これに懲りたのか「どっか」を確保して産科医派遣を行なおうと国は考えたようです。「どっか」と言っても国であっても、医師の人事をそう簡単に左右できるところは限られています。現在は独立行政法人になっていますが旧国立病院でも容易ではなく、準公立病院である日赤でも困難なところがあります。容易や困難と言っても実際に行われのですが、旧国立病院や日赤も医師不足に喘いでおり、国からの強力な要請により一部協力はしましたが、協力しただけで医師供出病院が崩壊の危機に瀕するというどん詰まり状態です。

そこで国が目を付けたのが防衛医大です。ここは他の大学と違い国の直営と言うか、国の人事権が直接的に及ぶところです。防衛医大自衛隊の一部であり、自衛隊の最高司令長官は言うまでもなく内閣総理大臣です。それこそ首相の命令一つで動かす事は可能ですし、首相の命令で動かなければ軍隊である自衛隊は困ります。

また先例もあります。沖縄北部病院の産科医不在に対し当時の沖縄担当相であった小池氏が基地移設問題も絡めて産科医「確保」の大見得を切り、大見得を切ったものの「確保」ができず、最後に自衛隊に泣きついて1年間派遣した実績です。どうもこの先例を突然思い出したようです。便利に使える打ち出の小槌があったのを思い出したというところでしょうか。

打ち出の小槌と言ってもどれほどの戦力が防衛医大病院産婦人科にあるかです。

    スタッフ4人(教授込み)、専門研修医官4人(6年目1名、5年目3名)
防衛医大病院は自衛官だけではなく一般にも利用されている病院であり、その仕事量は、
    600弱の分娩と550件の手術
防衛医大病院は言うまでもなく医大病院であり、実質的に地域の三次救急を担っています。600弱の分娩には多数のリスク分娩があり、手術も難度の高いものの割合が高いのは言うまでもありません。この仕事をこなすために、
    大学院生(医学研究科学生)まで動員してなんとかしている状況
つまりカツカツと言うわけです。沖縄北部病院に防衛医官産婦人科医が1年間派遣された話は有名ですが、あの医師は防衛医大病院から派遣されたようです。私はてっきり沖縄にある自衛隊病院から派遣されたと思っていましたが、そうでなく遥々埼玉から沖縄に派遣された事を今回のエントリーを書くに当たり初めて知りました。詳しくはやんばる病理医ブログ様をご覧下さい。

沖縄の時も防衛医大は派遣により抜けた穴埋めに大変だったようです。カツカツ状態から一人抜けたらパニックになるのは当然で、福島への医師派遣の話が打診として出たときにはスタッフからまず総スカンを食らったようです。スタッフがダメならと言うことで専門研修医官に目が付けられたようです。もっとも産婦人科医局も「何がなんでも反対」の一点張りではなく、基本姿勢は賛成です。賛成ですが、戦力不足は目に見えているので派遣するなら、

  1. 派遣された医師の将来を考える
  2. 組織の命令系統に合致する事
この2点について周到な準備を行った上でなら派遣に協力するという姿勢です。防衛医大らしいと思ったのは「命令系統に合致」です。自衛隊と言う組織ですから筋目を通す、命令系統を明らかにし責任の所在も明瞭にするのは日常感覚なのでしょう。戦う組織の感覚とはそういうものだと思います。それとこれは推測になりますが沖縄の時には正規の命令系統に従って派遣が行なわれたと考えてよく、今回の福島は違うところがあると考えてもらったら良いと思います。

正規の命令系統の合致を重視するなら、総司令官である内閣総理大臣が指令を下せば話は済みそうと外部の人間である私は思うのですが、どうもそんな単純な話ではないようです。どうにも話の流れが複雑なのと、自衛隊の組織命令系統がよく理解できていないので一部トンチンカンの部分があるかもしれませんが、そのあたりは詳しい方がおられましたら補足訂正お願いします。

防衛医大からの産科医派遣の意向の大元は政府です。少なくとも総司令官である総理のなんらかの同意が無いと話は進まないはずです。そういう表に出ない同意の上で、防衛大臣から口頭の指示が衛生監に下っています。おそらく衛生監と言うのが自衛隊の医師のトップと考えて良さそうです。その衛生監が防衛医大院長に派遣同意を取り付けています。つまり、

それなりに筋が通っているようにも見えますが、これは正規の命令系統にはならないそうです。正式でないが故に派遣される医師の扱いは、
    部外研修とする
つまり産科医が自主的に「行かせて下さい」とお願いし、それを病院側や防衛省が了承する形式の派遣です。もちろん自主的と言っても研修先や期間は防衛省サイドが強制的に決めます。防衛医大にも専門研修なる制度があり、防衛省管轄以外の病院に研修する制度があるのでその制度の枠内で自主的に派遣されるものになるそうです。

ここからが自信が無いのですが、自衛隊は軍隊です。軍隊は上官の命令に服属します。上官と言っても直属のものに服属するだけで指揮権の無い上官の命令に従う必要は無いとされます。衛生監は防衛医官の長みたいですが、防衛医官の直接的指揮権を持っていないようですし、また病院長も産婦人科教授への直接的指揮権は無いようです。情報を読む限り防衛医官の直接の命令系統は、

ちょっと違うかもしれませんが、これが正式の命令系統になるようです。命令系統と言うより人事権の系統とした方が良いかもしれません。ここで話が複雑化するのは、幕僚部は今回の派遣に一切タッチしないと教授に連絡し、教授も今回の不明朗な派遣に反対しています。もちろん派遣対象となった4人の産科医も反対です。つまり正式の命令系統では誰も同意していないと言う事態が生まれたのです。

防衛省が用いた指示系統では命令にならず、あくまでも産科医が自主的に研修したいと希望し、これを教授が認めないと研修として派遣させることはできないのがルールになるそうです。えらく些細な事にこだわると感じる方がおられるかもしれませんが、舞台は命令秩序を何より重視する自衛隊の中の事であり、一般社会よりルール違反や命令系統が段違いに厳しいところですからよく御理解ください。

ここでこの事態で分からないところは、産科医派遣を正式の命令系統に何故のせなかったかです。防衛医大の医師も自衛隊と言う軍事組織に属しており、ここでの命令は絶対ですから使えば良さそうなものです。産科医も正式の命令系統による人事を希望していますし、正式でなければ拒否するのにも正統性が生じます。あえて考えれば、

  1. 正式の幕僚部ルートは非公式に拒否された
  2. 最初から正式のルートは使う気がなかった
幕僚部ルートが拒否されたはなんとも言えませんが、あり得無さそうと思います。拒否する理由があんまり思い浮かばないからです。拒否するにしても正式に命令が下ったわけではありませんから、まず幕僚部に打診があり、幕僚部から教授なりに打診が先に行なわれるはずだからです。情報ではそんな打診は一切無く、衛生監と院長に産科教授と派遣要員が突然呼び出され、強力な要請を聞かされる事態になっています。さらに言えばスタッフには打診が行なわれています。

そうなると最初から正式の命令系統を使う気がサラサラ無かった事になります。今回の指示系統をもう一度見直すと、

    第一段階:防衛大臣が衛生監に口頭で指示を伝える
    第二段階:衛生監が指示を基に防衛省をあげて行なわなければならないと気炎を上げる
    第三段階:院長が同調する
自衛隊と言う軍事組織からすると極めて曖昧な運動に過ぎないことが分かります。誰が考えても防衛大臣一人の意向でないのは明らかですから、防衛大臣に指示を出させた人物が存在する事になります。その人物の意向は
    正式命令で医師を派遣するのは嫌だから自主的に派遣させよ
どうにも政治効果を狙った演出に思えてなりません。産科医不足はもはや社会問題ですから、これに対して派遣をアピールするのは政治的ポイントを稼げます。正式命令にすれば強制のマイナスイメージがつきますから、効果を狙うには「自主的」がよく、この効果を実現するために防衛大臣以下が奔走したと受け取れます。

いかに奔走しているかの証拠として、戦力を引き抜かれた防衛医大病院の対応として、

    日常業務に支障が出るようなら診療制限を行なう
つまり派遣するという実績を作るのが最優先で、派遣のために防衛医大病院産婦人科の機能低下は全く構わないと断言したと伝えられます。これって本末転倒と思いますし、防衛医大病院がある埼玉県の産科事情を考えると狂気の沙汰の発言と思います。

また身分保障に関しては、

    特別昇給を約束する
おいおい、自主的に希望していく部外研修が特別昇給の対象になるんですか。しかも自主的に研修で抜けられるために、肝心の防衛医大病院は診療制限までする羽目になるかもしれませんから、むしろ懲罰対象とも思うのですが、防衛大臣の口頭の指示と言うお墨付があるから功績に転じるわけですか。もっともこれで防衛大臣に指示した人の株が上がれば、防衛医大産婦人科がどうなろうが、埼玉県の妊婦や産婦がどうなろうが安いものだとも受け取れます。

もっと政治的な匂いがプンプンする発言としては、

    今回の派遣はあくまでも臨時的なもので恒久的なものではないし防衛省としての本来の任務でもない
とりあえず派遣する防衛大臣の口頭指示を具現化することが急務で、とにかく派遣に従ってくれたら、それで話が丸く収まる。こんな話が軍事組織の自衛隊内部で平然と話されているというわけです。産科医派遣は建前上妊婦や産婦のためです。しかし経緯を見れば困っている妊婦や産婦のためを考えて行なわれているとは思えません。あくまでも防衛大臣に指示を下した人物の得点稼ぎのために行なわれているようにしか見えません。

防衛医大病院産婦人科は貴重な拠点病院です。産婦人科であるというだけで貴重なだけではなく埼玉にあるという事でさらに貴重さは増します。埼玉の産科事情をもう一度見てもらいます。

福島の産科事情が厳しいのはわかりますが、全国最悪の埼玉県から産科医を引き抜き、引き抜いた拠点病院の機能を低下させるのは埼玉の産科事情をさらに悪化させます。そこまでの犠牲を払って産科医を派遣するのに、
  1. 自主的に勝手に行った体裁にする
  2. 派遣地域の産科再構築のしっかりしたプランがあるわけではなく、派遣する体裁だけを重視している
  3. 責任が生じる正規の命令系統は使わない
  4. 派遣優先で供出病院の機能低下は容認
  5. 特別昇給のアメ付き
国の直轄と言っても良い防衛医大にしてこのドタバタです。他の派遣事業に協力させられた病院も似たり寄ったりと考えても構わないと思います。体裁上の数合わせと実績作りに政治的に強要された産物である事が良く分かります。よく「タコが自分の足を食う」との表現がありますが、これはそれ以下で餓死寸前のタコが他の腹ペコのタコに「自分の足を食わせる」状況と言っても良いと考えます。共食い共倒れ構造による政治的パフォーマンスと言えるかと思います。

ま、このドタバタで防衛大臣に指示した人間は政治的ポイントを稼ぎ、防衛大臣は指示した人に忠誠心を売りつけ、衛生監や病院長は防衛大臣に実績をアピールしたからハッピーなのかもしれません。デメリットを蒙った人間は・・・言わずもがなですね。