ミサトの旅:エピローグ

 喫茶北斗星にも久しぶりに顔を出したけど、思いっきり冷かされた。でもみんな嬉しそう。もっとも平田先輩には、

 「ちょっとはセーブしてくれよな。彼女いない歴更新中のオレには目の毒や」

 妬かない、妬かない、欲しけりゃ、自分で探してね。

 「お~い、チサト、売れ残り同士でどうや」
 「全力で遠慮しておきます」

 そうそうサークルの公認昇格も内定したんだって。まあ二年連続でツバサ杯グランプリ獲得だから、実績としては申し分ないらしい。ただ手続きとかが色々あって正式に承認されるのは、年が明けてからになりそうだって。ここで加茂先輩が、

 「サークル北斗星の未来は洋々としているが、一つ心配がある。次期代表だ」

 次期って言っても候補は二人しかいないけど、

 「平田君が代表になると麻雀同好会になりそうだし、三井君が代表になるとイラスト研究会になってしまう危惧がある」

 う~ん、その可能性は無きにしもあらずだよね。チサト先輩なんて、入会してから写真を撮ったのを見たのは数えるほどしかないもの。平田先輩も似たようなもの。

 「そこで提案がある。次期代表は尾崎さんになってもらい、副代表は伊吹君になってもらおうと思う」

 学年がっ、と口を挟むとより早く、

 「オレは賛成や。未公認サークルのままやったらオレらでもエエけど、公認になると実力主義を採るべきや。公認維持するのも容易じゃないし」
 「チサトもそう思う。このサークルで好きにイラスト描かせてくれたことに感謝してるのに、せっかく公認になるのに一年で降格じゃ面目ないもの」

 それからチサト先輩が、

 「チサトもミサトさんって呼んでイイかな」
 「もちろんです。後輩ですから呼び捨てで宜しくお願いします」

 そしたら他の部員も、

 「ボクもイイ」
 「私もそうさせて頂けますか」
 「先輩、イイですか」

 加茂先輩とケイコ先輩は公認問題が片付くまで、代表と副代表を続けてくれるのに感謝かな。そいでもって、二年の後期は入学してから初めて平穏だった。普通に授業に出席できて、ついについに普通に試験対策できて、後期試験も受けられた。あんなにラクだなんて思わなかったもの。

 試験が終わった頃に旧公認写真サークルの部室に入り、これを機にサークル北斗星の創立メンバーである、加茂先輩、ケイコ先輩、ヒサヨ先輩は卒業引退。イイ人たちだった、どれだけミサトも助けられたことか。いや、ミサトの人生を変えてくれた恩人と思ってる。


 さて部室が出来たのは良かったけど、とにかく何にも無いんだよね。机や椅子さえないタダの空き部屋。公認サークルとは言え活動費が出るわけじゃないし、備品の調達費も出るはずも無い。

 とりあえず平田先輩が、粗大ごみの日に拾ってきたらしいテーブルとか、椅子とか、棚とかを持ちこんでくれたけど、使い勝手は悪いし、そもそもゴミだからガタガタもする。なにより貧乏臭すぎるじゃない。いくら学生たって、そりゃちょっとはね。伊吹君も、

 「わざわざ拾ってきてくれた平田先輩に悪いけど、これじゃ会員も逃げるし、集まらないよ」

 そこで四人で幹部会議。なんとかして活動資金を学祭で集めなければならないって。それも結構な金額を集めないといけないのだけはわかった。二万や三万じゃ全然足りない物ね。チサト先輩がここで、

 「一獲千金の良い案がある」

 なんだと聞いたら、一昨年に挫折したミス西学との記念写真プラン。

 「チサト先輩、また出ようとするつもりですか」
 「違うよ、うちのサークルにはミス西学より凄いのがいる」

 誰だって聞いたら、ミサトとアキラ。映画はヒットして良かったのだけど、余計な副産物が。ミサトも一夜にしてスターになったようなものなのよね。

 どこに行ってもサイン、サインで大変。アキラもそうみたいで、二人とも大学に通うのに変装が必要になっちゃったのよ。聞くとアキコまでそうなってるみたいだけど、平田先輩は、

 「どうしてオレらはそうならないんやろ」
 「チサトは少しぐらいあるよ」

 あれはあるというより、喫茶北斗星に行ったからだと思ってる。あの店もロケに使われて、ファンによる聖地巡礼地扱いになっちゃったのよね。そこでいつものようにチサト先輩がイラスト描いてたら見つかっただけ・・・いや、あれはわざと行った気がする。だって、映画の時の衣装に近かったらしいんだもの。

 「アイドル・スターやから一枚二千円は取れるで」
 「もっと取れるって」

 やめてくれって抵抗したけど、嫌なら同じぐらいの収入が期待できる案を示せって言われて、ミサトもアキラも最後は沈没。部室の整備は代表のミサトにも、副代表のアキラにも急を要するのはわかってたし。

 ここから平田先輩の大活躍が始まった。平田先輩は麻雀仲間を通じて顔が広いし、情報通でもある。どういうつながりになっているのか、さっぱりわからないのだけど映画会社とコンタクトして、コラボにしてしまったのは魂消た。

 空き部屋同様だったのを逆手に取って、映画の宣伝をするのと同時に記念写真用のセットを作らせたんだもの。さらに平田先輩はメディア創造学科まで動かして、記念講演に滝川監督まで呼んじゃったのよ。

 衣装まで映画の時と同じにさせられて、やったわよ、ツーショット、スリーショットを延々と三日間。とにかく長蛇の列が出来て、撮っても、撮っても終わらないのに参った。ミサトもアキラも笑顔を続けすぎて、最後は顔の筋肉が痙攣してたし、サインも書きまくって腱鞘炎を起しそうだった。五百枚以上になったらしいけど、

 「結局、一枚いくらにしたのですか」
 「サインとセットで五千円にしたった」

 ひぇぇぇ、だったら二百五十万円以上になるじゃない。

 「これで麻雀卓が買えるで」
 「イラスト専用のデスクが欲しかったんだ」

 こらぁ、誰がそんなもの買うか! でも部室の備品が充実したし、小ぶりのスタジオみたいなものも設置中。機材もオフィス加納の使い古しを麻吹先生が譲ってくれて、だいぶ体裁が整ったのにサークル代表として満足した。

 「この手は来年も使えるで」
 「そうよね」

 これも、こらぁ、だけど、活動資金が必要なのは間違いなく、来年も、やらざるを得ない悪寒がした。

 それにしても、チサト先輩のキャラが変わった気がする。いっつも隅っこで、我関せずみたいにイラスト描いてたのが、自分から話の輪に加わるようになったし、学祭の時にも平田先輩と走り回ってくれたもの。

 ちょっと影がある人だったのが、なにか晴れやかになって、明るくなった気がする。いや、あれは弾けたとした方がイイ。チサト先輩に聞いたのだけど、

 「心境の変化かな。ミサトを見てたら、もうちょっと人生を楽しんでも良いかもってね」

 心境の変化って言うけど、ここまで変わるのなら、恋をしたとか。でもチサト先輩も友だちが多い方じゃなさそうだし、ましてや男友だちとなると・・・まさか平田先輩とか。それだけはないと思うけど、人の気持ちなんてわかんないからね。

 高校の時にアキコが藤堂副部長を好きになったのに驚かされたもの。それにだよ、あの時から延々と交際は続いてるんだよ。まだキスだけなのはビックリ物だけど、もうゴール・インしか眼中になさそうにしか感じなかった。

 アキコと藤堂副部長があそこまでの愛を育めるのなら、チサト先輩と平田先輩だって・・・それでも、いくらなんでもとしか思えないけど、とにかく、あの二人が最近になって妙に仲が良いのだけは間違いない。


 オフィスのバイトも続いてるけど、新田先生がやってきて、

 「良い映画でした。お願いします」

 出されたのが色紙。それにしても新田先生が青春映画とラブ・ロマンス映画が大好きで、御夫妻で涙しながら見てると聞いて驚いた。あの新田先生がだよ。人は見かけに依らない物だとホントに思った。

 新田先生の旦那さんは何回かお会いしたことあるけど、港都大の中村卓准教授なのよね。古典文化が専門で、みるからに真面目そうな学究。なおかつとっても品の良い紳士なんだよ。そういう意味でお似合いだし、二人が連れ添って歩く姿なんて優美そのもの。

 そんな二人が青春映画やラブ・ロマンス映画に熱中してるって言うのよ。それだけじゃない。二人の出会い自体がだよ、そういう愛好会のファン・クラブの集いだって言うから世の中わからないもの。


 それからも新歓コンパだとか、新入会員の指導方針の検討とか、もちろんツバサ杯に向けての準備とか・・・でも毎日が充実してるって感じがしてる。そうそう指導方針だけど、麻吹先生にアドバイスされた。

 「一昨年に加茂たちにやったのがイイぞ。あれは褒めておく。ただし本当のオフィス流は、よほど相手を選んでやれ。あれをオフィス外でやるにはまだ経験が足りん」

 ミサトもそう思った。それとアキラだけど、夏休みに体験生として受け入れてくれるって。アキラの顔が少しだけ曇ったけど、殺されることはないからって励ましといた。うん、生き残ればレベル・アップは確実だし。

 「アキラ、こんなに幸せでイイのかな」
 「もちろんだよ。ミサトは苦しい旅をしてた。やっと落ち着けたんだと思うよ。ボクの使命はミサトを幸せにすること」

 アキラは優しいし、誠実だし、頼もしいし、格好良いんだよ。ミサトを喜ばすためにあれこれしてくれるし、それでミサトが喜んだら、とっても嬉しそうな顔をしてくれるんだ。アキラさえいればミサトはなんの心配もないよ。

 だから近づいてると思う。望まれれば、もういつでもOKだけど、その日がもうすぐ来るはず。それでね、そうやって結ばれれば、二度と離れられなくなりそうな気がしてならないんだ。それぐらいミサトにとって重大な日になりそうな予感がする。

 その日が来ればミサトは迷わず飛び込んで行く。絶対に離さない。ミサトの旅の終着駅はアキラ。いや、終着駅じゃない、二人で次の世界に羽ばたいていく日にするんだ。そう二人の新たな出発点。

 「アキラ、離さないよ」
 「ミサトを誰が離すものか」

 まだ口づけだけ、でも、もうすぐ・・・

ミサトの旅:幻の写真小町

 あの映画だけどクランクアップされたじゃない。だから正月ぐらいに公開になるかと思ってたら、ゴールデン・ウィークに向けての公開だって。いわゆる編集ってやつ。これでも今では早い方らしくて、CGを多用した作品なら一年以上もザラらしい。

 四月に入って呼び出された。公開試写会で舞台挨拶しろってさ。逃げようが無さそうだからやったよ。アキラも呼び出されたし。挨拶はイヤだったけど、作品の内容には興味があった。完成作品をまだ見てなかったもの。

 岩鉄さんに聞いたんだけどミサトが関わった部分の前から、かなり撮ってたらしいんだ。それだけでなく、打ち上げ後にも撮影してたらしい。映画のラストがテイク2なら、それがないとおかしいけど、ここまで来ても、出演者でさえどんな映画になってるのか、わからないのが滝川漣のビックリ箱だよね。


 まずだけどタイトルにビックリした。そんな路線は、とっくの昔に変更されたと思っていたのに、

 『幻の写真小町』

 最初の仮題通りになってるんだもの。そしたら冒頭に最初に撮ったシーンが使われてた。すっごい幻想的な映像になっていて、あれはホントにミサトかって思うぐらいの美少女が写真撮ってるのよね。アキラは、たまたま通りががって、写真小町を茫然と見惚れる設定だった。

 話はそこから回想シーン風にミサトの小学校時代に移るんだ。子役を使ってるけどイジメに遭って、引き籠ってが描かれてた。基調は淡々としてたけど、イジメられるミサトの姿に胸が締め付けられた。これは経験者のミサトだけじゃなく、試写会の招待客も同じみたいに感じた。

 話は、そこから設定としての現在に飛ぶのだけど、アキラは大学であの時の写真小町を見つけるんだよね。咄嗟に写真を撮ったアキラは、写真小町の正体を探るんだけど、これが割とあっさりアキラの所属する写真サークルでわかることになる。

 アキラの入っている写真サークルは、サークル北斗星で、喫茶北斗星がロケに使われてた。加茂先輩とケイコ先輩が問わず語り風に写真小町の話を始めると、シーンはミサトも参加した高校編につながっていったんだ。

 高校編はミサトも感じた通り、最初は写真甲子園を目指して一丸になって頑張るんだけど、徐々に選手や部員たちと部長役のミサトとの間に不協和音が発生し、それが深い溝になって行く様子が丹念に描かれてた。

 ミサトの表情も、最初は意欲溢れる笑顔だったのが、段々と影が差し、厳しい難しい顔に変わって行ってた。つうか、あんな顔して演技してたのを初めて知った。

 ここの構成だけど、高校編の随所随所で、二年後のサークル北斗星編が挿入されるんだよね。ちなみにアキコも北斗星の会員の設定で、徐々に重い口を開いて、あの時に本当は何があったかを話して行く役を演じてた。

 アキコは訥々と話すんだけど、その話し方が、いかにも封じられた過去というか、秘密を明かす感じにピッタリだったのに驚かされた。滝川監督はミサトもそうだけど、素人を使いこなすのが上手だと改めて思ったもの。

 話の焦点は、追い出し会に何があったかに絞られて行くのよね。何があったかは巧妙に伏せられるのだけど、ここからアキラが活躍する。もう一度、その追い出し会をやろうってね。だけどアキコでさえ躊躇い、元写真部員の反応も悪く、ひたすら空回りするんだよ。

 話はラストの追い出し会に雪崩れ込んで行くのだけど、そこまで見ても、ミサトが演じる部長役が追い出し会に出席するかどうかはわかんない様になってた。間に合わないのを知ってるミサトでさえそう思うぐらいだから、初めて見る人は、

 『お願い出席して』

 こうしか思えない感じのはず。そしてテイク1になるのだけど、泣き崩れるミサトにあの時は滝川監督が冷たい言葉を放ったけど、映画では追い出し会でミサトを待つ写真部員の話になってた。もっとも、監督みたいに冷やかではなく、そういうミサトを理解できなかった悔しさみたいな感じ。

 ミサトが駆けつけた時に泣き崩れるシーンには、試写会場でもすすり泣きが聞こえたよ。それにしても、ここまでタメにタメてたなんて思いもしなかったぐらい。そして、そこまでの鬱屈を一遍に吹き飛ばすようなテイク2。フラッシュ・モブがエンディングになっていて、ラストのキス・シーンは拍手喝采が起ったもの。

 それにしても滝川監督の手腕には驚かされる。試行錯誤みたいに思っていたシーンも殆ど活かされてる気がするもの。それに、あれだけ今日の台本に振り回されたのに、サイド・ストーリーとピッタリ一致してるじゃない。

 これだけ無駄なく撮って、これだけ濃密なストーリーを構成してしまうのは、やはりある種の鬼才としか言いようがないと思う。一部では、滝川監督はビックリ箱と言いながら、実は別の綿密な台本に基づいて撮ってるって説もあるけど、そうでないのは現場で見ていたミサトが一番良く知ってるものね。


 映画評論家の評価も上々で、公開されるとハリウッドの大作に負けないぐらいの観客動員になったみたい。公開後は、

 『今年の泣ける映画ナンバー・ワン』

 出演してたミサトたちも、どれだけ泣いて笑ったかわからないぐらいだったものね。それも心の底から役になり切って、髪振り乱して、走り回ってだもの。よくまあ、あれだけ本気になれたものだと自分が信じられないぐらい。

 とにかく細かいところまでリアリティが高いのよねぇ。たとえばミサトが部員を指導するシーン。撮影の時もガチだったけど。指導は撮影の時だけじゃなかったんだよ。写真部が舞台だから、部員役がカメラを構えるシーンとか多いのだけど、そこに滝川監督が満足しなかったんだ。

 あれじゃ、カメラを構えるふりにしか見えないってね。だから撮影の合間どころか、撮影前と撮影後に集まって、ひたすら指導やってた。とにかくトランス状態でなり切ってるから、撮影でなくとも、

 『部長よろしくお願いします』

 撮影前なんか遅れて来るのがいたりしたら、

 『部長、遅くなりましてすみません』

 気分は朝練かな。構えるだけじゃ、上達しないから実際に撮ってたし、撮った後の写真の評価までやってた。そう、ここまで来ると、本物の部活やってるとしか思えなかったぐらい。

 この練習はかなり続いて、途中で部活の合間に映画撮ってる気がしたぐらい。部員役もなり切り過ぎたのか、岩鉄顧問に本気でアドバイスを求めに行ってたのは笑った。それに真剣に答えてる岩鉄顧問にもね。

 映画で使う写真もミサトが撮らされた。というか撮った。だって小道具さんが用意した写真じゃ、シーンに合ってると思えなかったんだもの。高校の写真部レベルにし、さらに一人一人の上達段階、さらに個性も分けて撮ってあげた。十人分ぐらいかな。

 ここの評価も地味だけど高いみたいで、映画評論家ではなく、写真評論家が絶賛してたもの。あれだけの撮り分けをどうしたら出来るんだって。とくに初戦審査会の提出作品作成中に、バラバラだった三人の写真が、段々に一つの作品になる過程は、見どころとまで言われてるぐらい。あの滝川監督でさえ、

 「プロって、ここまで出来るのか」

 試写会にも駆り出されたけど、公開前後の番宣にも引っ張り出された。位置づけは主役だからあれも逃げようがなかったもんね。滝川監督はミサトも連れて行ったけど、コハクちゃんも一緒にしてた。というか、コハクちゃんを売り込んでる気がした。

 コハクちゃんの演技も迫力あったものね。ミサトとやった激論のシーンは、映画の中でも白眉の名シーンとなってて、プロモーション・ビデオでも使われていたぐらい。今回の作品で一番抜擢されたのは、ミサトを除くとコハクちゃんでイイと思うもの。

 とにかくビックリ箱だから滝川監督の本音はわからないけど、ミサトがあまりにも大根だったら、コハクちゃんが主役になってた気がするもの。それぐらい入魂の演技が出来てたと思うよ。

 とにかく大ヒット上映中。滝川監督の代表作の一つになるって評判も高いみたいだよ。

ミサトの旅:初デート

 映画のラストはドラマチックだったけど、ヒステリックになったのは前期試験。毎度毎度の事だけど、どうして試験前になると、ああなるのかな。追試が三つで済んで良かったよ。後期試験こそ、そうなりませんように。

 今日のミサトは思いっきりおめかし。初めてのデートだよ、初デート。とにかくクランクアップしたのが八月の最終日で、九月になったらすぐに前期試験、さらに追試。そう、ずっと会えなかったってこと。学年も違うし。

 喫茶北斗星で会っても良かったんだけど、あんなにドラマチックな告白の後だよ。そんなミサトの気持ちも察してくれたみたいで、とにかくデート。西宮北口で待ち合わせ、十三で乗り換えて四条河原町に。

 まずは八坂さんにお参りして、二寧坂、三寧坂に。ちなみに一寧坂ってのも実はあるのを伊吹君に教えてもらった。京都観光の定番中の定番だけど、やっぱり風情あるものね。清水さんの参詣に来たのは初めてじゃないけど、伊吹君と一緒だと見え方が全然違うのよ。

 お土産屋さんをのぞいたり、八つ橋の試食をしたりしながら歩いてたんだけど、ミサトにはバラ色の世界にしか見えなかったもの。もうワクワク、ドキドキが止まらない感じ。この一分一秒がミサトを新しい世界に導いてる気がした、

 途中でお昼ごはんにしたけど、何食べてるかわかんなかった。だって、目の前に伊吹君がいるんだもの。それだけで胸がいっぱいになっちゃった。そこでね、そこでね、お願いしたんだ。

 「もうミサトって呼んでね」

 そしたら照れ臭そうに呼んでくれた。ミサトもアキラって呼ぶようにお願いされちゃって、

 「アキラ」

 こう呼んだ瞬間に幸せがまた一挙に押し寄せてきた気がする。ご飯が済んで、清水の舞台、さらに地主神社でおみくじ引いたら、吉で飛び上がって喜んだ。だってさ、だってさ、

 『待ち人来たり、願いは叶う』

 アキラのこと、そのままじゃない。二人の時間は絶対に永遠よ。音羽の滝を巡って、清水坂を下る時にお土産に湯呑をセットで買った。へへへ、夫婦茶碗のつもり。そこから五条に出て烏丸に、喫茶店で一休み。

 色んな話をしたんだけど、うん、見れば見るほどイイ男だ。こんなイイ男がミサトの彼氏なんだ。ホッペをつねりたくなったけど我慢した。夢じゃなくて現実だもの。そんな話の中だけど、アキラは悩んでいるみたいだった。

 麻吹先生に拉致されてオフィスの体験生やったんだけど、本気で写真を目指したくなったみたい。本気でやるつもりならオフィスがイイだろうし、麻吹先生も迎え入れてくれそうな感触はあるんだって。

 でもオフィスの弟子になるなら、学生を辞めないといけなくなるじゃない。あそこの弟子が片手間で出来るようなものじゃないのはミサトも良く知ってるもの。そこにすぐに飛び込むべきか、卒業してから考えるべきかってね。

 それともっと悩んでいるのは、自分にプロを目指す才能が本当にあるかどうかもありそう。オフィスでミサトの話も聞いちゃったみたいで、

 「ミサトは十日でクリアしちゃったんだってね」

 アキラは二週間かけてもあの程度だものね。でもね、泉先生だって半年かかってるし、新田先生なんて一年がかりなのよ。アシスタント過程も早くクリアするのに越したことはないけど、その遅い早いがすべてを決めるわけじゃないの。ミサトも麻吹先生に聞いたことがあるけど、

 『伊吹は見どころがある。だがプロまでの距離はかなりある。それを乗り越える覚悟が無いと無理だろう』

 ミサトも言われてるけど、半端な覚悟じゃ無理。才能があると信じて、魂をカンカンに燃焼させてみないと結果はわかんないぐらいかな。もちろんアキラがプロの道を目指したいならミサトは応援する。他の道を目指しても一緒。あれならミサトが食べさして上げて、専業主夫でもノー・プロブレム。

 「専業主夫はさすがに避けたいな」

 ならないと思ってる。アキラはそんな男じゃない。必ず立派な男になる。だってミサトが見込んだ男だもの。アキラがどんな道に進もうとも、それを支えるのが妻たるミサトの務め。きゃぁ、妻だって、自分で照れちゃうよ。

 そこからのアキラが格好良かった。かならず一人前の男になって、ミサトを本気で迎えに行くって。だから、その日まで待ってて欲しいって。これって、遠回しだけどプロポーズみたいなものだよね。もちろん待つ、二十年だって、三十年だって。

 「そこまでは待たせたくない。今が二十歳だから、出来れば五年以内、遅くとも十年以内に必ず迎えに行く」

 アキラは二浪だからまだ一年生、卒業まででも三年半か。そこから生活基盤を作り上げてとなると五年じゃきついかもね。だからプロも考えたんだろうけど。でも安心して、ミサトの気持ちは絶対に変わらない。アキラの気持ちさえ変わらなければ、

 「それはこっちのセリフだよ。ミサトがどれほど美しくて、可愛いか。まさに実在するティンカー・ベルそのものだよ。そんなミサトがボクみたいな男の彼女であるだけでも信じられないのに」

 そこから二人で笑ってた。まだまだ先の話だものね。カップルがいかに脆いか、壊れやすいかもよく聞かされた。最初はこの人しかいないと思ってても、月日を重ねるうちに醒めて行くみたいな。

 最初は良く見えてたところが悪く見え、悪いと思ってたところが最悪になるぐらいかな。これは結婚までしても同じだから、あれだけ離婚もある。だけどそうでないカップルも知ってる。

 たとえばケイコ先輩と加茂先輩。熱烈ラブラブって感じじゃないけど、それを通り越して夫婦みたいなもの。それも何十年も過ごしてなお、お互いに愛し合い、信じあってる夫婦かな。あんな関係になれたらと思うもの。

 アキコのところも相当なもの、いやあれは異常だ。アキコは今だって藤堂副部長ラブだけど、とにかく二人とも純情で初心なところが過剰なほどあって、

 『ねぇ、やったの』

 アキコは茹蛸のように真っ赤になりながら、

 『キ、キスを・・・』

 こらぁ、あれから三年かかってまだキスだと。そのくせ、アキコは藤堂副部長の下宿に三日空けずに通ってて、掃除したり、洗濯したり、ご飯作ったりしてるんだよ。お泊りもしばしばあるのに、やっと今年になってキスだってさ。

 この調子じゃ、卒業までに結ばれるかどうかも怪しいな。これは、アキコ以上に藤堂副部長がアキコ命としか思えない。あれは女より男の方が遥かにやりたがるものなのよね。だから恋人同士でもレイプまがいになることだってあるって言うもの。

 藤堂副部長だってアキコを抱きたくて仕方ないはずだけど、アキコがその気になるまで、じっと我慢して待ってるんだよ。どんな些細なことでもアキコを絶対に傷つけないつもりに違いない。

 でもね、それも愛の形の一つの気がする。そりゃ、男と女が好きあえば結ばれようとするのは自然だし、いきなりベッド・インってカップルもいる。それも必ずしも悪いとは言えないけど、やるのは目的じゃなく手段だよ。本当の目的は相手の事をよりよく知り、愛を深めるためにあると思うんだ。その手段の一つがあれ。

 だから結ばれた事によって愛が深まったケイコ先輩のケースもあるし、結ばれなくともラブラブのアキコのケースもあると思ってる。まあ、アキコのケースは極端すぎるけど、現実に成立してるし。


 烏丸から西宮北口に戻り、そこで別れたんだけど、ミサトも遠くない日に求められるだろうって。求めてもらうのは嬉しいし、アキラ以外に相手は考えられないけど、その時に素直に飛び込んで行けるかな。

 求められて拒否する気はないけど、どうしてもミサトも欲しいって気になるのを待ってくれたら嬉しいな。アキラとなら、そうなる日が必ず来るはず。そういう気持ちで結ばれてこそ、次の二人の世界が広がると思うんだ。

 今日は付きあったばっかり、それも初デートだったのに、話がいきなり結婚まで行って、ミサトとも泡食っちゃった。でもあれだって、どれだけアキラがミサトの事を真剣に考えてくれてるかの裏返しだよね。

 まだまだ二人の世界は始まったばっかり。お互いの事をもっと良く知って、良く知る事で愛が深まるような恋になって欲しいな。まだ二十歳だから、これから山あり、谷ありだろうけど、最後はお手てつないでゴール・インが夢。

 今のところ、そうなりそうな気がしてるし、そうなるためにミサトの愛のすべてを注ぐ事しか考えてないもの。とにかく今日は楽しかった。また行こうね。

 そうそう、今日だって全部払っても良かったけど、初デートだし、アキラの面子もあるだろうから、電車賃以外は奢ってもらった。今度はUSJが希望だけど、アキラの財布じゃ厳しいから割り勘でね。アキラのギャラ聞いてギャフンだったもの。ありゃ、ボランティアに近いよ。

ミサトの旅:女神に選ばれし男

 「さすがはコトリちゃんだな。知恵の女神はダテじゃない」
 「そうでもないで」

 コトリちゃんには感謝している。わたしは尾崎の心の傷を癒すカギは高校時代にあると見ていたのだ。もちろん小学校時代に遭ったイジメが最大の原因だが、その傷を尾崎は時間をかけ癒していた。

 癒された尾崎が活躍したのが写真甲子園だ。あの時の尾崎に影はなかった。影を背負って、あのセカンド・ステージの写真は撮れない。癒された尾崎の傷が開いてしまったのが翌年の部長時代だ。

 尾崎はその傷さえ癒そうとしていた。そして見かけ上は癒されていた。そうでなければ去年のハワイはあり得ない。しかし、心の傷口はそう簡単に完全には癒えないのだ。とくに部長時代のダメージは確実に残っている。

 心は深く傷ついてしまうと癒したと思ってもすぐに開いてしまうのだ。一度開くとそれを閉じるのは容易ではない。今回の傷口の原因は高校時代のはず。そこを癒し直させれば尾崎は復活するはずと考えたのだ。しかし、そのためにはカネと手間がかかる。

 カネはオフィスでもなんとかなるが、手間はオフィスでは無理なのだ。だからコトリちゃんの力を借りざるを得なくなった。わたしがやろうとしたのは追体験だ。高校時代の心に尾崎を戻し、そこで心が再び傷ついた原因を尾崎に見せ、それが尾崎を傷つけようとしたものではないことを知ってもらうのだ。

 そこで、わたしが考えていたのは、南が心残りにしていた追い出し会をすることであった。そこに尾崎を参加させることによって、昔に戻らせ心を解きほぐそうだった。

 しかしコトリちゃんはそれでは不十分と見たのだ。そのために映画監督の滝川漣を担ぎ出したのには驚かされた。そうだ、コトリちゃんは尾崎の心をより念入りに昔に戻す必要があると判断したのだろう。

 よくあの滝川漣がこんな企画に協力してくれたものだと思う。とにかくあのビックリ箱だからな。その点の不安は無かったかと聞いたのだが、

 「そうでもなかったで、むしろ面白がってくれたわ」

 単純には十分な製作費を提供したからだろうが、滝川漣にも感謝だな。コトリちゃんに聞く限り、あの滝川漣がほぼ当初構想通りの作品を作り上げているらしい。

 「まあな、でもそれがミサトさんの人徳、本性やと思う。それが見えるのが滝川監督や」

 コトリちゃんの意見に同意する。尾崎はイジメ体験の後に変わったとみるべきだ。圭角の多かった性格を、快活な誰にも好かれるものに変えている。そうなのだ、尾崎は引き籠りになってもイジメと戦い続け、イジメをはね返していたと言える。

 そして自分を磨き上げた。よくぞ、あそこまでと思うほどだ。わたしの知っている尾崎は明朗快活、誰にも好かれ、愛される女に変わっていた。思いやりも強く、献身的でさえある。

 それでも残ってしまったのが過剰すぎる自己武衛で、他人の些細な過ちに反応してしまうのだ。これさえも自制していたのだが、噴き出してしまったのが部長時代と見て良いだろう。

 だがあの時は南たちの過ちですらない、あえて言えば行き違いだ。行き違えならば修正可能のはずだ。修正するためには可能な限り、あの時代の心に尾崎を連れて行ってやらないとならない。

 そういう微妙な心理描写は滝川漣の得意とするところだ。だら、むしろ好素材を提供したと見るべきかもしれん。

 「だから滝川漣だったのか」
 「他の奴やったら無理やろ」

 摩耶学園の写真部仲間や大学の写真サークルの連中も良くやったと思う。声を掛けたら二つ返事でOKだったからな。とくに摩耶学園の写真部の連中は全員出席にこだわりまくっていた。

 尾崎よ。お前の本性はそれなんだ。これだけの仲間が助けたくなるのが尾崎だ。だからこそユッキーはあれだけ目を懸けたし、コトリちゃんもそうだ。わたしもマドカもそうだ。誰もが尾崎に一緒に居て欲しいのだ。

 尾崎に残るのは小さなトゲだ。でもわたしは尾崎を責める気は起こらない。わたしもまた加納志織時代はそれに苦しんだ。あれを克服するのに、二度もカズ君のお世話になっただけでなく、死ぬまで守って癒してくれた。

 カズ君の献身がわたしを甦らせ、ここにいる。尾崎のトゲはまだあるやもしれぬ。それぐらいイジメの心の傷は大きかったはずだ。だから、このままでは、いつ再発するかわからん。

 「伊吹に期待しているが」
 「コトリもや」

 伊吹の尾崎を想う気持ちは本物と見ている。だからわたしは伊吹に託す。願わくばカズ君の代わりになって欲しい。伊吹なら出来るはずだと信じたい。

 「伊吹君はエエ奴やけど、カズ君のそのままの代わりは無理やで。それもシオリちゃんは知っとるやんか」

 まあそうだ。カズ君の心の広さは、生来の物もあるが、みいちゃんとの悲惨な失恋経験にもある。それを乗り越えてわたしを迎え入れてくれた。

 「それだけやない、あのユッキーさえ迎え入れたんや」

 はははは、そうだな。コトリちゃんに聞く限り、ユッキーの相手をするのは半端な覚悟では無理そうだ。あれこそ世界一のツンデレであろう。なにしろ、そのツンは氷姫のツンだからな。

 「今でも不思議と思わんか。氷姫がユッキー様になったんを」

 聞けば聞くほどそうだ。ユッキーは首座の女神、氷の女神であり、決してその姿勢を崩したことがないとまで言われていたそうだ。その素顔を見せるのは次座の女神であるコトリちゃんの前だけとされているぐらいだ。

 三座や四座の女神の前ですらほとんど見せなかったと聞く。そこまでの首座の女神をユッキー様にし、さらに可愛いユッキーにしてしまったカズ君とは何者だったんだろうか。

 「人だよ人。偉大過ぎる人だよ。なにしろ今でも首座の女神はユッキーのままやんか。ああなってくれてる方がコトリは嬉しいけどな」

 ユッキーの記憶が始まって五千年後にたどり着いた偉大過ぎる人がカズ君とはな。ここでコトリちゃんがビールをグイッと飲み干して、

 「違うで、カズ君も偉大やったかもしれんが、本当に偉大なのは人や。そんな偉大な人を女神は選ぶ。まあカズ君はエレギオンの三女神を渡り歩いた超弩級やけどな。あんなのは二度と現われん気がする」

 古代エレギオン時代の女神の男たちは素晴らしかったと聞く。だが現代の女神の男も決して劣っているとは思えない。違いは時代が求めているものの差であろう。女神の男とは、女神に一点の曇りなき愛を捧げられる者。そんな男であるから女神も渾身の愛を注ぐぐらいで良いはずだ。

 「コトリちゃん、女神には女神の男を選ぶ能力があるのか」

 コトリちゃんはお代わりしたビールを飲みながら、

 「あるのかもしれん。コトリの知っとる限り、女神が男を選び間違えたことはなかったはずや」

 かもな。わたしのさして長くもない記憶で最大の失敗は坂元だが、あれはまだ女神が宿る前だ。宿った後はカズ君しか見えなかった。サトルもそうだ。見た瞬間から気に入り、麻吹つばさはバージンのまま結婚したぐらいだ。もちろん女神とて失恋はある。それでも選んで結ばれた相手に失敗はない。

 「アカネですらそうだった」
 「すらは失礼やろ。タケシさん以外は見向きもせんかったで」

 また一本取られたな。ただアカネはまだ人のはずだが、

 「ここもわからんとこが多いけど、女神が恵みを施した女にも女神の男を選ぶ能力が発生している気がする」

 わたしが知る範囲で女神が恵みを施した女は、アカネ、マドカ、それと相本教授ぐらいだが、誰もが素晴らしい伴侶を得ているし、幸せな結婚生活を送っているはずだ。

 「五千年の間にチョコチョコおるけど、コトリが覚えてる範囲やったら、だいたいそうやねん。例外はなかった気がする」

 コトリちゃんが尾崎に施した女神の恵みの全容は、わたしではすべて見ることが出来ない。わたしでもわかるのは、まず人並み優れた記憶力と理解力だろう。あのお蔭で二年への進級試験をクリアしているし、これから臨む前期試験も心配していない。

 それとあの美貌だ。アカネと違い別人にするほどの必要はなかったが、わたしも目を疑いそうになったほどだ。あれはまさに妖精として良いだろう。まあ、あの美貌があったからこそ滝川漣もモチベーションとイマジネーションが膨らんだはずだ。

 さらにだが、尾崎の美貌と若さは変わらないはずだ。そうだな、せいぜい二十代の半ばぐらいにしかならないとして良い。それはアカネを見るだけでわかるし、相本教授もそうであると聞いている。

 「尾崎が選んだ伊吹も女神の男だろうか」
 「可能性は高いはずや。ミサトさんは会った瞬間から魅かれてる」

 尾崎の伊吹への想いは強い。あれは尾崎が選んだとしか言いようがない。伊吹も知っているが、尾崎への想いに着実に反応しあの献身だ。ただ尾崎も伊吹もまだ若い、そのうえ学生だ。結婚となるとまだまだ遠い話だが、あの二人なら可能性はありそうだ。

 「まあな。本物の女神の男やったら、一度結ばれたら、二度と離れんやろ。そして、カズ君とはやり方は違うやろけど、ミサトさんを死ぬまで癒し続けてくれるはずや」
 「二人に幸あれだな」

ミサトの旅:テイク2

 滝川監督の口から聞こえたのはテイク2。つまりは撮り直しってことだけど、台本もらってないよ。それにミサトが教室にいる状態からテイク2って、どうするって言うの。

 そうしたら、どういう仕組みになっているのか、わからないけど、教室のセットが見る見る無くなって行く。あっという間に、教室の壁がなくなり、その奥に現れたのは華やかな祝賀会場。ステージには、

 『尾崎部長、ありがとうございました』

 この看板がかかってた。さらに誰かが入ってくる。あの足音は一人や二人じゃない。ステージに上がってマイクを握ってるのは、

 「これから延期になっていた追い出し会を始めます。心配していた尾崎部長も無事ご出席頂き、部員一同、感謝の言葉もございません」

 何が起っているのか、ミサトにはわからなかった。入って来たのはあの時の写真部員。しゃべっているのはアキコ。そこから部員たちに引っ張られるように椅子に座らされ、そこからが大変だった。一人一人挨拶に来るの。もう泣きそうな顔で、

 「部長、来てくれてありがとうございました」
 「この日が来るなんて、夢のようです」
 「部長、ごめんなさい。ボクたちを許してください」
 「尾崎部長は世界一の部長です」

 あの泣き顔は演技なんかじゃない。これはなに、なにがどうなってると言うの。そしたら今度は全員に引っ張られて壇上のマイクの前に、

 「引退される三年生を代表して部長から、一言頂戴します」

 みんながミサトを見てる。こんな時になんて言えば良いの。胸がいっぱいで何も言えそうもない。だってミサトは優勝旗を返還して部室に帰った日に退部してるんだよ。そしたらアキコが、

 「やっと余計なものが処分できます。こんなものが認められるはずがありません」

 あんなものが残ってたんだ。アキコはミサトの目の前で退部届をビリビリに破いちゃった。それだけで部員たちは拍手喝采。こんなどうしようもない部長だよ。本当にみんな待っててくれたの?

 「部長の追い出し会への出席が少し遅れると予想していました。色々な思いがあるでしょうが、写真部員はこの日を待ちわびていました。幸いにも全員がそろいましたので、部長のお言葉を頂きたいと存じます」

 少しって言うけど二年だよ、二年。それに全員だって、涙で良く見えなくなってるけど、そんな気がする。こんなミサトのために全員がここに。ウソでしょ、夢でしょ。ミサトは振り絞るように

 「ありがとう・・・」

 これだけで、みんなから力一杯の拍手と大歓声。

 「ミサトはダメな部長でした。そんなミサトのために・・・」

 これ以上、話せないし、立っているのも難しくなったミサトを、アキコがしっかり抱きしめてくれた。

 「ミサトはアキコの友だち。ずっと一番の友だち。あの時だって、今だって同じ。そしてあの時の仲間も、今もミサトの仲間」

 泣いた、心の底から泣いた。ミサトにはこんな仲間がいたんだ。ミサトのためにここまでしてくれる仲間がいたんだよ。その時に、ミサトの目の隅に入ったのが、不自然に立ち止まっているウエイトレスやウエイター。そして会場に流れる、

 『Louder,Louder,Louder』

 これって、アキコのフラッシュ・モブの時の、

 『I am staring out of window』

 ウソでしょ、ウソでしょ、あれをここで再現するって言うの。そこに躍り込んで来たのは・・・なんとあの時と同じで麻吹先生。ウエイターや、ウエイトレスは加茂先輩、ケイコ先輩、平田先輩、ナオミまで。部員たちも次々に踊りの輪に加わり、次に現われた二人はまさか、

 「行くよ、コトリ」
 「任しといてユッキー」

 連続バク転から鮮やかなバク宙。なんて高さなの。でもフラッシュ・モブの目的は、誰かへの告白。告白されるのはミサト? いや、それはありえない。ミサトなんて好きになる男がいるはずもない。

 ここでミサト前に出てきたのは伊吹君。このシチュエーションでミサトの前で踊るって意味は、えっ、えっ、赤いカーペットが敷かれたよ。みんなが左右にスタンバイして、またもやミサトは引きずられるようにカーペットの一方の端に、

 「行け伊吹」
 「男だろ一発で決めてこい」
 「がんばって」

 花束を抱えた伊吹君がミサキの前に歩いてくる。伊吹君が、伊吹君が、ミサトに告白すると言うの。ついにミサキの前に立った伊吹君はマイクを受け取ると、

 「ミサトさん。ボクはミサトさんの期待に二度も応えられなかった情けない男です。それでも三度目の挑戦をさせて下さい。好きです、愛してます。どうかボクと付き合って下さい」

 頭を下げて花束を差し出すのよね。本当にミサトでイイの。こんなに根性の捻じれた女だよ。そしたらユッキーさんがそっと近づいてきた。そして耳元で、

 「素直に受け取ってあげなさい」

 うん、そうする。そうしたかったんだもの。

 「喜んで!」

 そこからお手てつないで、フラワーシャワーの中を。

 「おめでとう」
 「良かったね」
 「尾崎さんを悲しませたりしたら許さないから」

 そこから、

 「キス、キス、キス」

 これの大合唱。いくらなんでも、ここでって思ったけど。伊吹君の目を見たらしてもイイ気になっちゃった。目を瞑ったら、ミサトを力強く抱きしめてくれて、唇が塞がれた。ありがとう伊吹君、信じてくれたら嬉しいけどミサトのファースト・キッスだよ。

 もう幸せと感動で胸がいっぱい、今度は嬉し涙が止まらなくなっちゃった。もう顔がボロボロになってる気がする。そんなミサトを嫌わないでね、ミサトは伊吹君を信じて付いて行く、なにがあっても離れない。その時に会場に轟くような大声で、

 「カット、撮影終了。後は打ち上げだ」

 そこに出演者や、スタッフまで合流して来て、大宴会になっちゃった。テーブルや椅子が次々に運び込まれ、料理も飲み物もドッサリ。まさか、こんなラストが待ってるなんて夢にも思わなかった。


 元写真部員だけじゃなく、サークル北斗星の全員が来てくれてた。加茂先輩とケイコ先輩から、

 「サークルの退会届だけど、伊吹君が破り捨てたから無効になってるよ」
 「そう、だから今でも会員。また北斗星に来てね。みんな待ってるよ」

 そこでチサト先輩から渡されたのが一枚のイラスト。

 「こ、これは」
 「こうなる日を信じて待ってたよ。良かったわ」

 そこにはサークル北斗星の全員が描かれてた。みんな笑顔で楽しそう。その中心にミサトがいる。


 それにしても、やられたって気分。だってだよ、伊吹君とのキス・シーンまで撮られちゃったんだもの。カットの声を聞くまでテイク2の撮影中だってことを忘れてた。でも、とっても爽やかな気分。なんかもう、全部吹っ切れたって感じがする。

 隣にいる伊吹君も現実だよ。ずっと手を握ったままなんだ。だって離したくないじゃない。伊吹君の手のぬくもりが、ミサトがやっとつかんだものの気がするもの。もう一回キスしたかったけど、それはさすがにね。そこに巻き起こる大合唱。

 「アンコール、アンコール」

 エエい、やけくそだ、何度でもアンコールしやがれ。セカンドでもサードでも受けてやる。それとね、最後の最後にすべてわかった。この映画を誰が企画し、どれほどの人が協力してくれていたかを。そしてミサトの手に入れられなかった夢のすべてがここにあるのも。