恵梨香の幸せ:お出かけのルール

 康太とのお出かけにも注意点があるんだ。それは、

『さっさと出発する』

 康太が起きる時刻は休日でも殆ど変わらないのよね。そこからシャワーを浴びて、朝食を摂って平日なら出勤なんだけど、休日にお出かけとなると同じペースで出発するのが理想みたい。

 もちろん行先とかで変わるけど、ポイントは起きた時からお出かけモードの浮き浮き感を楽しみたいぐらいかな。だから恵梨香も普段より早く起きて身支度するようにしてる。朝食も恵梨香が作る時もあるけど、ファミレスのモーニングを利用したり、コンビニで買ったり、マクドの日もあるの。

 こう書くとどこが注意点かと思われそうだけど、逆は嫌がるなんてなんてものじゃなさそうなんだ。どうも元嫁がそうだったみたいで、なかなか出発できなかったみたい。元嫁は専業主婦だったけど、専業主婦の朝のルチーンを済まないと納得できない人だったで良さそう。

 たいしたルチーンじゃないけど、まず洗濯して、掃除して、洗濯物を干してが済まないと許されない感じかな。さらに言えば朝は弱かったみたい。つまり康太より遅く起きてくるのだけど、その時点で康太は既にイライラして待ってるぐらいで良さそう。

 ようやく元嫁が起きてきても、まず始めるのが洗濯なんだよな。これだって時に二回分を回すんだって。前日の天気の関係もあるし、子どもだって二人いるから仕方がないと思うけど、そうやって待たされているうちに康太の高揚感がドンドン下がる感じだったみたい。

 二回分の洗濯をして、康太や子どもの朝食を作り、部屋を掃除して、子どもの身支度を整えて・・・元嫁がとくに悪いことをしているわけじゃないけど、康太にすればその日の朝にお出かけするのはわかっているから、洗濯ぐらいは前日に済ませておくとか、専業主婦なんだから翌日に回せば良いぐらいに思っていたみたい。

 掃除もそうみたいで、元嫁は綺麗好きは良い事なんだけど、それこそ一日二回ぐらい掃除機を回さないと気が済まなかったみたい。お出かけの日は二回は無理になるから、お出かけ前の掃除は絶対ぐらいかな。

 康太だって綺麗な方が良いだろうけど、別に一日や二日ぐらい掃除をしなくても死ぬわけもないぐらいって考え方。それよりお出かけの日を楽しみたいぐらいなんだよね。これはお出かけ全体のスケジュールの考え方にも違いがあるで良いと思う。元嫁の発想的には、

『別にゆっくり出ても変わらないのに、なにを朝早くから張り切ってるの』

 子ども連れだからクルマの方がなにかと便利だからクルマでのお出かけが殆どだったみたいだけど、康太は、朝は渋滞前に通り抜けて、帰りも渋滞をなるべく避けたいぐらいかな。それだけでなく行楽地の昼食はとにかく混雑するから、十一時ぐらいには店に入ってしまいたいのもあるで良いと思う。

 元嫁は休日だから混むのは当たり前、昼食も並ぶのは当たり前、元嫁だって行列を待つのが好きじゃないだろうけど、朝の掃除や洗濯に比べれば取るに足りない事というか、必然的に我慢するのが当たり前ぐらいだったみたい。

 この辺は休日の過ごし方、楽しみ方のスタンスが元嫁と康太では根本的に違うがあったのは聞いた。元嫁がしたいのはリゾート滞在型の旅行。せわしない日帰り旅行は、

『付き合ってやってる』

 ここもあからさまに言えば好きじゃないってこと。どうせならデパートとかに買い物に出かけたいのに、わざわざそんなところに出かけなくとも良いぐらいが基本姿勢だったで良さそう。

 そう考えると元嫁の行動はわかりやすくて、デパートが開く時間を考えて動いてるし、それをお出かけだからと言って変える気はサラサラなかったぐらいで良いと思う。康太に言わせると、

「命の掃除より優先するものは、この世に存在しない」

 これがほぼ毎回繰り返されたから、ついに康太は口にしたみたい。そしたら元嫁が猛烈に不機嫌になり、その日のお出かけは殆ど口も利かなかったらしい。それどころか一年ぐらいお出かけがなくなり、最終的には家族そろってのお出かけが消滅したって言うからかなりのもの。

 この辺は元嫁が買い換えたクルマを康太がトコトン忌避したのもあったらしいけど、お出かけは元嫁が娘を連れて出る回と、康太が娘を連れて出る回に分かれたんだって。康太は元嫁が選んだクルマを絶対に使わなかったから、やがてお出かけと言えば元嫁が娘を連れてデパートとかに買い物に行くものになり、康太は留守番が定位置になったらしい。

 康太もどうかと思うけど、元嫁も元嫁で。どこかで妥協点を見つければ良さそうなものだけど、どちらも絶対に譲らず決裂してるのよね。

 親権を争わなかったのも、この辺に原因もあって、康太と娘さんは仲こそ悪くなかったけど、二択なら母親以外に考えられなかったぐらいで良さそう。まあ、離婚となれば大概は母親に親権が回るものだけど、

「母親の不倫は?」
「娘にもショックだろうから、可能な限り伏せることにした」

 離婚交渉の詳細も康太はあまり話したがらないけど、明らかに元嫁の有責だから、娘の親権も含めてもっと有利な条件で離婚するのも可能だったで良さそう。康太は離婚こそ決めていたけど、元嫁を追い込んで破滅させる気はなかったぐらいかな。

 だってだよ、持ちマンションと家財道具一式、さらにクルマまですべてを譲り、その代わりに慰謝料とか財産分与、養育費なしだものね。結果として康太は所有していたマンションから、身の回りの品だけで追い出されて離婚が成立してるようなもんだよ。


 康太は言ってたけど、元嫁とは結婚はしたものの、最初からどこか他人の感覚があったって言ってた。見合いだし、結婚してから同居したパターンだから、スタートはそうならざるを得ないだろうけど、年数を重ねても関係は深まるどころか、逆に離れて行った感覚だったで良さそう。

 元嫁が悪い人であったとは思わないし、奇人変人とも思わないけど、結果的に言えるのは性格が余程合わなかったぐらいとしか言いようがないんだよね。ここだけど生まれも育ちも違う二人が始めるのが結婚生活であり、夫婦生活だから性格が何から何まで一致するのはありえないと思う。

 どうしたって二人の間に価値観とかの相違が生まれるけど、夫婦になってその差が埋まっていくケースと、溝が深まるだけのケースがあるのはわかる。元嫁と康太の場合はあらゆる相違点が溝になり埋まるどころか深くなったとしか言いようがなさそう。

 そうなってしまった原因の一つが夫婦の会話不足と康太は考えてるで良さそう。元嫁との結婚時代は年数を重ねるほど会話は減り、最後の方は康太が仕事から帰っても、一言も話さない日の方が多かったって言うから驚いた。

 夫婦だから話さなくてもわかってくれてると思うのは、そこまでの積み重ねと信頼関係があってのもので、単に年数を重ねただけではそうはならないと学習したぐらいかな。そのせいか康太は恵梨香にどうして欲しいかを具体的に必ず話すもの。

 もちろん押し付けでなくて提案だよ。恵梨香の意見もキッチリ聞いてくれて、二人で共同生活のルールを決めてるぐらい。だから恵梨香もそうしてるけど、康太は真剣に耳を傾けてくれるし、康太が受け入れられる部分、そうじゃない部分をはっきり言ってくれる。

 ただね笑っちゃうぐらい似てるのよ。そりゃ、合ってない部分もあるけど、合ってる部分の方がはるかに多いのよね。そのうえで、合わない部分は康太は一生懸命に合わせようとしてくれるし、もちろん恵梨香もそう。

 恵梨香は結婚する前に、康太がどんな結婚生活をしたいか、おおよそだけど知ってたつもりだし、康太の望む夫婦をするのに賛成してた。でも実現するには恵梨香だけの努力じゃ無理なのよね。で、実際に結婚してみたら恵梨香以上に康太は努力してくれるし、協力してくれる。

 これが苦痛じゃないのよ。どう言えば良いのかな、合わない部分を二人で探り出して、これを合わせようとする努力が楽しくて仕方ないぐらい。康太に選ばれて結婚できたのは今でも夢のようだけど、結婚してからも康太が夫であるのが夢のようなんだよ。

 だから恵梨香は誰に聞かれても胸を張って言えるよ。この世で最高の相手と結婚したって。それは感動の入籍をした時よりも今の方が何倍も強いもの。夫婦生活ってこんなに楽しいものだと、いつも思ってる。

 でもね、でもね、大事にされすぎてる気がどこかするのよね。大事にされてなんの不満があるかだけど、どうも康太は何かを怖れてる気がしてならいんだよ。夫婦で楽しく暮らすように努力するのは良いことに決まってるけど、何か違う感じ。

 どう言えば良いのかな。まるで恵梨香が数年のうちに消えてなくなってしまうみたいな感じさえあるんだ。よくあるじゃない、余命があるうちに最後の望みを叶えるってやつ。恵梨香は会社の健診でも健康体だけど、まさか康太が、

「ボクも異常なしだし、自覚症状もない。十年ぐらいは余裕でだいじょうぶだと思ってるけど」