ツーリング日和20(第10話)納車だ!

 サヤカに免許が取れたって報告したら、

「やっとなの。もうあきらめたかと思ってた」

 うるさいわ。どれだけ苦労したと思ってるんだ。これこそ血と涙と汗の結晶だ。

「血も流したってことは、転んだの?」

 うっ、急制動でやらかした。結構痛かったし、擦りむいた。これでモンキーが納車されたらバイク女子の出来上がりなんだけど、あれだけ教習所に時間がかかったのにまだなんだ。半年なんて余裕で過ぎ、

「もう来ないんじゃない?」

 サヤカにさんざん言われながら待ち続けていたら、それこそ忘れそうになった頃にバイク屋から連絡があった。あんまり遅いから忘れられてるのじゃないかって不安になって、時々だけど催促には行ってたものね。催促したって来るものじゃないけど、こっちは忘れてないぞのアピールぐらいだ。勇んでバイク屋に受け取りに行ったのだけど、素直な感想は、

「ちっさいな」

 買うのを決めた時にも見てるのだけど、この辺は教習車がCB125Fだったのもあると思う。この教習車ってCB125Rを教習用に改造したものだけど大きいのよ。だって全長だけで二メートルだ。

 二メートルと言っても実感ないと思うけど、CB125Rの兄貴分のCB250Rと同じぐらいあるのよね。なんであんなドでかいバイクを教習車にしてるんだろ。お蔭で引き起こしの時に地獄を経験させられた。

 それに比べるとモンキーは百七十センチぐらいしかない。三十センチも短いからちっちゃく見えた。デザイン的にも大きく見せようって感じじゃない気もするな。一通り操作方法の説明を聞いて受け取りスタートだ。

 ここからは慣らし運転になる。慣らし運転も今のバイクなら不要の意見もあるみたいだけど、マナミの場合はまずモンキーに馴染まないと先に進まないのよ。それ以前に教習所以来のバイクだから不安はテンコモリ。

 発進こそエンストしなかったけど、そこから先はギッコンバッタン状態になってしまった。そうなるのは教習所を卒業したばかりの初心者なのもあるけど、それよりモンキーのクセを体で覚えないといけない。

 AT車だってあるだろうけど、MT車のクセは遥かに強いんだ。クラッチだけでも同じメーカーでも車種が変われば違うのがMT車だ。とりあえずモンキーのクラッチはかなり遠い気がする。遠いから半クラも遠い気がするだけでなく狭い気がする。

 シフトもギア比の設定が違うのよね。カタログに数値は書いてあるけど、あんなもの見たってわかるものか。どの速度でそのシフトにするかは体で覚えるしかないのがバイクだ。これだって加速するときは割と簡単だけど減速するときは難しいのよ。

 それとメーターだって違う。デザインの違いは当然だけど、表示される情報量がCB125Fに比べるとプアなんだよ。一番の違いはタコメーターとシフトインジケーターがないこと。だって教習所の時はそれ見てクラッチ合わせとか、シフトチェンジやってたもの。

 タコメーターとシフトインジケーターはバイク屋にも相談に行ったんだ。どうしても欲しければカスタムとして取り付けるのは出来るとは言ってくれた。そうそう、時計も無いからこれも欲しかった。

 でもね、当たり前だけどタダじゃない。工賃も含めると結構なお値段になるんだ。工賃を節約するために自分で付ける人もいるけど動画を見ただけであきらめた。あんなもの出来る訳がないだろうが。そしたら店員さんが、

「タコとかシフトインジケーターなんか見るのは最初だけでっせ。すぐに音と感覚で出来るようになりまっさかい」

 簡単に言うな! とは言うものの財布と相談してあきらめた。それでも慣れって怖いもので、乗ってるうちにそれなりにわかる気がするようにはなってくれた。今だって欲しい気は残ってるけど財布には勝てないものね。

 財布と言えば、他にカスタムしたいところがあったんだよね。バイクってね、とにかく荷物が載らない乗り物なんだよ。クルマならポルシェだってトランクがあったり、助手席とかあるじゃない。でもバイクにはない。

 スクーターになればメットケースもあるけどモンキーにはあるはずも無い。そうなると荷物を載せたければリュックを背負うぐらいしか手が無くなる。実際にもリュックを背負って乗ってる人もいるもの。

 さらにみたいな話だけどバイクに乗る時にはメットを被るじゃない。バイクを停めて休憩とかする時にメットをどうするかの問題は大きいのよ。メットホルダーもあるけど使いにくいし、使ったってバイクにぶら下げてるだけじゃないの。

 バイクを離れている間に盗まれたり悪戯されても嫌だし、とはいえ持って歩くには大荷物過ぎる。だからスクーターのようなメットケースが欲しくなったんだ。そんなものあるのかって、それがあるんだよ。

 これもスクーターなら良く付けてるリアのボックスだ。このボックスについても賛否両論はあるんだよね。反対派の意見はシンプルで、

『格好が悪くなる』

 その通りだと思う。通勤とか買い物用のスクーターならともかく、見た目九割のバイクだものね。一方の賛成派の意見はやたらと説得力があった。

『一度付けたら手放せなくなる』

 それぐらい実用性があるってことだ。これもバイク屋に相談したんだけど、タコメーターとシフトインジケーター時とは対応が違った。前向きだったってこと。大きさはメットを入れられてプラスアルファぐらいだと言ったら、カタログをあれこれ見て選んでくれた。

 付けたのは大きめのリアボックスとボックスを載せるためのリアキャリアだ。それなりのお値段はしたけど満足してる。乗り降りが少しやりにくくなったけど、これは便利だし実用性も高い。雨具だって入っちゃうもの。

 スタイルは・・・悪くないと思う。ちょっと大きめのリアボックスが小さいモンキーに微妙にミスマッチなところが気に入ってる。たしかに使い出すと手放せなくなるのは実感させてもらった。まあ、ボックスが気に入らない人は付けなければ良いだけだものね。


 そうこうしているうちに慣らし運転の目標の五百キロになりオイルとフィルターの交換だ。あんまり慣らし運転になってなかったかもしれないけど、こっちはだいぶ馴染んでくれてる。

 そうだそうだ時計も付けた。これもカスタムパーツまで売ってるけど、一番安くてお手軽なものにした。みんな大好きチーカシを巻き付けるだ。だけどね一筋縄では行かなかったんだ。

 ハンドルの真ん中ぐらいに巻き付けたら一丁上がりだと思ってたけど、ハンドルって人間の腕に比べたら細いのよ。あんなに細いと時計バンドじゃ無理だった。だからあるサイトを参考にして工作を加えてみた。

 時計バンドは穴で長さを調整するのだけど、そんなんじゃダメだからマジックテープを貼り付けた。それもそのままじゃ長すぎるからハサミで切って長さを調節したんだ。チーカシだから出来たと思ったもの。

 だけどさ、それでもまだ不十分だったんだ。時計の本体の裏は平らなんだけど、そこがバンドで締めても不安定だし、そのままじゃ振動で傷が付きそうなんだ。だから時計の裏に隙間防ぎ用のテープを貼り付けてやった。

 クッションみたいになるから、締める時にも良いはずだと思ったらその通りになってくれた。バイクで使うから完全防水の時計が良いとは思ったけど、チーカシだって五気圧の防水だし、とにかくあのカシオの製品だからもっと機能が良いはず。

 付けた感想はグッドだ。時間を見るだけなら腕に巻いても良さそうなものだけど、実際に乗る時はグローブも付けるし、さらにライディングジャケットも着込むから見にくいのよね。さすがに夜は見にくいけど昼間しか走る気がないからノー・プロブレムだ。

 時計ってあれば便利なのよね。時刻を見れるのは当たり前だけど、休憩時間を取る時の目安にもなってくれる。これも実際に走ってみてわかったんだけど、バイクって疲れるんだよ。マナミの場合は肩、とくに左肩が凝ってくる。腰と尻は案外だいじょうぶなんだけどね。

 最初の頃は走らせるのが楽しくて休憩なしで走り回っていたのだけど、やっぱり肩が痛んでくるのよ。長時間になると尻だって痛くなる。これを防ぐ方法はシンプルで休憩すること。

 マナミなら一時間に一回ぐらいかな。これをやるとやらないでは大違いなんだ。その時に便利なのが時計だ。バイクを走らせてると楽しくて時間を忘れそうになるのだけど、時計を見てそろそろ休憩ぐらいにしてる感じかな。

 というか、それぐらいの時間になれば積極的に休憩場所を探すとした方が良いと思う。多いのはコンビニかな。ジュース休憩って感じだけど、トイレだって借りれるじゃない。生理的欲求をどこでするかも女の子には重要過ぎる問題だからね。

 だってだって男だったら、最悪どこでも出来るじゃない。マナーの問題はさておきとしてもだ。だけど女がそんな事が出来るものか。さらに言えば薄汚れた公衆便所も可能な限り避けないもの。

 トイレ問題は女には大きいんだよ。だから郊外型のスーパーとかドラッグストア的なところも使うことがある。そういうところなら駐車場は広いし、トイレだって完備してるもの。できるだけ何かを買うようにはしてるけどね。

 トイレ問題と言えば嫌な運動が拡がってる。LGBTQってやつ。あれも何をしたいのかよくわかんない運動なんだけど、トイレで言えば男が性自認たらで、

『女だ!』

 こう言いさえすれば女性用トイレに入らせろなんだ。理由はそう言いさえすれば女扱いされるのが権利だってさ。権利どころか、そうされないと虐待とかなんとか頑張ってる運動家がいるのよね。

 女が性自認たらで男性用トイレに入っても男はそんなに困らない気がするけど、男が性自認たらで女性用トイレに侵入されたたら女は困るなんてものじゃない。そんな男がいたら入れないし、入って来られてもギョッとするどころの話じゃない。

 今のところ幸いそんなのに出会った事ないけど、あんな運動が拡がったらますますトイレ問題に困るじゃないの。ホント世の中、変な事をやりたがるのが多すぎると思うもの。なに考えてるんだとしか思えないもの。

 そんな事はともかく、モンキーにもだいぶ慣れてきたから、バイク女子の本領を発揮したくなってきた。そう、ロングツーリングだ。さすがにお泊り付きはまだとしても、日帰りで出来るだけ走ってみたいんだ。それをやるために免許も取り、モンキーを買ったんだもの。

ツーリング日和20(第9話)免許への道のり

 その場でオーダーしたけど店長さんから、

「納車は時間がかかりまっせ」

 半年ぐらいは覚悟しないといけないみたいだ。バイクってそんなに手に入れるのに時間がかかるものなのかな。ひょっとしたら受注生産だとか。

「そうやのうて人気があって生産が追い付いてまへんねん」

 モンキーは日本じゃなくてタイで作っているのか。そういう時代だからわかるとして、日本への割り当て台数が少ないらしい。日本は世界一の二輪車製造国ではあるけど、国内での需要はそれほどじゃないってことか。

 かもね。日本では暴走族が社会問題になって、それこそ国を挙げて若者にバイクを乗せない運動を繰り広げていたぐらいは知ってる。お蔭でサヤカみたいにバイクと言えば、

『乗れば死ぬ乗り物』

 こんなイメージが刷り込まれてしまってる。これはマナミだってそういう部分はあるからね。だから二輪車メーカーは海外に目を向けて発展してるぐらいだけど、グローバル戦略になるから国内マーケットは重視されなくなってるみたいだ。サヤカは、

「だと思うよ。だってバイクのCMなんて見たことないもの」

 昔はあったらしいけどマナミも見たことがない。今日見たモンキーやダックスはかつての五〇CCの一二五CCでの復刻版らしい。だったらさ、これがクルマだったらバンバンCMを打つはずじゃない。

「せんでも売れるからちゃいまっか」

 結果はそうだけど、それより根が深い気がする。CMって莫大な費用がかかるからペイしないのもありそうな気がする。それぐらいメーカーサイドに売る気もないぐらいだ。欲しいなら自分で探して買いに来いで十分ぐらいの感じだ。

 理屈はどうであれ、これで乗るバイクも決まった。納車まで時間がかかるけど、それだってこれから免許を取る時間と思えば帳尻だって合いそうな気がする。だって、バイクが納車されたって免許が無ければ乗って帰れないものね。


 次はモンキーが乗れる免許を取れば良いだけだけど、知ってわかってビックリだった。自動二輪免許は大型、中型、小型、ついでに原付以外に小型以上ならATとMTがある。この辺はクルマも同じような感じだ。

 マナミはバイクのATってスクーターだけって思ってたんだ。だってATってオートマって意味じゃない。だからスーパーカブだってMTだと思ってたんだ。だってオートマじゃなく変速機が付いてるもの。

 でもね、スーパーカブだけでなく、クロスカブも、ハンターカブも、ダックスもATなんだ。オートマじゃないのにATはおかしいと思ったけど、

「あれは自動遠心クラッチでっから」

 なんだそれ。あの変速機は自動でシフトは変わらないけど、クラッチを使わなくてもシフトチェンジが出来るんだって。つまりATかMTかを分けるのは、

「クラッチの有無でっせ」

 でもってモンキーはクラッチ付だからMTってことになる。そうなんだよ、ダックスとかハンターカブとかにしておけばATだったんだ。免許取得に際してATとMTは見た目的にはその差は小さそうに見えるのは見える。たとえば小型自動二輪のMTは教習所で、

 技能講習・・・十二時限
 学科教習・・・二十六時限

 学科教習に関してはクルマの普通免許があれば一時限になるけど、持ってないものは仕方がないから置いておく。でこれがATならどうなるかだけど、学科教習は同じで技能講習が八時限になるだけ。

 四時限の差は教習所費用にも連動はするけど、そもそも合わせて三十八時限もあるから誤差の範囲に見えなくもない。それぐらいだと思ってはいたのだけどひたすら甘かった。クラッチって手強いのよ。だってだよ、初めて発進させようとした時なんて、

『ガタッ、ぶすん』

 エンストだ。なんか回転数をこれぐらいにして、まずは半クラにして、それからつないでって説明はあったけど何度やっても、

『ガタッ、ぶすん』

 挙句の果てに回転数を上げ過ぎて、

「ぎゃぁ」

 なんちゅう難しいと思ったもの。このクラッチ操作は変速するたびに襲ってくる。発進の時ほどじゃないけど、常にプレッシャーがかかるって感じだった。それと技能講習はいくつか課題みたいなものがあるのよね。

 クルマみたいに車庫入れとか縦列駐車はないけど取り回しと引き起こしはある。他にはスラロームとかクランク、一本橋に急制動だ。そんな課題の時にクラッチ操作は付いて回るんだ。当たり前か。

 AT車の教習も横目で見ていたけど、なんちゅうラクそうかと思ったもの。だってだよ、教習車はスクーターなんだ。スクーターならアクセルを回すだけで走るし、ブレーキだって両手で済んじゃうじゃない。一方のMT車はそんなに甘いものじゃない。だってだよ、

 右手・・・アクセルとフロントブレーキ
 左手・・・クラッチとウインカー
 右足・・・リアブレーキ
 左足・・・チェンジ

 左手にはホーンもあるけどあんまり使うものじゃないから省略だ。とにかく両手両足をフルに使うものだから、最初の頃は頭がグシャグシャになりそうだった。クルマがATばかりになっている理由が良く分かったもの。

 だけどね、バイクはMTなんだ。これはモンキーがMTだからだけじゃない。いやモンキーだってそうだ。だってモンキーにはAT仕様はないのよね。そうMT専用。クルマみたいに同じ車種でATとMTがあるわけじゃない。

 この辺は車種でATとMTを分けてるだけかもしれないけど、MT専用のモンキーだって納車まで半年覚悟の人気があるのがバイクだ。これだけじゃ、わかりにくいか。中型以上のバイクでATはスクーターだけのはず。他はすべてMTってこと。

 バイク乗りの常識はMTで良いと思う。そこまでは考えたのだけどクラッチを体が覚え込むまで苦労させられた。だってさ、教官から何度も、

「今からでもATにコース変更できますよ」

 うるさいわ。それぐらいヘタクソに見えただろうし、実際もヘタクソだった。でもさぁ、もうモンキーはオーダーしてしまってるし、それより何よりモンキーに乗りたいんだ。それでも、それでも苦心惨憺の末、お情けもあったとは思うけど、

「卒業おめでとうございます」

 ついに教習所を卒業できた。でもまだ免許は取れない。ここから運転免許試験場で学科の試験を受けないといけない。明石まで行ったよ。駅からバスで遠かった。視力検査があって試験場に行ってテストだ、

 学科教習もまじめに受けてたから合格だ。そこから免許のための写真を撮って、やっとこさ免許を手にすることが出来た。このカード一枚を手に入れるために、どれだけの時間と手間とカネがかかったことか。今日だって一日仕事みたいなものだもの。

 帰り道でちょっと感動してた。考えようによってはマナミが初めて手に入れた資格になるかもしれない。そりゃ、これでも三明大卒だけから大卒資格はあるけど、あれって本当の意味の資格と少し違う気がする。

 やっぱり資格ってさ、調理師免許とか、栄養士とか、それこそ医者とか薬剤師免許みたいなものじゃない。それを持ってることで特定の業務をするのが許されるってやつ。そりゃ、自動二輪の免許なんて、たかがバイクに乗れるだけだけど、それでも持ってなきゃ逮捕されるもの。

 少なくともクルマの普通免許よりレアだろ。それぐらいバイク乗りは少ない。原付はそれなりにいるけど、あれは普通免許のオマケで付いてくるものだ。もっとも原付一緒はピンチらしい。

 環境問題とかの規制が厳しくなり過ぎて五〇CCではメーカーがもう対応できないとかなんとか。だから排気量を一二五CCまで上げるらしい。そうなったらこれだけ苦労した小型免許の意味が無くなりそうだと思ったぐらい。

 だけどね、排気量の上限こそ上がるのだけど、エンジン出力は従来の原付一種程度に抑えられるし、三〇キロ規制も、二段右折も変わらないって話だ。まあ、そんな話はどうでも良い。こっちには本物の小型自動二輪免許のそれもMTがあるものね。

ツーリング日和20(第8話)バイク女子になるぞ!

 今日はサヤカに相談と頼みがあって会ってる。

「バイク女子ねぇ・・・」

 あきれたように答えるな。女がバイク乗って何が悪い。

「マナミに似合ってない」

 バイクに乗るのに似合うとか似合わないなんか・・・無いとは言えないだろうけど、そもそも似合う女ってどんなだよ。

「格好の良い女だよ」

 あれか、スタイル抜群で、皮のツナギぐらいをびっちり着込んで、

「金髪のブロンドでレイバンのサングラスでっかいハーレーに跨ってる」

 うん、あれは似合ってると思うけど、そんなバイク女子なんかホンマにおるんかいな。いないとは言わないけど、それって単にモデルみたいな女がバイクに乗ってるだけだろうが。

「マナミにハーレーは似合わない」

 ほっとけ。これだって親からの遺伝だからどうしようもないだろうが。マナミは顔がブサイクなのは自覚があるけど、スタイルだってよろしくない。まず背が低い。女だから高ければ良いってものじゃないけど、

「チンチクリンよね」

 うるさいわ。そこまでチビじゃないぞ。それとだけどスリム体形でもない。

「子豚型かな」

 殺したろか。が、言い返しにくい。どうにも肉が付きやすい体質なんだよな。そりゃ、日ごろの努力が足りないと言われればそれまでだけど、

「結婚時代の痩せてた写真も見せてもらったけど、あれって細くなって良くなったというよりゾンビみたいだった」

 そこまで言うか。親友だろうが。もうちょっと言葉を飾りやがれ。マナミが悪いなりにもマシに見えるのは今の、

「子豚型」

 口をワイヤーロープで縫い付けてやるぞ。それとも溶接してやろうか。とにかくハーレーは乗らない。

「それは賛成だけど、バイクに乗りたいって死にたいの」

 バイクが危険そうな乗り物であるのも否定はしない。そりゃ、クルマと比べたら体を剥き出しにして走ってるものね。あんな状態で転んだら痛いだろうし下手すりゃ死ぬかもしれないけど、ホントに危険の塊だったら販売どころか製造だって禁止されてるはずだろ。

 そもそもだよ、バイクに比べたら安全そうなクルマだって年間でどれだけ死んでるかじゃないの。バイクに乗れば死ぬのだったら、そもそもあれだけ走ってるわけがないだろうが。

「そりゃ、電車だって飛行機だって事故があれば死ぬけど、選りもよってバイクとはね」

 うるさいわ。とにかくバイクに乗りたいの。

「わかった秋野瞬にかぶれたんだ」

 うむむむ。バレたか。秋野瞬はツーリング小説で大人気なんだ。マナミだけでなくあれを読んでバイクを乗りたくなったのは多いはず。それぐらいバイクやツーリングの魅力を紹介してくれているんだもの。

「わからないでもないけど、流行物に弱いね」

 ほっとけ。サヤカだってそうだろうが。そんなことは置いといてサヤカにわざわざ相談に乗ってもらっているのは、どのバイクにするかを選ぶのに付き合って欲しいからなんだ。だって一人で行くのは寂しいじゃないの。

「バイクって言うけど、そもそもマナミは免許持ってないじゃない」

 そうなんだよね。学生の頃にクルマの免許を取るように親に勧められたけど、あんなものが必要とは思わなかったのよね。クルマも田舎に行けば生活必需品で、一家に一台どころか一人に一台なんだけど、都会ではもてあますとしか思えなかったんだもの。

 バイク女子になりたいのなら自動二輪の免許を取らないと行けないのだけど、クルマと違ってバイクには普通免許みたいなものはないぐらいは調べた。クルマにだって中型とか大型免許はあるけど、

「あれってバスとかトラックのためのものじゃない。普通免許があれば軽自動車からランボルギーニまで乗れるから欲しがる人なんて少ないと思うよ」

 そうだと思う。問題の自動二輪免許だけどあれはエンジン排気量での区分になってる。

 原付・・・五〇CC未満まで
 小型・・・一二五CC未満まで
 中型・・・四〇〇CC未満まで
 大型・・・制限なし

 ここも正確には小型と中型は普通自動二輪免許で、大型は大型二輪免許だし、原付も五十CC未満が原付一種、小型は原付二種になる。自動二輪免許でクルマの普通免許に近いのは強いて言えば大型二輪免許だけど、

「だったらそれ取ったら良いじゃない」

 簡単に言うな! こんな区分があるってことは、当たり前だけど上位免許ほど取るのに難度が上がるだけじゃなく、時間もおカネもかかるんだ。それとだぞ、クルマは普通免許さえあればランボルギーニはともかくアルファードだって、エルグランドだって運転できる。

 これじゃわかりにくいか。アルファードやエルグランドみたいな大きなワゴン車だって体格とか体力に関係なく運転できるんだ。でもバイクはそうじゃない。バイクは乗り手を選ぶんだよ。

「たしかにね。マナミにハーレーは物理的に無理よね」

 あんなものに乗れるわけがないだろうが。だから乗りたいバイクに合わせて自動二輪の免許取得を考えることにしたんだ。そのためにはまずどのバイクに乗るか決めないと話が始まらないだろうが。

「話はわかった。付き合ってあげる」

 持つべきものは友だと思った。サヤカを誘ったのは別にバイクに詳しい訳じゃない。サヤカの持ってるコネが欲しいだけ。

「連絡はしといたよ」

 サヤカとバイク屋に。初めて入るな。自信はないけどかなりの大型店で良さそうだ。だって街で見かけるバイク屋はもっとこじんまりしてるものね。サヤカが店長から挨拶を受けてるな。これでド素人でも鄭重に扱ってくれるはず。

 こっちが大型バイクか。これは大きいよ。見るからに重量感があるし、エンジンだってゴツイ。これぞバイクって感じだし、いかにも走りそうだけど、

「マナミには無理そうね」

 御意だ。バイクは走らせる時はエンジンだけど、クルマとの最大の違いは人力で動かさなければならない部分があるところなんだ。たとえば駐輪場から引っ張り出すとか、停車してる時だって自分の足で支えないといけない。だけど大きくなるほど車体だけじゃなく重くなるから、

「こっちが二五〇CCだけど、こんなもの乗れそう?」

 む、無理そうだ。日本では色んな規制の関係で二五〇CCの人気が高いらしいけど、それでもこんなに大きいんだ。街中で見た時にはそこまで感じなかったけど、近くで見るとタンクの存在感なんて半端ないわ。

「スーパーカブって今でもあるんだ」

 何を言ってるんだ。スーパーカブはホンダの、いや日本が誇る世界の名車だぞ。今だって郵便配達とか、新聞配達に使ってるだろうが。とはいえスーパーカブはパスだ。どうしてもね。

「スクーターにしておけばお手軽なのに」

 だから目指しているのはバイク女子なんだって。バイク女子がやりたいのはツーリングだ。そりゃ、スーパーカブやスクーターでツーリングをしてる人も知ってるけど、ここは形から入りたい。

「これなんか良さそうじゃない」

 クロスカブって言うのか。なになに、ホンダは小型バイクのバリエーションを増やすためにカブエンジンの派生モデルを展開してるのか。クロスカブも悪くないけどこっちのハンターカブもなかなか良いじゃないの。

 だけど無骨だな。無骨さがアピールポイントだと思うけど、バイク女子が乗るのだぞ。もうちょっとオシャレっぽいのはないのかな。

「だったらこれは。愛嬌あって可愛いじゃない」

 ダックスと言うのか。名前の通りダックスフントをモチーフにしてるデザインみたいだ。これなら女の子が乗っても似合いそうな気がするけど、こっちにもあるぞ。

「これも可愛い」

 モンキーって言うのか。猿というか小猿って意味だろうけど、これも見るからに可愛い感じがする。どこが猿なのかわからないけど、スタイルはオーソドックスな感じなのがまた良いよ。

 やっぱりバイクは丸目が良いと思う。タンクカバーも丸みを帯びたのがあって、リアにはショックアブソーバーがにょっきりみたいな感じ。こんなもの個人の好みだけの話だけど、

「グロムとかCB125Rは一目で却下だったものね」

 こんなもの見た目九割で選ぶものだろうが。モンキーのデメリットはタンデムが出来ないのか。言われてみればシートが少し短いかも。タンデムなんかする気もないから、よっしゃこれに決めたぞ。

ツーリング日和20(第7話)恩返しみたいなお話

 サヤカには感謝してるけど一つ疑問がある。サヤカは幼馴染ではあるけど、ここまでしてくれたのは意外だったんだよな。

「人はね、施した恩と受けた恩では温度差があるものなのよ」

 それはあると思う。いくらこちらが恩を施したつもりでも、受けた方からしたらなんでもないと言うか、当然と言うか、恩には感じてもすぐに忘れ去るってやつだろ。

「そういのを忘恩の徒っていうのよ」

 難しい言葉だな。

「恩知らずの薄情者ってことよ」

 でもそんなのが世の中多いだろ。

「まあそうなんだけど、逆だってあるんだから」

 あれかな、鶴の恩返しの世界みたいなものか。

「ちょっとずれてる気もするけど、それに近いかな」

 だとするとサヤカはマナミからなにか恩を受けたことになるはずだけど、そんなものあったっけ。仲が良かったのは間違いないけど。そしたらサヤカは昔を思い出すように話し始めたんだ。

「サヤカがあそこに引っ越してきたのは三歳の時だったんだ」

 だったっけ。

「その時のサヤカはとにかくワガママ姫だったんだよ。ワガママ過ぎてみんなの嫌われ者だったで良いと思う」

 そんなこと良く覚えてるな。でも言われてみてちょっと思い出した気がする。サヤカの家は裕福だった。そりゃ、子ども心で見てもお屋敷って感じだった。今でもあるはずだけど、前を通るたびに掃除がさぞ大変だろうと思ってたものな。

「サヤカは三人兄妹の末っ子だったんだけど、兄が二人だったでしょ。さらに兄とは十歳以上離れてたのよ」

 それは知ってる。サヤカのお兄さんに初めて会ったのは小学校の高学年だったけど、叔父さんかと思ったぐらいだったものね。

「その辺はあれこれ事情もあったのだけど、末っ子の娘だったからとにかく甘やかされて育ったんだ」

 だからワガママ姫だったのか。でもそんな記憶はないぞ。

「マナミは忘れちゃったみたいね。そりゃ、強引だったし力づくも良いとこだったからね」

 はて、何を言いたいやら。

「マナミはね、それこそ強引に遊びに連れ出してくれたのよ。それも遊びに行けば崖から突き落とされるわ、川に投げ込まれるわ、田んぼに放り込まれて泥だらけにされるわだったじゃない」

 あのなぁ、それは誤解があるぞ。それにだぞ、それじゃ、まるでマナミがイジメっ子みたいじゃないの。

「最初はそう思った。マナミが遊びに誘いに来るのが恐怖だったぐらい」

 そんなこと言うけど、ホイホイ出て来たじゃないか。

「そんなものマナミってあの頃のガキ大将で、どれだけ怖かった事か。逆らったら何されるかわかったものじゃないから出ない訳にはいかなかったのよ」

 男の子の遊びが好きだったのは否定しないけど、

「サヤカがワガママなんて言おうものなら怒鳴られたし、引っ叩かれた」

 そんな事もあったような・・・でもサヤカだって楽しそうに遊んでいたはず。

「マナミは怖かったけど、あれってサヤカに子ども世界のルールを教えてくれたと思ってる。そのルールをなんとか覚えたら、今度は優しくて頼れる人になったんだ」

 ようわからんな。

「ボヤ事件覚えてるよね」

 ちょっと待て。それもマナミの汚点とか黒歴史みたいなものじゃないか。マナミの家にはなぜかマッチがあった。親父がタバコを吸うためのはずだけど、なぜかライターじゃなくマッチだった。その着け方を教えてもらったのだけど、あれはあれで子どもにとってはある種の技術だった。

 覚えたらマッチを擦るのが楽しくなって持ち出して遊んでたんだよ。でさぁ、マッチに火が着いたらなにかに火を着けたくなるじゃない。すぐに火遊びになったんだよな。マナミなりに注意はしてたけど、

「物置小屋に火が着いちゃったのよね」

 あの物置小屋はなんだったんだろ。田んぼの間にポツンとあったけど、どう見たって使われてる形跡はなかったし鍵だってなかった。だから子どもの秘密基地として使ってたのだけど、火が大きくなり過ぎて手が付けられなくなったんだ。

 誰が持ち主なのかはっきりしないようなものだったし、ボロ小屋と言うより廃墟みたいなもので、中にだってゴミしかなかったからそれだけは良かったのだけど、それはもう怒られたなんてものじゃなかった。それこそ親父からボコボコにされたもの。

「サヤカも怒られたけど、あの時にマナミは、責任はすべて自分にあるって頑張ったじゃない」

 しょうがないだろうが。マッチを持ち出したのはマナミだし、

「でもあそこで火遊びしようと言ったのはサヤカだよ」

 だったっけ。

「なのにサヤカのことは口にも出さなかった。あの時にマナミは信じられると思ったの」

 昔過ぎる話だ。結局みんな怒られたし。

「それだけじゃないの。ああやってマナミがサヤカを受け入れてくれたからワガママ姫じゃなくなったんだ。マナミがいなかったら高慢なワガママ姫のままだった」

 それはなんとも言えないけど、サヤカの話を信じれば、少しは役に立ったぐらいは言えるかも。

「だからね、マナミから電話があった時に、なにがあっても助けようと思った。それだけじゃない、あのマナミが助けを求めてくれたのよ。ここで立たなきゃ女が廃る」

 人って様々だな。まあサヤカがそう感じ、動いてくれたなら素直に受け取っておこう。サヤカがいなかったら、あんなに上手く離婚できたかわからないもの。

「あんなものサヤカの人生を変えてくれたことに比べたら何もしてないのと一緒だよ」

 そう言うけど、離婚できた後もサヤカにはお世話になってる。こっちは実質的に天涯孤独だし離婚騒ぎでもなんにも取れなかったから無一文みたいなもの。

「あんなもの返すのはいつだって良いって言ったでしょうが」

 それに住むところも、生きて行くための仕事だって必要になる。

「当然のセットみたいなもの」

 そうは言うけど、このマンションを手配してくれたし、仕事だって世話してもらったじゃないか。お蔭でやっと落ち着いて暮らせるようになったものね。

「マナミ、もし何かあったら、すぐに相談してよね。マナミのためだったら地球の裏側からだって飛んでくる」

 次が無い方を願ってくれ。あんなもの一度経験すれば十分だ。でもこのシチュエーションでサヤカが男だったら惚れてただろうな。恋に落ちて結婚したって不思議じゃないだろ。

「それを言うならマナミが男だったら飛び込んでたよ。まあ、子どもの時は男だと思ってたのもの」

 あのな、女に見えなかったって言うのか。いくら子どもでも女にしか見えなかったはずだぞ。

「だからこの際だから性転換して男にならない。そしたらお嫁さんになってあげる」

 アホ言うな。マナミは女として生まれて来たし、女であることに不満はないぞ。それにだぞ、そもそも女から男にどうやって性転換するんだよ。

「出来ると言うか性転換手術として保険適用にもなってたんじゃないのかな。もっともどうやって男のアレを作るかわからないけど」

 男から女だったらちょん切って穴掘ったらなんとかなりそうだし、それやった男がいるぐらいは知ってる。タイはそういう手術で有名だったはずだ。だけど女から男への性転換もあるはずだよな。

 でも女から男になると穴を塞いだら一丁上がりにならないはず。男になるんだったらアレが必要になるはずだ。たしかにどうやって作るのだろ。そうだそうだ、アレにはタマタマもセットだ。なんか難度がどんどん上がるじゃないか。

 そうなると移植が出て来るけど、あんなもの提供する男なんているのだろうか。だってちょん切ったら二度と生えてこないだろうし、歳取ってもう使わなくなったからってちょん切らせる男がいるとは思えないもの。

「提供者となると、やっぱりいらなくなった人ぐらいしか考えられないよ」

 なるほどその手があるか。まだ若いはずだから都合は良さそうだけど、そうなると性転換手術って男と女がペアでやるのが原則とか。どっちも同じぐらい希望者がいるはずだから数だけは合いそうだ。

「でもそんな話は聞いたことがないな」

 そんな話はマナミには無縁だからもう良い。マナミは女だし、男が好きだし、子どもだって産んでる。クソ野郎には散々な目に遭わされたけど、次だって相手にするのは男だ。次が見つかればの話は神棚に上げさせてもらう。

「やっと元気が出てきて安心した。マナミはそうじゃなくっちゃね」

 サヤカの中のマナミのイメージはどうなってるんだよ。それでもこれって褒められてるのよね。なんかスッキリしないけど、どっちでも良いか。理由はともあれサヤカは親友だ。

「親友と言うよりポンユウかな」

 なんだそれは。朋友って書くらしいけど麻雀友だちみたいなものか。でも麻雀はやらないし、やったこともない。サヤカはやるのかな。

ツーリング日和20(第6話)後ろの秘密

「ところでさぁ、ホテルもトイレもバックだったでしょ」

 ラブホはバックだけどトイレは座位だ。後ろからやられるのは変わらないけど、同じじゃないな。そんな細かい違いはともかく、あんなシチュエーションで他の体位でやれるわけないじゃないの。

「それはわかるけど、マナミだっていきなりバックとか座位をやれた訳じゃないでしょ」

 サヤカが何を聞きたいかわからないけど、最初は正常位だ。バックとか座位でロストバージンした女なんていないんじゃないかな。体位のバリエーションは四十八手なんて言われてるけど、最初からすべてを極められるはずがないだろ。段々にあれこれ広げて行くものだ。

「とくにトイレなんか自分で腰を振ってるじゃない」

 あれも正確に言うとだね・・・

「やっぱりそうなんだ。マナミって妙なところで律儀と言うか、嘘を吐けないと言うか、正確性にこだわるところがあるじゃない」

 それは無いとは言えないけど、何を聞きたいんだよ。

「元夫が露出趣味に走り出した頃にはマナミだって感じてたはずよ。だから応じたんでしょ」

 そ、それは無いとは言えないけど、

「そこまでになってるマナミが、入れられる所をわざわざあんな言い方してるのが気になるのよ。それって普通の意味のバックじゃないはずだ」

 それはサヤカの気にし過ぎだって、

「でもだよ・・・」
「そう言うけど・・・」
「白状したらラクなれるから・・・」

 ・・・なんてサヤカはしつこいんだよ。警察の尋問かよ。ああ、わかったよ。そんなに聞きたいなら話してあげる。まずだけどあのクソ野郎の後ろへの執着はとにかく凄かった。関係を結んでしばらくしたら求めやがったぐらいだからな。

 だからだと思うけど愛撫の時も後ろへの責めは執念深いなんてものじゃなかった。あんなものどこで覚えたのかと思ったけど、やっぱりその手の風俗だろうな。そういうところがあるぐらいは知ってるからね。

 でもあれはちょっと好奇心レベルを超えてたな。なんかさ、クソ野郎は童貞を後ろで捨てたんじゃないかと思ったぐらいだったもの。

「童貞って後ろでも捨てれるの?」

 知らないよ。ロストバージンするには突っ込まれるしかないけど、童貞の正しい捨て方なんて聞いたことないもの。そんな事はともかくずっと求められてはいた。

「だから許した」

 あのね、誰が後ろに突っ込まれたいものか。後ろだぞ後ろ。いくら求められたって断固拒否してた。当たり前だろうが。あんなところを誰が使わせるものか。

「それはそうだけど・・・」

 でも来ちゃったんだよ。いわゆる倦怠期ってやつ。マナミじゃないよクソ野郎にだ。それで恐怖にかられちゃったんだ。マナミが男を繋ぎとめてるのはアレしかないじゃないか。それを失なったら捨てられ、逃げられるとしか思えなかったんだ。

 あの時は本当に必死だった。なんとかクソ野郎に振り向いてもらおうと悩みに悩んだんだよ。でもあれをする以上の手立てなんか思いも付かなかったし、その肝心のあれが倦怠期になってしまってる。

 切迫感と焦燥感で頭がおかしくなってた部分はあったと思う。で、ちょっと考えたんだ。後ろがメインのエロ小説とかエロ漫画ってあるじゃない。サヤカだって読んだことあるでしょ。

「BLだね」

 BL世界だったら初めてだってすんなり入るじゃない。入るだけでなくあんなに気持ち良さそうだし、入れられたらすぐに溺れ込むじゃない。

「そういう風に描いてあるけど」

 後ろは女だって男だって同じのはずだろ。男がああなれるのなら、女だって変わらないはずだって。それでも嫌だったよ。だけどさぁ、明日にも逃げられそうな危機感の前に決心したんだ。クソ野郎が求めてやまないものを満たすしかないって。

 それだって躊躇いまくった末だったのよ。他の手段でなんとかなるなら、そっちを選んでたもの。あれこそ万策尽きてって感じで差し出して開いたんだ。

「良かったの?」

 そんな訳ないだろうが。ロストバージンより十倍ぐらい強烈な体験で、ぶっ壊されるとしか思えなかった。あんなところに入れるものじゃないよまったく。

「じゃあ懲りた?」

 そんな事すら頭になかったんだ。あったのはこれでクソ野郎が満足してくれるかどうかだけ。だから必死だった。地獄のような時間がやっと終わって、クソ野郎が嬉しそうにしているのを見て喜んだぐらいだったもの。

「だから・・・」

 強烈過ぎる体験だったけど、クソ野郎の後ろへの執着は強烈だったし、一度許すと次からは拒めなくなってしまうのよ。クソ野郎を繋ぎ留めたい一心しかなかったから、やられ放題にやられたよ。

「で、どうなったの」

 サヤカも好きだねぇ。男の後ろだってマナミが経験したのと同じでひたすら痛くて辛いだけのはず。でもさぁ、痛くて辛いだけだったら誰が開くものかって話になる。あれはそれだけじゃないからBL世界が成立してるんだよ。

 女の前と同じってこと。最初は痛くて辛くとも、その先に夢と希望の伝承があるから開くんだよ。どんな伝承だって? そんなもの感じて良くなるしかないだろうが。その伝承をどんな女だって知ってるじゃないの。

 だから痛くて辛いものだってどれだけ聞かされてもロストバージンに臨むし、やったら本当に痛くて辛くたって、次を望まれると応じるじゃないの。ロストバージンで懲りて二度やらない女の方が珍しいもの。

「そ、そうよね」

 BL世界の原理も同じだって経験したかな。回数を重ねれば痛みも和らぐし、痛みが和らげば感じるが出て来るんだ。その感じるが高まればどうなるかぐらい知ってるから、そこに向かって努力を積み重ねるぐらいだよ。

 感じるが高まって、高まってついにイケた時はちょっと感動したかな。もちろん女なら誰もがそうなるかなんてわかんないけど、マナミはそうなった。嬉しかったな。ついにクソ野郎が望む状態になれたし、恐怖の倦怠期から脱出できたってね。

「男って後ろでも感じさせたいんだ」

 あったり前でしょうが! 男はね、やる時に征服感を求めるじゃない。前だって自分のモノで感じさせ、イカせる事が出来れば征服感が満たされるのよ。後ろなんてなおさらだよ。たぶん前より征服してやったの満足感は高いに決まってる。

「じゃあ、その代わりに女は二倍楽しめるとか」

 それは違うと思う。そりゃ、最後のところは人それぞれだろうけど、あんなとこ使うものじゃないと思う。だって使用用途が違うところじゃない。あそこは出すところで入れるところじゃないよ。

「だろうね。そんなに良いなら女は喜んで開きまくるものね」

 マナミだって望まれに望まれた末だし、あれだけの危機感と焦燥感に追い詰められ、他に取る手段がないからやむなくだもの。あんな状態にそうそうはならないと思うよ。

「そこまでダメになったら普通は別れるよ」

 その通りだよ。あの時のマナミは別れる選択肢が無いと思い込んでたのよね。だから最終手段として差し出したし、開いたんだよ。笑うなら笑って良いけど、今はあのクソ野郎なってしまったけどあの頃は最愛の男だったんだ。

 それこそ全身全霊で愛していた。良く言うじゃない、そんな男にはすべてを捧げ尽くすって。BLで男が後ろを開くのだって後ろしか捧げて開くところがないからのはず。

「女なら前があるものね」

 それで良いと思う。いくらすべてを捧げると言っても前までだ。マナミの不幸はたまたま後ろに異常に執着のある男を愛してしまった事だろうな。

「元夫は別格なところがあるとは思うけど、男ってそんなに後ろをやりたがる生き物なのかなぁ?」

 好奇心的な興味がある男はそれなりにいそうな気はする。そういう風俗だってあるぐらいだもの。けどさぁ、後ろが変態行為ぐらいは常識でしょ。だから本音では興味がある男がいても、自分が変態と思われたくないから普通は口にも出さないと思うんだ。

「女は?」

 後ろを商売にしている女はいるけど、あれだって商売上のもののはず。そりゃ、世の中広いから後ろに異常に興味がある女だっているかもしれないけど少ないと思うよ。それこそ知らんがなの世界だけど。

 サヤカの言う通り後ろも良くなって二倍楽しむ女もいるとは思う。けどさぁ、最初からそうなりたくて、前に引き続いて後ろを男に自ら望んで求める女なんてレアだろ。女の後ろって、どこかで無理やりとか、強引にとかが無いと開くものじゃないと思うもの。

「マナミが後ろを開かざるを得なくなったのは黒歴史だけど、そんな悲惨な経験だってひょっとしたら役に立つ・・・」

 さすがにその先は言うな。使えるどころか開発済にされてしまったけど、やっぱり使いたくない。