不思議の国のマドカ:シオリの疑念

 マドカには謎がある。いや確実にウソをついて何かを隠している。マドカは赤坂迎賓館スタジオにいたのは間違いないが、マドカが話した入門試験は実際とは違う。あれは西川流の昇段試験の様子だ。

 それよりなにより赤坂迎賓館スタジオに入門資格はあっても、入門試験はなかったはず。西川流初段以上であれば希望すれば入門できる。だから弟子の数も多い。マドカは故意に昇段試験と入門試験を混同させて話しているとしか思えない。

 それと下積み修業の描写もおかしい。あそこは古臭い内弟子修業的なことをさせるが、せいぜい一か月程度だ。昔は長かったが、さすがに不評で短くなってるんだよ。さらにスタジオではお茶くみとか掃除もさせるけど、資格はあくまでもアシスタントなんだよな。

 アシスタントの描写も変だ、あそこは弟子の数が多いから屋根瓦方式を取っているのはウソではない。だが、まずは師範代のアシスタントになり、そこで才能が認められたものが竜ケ崎のアシスタントになる仕組みだ。

 マドカは二年いたとしているが、二年ではさすがに竜ケ崎のアシスタントになるのが精いっぱいだ。だから二年目で竜ケ崎のアシスタントになる時にセクハラを受けて投げ飛ばしたのは時期として話は合うが、それにしてもの技量なんだよ。

 入門時のマドカのテクニックは間違いなく西川流の師範代以上、いや竜ケ崎に匹敵するとして良い。写真は才能で説明出来ても、あのテクニックは半端な事で身に付くものではない。だからうちへの入門を認めたが、経歴から考えて高すぎるとしか思えない。

 さらに不思議なのはオフィス加納でのアシスタント業務での醜態。そりゃ、誰だって最初は付いて来れないが、アシスタントの基本的な心得が出来ていないと見ても良い。つまりはアカネ並のレベルの低さだった。

 赤坂迎賓館スタジオでの二年間のアシスタント業務が一切身に付いていなかったとしか思えない。そりゃ、アカネのように言っても聞く耳もたないタイプならともかく、マドカはアカネとは正反対の秀才タイプ。

 あのアシスタント業務の技量の低さから導き出される結論は一つしかない。マドカはアシスタント業務をやったことがなかったことになる。それに引き換え写真のテクニックが異常に高いのは、最初からアシスタント業務をせずに竜ケ崎からの直接指導を受けていたとしか思えない。

 しかし赤坂迎賓館スタジオにはそんな特別コースは存在しないはず。あったとしても、それだけの理由が必要。理由も技量じゃない。もっと社会的な理由でないとありえない。たとえば政財界の有力者の子弟だとかになる。

 しかしマドカの家はそうではない。理由があって伯父夫婦に引き取られているようだが、新田と言われても有力者の家とは思えない。それだけじゃなく、あの立居振舞と教養の深さ。

 マドカはどう見ても筋金入りのお嬢様だ。それも半端じゃないぐらいの仕込まれ方をしている。付け焼刃的なところを微塵も感じさせない。庶民の家に生まれても品の良いのはいるが、マドカのレベルはそんなものじゃない。

 もしマドカが本物のお嬢様なら話が合う部分は多い。赤坂迎賓館スタジオでは特別待遇で竜ケ崎の直接指導を受けられるからだ。当然だが下積みのアシスタント修業など触りもしていないのも納得できる。


 ただ、そうなるとわからなくなってくるのは竜ケ崎が行ったセクハラ行為になる。特別待遇を受けるほどの有力者の娘に手を出すバカはいない。竜ケ崎は投げ飛ばされたことを逆恨みしてマドカを東京のスタジオから締め出したとなってるが、マドカにセクハラをやれば今度は竜ケ崎がクライアントから締め出される。

 ここもだが、竜ケ崎がマドカに投げ飛ばされたのも事実なんだ。関西にも西川流のスタジオがあるが、そこにマドカの破門通告があったらしいのは聞いたことがある。つまりマドカは竜ケ崎が手を出しても構わないぐらいの家の出身になってしまう。

 マドカの経歴には矛盾することが多い。ありそうなものなら、どこかの本当のお嬢様が身分を隠してうちで写真の勉強をしているとか。どこかの三文小説みたいな設定だが、ここでマドカが新田まどかであるのだけは間違いない。

 マドカは大学の時からあれこれとコンクールに応募し受賞しているが、顔写真入りで紹介されているものもある。どこをどう見てもあれはマドカで、名前は新田まどかだ。これを見間違えるようではフォトグラファーとして失格だろう。いや別にフォトグラファーでなくともあれを別人とするのは無理があり過ぎる。


 マドカのレズ疑惑も不自然な点が多い。レズは女が女を愛するものだが、女である点は変わらない。男になって女を愛したいとは思わないってこと。これはユッキーがわかりやすく説明してくれた。

 レズの性嗜好も様々のようだが、基本としてタチとネコがある。タチが男役で、ネコが女役ぐらいの理解でも良さそうだが、この役割分担は行為中に入れ替わる事もポピュラーらしい。その中でもタチに傾きが強くなったのが男装に走るぐらいでもイイと思う。

 マドカの女を見る目は、どう見ても男が女を見る目にしか思えないところがある。これを男性意識が強くなったタチと解釈するのもありだが、その場合は普段の立居振舞も、もう少し男性っぽくなるんじゃないだろうか。

 この辺はレズ経験がないのでこれ以上はわからない。そもそもレズじゃない可能性だってある。別にレズであろうと、バイであろうが構わないが、アカネに手を出すのだけは許さない。

 大事なアカネをレズやバイに散らされてたまるか。アカネは男とキチンと恋をして人としても、フォトグラファーとしても大きく成長してもらわなければならない。あれだけの才能を歪めるような行為を絶対に許さない。

 わたしの今の喜びはアカネと言う最大のライバルを得たこと。アカネがいる限り、わたしは伸びる。そう、同じレベルのライバルがいるのは幸せなことだ。アカネがわたしに及ばない要素の一つが男性経験だ。

 アカネには何があっても素晴らしい男性経験をしてもらう。そうさせるのが師匠としての務め、いやわたしの責務だ。アカネを邪魔する奴はエレギオンの五女神の総力を挙げても叩き潰してやる。言っとくがわたしはレズじゃないからな。