ツーリング日和20(第3話)離婚大作戦

 それから日を改めてマナミに連れられて弁護士事務所に相談に行ったのだけど、

「わかりました。ですがそれには作戦が必要です」

 離婚するだけなら離婚届を役所にすれば終わりだけど、あれはクソ夫のサインが必要だし、狙っているのはクソ夫が有責の離婚だ。そりゃ、浮気してるからね。その証拠だってクソ夫のスマホにたんまりある。

「それでは証拠として弱くなります」

 どういう事か聞いたら、相手から慰謝料まで取るのなら半端な覚悟じゃ無理みたい。

「離婚訴訟になっても勝てるだけの準備と思って下さい」

 つまりは訴訟並みの準備と気構えがいるんだって、

「そうですね、言葉の戦争に勝たなければなりません」

 おカネがかかるとそこまでになるのか。とにかくなんでもありの世界になるらしくて、あっちだって弁護士を立てて来るぐらいは当たり前で、法にさえ触れなければいかなる手段も平気で使うらしい、

「スマホのデータぐらいはすぐに無かった物にされます」

 データを消去されても復活させる方法はあったはず、

「それをするにはそのスマホを手に入れる必要があります。これは本人の同意がないと出来ません」

 そんなぁ、と思ったけどこれは民事だって言うのよ。民事に対して刑事があるけど、そっちなら警察に強制力が生じるらしいけど。民事は同格の個人同士が争うからそういう強制力はないそうなんだ。

 それだったら、えっと、えっと、目に見える証拠と言えば・・・そうだラブホの写真だ。浮気調査の定番中の定番だ。

「それは必要ですからぜひ欲しいところです。自分で撮られますか」

そんな探偵みたいなことは無理だよ。

「ならばこちらで興信所を手配させて頂きます」

 それからクソ夫の行動パターンとか聞かれた。興信所って調査期間で費用が変わるらしいから、なるべくピンポイントで依頼する方が安くなるんだって。それなら怪しい日とか時間帯はだいたいわかる。よっしゃ、これで勝ったぞ。そしたら弁護士は少し難しそうな顔をしたんだ。

「これは出来るならばですが・・・」

 げっ、そこまでは難しいんじゃない。そりゃ、モロにやってる動画あれば決定的だろうけど、ラブホ写真じゃ足りないの?

「本来と言うか、これまでなら十分ですし、離婚訴訟までになれば認められるはずなのですが・・・」

 そこからの話は奇々怪々というか、そこまでやるのかって話だった。不同意性交罪って出来たじゃない。あれは女がいついかなる時点でもやりたくないって言えば中止に出来る法律で、それを無視してやればレイプになる。

「それぐらいの理解でもよろしいかと」

 女にとってはありがたそうな法律なんだけど、これを悪用すると言うか、逆手に取るのがいるそうなんだ。つまりラブホに入っても性交に不同意だったから行為は存在しないぐらいだそう。

 言われてみれば、その気で入っても気が変わることだってあるはずよね。あくまでもたとえばだよ、部屋に入った途端にロープとかムチとか持ち出されたりしたら、そんなもの逃げるしかないじゃない。

 格好良く言えばラブホ内でも法は当たり前のように適用されるってことだ。そりゃ、そうよね、いくらラブホがやるところと言っても、入れば問答無用でやられまくる治外法権の聖域じゃないはずだ。

 だけどラブホだよ、ラブホ。入って出てきて、性交に不同意になりましたなんて通用するのかよ、そもそもだよ、中でやってるか、やってないかなんてわかんないじゃない。口先一つで無かったことに出来るのだったら、浮気だって、不倫だってやり放題になるじゃないの。

「その通りなのですが、そこに一工夫加えて来ます」

 一工夫ってなんだと聞いたら、なんとだよ、性交不同意契約書みたいなものを出して来るって言うのよ。そういう契約を交わしてラブホに入ってるから、本来というか、建前である休憩をしただけだって主張するんだって。

 あのねぇ、口先よりマシかもしれないけど、そんなもの紙切れ一枚に過ぎないし、さらに言えば後から作ったものかもしれないじゃない。それより何より、やってない証拠なんてどこにあるって言うのよ。

「私に怒らないで下さい。ただこの戦術の巧妙なところは、立証する立場を入れ替えてしまうところにあります」

 はぁ、何を言いたいかわからんぞ。それでも説明を聞いてなんとなくわかって来た。浮気の証拠にラブホ写真は定番だけど、これまでだって、やっていないと主張したのはいたそうなんだ。それに対して、

『じゃあ、やっていない証拠を出せ』

 これで話は終わりだったぐらいで良さそうだ。だけど性交不同意契約書みたいなものを出されると、

『じゃあ、やっていた証拠を出せ』

 こういう展開に持ち込まれてしまう事があるらしい。なんて悪知恵だ。だけど、だけど、そんな屁理屈が通じるなら、やっぱりラブホは浮気と不倫の聖域になっちゃうじゃないの。

「もちろんこれは離婚交渉段階のお話で、離婚訴訟になればまず認められません。少なくとも私の知る限り、裁判例として認められたものはなかったはずです」

 うん、やっぱり正義が勝つに決まってる。離婚訴訟になれば負けるのがわかってるなら、それこそ無駄な悪足掻きだ。

「そうなのですが、それが本当の狙いのケースもあります」

 頭がこんがらがりそうだけど、弁護士だってタダではやってくれないって事か。離婚交渉から離婚調停、さらに離婚訴訟までになれば長期化するし、それにつれて弁護士費用も積み上がって行く。

 弁護士報酬のシステムもややこしそうだけど、たとえ離婚訴訟で勝ち、慰謝料を分捕れたとしても、そこから弁護士費用を差っ引けば、

「慰謝料とか財産分与の金額に依りますが、最悪の場合は持ち出しになります」

 牛歩戦術と言うか兵糧攻めみたいなもので、たとえ勝っても実りがない状態に持ち込んで有利な条件で和解に持ち込むって言うのかよ。そんな事が許されて良いのかよ。責任者出て来い。

「だからこれは言葉による戦争なのです。勝つための手段は選んではいけないのです」

 殺伐とした世界だ。それでもモロ動画があれば有利になるのは理解したけど、あんなものどうやって撮るんだよ。あれって秘め事だし、あんなものを公開でやらかすアホなんて・・・そこで閃いた。

「それならチャンスはありそうです。ただそうなると興信所の費用も高くなりますが宜しいでしょうか」

 そこでサヤカが口を挟んだ。

「撮れるまでやりなさい。撮れなかったら覚悟しておくこと」

 おいおい費用がって思ったけど反論なんか出来ないぐらいのサヤカの気迫だった。ここはサヤカに頼らせてもらおう。

「それと・・・」

 へぇ、あのクソ姑からも搾り取れるところがあるのか。これは離婚交渉にも有利な材料になるのだな。ぶっちゃけ慰謝料を増やせる交渉材料ぐらいの理解で良さそうだ。日記でも良いらしいけど、そんなもの書いてないし、日記なんて小学校の夏休みの宿題が最後だ。

 あんなものよく毎日書けるものだ。日記が無くてもこの作戦で証拠を集めたら余裕で代わりになるのなら、

「マナミ、頼んだわよ」

 言われるまでもない。息の根まで止めてやる。これまでの恨みを思い知れ。気合が入って来た。

ツーリング日和20(第2話)覚醒

 結婚って恋人関係とは違うのもすぐにわかったかな。恋人関係って見ようによっては当人だけの世界だ。同棲までになれば少しは違うけど、基本はそうで良いはず。だけど結婚となると余計なオマケが付いてくるのはすぐに思い知らされた。

 大昔ほどじゃないにしろ、夫婦になれば夫の親族が親戚になる。とくに夫の両親の存在は大きくなる。夫にしたら実の親だから結びつきはそりゃ深いし、大きいもの。この辺はマナミも親との関係がそうだから理解は出来る。

 だけどね、この義理の母親、姑って呼ばれる存在は時に厄介極まるものになるのは聞いたことぐらいはあった。もちろん全員がそうじゃないし、そうでない姑の方がきっと多いはずだ。だけどどっちに当たるかはロシアンルーレットの世界じゃないかな。

 夫にもフラグの兆候だけはあった。一人息子なんだよね。とはいえ、この少子化の時代だから、一昔前みたいに長男を避けていたら選択肢は狭くなるじゃない。ましてやあれだけ捕まえにかかってようやくゲット出来たぐらいだもの。

 結婚までの経緯も喜ばれていないのは丸わかり。これは仕方がないかも。とにかく出来ちゃっただし、絶対に産むって頑張った結果だもの。あれを大歓迎しろは無理があるものね。それでも結婚までしたのだから、そんなものは帳消しになると無邪気に思い込んでたところは確実にあった。

 そりゃ、なんだかんだと言っても姑だって結婚を認めてるもの。マナミだって姑とは上手くやろうと思ってた。別に喧嘩したい相手でもないもの。新居は義実家の近くだった。これはお互いの仕事場の関係もあったからそんなものだぐらいに思ってた。

 だけどね、距離が近いと姑はすぐに突撃してくるのもわかってしまった。つうか連日みたいにすぐになった。それでも仲よくしようとはしたのよ。姑だって最初は喧嘩腰じゃなかったもの。

 ただ妙なこだわりがあった。出来ちゃった婚だから出産までカウントダウンに入ってるようなものだけど、出産と言うか、出産法にとにかくウルサイんだ。まずマナミが産科にかかってるのが気に入らなかった。

「あんなところで産むなんて自然の摂理に反します」

 はぁ、てな主張だったけど、あの時は角を立てたくなかったから、姑御紹介の助産院に変わった。マナミにしたら大丈夫かいなってところだったけど、それで姑の機嫌が良くなるなら、まあエッかぐらいだったのは白状しとく。

 でね、妊娠週数が深まった時に事件が起こったんだ。出血が止まらなくなったんだよ。助産師はあれこれやってたけどお手上げになったみたいで、産科に行かされた。そこであれこれ検査したら産科医の顔色が変わっていたのをよく覚えてる。

「すぐに中央病院に搬送します」

 救急車が呼ばれて市内でも一番クラスのところに緊急入院になった。緊急入院どころか、そのまま緊急手術になったんだよ。たしか前置なんたらと言ってたと思うけど、

「母子ともに危険です。最悪のケースもありえます」

 手術中は麻酔で寝てたから後から聞いた話だけど、手術室はまさに血まみれの修羅場だったそう。マナミの出血がどうしても止まらず、あらゆる手段を総動員したぐらいで良いと思う。お医者さんたちが大奮闘してくれて、母子ともに無事だったのは感謝してる。

 だけどね、緊急手術は乗り越えられたけど、マナミの産後は良くなかった。これもあれこれ説明はあったけど、要約すると術後トラブルのオンパレードだったで良さそうだ。だって再手術まであったもの。

 なんだかんだでマナミの入院は三か月になったんだ。子どもの方はあれだけの修羅場だったけど軽症だったみたいで先に退院してた。それは良かったのだけどマナミが入院している間に姑はクソ姑になり、夫はクソ夫になりやがったのはわかっていった。まずやられたのは、

「お母さんと同居するからね」

 これは相談じゃなく通告、それも事後通告だったんだ。だって既に新居を引き払い、クソ夫と子どもはクソ姑と同居してるんだもの。ちなみに舅は結婚の一年前に死んでるよ。

「お母さんも一人で寂しかったし、マナミの状態じゃ子育てだって出来ないだろ」

 うむむむ。体調は退院こそスケジュールに乗ってるけどガタガタだった。こんな状態で子育てするのはハードなのは理解するけど、だからと言って相談もなしに同居を事後通告はないだろうが。

 モヤモヤがテンコモリだったけど、退院しても行き先がそこしかないから義実家に行ったよ。医者からは退院してもくれぐれも養生してくれって念を押されたけど、義実家はそんなところじゃなかったんだ。いきなりかまされたのが、

「ああなってしまったのは、最初から助産院にかかってなかったからだ」

 違うでしょうが。あの助産師が前置なんたらを見逃したからだ。

「だから帝王切開になってしまった。あんなもので産んだら母親失格」

 どこから産んだって変わりはないし、あの前置なんたらで自然分娩なんてやらかしたら母子ともに死んでたと医者も言ってたじゃないか。それぐらいはクソ姑も一緒に説明を聞いていたはずだけど、そんなもの都合よく忘れる人だってこと。

 そこからは絵に描いたような嫁イビリの暴風雨が吹き荒れた。嫁イビリのメカニズムというか、クソ姑の不抜の信念みたいな論拠だけど、姑は問答無用で嫁より立場が上がある。それも姑が女王様ぐらいで、嫁は下女ぐらいの差だ。だからだと思うけど情けも容赦もあったものじゃなかった。

 そこで反撃としたかったけど、とにかく体調がガタガタなんだよ。こういう時ってメンタルも大事のはずだけど、あれだけ嫁イビリ、嫌味、さらには暴言の嵐の中ではこっちの気力が萎え果ててしまった。

 ああいうのを心が折れるって言うのかもしれない。言われるがまま、やられるがままのサンドバック状態にされてしまったもの。なんか夢遊病状態だったし、いっそ死んでしまいたいぐらいは頭に浮かんだけど、自殺するにも気力がいるのだけはわかったかも。

 あの頃のマナミは死にたいぐらいは思ったけど、死ぬ気力さえ奪われていた感じだったものね。そんな状態だから仕事も辞めざるを得なかったけど、辞めたら辞めたで、

「穀潰しに食わせてやってるんだから死ぬほど感謝しなさい」

 これぐらいは朝の挨拶ぐらいで言われまくられてた。そんな状態で五年も過ごしたのは今でも信じられないぐらいだよ。それでも五年もすれば体力は戻って来てた。そんな時にマナミを目覚めさせる事件が起こった。

 クソ夫のスマホはロックがかかっているのだけど、トイレに行く時に開いたままで行きやがった。みるとゲーム途中だったみたいだ。そこで前から気になっていたものを確認してやった。

 あははは、出るわ、出るわだ。生々しいやり取りはもちろんだけど、モロの画像どころか動画まで撮っていやがった。だよな、浮気をやっていないはずがあるものか。だって結婚してからパーフェクトレスだぞ。

 この時に心の底から怒りが湧いてくるのがわかった。怒りってすんごいパワーだってよくわかったもの。そこでやっとこさ、

「離婚してやる!」

 こっちに頭が回ってくれた。だけどね、そっちになかなか頭が回らなかった理由もあったんだ。離婚を考えた時の常套手段で実家に帰るってあるじゃない。なんだかんだと言っても一番信用できて、頼もしい援軍じゃない。その実家なんだけど既に消滅してたんだ。

 あれは結婚三年目だったけど、旅行に出かけた両親が高速道路のトンネルで事故に巻き込まれてそろって天国に行っちゃったんだ。ニュースにもなったけど、トンネル内で火災が発生して死者多数ってやつ。

 両親がいなければ親戚を頼る手もあるけど、マナミも一人娘だし、叔父さんや叔母さんだって遠方も良いところ。そのうえ理由は良く知らないけど両親と仲がすこぶる付で悪かった。祖父母も同上だ。

 だけどさ、さすがに一人で戦って離婚するのは大変過ぎる。そこで思いついたのはサヤカだった。サヤカは家が近所だったし、保育園から小学校まで同じの幼馴染だ。もっとも中学からは別だったからその点に自信が無かったけど、とにかく連絡してみた。

 連絡先が昔のままで変わってなくて助かった。変わっていたらどうやって探し出すかで途方に暮れそうだったもの。サヤカと電話がやっとこさ繋がってくれて、あれこれ事情を話しかけたのだけど、

「とにかく会って話を聞く」

 ファミレスで待ち合わせして話したのだけど、

「離婚しかない。それもタダの離婚で済ませるものか。目にもの見せてやる」

 烈火の如きってあんな感じかもしれない。あんなに怒っているサヤカを初めて見たかもしれない。サヤカはそこからすぐさま弁護士に連絡を取ってくれた。よくそんな知り合いがいるものだ。そうそう、弁護士となると費用が気になったのだけど、

「尻の毛まで毟り取ってやるから心配無用」

 おお怖い。

ツーリング日和20(第1話)マナミの夢

 マナミだって夢を持っていた。子ども時代だけどね。アイドルになるとか、スポーツ選手になるとか、デザイナーになるなんてあったんだよ。でもさぁ、小学校ぐらいでもそういう夢は段々と萎んで行ってしまったかな。

 だってさ、歌は上手くないし、運動は人並みも良いところ、絵を描かせても下手っぴなのは嫌でもわからされてしまう。上手いやつはホントに上手いもの。そこでさ、一念発起とか、石の上にも三年みたいなスーパー努力するのもあったかもしれないけど、あははは、トットとあきらめた。

 中学になる頃には、漠然と一流会社に入って、バリバリのキャリアウーマンになるんだぐらいに変わっていた。これももっと単純にはいつの日か社長になって大金持ちになってやるぐらいかな。

 そうなると勉強をバリバリやらないといけないのだけど、勉強も好きじゃなかったんだ。だって面白くないじゃない。テレビも見たいし、マンガだって読みたいし、ゲームだってやりたいのに、それを全部我慢して勉強にひたすら打ち込むってマゾじゃないかと思ったもの。

 そうこうしているうちに人生の最初のフルイ分けがやってきた。それが来るのはさすがに中学生だから意識はあった。あったけど、それが何を意味するかはわかっていなかった気がする。何があったかってか、そんなもの高校受験に決まってる。

 あれってね、どれだけ中学生までに勉強したかのフルイ分けで良いと思うんだ。これは全国どこでも似たようなものだと思うけど、成績順に進学できる高校が綺麗に分けられてしまう。マナミが住んでいたところは中途半端な田舎だったから、私立に行くのは信じられないぐらいの秀才か、救いようのない連中の受け皿って感じだったんだ。

 いわゆる一番手校は旧制中学からの伝統校。全国的には無名だけど、この辺だったらそこの卒業生って言うだけで一目置かれるぐらいの高校だ。この辺は地域差が大きいはずだけど、うちの地元ではどこの大学を出たかより、どこの高校を出たかの方が重く見られるところがあるのよね。

 二番手校は旧制高等女学校からの伝統校らしい。らしいと言うのは一番手校よりガクッと落ちるのよね。どれぐらいの差かだけど、話に聞いただけだけど一番手校はとにかく国公立を目指すらしい。私立なんて、

『行きたければご自由に』

 そんな扱いだとか。でもって二番手校はそこのトップクラスがなんとか関関同立に入れるかどうかって話だった。これも現役では難しく浪人してやっととか、現実には産近甲龍狙えるかどうかとかなんとか。

 マナミだって一番手校はサッサとあきらめたけど、せめて二番手校ぐらいはと思ってたのよ。それでもハードルは高すぎた。そんなレベルじゃなくて辛うじて三番手校に入れたぐらい。

 三番手校はニュータウンが作られて人口急増期があった時に作られた新設校。新しいだけあって校舎は綺麗だったし、設備も悪くなかったと思う。学食もちゃんとあったものね。だけどそこから大学進学を目指すと当たり前だけで二番手校のさらに下になる。

 というかさ、あの頃なら七割以上は高卒就職組だったもの。残りの三割の進学組だって半分ぐらいは専門学校組で、さらに残りの半分の半分は短大組って感じ。正確な数は知らないけどだいたいそんな感じだった。

 わかるかな。高校進学の時点で進学できる大学どころか、大学に進学できるかどうかも決まってしまうのよ。マナミの高校からだって四大に進学するのはいたけど、言うまでもないけど二番手校以下。というか進路実績見ても、

『そんな大学があったっけ?』

 そんなところばっかり。もちろんそこからだって逆転はあり得るよ。いわゆるドラゴン桜の世界だ。そんな世界があの高校に起こるはずもなかったな。ドラゴン桜的な世界は夢ではあるけど、あれはあれで設定に相当な無理があると思ってる。

 勉強ってやっぱり地道な積み重ねであることぐらいはマナミで良くわかった。そりゃ、人の半分とか、下手すりゃ一割ぐらいの勉強で出来ちゃうのもいるかもしれないけど、そういう連中だってちゃんと中学でも成績を残してるってこと。

 マナミの入ったような三番手校に来る連中に共通しているのは、勉強が嫌いというより、遊ぶのを我慢して地道に努力するのが嫌いで良いと思う。だからドラゴン桜なんて起こればビックラ仰天になる理屈だ。

 勉強が出来ると頭が良いのは同じ意味でないって言う人はいる。それだってわかるところはあるけど、勉強に限らず努力できない人は世の中では評価されないぐらいかな。だから高校進学の結果もそれを表しているぐらいの気がする。

 こんな事は社会人になってから思ったことだけど、高校の時はひたすら現実を受け入れてたかな。まず一流会社に入ってバリバリのキャリアウーマンになるのは無理だろうって。だってさ、高校進学の時点で一流大学に入るのは不可能になってるじゃない。

 それ以前にコツコツとか地道に頑張るのは向いてないとあきらめてた。それが出来てたらこんな高校に入ってるはずないじゃない。それより何より、もうやり直しは出来ないし、する気もなかった。

 そうなると人生設計が変わってくる。一発逆転があるとしたら結婚だって。いわゆる玉の輿に乗るだよ。そしたらセレブの仲間入りが出来るだろうし、社長夫人だって夢じゃないもの。これだってその手の小説や、マンガや、ドラマはいくらでも転がってる。

 そういう目で見ればやはり大学に行きたくなった。だって玉の輿に乗るには、玉の輿を用意できる男を見つけ、捕まえないと出来ないじゃない。こんな高校にいるわけないし、高卒で地元に就職したって見つかるはずがないものね。

 そんな男を見つけ、捕まえ、玉の輿に乗るには都会に出ないと始まらない。都会の大学生なってこそ出会いがあるはずなんだ。だから大学進学を頼み込んだんだ。どれだけ親が理解してたかはわからないけど大学進学は認めてくれた。

 大学受験は大変だった。もっともドラゴン桜は起こっていない。マナミがなんとか潜り込めたのは三明大だ。あんな高校から入れるぐらいだから、そういう大学だ。取り柄は神戸市街にあることかな。


 無事大学デビューを果たしたものの、ここでも学歴の壁は厳然としてあった。だってだよ、合コンしたって集まってくるのは、同類クラスの学生ばっかり。それでもコネとツテを駆使して有名大学生が集まる合コンにも顔を出したけど自己紹介の時点でアウトみたいなものだった。

 こんな調子じゃ玉の輿に乗るのも夢のまた夢じゃない。そこでまた方針転換をした。玉の輿でなくても結婚しようって。愛する男と結婚して家庭を持ち、子どもを産み、育て、最後に孫を可愛がりながら人生を終わろうだ。

 最初の夢は小さく小さくなったけど、これだって女の夢だし、女の幸せだろうが。こんな夢を聞いたら噛みついてくるフェミ連中はいるけど、どんな夢を持とうがマナミの自由だ。もっともトドの詰まりが男を捕まえるになったのは御愛嬌だ。

 だけど学生の間は捕まえられなかった。この時点で学生結婚の夢は潰えたことになる。もっとも無理して学生結婚なんてする気はさすがになかったけどね。だから就活に励んだ。ここだって、これまでの積み重ねがモロに出た。

 名の通った一流会社なんてたぶん書類審査で秒殺の門前払い状態だったで良いと思う。でもってなんとか入り込めたのが神戸の小さな会社の事務職だったものね。そんな会社だったから男を捕まえるのがまた難しくなったのもすぐに悟ったぐらい。このままじゃ、行かず後家のお局様になるしかないって覚悟したもの。

 そしたらついに出会いがあった。あれも合コンだったけど、男と連絡先の交換に漕ぎつけ、デートして、ついに交際の申し入れを受けたんだ。これは絶対に手放してはならないと思ったもの。

 相手の男だけど、マナミとドッコイドッコイぐらいの会社員。同い年だ。容姿は・・・あれなら許容範囲内だし、どこをどう見ても男だ。とにかく、ここまで男がどれだけ捕まえにくいかは身に染みて知っていたから次は無いと思い込んでたよ。

 交際はやがて深い関係になり、なんとか同棲まで持ち込むのに成功した。同棲まで来れば次は結婚のはずだけど、ここからがなかなか進んでくれなかった。この辺は経済状態もあったのは間違いない。どっちも安月給だったからね。

 それと男と交際して初めてわかったようなものだけど、交際期間が長くなるのも良し悪しだって。この辺は一人しか知らないから言い切れないけど、長くなれば愛情は深まるとは言い切れないと感じたんだ。はっきり言うと男がマナミに飽きている感触もあったぐらいだった。

 これも一人しか知らないから最後のところはわからないのだけど、恋人関係から結婚に進むには途轍もないエネルギーが必要そうだった。それって交際中に高まった愛情の熱度になりそうだけど、すぐに臨界点に達するカップルとそうでないカップルぐらいはありそうだと思った。

 とは言うものの、もう交際は五年目に突入している。出会ったのが二十四歳の時だからいわゆるアラサーにもなってしまってるじゃない。今さら次を見つけて乗り換えるのは大変過ぎるし、出来る自信もない。


 困ってたら事件が起こったんだ。なんとなんと出来ちゃったんだよ。一応避妊はしてたけど、まあ、出来たって不思議ないかも。その辺は相手の男も心当たりがないとは言えないところで、少なくとも浮気みたいな話にはならなかった。

 そうなるとどうするかだ。どうするかだって、このまま出来ちゃった婚にするか、堕ろすかの二択しかないんだけどね。マナミは頭から産む一択だった。堕ろすのは嫌だったし、出来ちゃった婚だってウェルカムだ。つうかそれをひたすら目指した。

 話合いはひたすら長引いた。当事者の二人だけでなくお互いの両親も巻き込んでの話合いになっていった。でね、そうこうしているうちについについにタイムアウトになってしまったんだ。

 これも妊娠してから知ったようなものだけど、一口に堕ろすと言ってもいつでも出来る訳じゃない。とりあえず母体である女への負担が変わってくる。妊娠十二週、いわゆる三か月までなら、子宮に引っ付いている胎児を吸い出すだけで済むらしい。

 だけどね、この時期に堕ろすのは即座の決断が必要で良さそうだ。妊娠してるかどうかは薬局で売ってる検査で出来るけど、あれで妊娠がわかるのは五週目ぐらいになるそう。これだって常に妊娠を意識していれば五週でわかるかもしれないけど、マナミの場合はもっと遅かった。

 それと検査で妊娠がわかっても即座に堕ろすにはならない。普通は産科を受診して確認するじゃない。これでも仕事があるからすぐに受診できるわけじゃなし、まだ独身の妊娠だから産科を受診するのもハードルがあったか感じかな。

 それでも自分の腹を見てるとヤバイと思って決心して受診したら十二週なんかとっくに過ぎてた。妊娠十二週を越えると胎児ががっちり引っ付きだすから、吸い出せなくなり掻把と言って掻き出すのも必要って説明だった。違いは良くわからなかったけど、それだけ体への負担が大きいぐらいだろう。

 この辺は体への負担だけでなく、女の心理も変わると思う。妊娠が進めば進むほど、いわゆる母性が強くなると思う。我が子って意識として良いよ。マナミはそうなってたもの。我が子を殺したくないって気持ちが強くなってたんだ。

 でもって堕ろせる限界が二十一週だ。堕ろすか堕ろさないかの最終決定権は女にある。当たり前か。どんなに相手の男が望もうとも女が同意しない限り堕ろせないんだよ。二十二週に入った瞬間に男はあきらめたで良いと思う。

 粘り勝ちだ。バタバタあったけど出来ちゃった婚に雪崩れこめた。ささやかだったけど、腹ボテ結婚式も挙げた。後は子どもを産んで、育ててのコースに入るだけだと思ってた。だいぶ小さくなって、変形もしたけどマナミの夢が花開くはずだったんだ。

次回作の紹介

 紹介文としては、

 あれこれ将来に夢見ていたマナミが最後につかんだ夢は平凡な結婚。やっとつかんだと思ったのですが結果は最悪。修羅場の離婚騒動の末にバツイチ。独身に戻ったマナミはツーリング小説に影響されバイク女子を目指します。


 苦心惨憺して小型免許を取り、出かけたツーリング先に出会ったイケメンに心が動きます。ただなんとその相手はマナミをバイク女子にした作者だったのです。


 不思議に好意を持たれツーリングを重ねます。ただマナミにはバツイチ以外にもコンプレックスがテンコモリありました。そんなマナミを後押しする友人のサヤカ。二人の恋の行方はどうなるのか。

 ツーリングのサイドストーリーに恋愛要素があるというより、恋愛小説のサイドストーリーとしてツーリングがあるになっているのは御愛嬌です。

 類型としては容姿にコンプレックスを抱えるヒロインが、自分と釣り合いが取れなさそうな相手に恋するお話です。ありきたりと言うか、恋愛小説に新たな類型を生み出すほどの才能にはまったく恵まれていませんから、そこは安定のテレフォンパンチとあきらめて下さい。

 ツーリング部分はかなりリアルに基づいています。リアルに基づいたがために行動半径が狭くなっていますが、モンキーで動ける範囲の限界です。そうそう、目新しいところに行けるものではないのはご容赦ください。

夢の秘湯の旅

 ツーリング日和シリーズは、一応ツーリング小説のつもりです。で、初期設定として購入予定だったモンキーでツーリングをさせています。納車が20ヵ月もかかったのが予定外でしたが、モンキーですから基本は御近所ツーリングにしようと考えていました。

 出発地も神戸にしていますから、県内ツーリングをさせる予定で、県内なら一泊二日でほぼどこでも行けるはずだぐらいの目論見でした。

 小説ですからお泊りツーリングもさせる気が最初からありましたが、ここで最大の誤算が生じます。お泊りさせるなら秘湯の旅にしようです。あくまでもイメージですが、山の中を走って行ってたどり着く秘湯にツーリングさせてやろうです。

 兵庫県ですが温泉の数は決して少なくないはずです。有名どころなら有馬、城崎、湯村ぐらいは全国的にもメジャーな方のはずです。数だけなら結構な数はあります。ですが秘湯となると・・・困り果ててしまったのです。秘湯の定義はあるようで、ないようなものですが、個人的には、

  1. 開湯伝説があるぐらい由緒がある
  2. 一軒宿とまでいかなくて鄙びている
  3. 行くのが少々ディープである
 行くのがディープと言っても、歩いて一日がかりみたいなところはツーリング小説では使えません。使えないと言うかジャンルが違います。せいぜい道が狭いとか、険しい程度で、あくまでもバイクで行ける前提です。

 そうですね、クルマで行くのは少々大変ぐらいです。クルマよりバイクの方が基本的にそういう道に強いはずですから、そういうところぐらい・・・と思ったら本当に無いのです。

 そりゃ、秘湯って言うぐらいですから、そう簡単に見つからないと言われそうですが、情報社会の物凄さは県内どころか、日本中の温泉の情報を網羅していますし、ユーチューバーブームで、こんなところまでってぐらい体験動画が溢れています。

 それでも県内には殆どどころか、まったくに近いほど見つからず、シリーズの早いうちから県外への長距離ツーリングを目指さざるを得なくなっています。県外への長距離ツーリングはシリーズが長期化すれば必至ではあったのですが、もうちょっと県内ツーリングを重ねてからが本来の目論見でした。

 やっとこさモンキーが手に入ってリアルツーリングになっても基本的に変わりません。私が見つけた範囲で言えば、

  • 播磨・・・武田尾
  • 丹波・・・籠坊
  • 但馬・・・浜坂
 これぐらいでしょうか。ですがどれも秘湯とするには少々無理があります。他にはないかと冬の間にあれこれ探していたのですが、丹波に国領温泉を見つけました。

 国領温泉も由緒がありそうな温泉で、戦前には湯治場として栄え10軒以上も温泉宿があったとか。その最後の生き残りが一軒宿として健在のようです。秘湯の条件はそこまでは満たしているのですがロケーションが・・・

 日帰りで見に行ける範囲なので春のツーリング予定に入れています。今どきはかなりの情報を集められますが、やはり現地に行かないと最後のところはわからないものです。小説ネタに繋がってくれるのを期待しています。