面積比率と人口比率

ちょっと古い話なんですが、中間管理職様のところから引用。

医療機関数「ワースト1」に上田知事反論
産経新聞 2007/06/13 03:19

http://www.sankei.co.jp/chiho/saitama/070613/stm070613000.htm


 11日夜に行われた上田清司氏の「業績評価・マニフェスト検証大会」で、佐々木信夫中央大教授が「埼玉は医療機関の県民当たりの数がワースト1だ」と指摘したことに対し、上田氏は12日の知事定例会見で「10キロ四方での医師数で埼玉は全国で6番目に医師が多い」などと反論した。


 県医療政策課によると、県の人口10万人当たりの医師数は129.4人(平成16年12月)で、全国最下位。病院病床数も17年10月で46位。しかし国は最近、面積100平方キロ当たりの医師数を都道府県の比較指標としており、県は242人で全国平均(67.9人)を大きく上回り、6位だという。


 上田知事は「医療で決定的に何かが不足しているわけではない。講評者は相対的な指標を知らない」と批判した。

医療機関配置、医療充実の指標として面積比率は重要です。面積比率の充足度が高ければ「目に見えるところに医療機関がある」という安心感が生まれます。人口比からすると医療機関に普段縁のない人の方が多数派ですから、とりあえず目に見えるところに有れば安心して満足するかと思います。もちろんそんな「感じ」だけではなく、医療機関までの距離、アクセス時間が近いも実質として生まれます。さらに面積比率の充足度が高ければ、最寄の医療機関が満床などで応需不能の時にも近隣の医療機関まで近いメリットも出てきます。

では面積比率だけ充足すれば事が足りるのかと言えばそうは言えません。一つの医療機関が応需出来る医療量は上限が決まっています。たとえば入院は定員を超えることは出来ませんし、外来だって3分診療で10時間続けても200人しか診察できません。同じ面積であっても、そこに住む人口が1万人と10万人では条件が全く変わるのは誰でもわかります。人口比率が違えば、それに対応する医療機関数、医師数が必要になります。

面積比率の充足が強く求められるのは、面積の割りに人口密度の低い地域です。一番分かり安いのは北海道で、札幌などの都市部を離れれば広大な人口希薄地域が広がっています。そこでの医療充実の指標として面積比率を重視するのは正しい政策です。北海道で人口比率に応じた医師や医療機関の充足のみを重視すれば、それこそ医療機関を受診するのに何百キロもの通院距離が必要とされるからです。

一方で人口過密地域で面積比率のみを重視すればどうなるかですが、病院や医師の受け持ち人口が過大な物になります。それこそ抱えきれない患者が存在する事になります。つまり幾ら目の前にあっても外来受診をするだけで膨大な待ち時間を要する事になります。入院も目の前の病院に出来ないだけではなく、近隣のすべての病院が同じような状態になっているために、マスコミ用語で言う「たらい回し」が延々と続く事も容易に発生します。

つまり人口過密地域の面積比率重視は、人口過疎地域で人口比率を重視するのと同じ結果をもたらすことになるのです。人口過密地域の面積比率重視は目に見えて医療機関があり、そこまでのアクセスは容易であっても、医療機関内でのアクセスが極度に低下します。人口過疎地域で人口比率を重視が、医療機関へたどりつくアクセス時間が極度に低下している状態と余り変わらない結果を招くと言う事です。

面積比率と人口比率ですが、どちらも大事な指標です。どちらが優先とは言えないもので、地域ごとの特性、事情によって変わりますが、単純には人口過密地域で面積比率が充足しているところは人口比率の充実に努めるべきですし、人口過疎地域で人口比率が充足しているところでは面積比率の充足に努めるべしです。

問題点としては経営の問題がでてきます。人口過密地域で面積比率が充足しているところに人口比率を充実させても、適正配置で基本的にそんなに問題は起こらないかと考えます。人口比率充実のために増えた医療機関にも十分な受け持ち患者が期待できるからです。一方で人口過疎地域で人口比率が充足しているところに面積比率を充実させるのは大変です。新たに設置された医療機関は、ただでも少ない患者を既存医療機関と分け合わなければならなくなるからです。

人口過密地域の人口比率充実は、まだ商売として旨みが残っており、民間資本の参入も期待できます。ところが人口過疎地域の面積比率の充実は商売として成立する余地が無いため、自治体が公的資金を投入して維持せざるを得ません。さらに自治体の財政規模は抱える人口にもある程度相関しており、人口過疎地域の自治体の財政は苦しいを通り越して破綻寸前のところが珍しくもありません。

ここ数日、産科危機の図示に力を入れていましたが、危機なのは産科だけではありません。温度差はあっても小児科、救急、外科にも危機は確実に及んでいます。内科だって危機の影は濃くなっています。データがないので推測になってしまいますが、産科の危機地図は他の診療科の危機地図に重なる部分は多いと考えます。

産科の危機分布が他の診療科の危機分布に近いなら恐ろしい事が言えます。これまで医師は大都市部に偏在し、少なくとも大都市部の医療はそれなりに安定と考えていた人は多いと思います。ところが大都市部の方が人口急増のため、人口比率による医療危機は統計上出現していると考えられます。

そうなれば大都市部は人口比率の医師不足医療機関不足解消のための施策を行なうことになります。大都市部の方が新たな医療機関を設置しやすく、なおかつ医師を募集するのに容易です。一方で人口が減る地方では、人口が減った分だけ人口比率の充足は見掛け上進みますが、面積比率の医師不足は深刻化し、財政赤字自治体はこれを解消する手段を持たないことになります。

政局が混迷し医療政策がどう変わるか誰にも見通しが言えない状態になりつつありますが、一つ言えそうな事は人口比率の充実に大都市部が努力すれば、地方の面積比率による医師不足が進行して行く構図が出現しそうです。医師の数は限られていますからね。今日は産科危機が太平洋ベルト地帯に広がっているの見た感想でした。