宇宙をかけた恋:大団円

 ディスカルは科技研に就職となりました。科技研でもっとも力を入れていて、活気のある部門はエラン技術部門。ここは三十五年前の第二次宇宙船騒動の時に手に入れたエラン宇宙船の委託研究と、第三次宇宙船騒動の時にコトリ副社長が騙し取った、もとい習得したエラン技術の地球への応用を研究する部門です。

 ディスカルはエラン人とは言え軍人ですから研究者でないのですが、ディスカルには誰も真似できない特技があります。そうなんです、現代エラン語が読み書きできるのです。その代りに日本語が怪しいところがありますが、あれだけ読み書きでき、さらに各種装置の操作法も知っているので実力で重い地位を占めています。

 この辺は奇異がられるところもあるのですが、そこはそれ、あれこれ工作を重ねたのと、科技研も能力至上主義の面が高いので、そういう余人に代えがたい特殊技能者は歓迎されています。


 ディスカルとは正式に入籍しました。ですから今は霜鳥ディスカルです。ただし結婚式も披露宴もごく内輪のものにしています。参列してもらったのはユッキー社長、コトリ副社長、シノブ専務の他に、シオリさん御夫妻、それに準メンバーともいえるマドカさん御夫妻です。

 参列者は少なかったですが、撮影はなんとあの渋茶のアカネ先生です。それは、それは綺麗に撮って頂きました。動画の方はオフィス加納の動画担当部門長であるサキさんです。まるでプロモーション・ビデオのような見事な仕上がりになりました。


 ハネ・ムーンに関してはディスカルから希望がありました。ミサキは地球での見聞を広めるために、定番のコースでも良いと思っていたのですが、

    「エランの神話では、人工物じゃない自然の風景がかつてあったそうなんだ。そこには美しい海と天然の森があり、人々はそこに争って出かけたらしい」

 もう少し聞くと千年戦争よりずっと前の最終戦争の前と言いますから、二~三万年ぐらい前のお話のようです。この最終戦争は、モロ核兵器の打ち合いだったそうで、この時にエランの殆どの地域は放射能に汚染され、生き残った人々は汚染されていない地域、汚染が比較的軽い地域に限定されて住むようになったとされます。

    「最終戦争と名付けたぐらいだから、もう戦争は起らないはずだったのでしょうね」
    「そうだったはずだけど、人類はアホだ」

 ちなみにディスカルが地球に亡命することになった戦争は、

    「名づける者はいても、語り継ぐ者がいない滅びの戦争だよ」

 エランの事はともかく、ディスカルの希望に沿う場所を相談したら、シオリさんが、

    「それならツバルはどう」

 そしたらアカネさんが、

    「そりゃ、天国に一番近い島だと思うけど、それこそなんにもないよ」

 さらにアカネさんが、

    「でそのツバスだけど」
    「それはハマチのちいさなやつ。ツバルだ」
    「そうそのツバルの首都のスナフキンは・・・」
    「アカネ、スナフキンじゃなくフナフィティだ。イイ加減覚えろ」
    「それそれ。五千人しかいないけどまだ街だったよ。出来そこないのペンションみたいな宿もあったけど」
    「あれは出来そこないのペンションではない。あれでもツバルの三ツ星ホテルだと言ったろ」
    「最後にツバサ先生と行ったヌメヌメ環礁なんて」
    「ヌメヌメではないナヌメア環礁だ」
    「なんにもなくて、キャンプ道具から食糧まで持ちこんでのサブイボ・キャンプだったし」
    「それをいうならサバイバル・キャンプだ。そこまでひどくなかったぞ」
 アカネさんのぶっ飛びは相変わらずですが、ディスカルが異常に興味を示したので行ってきました。ハネ・ムーンにはどうかと思ったけど、ディスカルが望んでるし、こんな機会でもないと訪れることはないだろうし。

 ユッキー社長がプライベート・ジェットを使わせてくれましたが、まさに天国に一番近い島。島めぐりをやったり、キャンプもしましたが、ミサキも大満足しました。でも半端な覚悟で行けるところではないのは良くわかりました。

 新婚旅行から帰ると新居。ここも懐かしい場所で、マルコと住んでいた借り上げ社宅のところ新築しました。えへへへ、ちょっとこだわってるかも。でも今度はちゃんと買ってます。


 それでね、それでね、ついについにです。病院で確認してもらったら、

    『オメデタです』

 ディスカルなんて飛び上るぐらい喜んでました。これも聞いたら、エランでは結婚して子どもが二年出来なかったら自動的に離婚が成立してたそうなんです。それぐらい女性も、女性が妊娠することも貴重だったぐらいです。ディスカルは、

    「これで正式の夫になれた」

 地球じゃ、とっくの昔に正式なんですが、黙っておきました。もう一つディスカルが喜んでいたのは、

    「ミサキには心から感謝している。異星人を愛してくれた上に子どもまで。そう、この子は新しいエラン人の初代だよ」
    「違うわ、エランと地球の友愛の印の初代よ」
 普段のディスカルはちょっと日本語が変な白人ってところです。変と言ってもマルコより百倍マシです。まあ、マルコの件で懲りましたから、家でも出来るだけ日本語使っています。


 そんなディスカルが年に一度だけ、エラン人に戻る時があります。それは乗組員の墓参りに行くときです。特別に誂えたエランの軍装を着込みます。その時にディスカルはエラン暦でその日を決めます。

    「どの乗組員の命日なの」
    「この日は偉大なるジュシュル総統と、我が友アダブが命を懸けて我々を送り出した日。最後のエラン人として参る」

 帰り道で、

    「地球に来たことを後悔してる?」
    「あの時に死ぬべきだったと思ってる」

 やっぱりどうしてもね、

    「でも使命を授かり生き残ってしまった」

 ここにいるのはアダブで、ミサキじゃなくコトリ副社長だったかもしれない。

    「生き残ったからには、総統やアダブの夢を叶えたい」
    「どんな夢」

 これは地球からエランに戻る航海の途中であった会話だそうですが、

    『・・・なんだ、お前たちもか』
    『総統がまさか、あの小山代表とは驚きました』
    『これは三人の秘密にしよう。でもな、これで人類滅亡兵器を克服できたなら、私はエランを去る』
    『総統』
    『権力なんかより大切なものを見つけた。その時は一緒に来るか』
    『もちろんです。喜んでお供します』

 ここでディスカルは涙をハラハラ流しながら、

    「三人一緒に、
    『宇宙をかける恋』
    これを叶えたかった。私は二人の夢を背負ってる。今の私の使命はミサキを幸せにすること。これが二人に対する御恩返しと思っている」
 ミサキもユッキー社長とコトリ副社長の夢を背負ってます。二人で六人分の幸せを必ず実現させてみせます。これもまた女神の仕事。

宇宙をかけた恋:三座の女神の秘密

 わぉ、久しぶりのナレーター役。いつ以来か思い出すのも大変なぐらい。先代は結崎忍、今は夢前遥のシノブだよ。ミサキちゃんが女神の秘書役って設定になっちゃって、シノブはいつもお留守番。

 それだけ信頼されてる部分もあるのだけど、とにかく出番が少なくて。今回の宿主代わりだって、なんかミサキちゃんのオマケみたいでモヤモヤしてたぐらい。それはさておき、話題はディスカルと結ばれたミサキちゃんこと三座の女神の話題に。ユッキー社長は、

    「ミサキちゃんはわたしとコトリの最高傑作と思ってる」
    「じゃあ、シノブはどうなんですか」
    「シノブちゃんは時代の要請で妥協しちゃったから」

 これも良く聞くと失敗って意味じゃなく、武神的な要素を盛り込まざるを得なかったぐらい。

    「シノブちゃんは教育担当が基本設計なのだけど、あの頃のエレギオンの必要性から第三の司令官が必要だったのよ」
    「第三とは?」
    「わたしとコトリが二人でトップだったけど、二人ともエレギオンを留守にしなきゃならない相手が出た時に三人目が必要でしょ」

 だから留守番が多いのか。

    「それにわたしだって、コトリだって不死身じゃないから、二人とも倒れるって可能性もあるわけじゃない。その時に三人目が必要なんだけど、ミサキちゃんじゃ平和すぎて、無理があるのよね」
    「そうなんよ。シノブちゃんは最後の切り札というか、もし首座と次座の両女神がいなくなった時にエレギオンを指導する役割と目的もあったんや」

 なるほど。ホントはミサキちゃんのような無防備平和都市宣言みたいな女神にしたかったんだけど、渋々最後のリザーブ的な要素を盛り込んだのが四座の女神のシノブってことね。

    「でもね、ミサキちゃんにも失敗しているところは幾つかあってね」
    「そうなんよ、どこをどう間違えたか頑固なんよ」
    「たぶんだけど真っ直ぐな信念を強くしようとして、やり過ぎたぐらいと思ってるけど」
    「あれはユッキーが、あそこを・・・」
    「よく言うよ、コトリが・・・」

 ミサキちゃんの基本キャラは真面目な常識家。そうしたのは首座と次座の二人がぶっ飛びキャラだからの自覚からで良さそう。二人の関係だけで言うと、

    首座の女神・・・秀才型の優等生
    次座の女神・・・天才型の遊び人

 これぐらいでまとめられるけど、ユッキー社長も相当どころでない破格キャラ。だからブレーキ的な役割を期待したぐらいかな。だから女神懲罰官は適任だし、二人の暴走を適当に制御するのに必要ぐらい。エレギオンHDでも縁の下の力持ちぐらいの役割だものね。

    「ミサキちゃんが激しいってホントですか」
    「疑うなら三十階に今から行ってごらん。エレベーターを出ただけでわかるよ」
    「さすがにビル中には轟かへんけど」

 そこまで・・・シノブだってそれなりのつもりだけど、ちょっと大げさな気が。そしたら二人は悪戯っぽく笑って、

    「あれを一緒にするのは無理があるって言ったやんか」
    「でもさ、最高の癒しになるじゃない」

 三座の女神が癒しの女神と呼ばれるのは、その特性として傷ついた心を癒すパワーを送りこめるのよね。ここで癒しのパワーは、通常なら静かに手を握り送り込むんだけど、

    「まさかですが、アレの時にも」
    「そうよ。あれ以上相手にパワーを送るのに相応しい体勢はないじゃないの」
    「そうやねん、感じれば感じるほど癒しのパワーは強くなって、エクスタシーの時にドット送り込まれる感じかな。この送り込む時に感度はさらに上がって、さらに大きな癒しのパワーが出来て・・・」

 ちょっと待って、そんなサイクルになれば、

    「癒しのパワーを送りこむだけで感度があがり、感度が上がるとさらに大きな癒しのパワーを送りこみ、それで感じたらさらにって・・・無限ループになるんじゃ」
    「そうなる」

 『そうなる』って、サラっと言いますけど、癒しのパワーの元は女神のエネルギーですから、それだけ大きな癒しのパワーを送ったらミサキちゃんはたちまちガス欠に、

    「そこんとこ心配しとってんけど、癒しの女神がアレやる時にはオルタネーターの効率が物凄い上がってフル回転するから問題ないみたいやねん。やればやるほどパワーがみなぎる感じかな」

 うわぁ、なんちゅう行き当たりバッタリな。まあ、そうなりゃ、灰になるまで燃え尽きるしかなくなるじゃない。なにか想像もつかない世界だけど。

    「そんな機能が必要だったのですか」
    「う~ん、ちょっとしたオプションのつもりだったのよ。物堅い常識家だけじゃ、男が寄り付かないと困ると思って」

 なにか無理やりなオプションよね。というか自分の男にしか使えないじゃない。

    「そういうけど癒しの女神が燃えまくる時に送られるパワーは凄いのよ。だからミサキちゃんの相手の男は、深い満足感と穏やかな心の状態になるのよ」

 そりゃ、そんだけの癒しのパワーがテンコモリ送り込まれれば、深い満足感と穏やかな心になるのはわかるけど、

    「どこまでパワーは増大するのですか?」
    「そりゃ、感じれば感じるほど」
    「たとえば失神するぐらい?」

 そしたら二人は顔を見合わせて、

    「シノブちゃん、癒しのパワーって良いパワーと思わない」
    「そうと思いますけど」
    「送られた方もイイ気持ちになるのよ」

 手からでもあれは良かった。

    「大きければ大きいほどイイじゃない」

 それはそうだけど、

    「ユッキーがドンドン大きくしようって言うから」
    「コトリだって賛成したじゃない」
    「まあ、そうやけど・・・もう一つのオプションはやり過ぎやったと反省してる」

 えっ、えっ、えっ、もう一つのオプションって、

    「シノブちゃんもわかると思うけど、最高に感じると意識さえ飛ぶぐらいになっちゃうじゃない」
    「ええ、まあ、そうですが」
    「でもさぁ、飛んだらそれ以上、感じられないじゃない」

 エライ話だけど、意識が飛ぶぐらいって極限でしょ。

    「あの頃のコトリは千年のブランクを経て、ようやく再開ぐらいだったし・・・」
    「ユッキーだって、やっと飛び始めた頃やったし・・・」
    「どこまでだろうって興味があったんよね」
    「絶対にイイと思ったのよ」

 なにをやらかしたの。

    「それに癒しのパワーの増大もそこがリミットになってまうやんか・・・」
    「あの加減って、あんなに難しいって思わなかったのよ。もう懲りたけど」

 懲りたって四千年前に何をした。えっ、えっ、えっ、

    「ま、まさか、飛ぶリミッターを・・・」
 コトリ副社長が高みって表現をよく使うけど、あれって風船を割れない様に、割れないように膨らませてる感じに近いかもしれない。当たり前だけど、より大きな風船が割れるほど強烈。ただしある一定以上はどの段階で割れても意識ごと持ってかれる。あれが人の耐えられる限界でイイと思う。

 失神するのは同じでも、その瞬間の強烈さを競うのがいかに女神でも感じられるリミットになるのよね。これがいわゆる飛ぶ高さのレベル。もちろん失神してからまた風船を膨らますのもありだけど、やはり限界がある。

 あれ以上膨らませて、もっと強烈な刺激を得る方法なんて考えもしないというか、あれ以上は体が耐えられないと思う。シノブが一番強烈に感じた時なんか、これで絶対死ぬと思ったもの。

    「イイ喩えだと思うわ。それはわたしも似た感じだもの。あれを越えるためには、意識を飛ばさずに味わったらどうかって思ったのよ。そうやって耐え切ったら、そこを越えて次に行けるはずだって」
    「そやから、ほんの少しだけリミッターを上げただけのつもりやってんけど・・・」

 なんだって! あの強烈なのを全部味わせて耐えさせるって・・・こいつら鬼畜か。そういえば嫌な話を思い出した。だいぶ前にミサキちゃんに、

    『やっぱりミサキはシノブ専務には遠く及びません。意識が飛ぶなんてないですもの』

 あの時は意識が飛ぶほどにはミサキちゃんがまだ感じたことがないと思ったから一生懸命慰めたけど、よくよく考えると四千年の蓄積があるミサキちゃんが、そんなはずないじゃない。そうなると、

    「どうなってるのですか」
    「まだ飛んだことないのなら青天井になっちゃってる気がする」

 ぎょぇぇぇ、青天井ってどんなレベル。それも五千年の経験者が言う青天井だよ。

    「目的はとりあえず達成してるのよ。ミサキちゃんがイクときの癒しのパワーは首座や次座の女神でさえ遠く及ばないものになってるはず」

 軽く言うけど、その代りどれだけ感じてるかを考えただけでも背筋がゾッとする。

    「だってあの上でしょ。あの上になると人では決して届くことのないまさに神の領域。ミサキちゃんは四千年前にそこに達し、粛々と昇り続けていることになるわ。今ごろはわたしたちでは想像すら出来ないところにいることになる」

 重々しく言うけど、そうしたのはアンタらでしょうが。

    「それでも元気にやってるから、なんとかなってると思てるよ」
    「そう、結果オーライ」

 結果オーライで片付けたら可哀想よ。たぶんだけど、シノブがダイナマイトとしたら、えっと、えっと、えっと、核兵器級の大爆発になってるとしか思えない。それもだよ、失神しないんだよ。全部受け止めて感じてるんだよ。

    「それでよく色情狂になりませんね」
    「そうね。基本設計が良かったと思ってる。とにかく真面目で、お堅い常識家だから、アレの時にちょっと感じ過ぎるのはオプションの隠し味になってくれた」
    「もっとも鷹の爪一つのつもりだったのが、ハバネロ漬けになったのが予定外やったけど」

 よく言うわ。死んでもおかしくないぐらいの隠し味じゃない。改めてミサキちゃんを尊敬し直した。クールでお淑やかで、猥談になるとすぐに真っ赤になるお堅いミサキちゃんに、そんな秘密があったなんて。なんちゅう強靱な精神力。そうそう、

    「どうしてあれだけ挑発したのですか」

 そしたらまたも顔を見合わせて。

    「からかったら楽しいじゃない」

 まあ、そうなんだけど。

    「ミサキちゃんはね、あれだけ感じる事が出来るし、燃えるのも大好きなんだけど物堅いのよね。お手軽には絶対しないのよ」

 それはシノブも同じ。お手軽過ぎるのはこの二人。

    「普段なら別にイイんだけど、ディスカルには癒しの女神の救いの手が早急に必要だったの。下手すりゃ自決しそうな感じもしたからね」

 たしかに、

    「だからミサキちゃんを焚きつけたのよ。ウカウカしてたら盗られちゃうって危機感を持ってもらったの」
    「そうやねん。だからあれも女神の仕事の一つ。今ごろディスカルはメガトン級の癒しのパワーを何十発も叩き込まれてるよ。それが出来るのはミサキちゃんだけだし」
 癒しのパワーは手を介して穏やかに流れ込むだけで気持ちが良くなるけど、イク時のメガトン級の物が一挙に流れ込んだら・・・叩きこまれるディスカルはウルトラ極楽浄土だろうけど、叩き込んでるミサキちゃんは狂乱なんて生易しいものじゃ済まないよ。

 叩きこむたびにメガトン級だよ。シノブが知ってる最大級の何百倍、何千倍みたいなのが炸裂するんだよ。いやもっとかもしれない。死んだっておかしくないし、そんなものを失神ぜずに受け止めきったら発狂しないのが不思議なぐらい。

 その状態が燃え尽きるまで延々と何十発も続くんだよ。それに、これって、やればやるほど果てしなく感度が上がるんだよ。ミサキちゃんの耐久力って、女神レベルでも桁がいくつ違うことか。


 このもう一つのオプションだけど余程懲りたみたいで、シノブにも付けられなかっただけじゃなく、張本人の二人もリミッターはいじくってないのよね。

    「ユッキー、遊び心もホドホドにせんとアカンてわかったもんな」
    「イイ勉強になったもの。ミサキちゃんがタフで助かったわ」

 タフで済ますな! 生きてる方が不思議なぐらいだぞ。

    「シノブちゃんも経験したい?」
    「死にたくありません」

 一度ぐらいならメガトン級に興味はあるけど、やったらたぶん死ぬ。

    「そうよね。わたしだって死にたくないし」
    「リミッターは戻せないのですか」
    「あれの調製は無理ね。やってみてよくわかったし。でもミサキちゃんもいつかは失神すると思ってる」
 そうなったらギガトン級とか。今度こそ死ぬ、絶対死ぬ。やっぱりエレギオンには三座の女神のブレーキが必要不可欠。ほっときゃ、なにやらかすかわかったもんじゃない。

宇宙をかけた恋:ミサキとディスカル

 ディスカルの病死が発表されました。これであの時のエラン人全員が亡くなった事になります。もちろんこれは表向きで、政府とも打ち合わせの上、日本の戸籍に編入させています。そして、

    『コ~ン』

 三十階にディスカルがやってきました。迎えに行ったのはミサキですが、そりゃ、ドキドキしました。あの三人ならトップレスで出迎えかねないからです。まだ日も高いですからよもやと思いますが、そうなればミサキも負けてられません。緊張しながらリビングに入ると、ごくごく常識的な出迎えになりました。

    「お世話になります」
    「遠慮しないでね。これもECOの仕事の内だから」

 ミサキも可能な限り癒しの力をディスカルに送り続けていますが、さすがに仲間のすべてを失った喪失感、寂寞感を埋めるにはまだ時間がかかりそうです。ディスカルを自分の部屋に案内し、しばらくは運び込んだ荷物の整理になりましたが、ようやく一段落しティー・タイムです。話は人類滅亡兵器に流れて行き、

    「・・・研究の結果ですが、あの兵器が作用するのは女性だけで良いようです。女性が生まれにくく、生れても子どもが出来にくくなって行くぐらいです」
    「やっぱり残留性が強いの?」
    「なんというか、ある種の生物兵器に近くて・・・」
    「伝染病みたいなもの」
    「それがイメージとしては一番近いと思います」

 地球人の血を引く者に抵抗性が強い理由ですが、

    「これは結果としてわかっただけで、未だに推測に過ぎませんが、過去の感染歴の記憶の問題ではないかとしていました」
 これはミサキの推測に過ぎませんが、エランでは感染症管理が極度に進み過ぎて、伝染病に対する抵抗力が落ちすぎていたのかもしれません。ディスカルも医学分野については素人の上に又聞きですが、地球人は人類滅亡兵器に対して基本的に免疫があると見て良さそうです。


 女性人口の減少はアラ時代末期から著明になっており、かつてアラが話したのは脚色がテンコモリでしたが、ディスカルの時代には実話になったと見て良さそうです。

    「実際の人口は」
    「小山代表が一千万人ぐらいではないかとされていましたが、そこまでではなく三千万人弱程度は残っていました」

 三千万人と言いながら少子高齢化、さらに男の比率が異常に高い社会です。

    「女性比率が一割を切るのも時間の問題でした」

 そこまでになれば、命懸けで地球に遠征して、治療の可能性がある地球人の血液製剤だけでなく、地球人を連れて帰るのだけの価値はあると思います。ジュシュルがユッキー社長の睨みにも屈しなかったのは、エランの重すぎる命運を背負っていたからでしょう。

    「結婚とかは?」
    「知る限り地球と類似のものと考えてもらって良いと思います。もっとも、これだけ女性が減ると、男のほとんどはあぶれますが」
    「完全人工生殖ならどうだったの」
    「総統はそれも考えられましたが、アラルガル時代の不評と、この技術もまた我々の時代には、これを実用化するのに無理がありました」
 エランの文明は高度なのですが、高度化しすぎて発達が乏しくなってたと感じます。これはアラルガルの時代からそうだったみたいで、新たな製品や技術を生み出すのに熱意が乏しくなっていたぐらいでしょうか。

 とにかくメインテナンスまで自動化され、古くなって調子が悪くなった機械は自動的に置き換えられるそうです。ミサキの頭の中には『完成されてしまった社会』のイメージが浮かんでいます。

 そのために開発研究者どころか、保守技術者の層も薄くなり、一度壊れてしまうと復活するのが難しくなってしまっているぐらいでしょうか。

    「仰ることは、地球に来て実感しております。地球の文明はエランに較べるとかなり遅れていますが、これから伸びて行こうとする活力を感じます。これに較べるとエランはむしろ衰え行く感じがします」

 エランは文明の終着駅に達したのかもしれません。地球もいずれ達するのでしょうか、こればっかりは、行ってみないとわかりません。同じ終着駅になるのか、違う終着駅なのか。これは、これからミサキが記憶の放浪者を続けて行けばいつか見ることになるかもしれません。

    「ところで小山代表」
    「もうその呼び方はやめようよ。そりゃ、全権代表やったけど、あれは臨時のお仕事。ユッキーと呼んで下さる」
    「そうやうちはコトリやし」
    「私もシノブ」

 ディスカルは照れくさそうに、

    「ではユッキーさん、仲間たちの墓地の整備ありがとうございました」
    「悪いけど地球式にさせてもらったわ」
    「あの碑文もユッキーさんが」
    「あれはね、三千年前に滅んだ国の哀悼歌の一節よ」

 ユッキー社長は軽く吟じながら、

    『勇者は行きて戻らず、
    その記録も失われたり、
    ただ記憶のみを伝えん』

 そこからディスカルの方に向き直り、

    「ディスカル、あなたには女神の選択を与えるわ」
    「選択とは」
    「神になること。あなたには最後のエラン人としてエランの歴史、記憶を伝える使命があると思うの。あなたが死ぬ頃にはエランも死に絶えると思うからね」
    「神ですか?」

 ディスカルの顔が爽やかなものになりました。

    「申し訳ありませんが、エランの滅びの元になってまで生きようと思いません。偉大なるアラもまたそうであったと聞いております」

 ユッキー社長はニッコリ笑って、

    「それもまた選択。アラもそうだったよ。さて、コトリ、シノブちゃん、今夜は飲みに行くよ」
    「ではミサキも」
    「ミサキは留守番。ディスカルを一人にする気なの。そうそう、今夜は朝まで飲み明かして帰らないからね」
    「そうや、帰るのは明日の昼すぎてからかな」
    「コトリ、それじゃ、可哀想だよ」
    「そうですよコトリ先輩。明後日まで飲んでましょう」

 えっ、えっ、そしたらユッキー社長はすくっと立ち上がり朗々と、

    「恵み深き主女神に代わりて首座の女神が宣す。ディスカルを三座の女神の男と認めたり」

 コトリ副社長が、

    「そういうこっちゃ、売れ残りは残念会でもやるわ」
    「私はまだ売れ残りではありませんよ」
    「シノブちゃんも気を付けないと売れ残りになるで」
    「コトリ先輩と同じにしないで下さい」

 三人はキャッ、キャッと言いながら玄関に向かいながら、

    「どんだけ燃えるんだろ」
    「そりゃ、灰になるまでに決まってるじゃない」
    「そんでもって、灰の中から不死鳥のように甦り」
    「また灰になるまで燃え上がる」

 ええ、燃えさせて頂きます。首座の女神の宣言を頂いているのですから、もうなんの遠慮もあるものかです。今はそれだけを考え、それだけに集中します。ディスカルは、

    「どういうことだ」
    「あれはエレギオン式の結婚式よ。古代エレギオンでは女神の男と正式に認めてもらうには、首座の女神の承認と宣言が必要なの。その宣言を頂いたの」
    「えっ、ではミサキとは夫婦・・・」
 地球とエラン、文明も文化も違うけど、アレだけは同じ。今から夫婦としての初夜。ミサキは幸せ。余計な事はもう考えない。今はディスカルと燃えたいだけ。言っときますけど、そんなに激しくありませんから。

宇宙をかけた恋:あれから三年

 宇宙船から脱出できたのは十一人で、浦島夫妻とエラン人が九人でした。ECO管理施設で地球順応教育を受けていたのですが、悲劇が襲います。三十五年前の宇宙船騒動の時のエラン人もそうだったのですが、地球の病原菌に弱いところがあるのです。

 エランでは感染症管理が極度に進み、殆どの感染症の撲滅に成功しているのです。そんなエランに較べたら、地球は感染症の巣窟みたいなところでしょうか。地球にあるだけのワクチン接種を行い、考えるだけの予防措置も施しましたが、一人また一人と亡くなって行ったのです。

 仲間を見送るディスカルの悲痛な顔を見るのが辛すぎました。そして三年のうちにディスカルを残し、すべて亡くなってしまったのです。ディスカルが生き残れたのは、前回に地球に来た時に施された地球の病原菌対策のためです。最後の仲間を見送った後のディスカルは悄然としながら、

    「ついに一人か・・・」

 ユッキー社長の表情も曇りがちでした。総理を脅し上げてまで地球人にする計画が殆ど実を結ばなかったからです。本来の予定でもエラン人は病死になる予定でした、これは表向きで、その時点で某国の難民に偽装させ、日本人にしてしまおうです。さすがにエラン人の風貌で日本人は無理でしたから。ところが本当に病死してしまい

    「思い通りにならないものね」

 仲間を失い一人になったディスカルを収容施設に置いておくのは拙いとユッキー社長は判断され、ディスカルだけは計画の病死にする予定です。そうやって日本人にはなれるのですが、どこに匿うかが問題でした。

    「とりあえず三十階に引き取ろう」

 孤独のディスカルを勇気づけ励ませるのは、エラン人がいないとなると、エレギオンの女神が適切なのは間違いありません。その意見には異論はなかったのですが

    「でもここは男子禁制では」
    「そんなこと、誰が決めたのよ。男子大歓迎に決まってるじゃない。ミツルだって、マルコだって来たことあるし」

 これはまた古いお話を。それでも三十階に男が住むのは初めての事になります。そうしたらユッキー社長とコトリ副社長はイソイソと、

    「男が住むのなら・・・」
    「ユッキー、とりあえず買ってきた」
    「必需品よね」

 どうしてコンドームを真っ先に買い込んで来るのよ。

    「あれっ、使わないの。そっか、子作りか、それともピル」

 そりゃ、欲しいけど。やっぱり、ちゃんと式挙げて籍入れてから・・・まだ、早いでしょ。ミサキだってディスカルが地球に戻って来てからまだなんです。シノブ専務まで、

    「ネグリジェ買って来た」
    「シノブ専務はパジャマ派だったんじゃ」
    「そりゃ、負けてられないし。ほらこっちの下着も見て見て」

 誰に負けてられないのですか。それにTバックまで買い込んで。寝室は四つですから部屋割りが問題になったのですが、

    「そうね。ディスカルの部屋は固定として、女は部屋は変わらないと」
    「コトリ先輩、スケジュール表がいるんじゃないですか」
    「そやな。でも、それやったら四日に一回しか出来へんやんか」
    「そっか、それは困りますね。二人ずつってのは、どうですか」
    「それやったら、バトルロワイヤルしたらどうやろ」

 なにがスケジュール表とか、二人一緒とか、バトルロワイヤルですか。

    「親しき仲にも礼儀ありだよ。風紀はちゃんとしないと女神のプライドに関わるわ」

 だ か ら、イボイボ付のコンドームを手にしながら言っても説得力ないでしょうが。

    「こっちの趣味はあるんかな」
    「ありません」

 ロープを持ちだすな!

    「まだ知らんだけかもしれへんで」
    「そうね、地球の性文化も教えなくちゃ」

 ローソク持ってムチを振るのはやめて下さい。そんなもの教える必要はありません。まったく、誰の男だと思ってるのですか。そしたら三人は口々に、

    「まだ籍入ってないし」
    「フリーでしょ」
    「チャンスはまだありますものね」
    「そやそや」

 何が『そやそや』ですか。何があっても渡すものですか。

    「せっかく地球に馴染んでもらうのだから、ミサキちゃんだけでなく、他も味見してから選ぶべきだと思うよ」
    「そうやで」
    「そうですよね」

 シノブ専務も尻馬に乗るな、

    「それならミサキが一緒に寝ます!」

 そしたら三人が口をそろえて、

    「反対」

 それに加えてシノブ専務が、

    「嫁入り前の娘が男と一つのベッドで寝るなんて、みだらですよ」

 スケスケのネグリジェにTバック買い込んでるシノブ専務に『みだら』は言われたないわ。スケジュール表とか、3Pはみだらやないんか。バトルロワイヤルって乱交やんか。女神がやれば乱交なんて生やさしいものじゃなくて、集団レイプみたいなものじゃない。そしたらユッキー社長が、

    「ミサキちゃんが一緒に寝るとお肌に良くないの」
    「どういう意味ですか」
    「ここの寝室だけど、完全防音じゃないのよ」
    「そうやで、残りの三人が寝不足になって、次の日の仕事にも応えるんや」
    「耳栓じゃ追いつかないし」

 そんなに激しくありません。

    「いや激しいよ。ベッドだって普通のベッドだから持たないだろうし」
    「そんなことで壊れません」
    「あの凄い声で仮眠室も壊れるかもしれないし」
    「そんな声は出してません」
    「そりゃ、一階の保安室までは聞こえへんやろけど」

 ここは三十階です。上や下の階にも響きません。とにかく猛烈な不安感に襲われますが、ここが今のディスカルにとって一番・・・良いのかなぁ。なにか腹を空かせた猛獣の檻に小ウサギを放り込むような不安が。

    「いろいろ楽しみだけど、とりあえずディスカルを説得してね」

 なにが楽しみなものですか。ただディスカルは相当ためらってました、

    「そんな女性ばかりのところに・・・」
    「そうなのよね、ディスカルが襲われないか心配で、心配で」
    「地球ではそうなのか」
    「ちがいます。あそこが特殊すぎるのです」
 ああ、ディスカルに貞操帯を履かせたい。それも鋼鉄製の頑丈なやつ。カギじゃ、アイツら開けかねないから、エランのロック技術を応用して・・・それでもコトリ副社長なら開けかねないか。シノブ専務なら調査部の総力を傾けても探り出しそうだし。

 なんとかディスカルを説得し、病死計画にも納得してもらいました。三十階に戻って報告したのですが、

    「それが今のディスカルに取って最良の選択だよ」
    「一人のままはエエことあらへん。ディスカルに生きる目的を与えんとな」
    「ミサキちゃん、私も協力を惜しまないよ」

 ああ、説得力がない。なによ三人ともスケスケ・ネグリジェにTバックって、いったい何考えてるのよ。ここは売春宿じゃないんだから、

    「ミサキちゃんも似合ってるよ」
 負けてなるものですか。ディスカルはミサキの男です。

宇宙をかけた恋:滅びの宿命

 ディスカルの話は何度も言い澱み、時に口をつぐみ、時に涙で絶句してしまうものでした。その度にミサキたちは見守り、ディスカルが落ち着いて話し出すまで辛抱強く待ちました。ユッキー社長は何度も、

    「ディスカル、もうイイわ。無理に話さなくたって。わたしたちが知ったところでどうしようもないことだもの」
    「いえ、聞いてもらう必要があります。地球がああならないためにも是非」

 前回の地球遠征にジュシュルが乗り込んできたのは、やはり地球への航海のリスクの余りの高さもあったようです。時空トンネルの内部の情報はエランの力を以てしても、

    『入ってみないとわからない』
 これもかつては、トンネル付近に監視衛星を置いて、かなりの情報を集めていたそうですが、今のエランにそんな力はありません。三十四年前の大船団の帰路の時と同じ状況であれば、到底通り抜けることが出来ないと誰もが考えたのでした。

 もう一つは宇宙船自体のリスクです。既に二回の離発着を行っているうえに、三十四年前のロートル船。そもそもエランから飛び立つことが出来るのかも疑問視されたぐらいだったようです。


 それでも結果から言えば地球遠征は大成功だったはずですがディスカルは、

    「前に小山代表は、エランの滅びの原因は意識分離技術にあり、これがある限り滅びは免れることは出来ないと仰いましたが、その通りになりました。我々の決死の努力など虚し過ぎるものとしか言いようがありませんでした」
 ディスカルに聞く限り、エランはすべて滅びの方向に運命づけられている気がしてなりません。その最後の希望がジュシュルとガルムムであったで良さそうです。この二人は本当の盟友だったそうです。ちょうどユッキー社長とコトリ副社長の関係のように。

 五年戦争を勝ち抜いた二人の命題はエラン再生であり、エラン再生のための焦眉の急は人類滅亡兵器の脅威への対処です。対処法のカギはアラ時代に既に見つかっており、地球人の純血種の血液と純血種の地球人です。ここで、より重視されたのはエランへの宇宙旅行を経た地球人です。

 ガルムムとジュシュルが地球に来たのは宇宙旅行のリスクに誰もが尻込みしたのもありますが、地球の神の存在を重視したようです。地球に行けば交渉相手は地球の神であり、人では相手にならない懸念です。とくに地球人の提供となると交渉が難しくなるのは必然です。

 ガルムムはシンプルな計画を立てていたようです。前回が友好使節でしたから、今回も友好交渉を装って降り立ち、サッと神戸空港を制圧して、何人かの地球人を拉致してトットとエランに連れて帰るぐらいです。

 しかし、あの時にはコトリ副社長が神戸空港にスタンバイしており、ガルムムの計画は一瞬に崩れ去ります。あの時にコトリ副社長さえ空港にいなければガルムムの計画は成功したはずです。そうなんです、エランに運命の女神は微笑まなかったのです。


 ガルムムの帰りを待ちわびたジュシュルでしたが、ついに帰って来ないと判断せざるを得なくなります。可能性として、

  • 地球にたどり着かなかった
  • 地球から離陸できなかった
  • エランへの帰路に遭難した

 いずれにしろ、誰かがもう一度地球を目指さないとエランの再生はありえません。ジュシュルは自分が長期にエランを留守にするリスクに苦悩したようですが、行かなければエランの滅びは確実に来ます。

    「ザムグ副総統は我々も信頼を置いていたのですが・・・」
 ザムグがエランの最後の命運を握っていたかもしれません。ジュシュルは地球での交渉に成功し、大量の血液製剤の入手と、浦島夫妻を平和裏にエランに招くことが出来ています。これでザムグが権力への野望に燃えなければエランは土壇場からでも再生した可能性はあります。

 しかしザムグは神になる魅力に屈してしまいます。シリコンはザムグが管理していたのです。そしてエラン最後の意識分離が行われる事になります。神となったザムグは権力奪取と、ジュシュル排除しか念頭になくなってしまったのです。運命の神はエランを見放したとしか言いようがありません。


 かつてコトリ副社長は意識分離技術こそが最終兵器であると喝破されました。この技術がある限り、人は神になる魅力を押さえきれず、神になれば覇道に走るのです。人類滅亡兵器の使用もそうで、神が覇道に走れば必ず使われてしまうぐらいでしょうか。

 エランは千年戦争の時、いや千年戦争の原因となった意識分離技術の普及で一直線に滅びの道を突き進んでいたのです。そんなエランがすぐに滅びなかったのは、まずアラの存在になります。

 アラは他の神々を打ち倒し、その後も断続的に現われる神々も悉く始末しています。意識分離技術も可能な限り封じ込み、シリコンの採取さえ不可能な状態にしています。そこまでして九千年の平和をエランにもたらしましたが、アラでさえ自分のための意識移動技術は残さざるを得なかったのです。

 アラが残さざるを得なかった意識分離技術の火種はアラが追放された後に再びエランで燃え盛ります。その時に登場したのがジュシュルとガルムムです。二人はアラの政策の継承を忠実に行い、他の神々を打ち倒し、エランに平和をもたらし再生のチャンスを得ます。それも後一歩まで漕ぎ着けていたのです。


 こうやってエラン再生の機会を考えると、ガルムムが来た時がラスト・チャンスだったのかもしれません。あの時にガルムムではなくジュシュルだったら、たとえガルムムであっても武力による地球人奪取を選ばず、平和裏に交渉していたら。

 運命の綾はいくらでもありますが、後悔は先に立ちません。あれもまたエランに定められた宿命だったとしか言いようがないのかもしれません。今のエランの状態は、

    『船、遂に覆る。ジュシュル溺る。エラン亡ぶ』
 嗚呼、ジュシュルの死はエランの滅びしかもたらしません。勝利者であるザムグは覇権を握るでしょうが、リル運動はさらに徹底推進されるとしか考えられません。地球人の血を引くエラン人排斥はさらに徹底され、人類滅亡兵器の対抗手段は完全に無くなります。

 たとえ新たな神が出現し、ザムグを倒したとしても、もうエランに地球に行ける宇宙船を作れる能力は残されていません。ディスカルが乗って来たのが最後の一隻なのです。ディスカルもあれを新たに建造するのは不可能だとしていました。

 ミサキにはエランの弔鐘が聞こえる気がします。百年も経たないうちにエランは無人の惑星になり、いつの日か地球人が訪れる日が来ても、目にするのはかつての高度文明の痕跡ぐらいです。


 亡宋三傑の一人文天祥は元の張弘範に捕えられ、宋軍に降伏勧告を書くように命じられます。文天祥はこれに対し所過零丁洋詩を贈ります。その文末には。

    『人生古より誰か死無からん。丹心を留取して汁青を照らさん』
 生きるより歴史に名を残すことを選ぶぐらいの意味です。文天祥は願い通り歴史に名を残しましたが、アラもジュシュルも、その名も偉大な業績を覚えるものはいなくなります。そう伝える人自体が死滅してしまうからです。


 ディスカルからジュシュルとアダブの死を聞いたユッキー社長とコトリ副社長は、毅然として、

    「ジュシュルは首座の女神の男である証を立てた」
    「アダブの至高の勇気は、次座の女神の男の証として相応しいものであった」
 涙を必死になって堪えているのが見てられませんでした。ミサキもエランの最後を飾った英雄たちの名を永遠に忘れません。せめてエレギオンの女神が永遠の記憶に残さずして誰が遺すと言うのでしょうか。