不思議の国のマドカ:迷走

 マドカさんは頑張ってるけど、まだ合格点にはかなり遠い。あのポスターに求められものは、ラグビーの迫力なんだ。その点はマドカさんもしっかり理解してくれて、正面から取り組んでくれている。マドカさんがこの手の課題を苦手にしているのはわかったけど、ある時期に、

    『おっ』

 こう思わせる写真が混じり始めた時期があったんだ。なんて言うかなぁ、まるで男が力任せに荒々しく撮った感じ。粗い点が多くて商売物にするには無理があるけど、課題の迫力を取り込む点ではかなりイイ線行ってた。アカネも、

    「こういう写真は方向性としてはイイよ」
 こうやって褒めてたぐらい。今から思えばあの時のマドカさんの表情は変だった。なにか見せてはならない物を見られたって感じかな。そしたら傾向がガラっと変わっちゃったんだよね。

 これも言い方が難しいのだけど過剰なぐらい女らしさを強調する写真。お蔭で迫力の方は二歩も三歩も後退しちゃったんだよ。むしろ最初より悪いぐらい。どうしてあの荒々しい写真の方向に進まなかったんだろうって。

 アカネは思うのだけど、マドカさんが課題を克服するにはまず迫力を取り込む事を覚えることなんだ。取り込んだ上で商売物に仕立て直していくぐらいの段取りかな。もちろんその過程で女らしさが入っても構わないよ。

 別に女らしさがあったって、力強さを表現するのに邪魔にならないはずなんだ。だってアカネだって、ツバサ先生にも出せるんだよ。たとえばだけど、

    『力強さの中にも女性らしい繊細さを備えている』
 これぐらいのモノ。もちろん味付けの微妙なところまでは今のマドカさんには難しいと思うけど、まず大事なのは迫力を取り込むこと。極端な話だけど、女らしさがゼロであっても構わないぐらい。

 それがあれだけ女らしさにこだわっちゃうと、そう簡単に迫力でないよ。言い方は悪いけど、普通に進めば良いものを、わざわざ難しいルートを、大きなハンデ付きで進もうとしているとしか思えないんだ。もうどうしたら良いかわからなくなってツバサ先生に相談した。

    「なるほど。難しいところだが、マドカに合っていないと判断した可能性はあるな」
    「でも、あの方向に進まないと」
    「写真の最後のキモは自己表現だ。マドカは課題に合う写真を撮ろうとして、撮ってはみたものの、それは自分の写真ではないと判断したと思う」
    「でも、今の写真の女らしさへの強すぎるこだわりは、マイナスにしかなっていません」

 ツバサ先生は難しそうな顔になり、

    「それはマドカがマドカであるための、こだわりぐらいしか言いようがない。そこを失えば自分の写真が崩壊するぐらいに感じてるぐらいだろう」
    「そうは言いますが、男らしさ、女らしさは前面に押し出す時もありますが、今回の課題でいえば使うとしても隠し味程度じゃありませんか。あれだけ押し出して撮れるとは思えません」

 ツバサ先生はアカネに窓辺に近づき、

    「女らしさを押し出しても撮れるのは撮れる。アカネなら撮れるだろう」
    「ええ、まあ、撮れと言われれば撮れますが。今のマドカさんに求めるのは、かなりどころでない難度になります。今回の課題はそんな曲芸をするためのものじゃないはずです」
    「アカネの言いたいことはわかるが、課題に対する答えは一つではない。どんな解答法、どんな答えにするかを考えるのも課題だ。マドカが今の解答法を選ぶのなら、今は見守るしかない」
    「でも難度があまりにも高すぎます。時間だって無限にある訳じゃありません。これでもし課題を達成できなかったら、マドカさんが潰れてしまうかもしれません」
    「これぐらい乗り越えられないようじゃプロになれない。女らしさへのこだわりをどうするかは、マドカが自分で考えて答えを出さないといけない」

 そりゃそうかもしれないけど、

    「そのマドカさんの女らしさへのこだわりで気になることがあるのです」
    「なんだ」
    「マドカさんが出してる女らしさは、本来の女らしさと少し違う気がしてなりません」
    「はははは、アカネが女らしさを口にするとは明日は雨かな」

 ウルサイわい。

    「どう違うんだ、アカネ」

 どうって言われても困るんだけど、

    「どうにも媚びてる、いや媚びすぎてる気がします」
    「アカネもたまには媚びてもイイぞ」

 ほっとけって思ったけど、そうかもしれない。

    「マドカのは男が女に望んでいる女らしさだ」

 なるほど! さすがはツバサ先生だ上手いこと言う。

    「だがな女らしさ、男らしさと言うから話がややこしくなるが、あれはマドカのポリシーだろう」
    「警察ですか?」
    「それはポリス。生きていく上での信条とか、モットーみたいなものだ。それを貫きながら課題を達成できるか、課題を達成するためにモットーを修正するかはマドカの問題だ。だから待て」

 アカネも仕事があるから、毎日はマドカさんの写真を見る訳にはいかないんだけど、見ると同じところでぐるぐる回ってる気がする。

    「どうですアカネ先生」
 少しずつだけど良くなってるのは良くなってるけど、合格点には距離があり過ぎるんだよな。それよりなにより今の進んでいる方向で合格点に達するのだろうかって不安が一杯。どこでそうなっちゃたんだろう。どこかでアカネが余計なことを言ったのかな。それが原因だったらアカネの責任は重大過ぎるよ。

不思議の国のマドカ:守敗離

 マドカは課題にひたすら取り組んでいます。やらなければならないこともわかっています。それはラグビーの魅力を取り込むこと。そう、あの迫力を写真に写し込むことです。そこまでわかっているのに、マドカが撮って来た写真を見るアカネ先生の表情が冴えません。

    「悪いけど足りない。これじゃ足りないんだ。マドカさん、悪いけど、これじゃ上手なだけの写真だよ」

 締め切りの日が段々と迫って来ます。それでも、

    「これじゃ、まだ足りない」

 足りないのはマドカでもわかります。だって、マドカが見ても試合を見に行こうと思わないですもの。そうなのです、あの熱気が全然伝わって来ないのです。

    「マドカさん。アカネなら、この写真をどうすれば良くなるかを教えることは出来るよ。でもね、それで良くなるのはこの写真だけ。それもアカネのコピーだし、他の写真では使えない。それじゃ、意味がないんだよ。どんな時だって、マドカさんの流儀で同じクラスの写真が撮れないといけないんだ」

 最近ではツバサ先生も顔を出します。

    「アカネはそう言ったか。正しいよ。いかにもアカネらしい」
    「どういうことですか」

 麻吹先生は含み笑いをしながら、

    「アイツぐらい師匠の真似を嫌った奴はいないんだよ。わたしが右向けと言ったら、天井向くぐらい言う事を聞かなかったんだ」
    「師匠相手にですか」
    「マドカなら守敗離を知っているだろう」

 守敗離とは芸事を学ぶ姿勢の事で、まず師匠から型を忠実に守って学び、やがてその型を敗って自分により合うようにし、さらに型から離れて自在に動けるようになることを指します。これは千利休の、

    『規矩作法、守り尽くして破るとも離るるとても本を忘るな』

 ここから来たともされています。

    「アカネはとにかく『守』が苦手だった。教えるそばから『敗離』に爆走さ」
    「そんなに・・・」
    「マドカの課題で求められてるのはまさに『敗離』だ。アカネもそこまで意識してこの課題を選んだわけじゃないだろうが、今のマドカにピッタリ過ぎて笑うぐらいだ」

 敗離か。そうだ、何かから敗離しないとこの課題を達成できない。

    「マドカが今回の課題を苦手とするのはわかってた。これは西川流の弱点だからな。でもな、西川大蔵なら撮れたんだ」
    「それは創始者の大先生だから・・・」
    「違うな。西川も敗離してあの高みに登ってるってことだよ」
 そう言って部屋から出て行かれました。その時にマドカの頭に稲妻のようなものが走った気がします。どうして西川流を学んだものが、この写真を苦手にするかの理由です。西川先生が意図的にそうされたか、結果としてそうなったか伺い様もありませんが、必然だったのかもしれません。

 西川流はひたすら『守』の教え。これさえ守れば一定の水準までレベルアップは可能です。ただ極めれば極めるほど師匠の型は弟子を縛り上げてしまっているのではないかと。縛り上げられた型は今回の課題のような写真を苦手にします。それも西川流を学んだマドカなら知っています。

 それでも西川先生が撮れた理由はただ一つ。西川先生にとっては型じゃないのです。たまたま西川先生が撮りやすいポーズに過ぎないだけです。もう少し言えば、西川先生がこの型で撮っているかどうかさえ疑問です。弟子育成用の型に過ぎないのでないかとさえ思います。

 なにかヒントをつかんだ気がします。残り時間に全力を尽くします。

不思議の国のマドカ:師弟

 マドカさんを見てるとアカネが入門した頃のことを思い出す。入門の経緯からギャグみたいなもんだからね。入門してから知ったんだけど、ツバサ先生の入門基準は、写真の基礎や基本をしっかりマスターした上で、さらにどこか才能の煌めきを感じたものが条件。

 ちなみにアカネが送った入門志願書は、たぶんだけど〇・五秒の早業でゴミ箱直行だったで良さそう。おかげで入門の時にもう一回履歴書を書かされた。

 そんなアカネが入門できたのは、オフィス加納のミステリーとさえ言われてる。まずだけど、どうしたらそうなったか今でも最大の謎とされてるけど、間違って面接試験に呼び出されたんだ。

 これも後から知ったけど、事務サイドでは適当に謝罪して追い返そうと決まりかけていたみたい。そこに面接試験があるからオフィスで待っていたツバサ先生がたまたま通りがかり、時間も取ってるから形だけでも面接することにしたそうなんだ。

    「そりゃ、アカネ。謝罪となれば足代と昼飯代ぐらいは包まないとアカンやろ。それだったら形だけでも面接したらタダで済む」
 そこでアカネの持ってきた写真の素晴らしさにビックリでもしてくれたら格好がイイのだけど、ビックリされたのはヘタクソ過ぎた方。それでも合格してしまったのは、ドジしてUSBに入れていたアカネの百面相写真。これだけの百面相を工夫できる発想力をツバサ先生は買ってくれたんだ。


 だから入門当時のアカネの技量はツバサ先生曰く、

    「お前、ホンマに高校の時は写真部だったのか」

 これぐらいヘタクソだった。ちなみに本来面接に呼び出されるはず人の方は、

    「アカネに手がかかりすぎて、それどころじゃなくなった」
 これはアカネも悪いことをしたと思ってる。おそらく加納先生時代も含めて、あそこまで基礎的な事から教え込まされた弟子はアカネ一人だったで良さそう。そのうえ、いくら説明されてもアカネの方もサッパリわからない事が多かったものね。

 ある時にショウテンなるものの見方とか、考え方を説明されたんだけど、いくら聞いても話がかみ合わず、あきれ顔のツバサ先生が、

    「アカネ、念のために聞くがショウテンとはなんだ」
    「ずらっと並んで大喜利して座布団もらうやつ」

 ツバサ先生はひっくり返り、

    「カメラの話にどうして笑点が出て来るんだ」
    「だったらちゃんと説明してくれないとわかんない」
    「そんなもの説明以前だ!」

 あの時もそうだった。焦点とピント合わせの説明だったんだが、これまたいくら聞いてもトンチンカン。

    「アカネ、まさかと思うが焦点とフォーカスは同じ意味と知ってるよな」
    「バカにしないで下さい」
    「じゃあ、F値は」
    「フォーミュラ・カー・レースのカテゴリー」
    「ほんじゃあ、絞りは」
    「そりゃ、もちろん一番搾り」
    「パン・フォーカスとは」
    「食パン撮るのに適した焦点」

 頭抱えて五分ぐらい黙り込んでた。あんな難しい専門用語を解説無しでポンポン使う方が悪いと文句言ったんだけど、でっかいため息をして、

    「エライもん抱え込んだよ」
    「そんなにアカネはエライんですか」
    「ああ、超弩級にな」

 今ならツバサ先生がどれだけ途方に暮れたかわかるけど、当時は褒められたと思ってた。そのあたりから説明も丁寧になってくれて、

    「標準では・・・」

 こう言った後になにか怖ろしい言葉を使ったような表情になり、

    「アカネ、標準ってなんだ」
    「新発売の缶酎ハイ」
 『氷純』って缶酎ハイが売り出されていて、てっきりそれって思ってた。危うく缶酎ハイの説明として聞いてしまうところだった。思い出すだけで赤面ものだけど、当時のアカネのレベルってそんなものってこと。

 撮影法を教えるのも大変だったと今でも愚痴られることがある。あれこれ手順を教えてくれるんだけど、すぐに撮れるはずもなく、

    「どう撮った」
    「・・・こんな感じで」
    「どうして教えた通りに撮らない」
    「撮ってます」
 アカネはツバサ先生の説明を聞いてると、どんな画像に仕上がれば良いかのイメージは湧いて来たんだ。ただメンドクサそうな手順の方は聞く傍から抜け落ちてた。よくあれで撮れるようになったものだと思ってる。

 だからこそツバサ先生は尊敬してる。なんだかんだと怒鳴られまくったけど、アカネが付いて行く限り見捨てたりしなかった。だから今のアカネがここにいる。ツバサ先生じゃなかったら、絶対無理だった。

    「ツバサ先生、アカネを見捨てようとしたことはあったのですか」
    「ありすぎて数えきれないぐらい」

 あちゃ、やっぱりそうか、

    「でもな最高の弟子だ。二度と見れないかもしれない。アカネが存在することに感謝してる」
 だったらマルチーズにしようとするな。

不思議の国のマドカ:シオリの疑念

 マドカには謎がある。いや確実にウソをついて何かを隠している。マドカは赤坂迎賓館スタジオにいたのは間違いないが、マドカが話した入門試験は実際とは違う。あれは西川流の昇段試験の様子だ。

 それよりなにより赤坂迎賓館スタジオに入門資格はあっても、入門試験はなかったはず。西川流初段以上であれば希望すれば入門できる。だから弟子の数も多い。マドカは故意に昇段試験と入門試験を混同させて話しているとしか思えない。

 それと下積み修業の描写もおかしい。あそこは古臭い内弟子修業的なことをさせるが、せいぜい一か月程度だ。昔は長かったが、さすがに不評で短くなってるんだよ。さらにスタジオではお茶くみとか掃除もさせるけど、資格はあくまでもアシスタントなんだよな。

 アシスタントの描写も変だ、あそこは弟子の数が多いから屋根瓦方式を取っているのはウソではない。だが、まずは師範代のアシスタントになり、そこで才能が認められたものが竜ケ崎のアシスタントになる仕組みだ。

 マドカは二年いたとしているが、二年ではさすがに竜ケ崎のアシスタントになるのが精いっぱいだ。だから二年目で竜ケ崎のアシスタントになる時にセクハラを受けて投げ飛ばしたのは時期として話は合うが、それにしてもの技量なんだよ。

 入門時のマドカのテクニックは間違いなく西川流の師範代以上、いや竜ケ崎に匹敵するとして良い。写真は才能で説明出来ても、あのテクニックは半端な事で身に付くものではない。だからうちへの入門を認めたが、経歴から考えて高すぎるとしか思えない。

 さらに不思議なのはオフィス加納でのアシスタント業務での醜態。そりゃ、誰だって最初は付いて来れないが、アシスタントの基本的な心得が出来ていないと見ても良い。つまりはアカネ並のレベルの低さだった。

 赤坂迎賓館スタジオでの二年間のアシスタント業務が一切身に付いていなかったとしか思えない。そりゃ、アカネのように言っても聞く耳もたないタイプならともかく、マドカはアカネとは正反対の秀才タイプ。

 あのアシスタント業務の技量の低さから導き出される結論は一つしかない。マドカはアシスタント業務をやったことがなかったことになる。それに引き換え写真のテクニックが異常に高いのは、最初からアシスタント業務をせずに竜ケ崎からの直接指導を受けていたとしか思えない。

 しかし赤坂迎賓館スタジオにはそんな特別コースは存在しないはず。あったとしても、それだけの理由が必要。理由も技量じゃない。もっと社会的な理由でないとありえない。たとえば政財界の有力者の子弟だとかになる。

 しかしマドカの家はそうではない。理由があって伯父夫婦に引き取られているようだが、新田と言われても有力者の家とは思えない。それだけじゃなく、あの立居振舞と教養の深さ。

 マドカはどう見ても筋金入りのお嬢様だ。それも半端じゃないぐらいの仕込まれ方をしている。付け焼刃的なところを微塵も感じさせない。庶民の家に生まれても品の良いのはいるが、マドカのレベルはそんなものじゃない。

 もしマドカが本物のお嬢様なら話が合う部分は多い。赤坂迎賓館スタジオでは特別待遇で竜ケ崎の直接指導を受けられるからだ。当然だが下積みのアシスタント修業など触りもしていないのも納得できる。


 ただ、そうなるとわからなくなってくるのは竜ケ崎が行ったセクハラ行為になる。特別待遇を受けるほどの有力者の娘に手を出すバカはいない。竜ケ崎は投げ飛ばされたことを逆恨みしてマドカを東京のスタジオから締め出したとなってるが、マドカにセクハラをやれば今度は竜ケ崎がクライアントから締め出される。

 ここもだが、竜ケ崎がマドカに投げ飛ばされたのも事実なんだ。関西にも西川流のスタジオがあるが、そこにマドカの破門通告があったらしいのは聞いたことがある。つまりマドカは竜ケ崎が手を出しても構わないぐらいの家の出身になってしまう。

 マドカの経歴には矛盾することが多い。ありそうなものなら、どこかの本当のお嬢様が身分を隠してうちで写真の勉強をしているとか。どこかの三文小説みたいな設定だが、ここでマドカが新田まどかであるのだけは間違いない。

 マドカは大学の時からあれこれとコンクールに応募し受賞しているが、顔写真入りで紹介されているものもある。どこをどう見てもあれはマドカで、名前は新田まどかだ。これを見間違えるようではフォトグラファーとして失格だろう。いや別にフォトグラファーでなくともあれを別人とするのは無理があり過ぎる。


 マドカのレズ疑惑も不自然な点が多い。レズは女が女を愛するものだが、女である点は変わらない。男になって女を愛したいとは思わないってこと。これはユッキーがわかりやすく説明してくれた。

 レズの性嗜好も様々のようだが、基本としてタチとネコがある。タチが男役で、ネコが女役ぐらいの理解でも良さそうだが、この役割分担は行為中に入れ替わる事もポピュラーらしい。その中でもタチに傾きが強くなったのが男装に走るぐらいでもイイと思う。

 マドカの女を見る目は、どう見ても男が女を見る目にしか思えないところがある。これを男性意識が強くなったタチと解釈するのもありだが、その場合は普段の立居振舞も、もう少し男性っぽくなるんじゃないだろうか。

 この辺はレズ経験がないのでこれ以上はわからない。そもそもレズじゃない可能性だってある。別にレズであろうと、バイであろうが構わないが、アカネに手を出すのだけは許さない。

 大事なアカネをレズやバイに散らされてたまるか。アカネは男とキチンと恋をして人としても、フォトグラファーとしても大きく成長してもらわなければならない。あれだけの才能を歪めるような行為を絶対に許さない。

 わたしの今の喜びはアカネと言う最大のライバルを得たこと。アカネがいる限り、わたしは伸びる。そう、同じレベルのライバルがいるのは幸せなことだ。アカネがわたしに及ばない要素の一つが男性経験だ。

 アカネには何があっても素晴らしい男性経験をしてもらう。そうさせるのが師匠としての務め、いやわたしの責務だ。アカネを邪魔する奴はエレギオンの五女神の総力を挙げても叩き潰してやる。言っとくがわたしはレズじゃないからな。

不思議の国のマドカ:写真大賞

 アカネもプロだから評価は気になるのよね。あれだけ仕事の依頼があるのだから評価は高いはずだけど、なんか形のあるものが欲しいじゃない。呼び名だってエエ加減、

    『渋茶のアカネ』
 これ以外に変えて欲しい。これだってもっと名が売れれば、もっと格好の良いのに変わるはず。名を売るのに手っ取り早いのは権威あるコンクールで受賞することだけど、加納賞への応募は内規で禁止されちゃってるのよ。

 加納賞に継ぐものとしてはやっぱり写真大賞。フォトワールド誌主催のやつ。あそこは大きく分けると新人賞と大賞の二分野になってて、二十五歳までが新人賞、三十歳までが大賞の応募資格。マドカさんにどんな感じの賞か聞いてみたんだけど、

    「そうですね。権威的には東の加納賞ぐらいでしょうか」
    「レベルはどれぐらい?」
    「どれぐらいと言われても・・・とりあえず赤坂迎賓館スタジオ時代に新人奨励賞を頂いております」

 ふむふむ、オフィス加納に入門する前のマドカさんでも取れるのなら、アカネにもチャンスはあるはず。

    「応募条件は?」
    「年齢とテーマに応じた応募写真」
    「加納賞と似てるね」
    「特徴としては、これまでの実績の評価も加味される点でしょうか」

 アカネはまだ二十二歳だから新人賞の応募資格があるじゃない。マドカさんに取れて、アカネに取れないはずがない。取れればフォトワールド誌がドカンと特集してくれるだろうし。コッソリ取って、みんなを驚かせてやろう。まあ、応募宣言して落選したら格好悪いし。しばらくしてからツバサ先生に呼び出された。

    「アカネ、写真大賞の、しかも新人賞に応募したな」

 あちゃ、どこからバレたんだろ。それとも写真大賞って応募したら所属スタジオに連絡でも来るんだろうか。

    「まったく、なんて事をやってくれたんだ」
    「どこがですか! 応募条件を満たしてますし、内規にも反しません。ましてやアカネは専属契約です。どこも問題はないはずです」
    「そんなチンケな問題じゃない」

 はて? 応募条件を満たして応募したことのどこが問題なんだろう。

    「フォトワールド誌も困惑しきってしまって、わざわざ神戸まで来て相談されたんだよ」
    「電話じゃなくて」
    「社長が来たよ」

 なんだ、なんだ。どうしてそこまで問題になってるんだ。

    「なにが問題だったのですか」
    「アカネがバカだからだ」

 そんなストレートに言わなくても、

    「わたしもここまでバカとは思わなかった」
    「アカネはそんなバカなことをしてると思いませんが?」

 ツバサ先生は頭を抱えてしまい、

    「アカネ、応募資格は完全に満たしてる」
    「じゃあ、どこに問題が?」
    「アカネに応募資格なんて、そもそもあるか!」

 はぁ、ツバサ先生が何言ってるか意味わかんない。

    「アカネ、US・フォト・グランプリの審査員に一緒に行っただろう」

 仕事が忙しいから断ろうと思ったら、ツバサ先生に首根っこつかまれるようにして連れて行かれた。アカネはツバサ先生と違って、日本語以外、いや日本語だって時に怪しいぐらいだから、ウンザリした。

    「アカネ、US・フォト・グランプリの審査員をやったのだぞ」
    「やりましたが」
    「日本から選ばれたのはわたしとアカネだけだ」

 そうだったんだ。なんちゅう罰ゲーム。

    「だからと言って写真大賞の応募資格がどうして消えるのですか」
    「審査員って何する仕事だ」
    「アカネをバカにするのもエエ加減にして下さい。応募された写真を審査ばっかりさせられて、賞が当たらない役」

 ツバサ先生が大きくため息をつかれて、

    「全然違う」
    「どういうことですか」
    「審査員に選ばれるとは、その賞を授与するクラスってことだ」
    「だから賞がもらえない」

 ツバサ先生は頭をかきむしりながら、

    「そうじゃない」
    「じゃあ、審査員をやっても賞がもらえるんですか」
    「既にその賞の対象を飛び越えてるってことだ」

 はぁ?

    「さらにコンクールの審査員にも格がある」
    「成ったら馬になるやつ」
    「それは将棋だ。ランクだ」
    「トヨタのRVのゴッツイやつ」
    「それはランクル。相撲の番付みたいなものだ」

 うわぁ、こんな表情になるツバサ先生は久しぶりに見た。

    「フォトワールド誌はUS・フォト・グランプリに敬意を表して、わたしもアカネもあえて審査員に呼ばなかったんだ」

 助かった。あんまりやりたくないもんね。ひたすら写真見せられて点数つけるはウンザリだもの。

    「US・フォト・グランプリは世界最高峰のコンクールの一つだ。US・フォト・グランプリを横綱としたら、写真大賞は平幕か十両ぐらいの差がある。なのに応募、それも新人賞に応募が来たので、これはフォトワールド誌へのなんらかの強い抗議と受け取ったんだ」
    「そりゃ、フォトワールド誌の勘違い」

 いかんツバサ先生の顔が赤くなった。

    「アカネにわかりやすく言っとく。世界中のいかなるコンクールへの応募を一切禁ずる。もし破ったら・・・」
    「破門とか」
    「そんなもんで許されると思うか! マルチーズだ」

 うぇ~ん、写真大賞最優秀新人賞の夢が。

    「アカネ、プロは仕事の評価がすべてだ」
    「そうですが・・・」
    「たまには依頼料を見ろ。あれ以下の仕事は全部断ってる」

 そう言えば、最近安い仕事見ないもんね。

    「あれももう少し上げないと話にならん。それがアカネの評価のすべてだ。渋茶のアカネが日本だけでなく海外でもどれだけビッグ・ネームか少しは自覚しろ」
 渋茶は余計だ。とにかくわかったのは、コンクールで名を挙げるプランはマルチーズの刑が待っているのだ。でも、なんでダメなんだろ。