学徒動員?

巨大掲示板で思い切り皮肉られていた特区制度の提案です。ソースは5/13付の毎日新聞記事からです。

現行の医師法では、医師国家試験は医学部卒業者しか受験できない。しかし、医学部のカリキュラム自体は5年生ですべて修了しているのが実情だという。このため、5年生の受験を認め、合格者に地域限定で医師免許を与えて6年生の時から、地方で勤務できるよう提案する。提案が認められれば、三重県の場合、約100人の医師が確保できるという。

医学部教育は6年もいらないと言うのが根本趣旨のようです。たしか薬学部が4年から6年に延長されましたが、医学部は薬学部より1年分習得期間は短くても全く支障が無いという判断が前提のようです。たしかに医学部が6年必要かどうかは論議もありますし、無駄で冗長な部分を短縮すれば5年どころか3年でもOKという意見もあります。

特区の5年説はもとより、3年説でも国家試験合格の一点に目標を絞るなら不可能ではないかもしれません。ただし医学部の国試予備校化は避けられません。医学部なんてしょせん国試予備校じゃないかと言われればそれまでですし、国家試験に合格しないと何の意味もないにも確かですが、それだけに特化する事をあからさまに宣言し、実行するのは如何なものかと思います。

私は大学教育の無駄で冗長な部分も大切かと思っています。医学部生にとって教養学部の期間は無駄であると見なされる方も多いと思いますし、医学部生自体にとっても無駄と感じる人も数多くいます。ただし医学部生にとっても無駄であれば、他の学部に於てもまた無駄である事が多いと言う事になります。医学部において短縮が為されるのであれば、続いて少子化による若年労働人口の不足が深刻化すれば、次々と他の学部も「無駄」を省いて修業年限の短縮を迫られる事になります。

医者は白い巨塔に住む世間知らずとよく酷評されますが、完全に医学部が国試予備校として目的化されれば、ますます世間知らず化が進むように思います。医者と言わず他の学部生でも、大学生の人間形成に無駄で冗長と感じる時間は貴重だと思うのですが、いかがでしょうか。こんな事を書けば高卒で社会人になった者はどうなるんだという反論も出てきそうですが、大学教育とはそういうものも含まれるのが美点と私は思っています。

話はまた元に戻りますが、特区提案の1年短縮にどれほどの意味合いがあるかです。苦学生にとっては修業年限が1年短縮すれば授業料の負担が減り、逆に収入を手に出来るわけですから歓迎する人も出るかもしれません。5年が成功すれば、4年、3年と短く出来る特例も出現するかもしれません。制度が違いますが、文系の最難関試験の司法試験には20歳ぐらいで合格するものもいます。究極的にはそういう制度でも目指しているのでしょうか。

そうなると医学部は国家試験を合格した時点で卒業となる制度に変質するわけです。まさか医師免許を交付しても卒業は別問題とするとか、医師免許を交付されても医学部を卒業できなかった医師が出るような制度にはしないと思います。さらに言えば医師免許を交付しても卒業試験にパスできなければ再び免許を没収するなんて残酷な事はしないとは考えています。そうなると国家試験受験資格は医学部生になると言うことになります。

そんな事が現実に可能かと言われれば、医師国家試験が現状の純知識のペーパー試験である限り不可能ではありません。膨大な量ではありますが、無理やり詰め込めば合格は可能です。ちょうど司法試験に20歳で合格するのが可能なのと同じです。

そんな短期間で医師免許を交付された医者の質ですが、知識習得力は非常に優秀でしょうが、その事が医者としての能力を保証するものではないことは言うまでもありません。昨今医者の質に対する議論がさかんで、医者として本当に向いているかどうかを医学部在学中に淘汰すべしの意見とは正反対の方針です。

それと特区提案の1年短縮にどれほど医者不足に速効性があるかです。三重の提案だそうですから、この特区構想を行なった年には100人程度の医者の確保が出来るかもしれません。そのうえ特区内のみに通用する地域限定免許にする構想ですので、三重県の医者はその年は増えるでしょう。では翌年はと言う事になります。

翌年は5年制度の卒業生ばかりになると増えません。また5年卒業組も翌年には正式の免許を獲得するわけですから、免許に地域限定の縛りが消滅します。そうなれば大手を振って他地域に流出できる事になります。1年間地域限定で縛ったのですから地元残留率は多少上がるかもしれませんが、今の医学部生は結構ドライですから、待ちかねるように流出する人材は決して少なくないと考えます。

つまり医師免許制度の根幹を揺るがすような特区構想を実現しても、効果は短期的で限定的な物になる可能性が少なからずあると言う事です。それであれば5年卒にするのではなく、医学部は卒業して医師免許を交付されても、初期研修の2年間は地域限定の仮免許にする構想の方がまだマシのような気がします。これならば医師免許制度の根幹はそうはいじらなくて済みますし、2年も研修でいれば少しは地域への愛着も出て、地元に根付く割合の増加が期待できるように思います。

ただし大学が置かれた県のみに通用する限定免許はやはり問題が残ります。県境を越えて医療が出来ないとなると様々な不都合が出るからです。であればやはり医師免許は全国に通用するものとして、保険医として通用する範囲を地域限定にする方が現実的かもしれません。

ごちゃごちゃと書き散らしましたが、6年を5年に短縮しても、そもそも入学定員が決まっているのですから、総数自体は変わらないと言う事です。修業期限を短縮する事で一時的に見た目の医者の数を増やしても、もう少しだけ長期的に見ればそれほど影響は少ないのではないかと言う事です。

結論はいつも同じなんですが、そもそもそんな小手先の策でどうにかなるようなものではなく、もっと根っこから医療制度全体を見直すような提案が欲しいと思っています。