子宮外妊娠見落とし訴訟

マスコミ情報しか無いので、参考にしたのは、

亡くなられた女性の御冥福をお祈りします。訴訟と言っても訴訟を起したではなく判決が出たの段階ですから、各社が伝えた記事は判決文で事実認定された「ものだろう」の前提で考えていきます。それと子宮外妊娠と言っても文字上の知識はあっても実戦的感覚は私にはなく、私が深く信頼しているあるバリバリの現役産科医の見解をベースにこの事件を考えて見ます。

まずは受診経緯ですが、中日と朝日で較べてみます。

中日 朝日
判決によると、この妻は2007年10月、妊娠検査薬で陽性反応が出たため同病院を受診。医師は、腹痛を訴えず出血もなかったため、帰宅させた。 判決によると、女性は2007年10月3日、妊娠を疑って同病院で検査を受けた。


朝日では単に妊娠を疑ってだけになっていますが、中日にはもう少し詳しい様子が書いてあり、
  1. 妊娠検査薬が陽性であった
  2. 腹痛も出血もなかった
その他は不明なのですが、これだけならごく普通に妊娠を考えての平穏な外来を思い浮かべます。各紙とも明記はしていませんが、普通に妊娠を考えてのものなら産婦人科を受診であるのも必然でしょう。ここまではありふれた受診風景です。ここで報道にはありませんが、妊娠の可能性で受診してますから超音波検査が行われたのもまた確実です。

超音波検査の目的は子宮内に胎嚢を確認することです。これが確認できれば広い意味の正常妊娠と言うか、子宮内妊娠(こんな表現があるのかな?)と言う事になりますが、今回は結果が子宮外妊娠ですから確認されなかった事になります。確認されなかった時に考える可能性はおおよそ3つで、

  1. 妊娠早期のために胎嚢がたまたま確認できなかった
  2. 子宮外妊娠
  3. その他の疾患
ここで妊娠検査薬ですがhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の定性検査です。hCGは妊娠に伴い増えますから、ある一定の量を超えた時に陽性として示す検査です。hCGは妊娠以外の疾患でも増大する事があり鑑別診断として候補にはあげていますが、こういうシチュエーションでは優先順位は少し下がります。とりあえずの焦点は正常妊娠か子宮外妊娠かの区別が急がれます。理由は子宮外妊娠であれば至急ないし緊急の対応が必要になるからです。

子宮外妊娠を示す他の症状としては腹痛とか不正性器出血ですが、これは受診時にはなかったとなっています。そのため担当医は正常妊娠早期の可能性も十分にありえると判断し、患者を帰宅させているかと考えます。一方で子宮外妊娠の可能性も考えての検査も行っています。中日と朝日からですが、

中日 朝日
妻の帰宅後に判明した検査結果で、子宮外妊娠の疑いは持った 女性が帰った後の同日夕には検査結果が出て、担当した女性医師は子宮外妊娠の可能性に気づいた。


担当医はhCG定量検査を行ったと考えるのが妥当です。hCGは妊娠の進行に伴って上昇しますが、子宮内に胎嚢が確認できないほど早期であるのに高値を示せば、子宮外妊娠の可能性が高くなると言う事です。そいでもってこの病院の検査システムとして、午前中の外来で行ったhCG定量検査は夕方に検査結果が出てくると言う情報を私は聞いています。

子宮内に胎嚢が確認できず、hCG定量検査が高値である時にどう判断すべきかですが、あるバリバリの現役産科医は直ちに子宮外妊娠の治療体制を取るべきだとしています。具体的には直ちに患者に連絡を取り入院させるべきだです。今回の事例ではどうであったかですが、中日記事より、

別の患者の緊急手術を担当したため、連絡しなかった。

簡潔な表現なので状況を推測補足しなければなりませんが、患者のhCG定量検査が判明した頃に緊急手術があったようです。この緊急手術に対しどこから担当医が関与していたのか、hCG検査結果判明から緊急手術に入るまでどれほどの時間があったのか、さらには緊急手術の難易度、要した時間等は不明です。

結果として言えるのは、緊急手術前に患者に連絡を行なう時間もなく、手術後は連絡するのを失念したのではないと推測されます。失念ではなく軽視した可能性もあります。そういう対応は子宮外妊娠疑いの患者に対しては好ましいものではなかったと言う事です。ただこの時点では理想的な対応になっていませんが、次善の対応でリカバリーの余地はあるとしています。

診察時点ではまだ腹痛も起こってなかったので、腹痛の連絡があった時点で緊急対応を行なえば次善ですが合格点ぐらいの感じでしょうか。具体的にはカルテに「腹痛の連絡があれば即緊急入院」ぐらいの記載を行っておくです。でもって、そういうカルテ記載による情報伝達システムがこの病院にはあるそうです。その次善の対策が求められるシチュエーションが翌日に展開します。これは朝日記事ですが、

翌4日朝に女性から腹痛を訴える電話があり、午前11時に来院することになった。女性が病院に来ないため、病院は何度も女性に電話したが通じず、午後1時に女性から「腹痛で動けない」と電話があった。

ここでのポイントは

  1. 「朝」とは具体的に何時であったか
  2. なぜに「11時」と言う妙に具体的な受診時刻が出てきたか
  3. 誰が朝の電話に対応したか
まずなんですが、朝の電話時点での患者の腹痛は猛烈なものではなかったと推測されます。そりゃ猛烈に痛いのであれば、理由の如何に関らず緊急受診させるのが通常です。ある程度自制範囲内の痛みであったと考えます。そういう腹痛であったので、ありがちな対応として、
    医師:「それなら受診しておいた方が良いと思います。何時頃なら受診できますか?」
    患者:「11時頃には受診できると思います」
こういう対応は一般的には必ずしも悪いものではないのですが、この患者の場合は子宮外妊娠の可能性を強く疑う必要があるので宜しくないと、あるバリバリの現役産科医は指摘します。これまでの胎嚢が確認できなかった事、hCG定量検査高値であること、これに加えて腹痛が加わった時点で即緊急対応に切り替わらなければならないです。具体的には、
  1. 電話対応が前日の担当医であれば論外
  2. 担当医以外であってもカルテの緊急対応の記載を確認していなかったら論外(電子カルテであって当直時間帯でも読めるそうです)
  3. カルテに即緊急対応の記載がなければこれも論外
かなり手厳しい指摘ですが、とくにhCG定量検査を行い結果が出ているので、この対応は産科医として必須であるとしています。ここまでの対応で病院側の不手際として、
  1. 受診日の夕方にhCG定量検査の結果が出た時点で連絡対応していない。ただしこの時点では次善の対策でリカバリーは可能
  2. 朝の腹痛の電話の時点で緊急対応が行なえなかったのは大きな不手際
二つのチェックポイントで不手際があるとしています。判決は7800万円の賠償請求に対し6800万円の賠償を認めています。判決ではどの点を注意責任義務として重視したかです。4紙の裁判長の言葉部分を較べてみます。

中日 判決は、妻が翌朝、腹痛を訴えて病院に電話してきた点を挙げ「子宮外妊娠や出血などによる危険性を伝えて再受診させ、迅速に手術や治療をするべきだった」と判断した。
朝日 判決は、最初に腹痛を訴える電話があった時点で、女性は危険な状態だったと指摘。子宮外妊娠の可能性が高いことや危険性を具体的に伝え、できるだけ早く来院するよう勧める責任があったと結論づけた。
時事 堀内裁判長は「尿検査の結果や腹痛の訴えを踏まえれば、医師には女性に子宮外妊娠の可能性が高いことを伝える義務があった」と指摘。その上で「早急な受診や治療の必要性を十分に説明しておらず、医師の措置は不適切だった」と結論付けた。
日経 堀内裁判長は「危険性を説明して速やかに受診するよう指導する義務があった。適切な処置をしていれば、救命できた可能性が高い」として病院側の過失を認めた。


記事による切り取りなのですが、あるバリバリの現役産科医が問題とした点、とくに朝の腹痛時の対応の不手際に注意責任義務を認定していると読み取れそうです。



これでは身も蓋も無いので少しだけ解説を加えておきます。子宮外妊娠と言っても、すべてが今回の事例のように重症化するわけではありません。むしろ多くの場合はもっと穏やかな経過を取るケースの方が多いともされます。非常に穏やかであれば自然流産となり、病院受診さえなしに終ってしまうケースも1割程度はあるという報告もあるそうです。

子宮外妊娠が重症化するかどうかの一つの境目は、どこに子宮外妊娠を起こしているかになります。確率的には卵管である事が多いそうですが、卵管であっても胎嚢が付着している部位によって症状は大きく変わります。そして最大の問題点は、超音波検査ではどこに胎嚢があるかを確認するのは非常に困難である事です。そのため治療は子宮外妊娠が疑われれば重症化を想定して手術が原則になります。

今回は腹痛発症後から死亡までの時間が非常に短いため、大きな出血を起こす部位に胎嚢が付着していたのであろうと推測されています。これがもしそれほど重症化する部位でなければ、今回の事例のような対応であっても、それこそ結果オーライになっていた事も普通にありえたと言う事です。ところが残念ながらそうでなかったと言うのが今回の事例です。

あるバリバリの現役産科医はこうも指摘しています。子宮外妊娠で大出血を起こす頻度は高いとは言えないが、問題は大出血を起こすのか起こさないのかを事前に確認することが不可能であるとしています。高くはないがある一定の確率で命にも関るような大出血を起こすのは産科医の常識であり、そういう事態を常に想定して子宮外妊娠に対応するのもまた産科医の危機管理であると。

さらに大出血の頻度は多くはないため、これを経験していないとくに若手医師の中には子宮外妊娠のリスクを軽視する者もいるとはしていました。通常はそういう産科医であっても、ニアミス症例で冷や汗をかく事により経験を積んでいくともされていましたが、今回の担当医はいきなり地雷を踏み抜いて吹っ飛んだのかもしれないとはしていました。

ただ地雷と言っても、子宮外妊娠に地雷がある事は産科医なら周知の事であり、とくに今回のようにhCG定量検査まで行っているのなら、可哀そうだが弁解の余地は乏しいであろうとしていました。


あるバリバリの現役産科医は私も非常に信頼していますが、なにぶん畑違いの分野であり、そこまでは言いすぎであるとの意見等がありましたら宜しくコメント下さい。実戦的にどうなのかは私には判断がつきませんが、少なくともJBM的には参考になる意見だとは思います。