Win10苦戦記

 ついにWin7のサポート終了が迫り、アップデートを余儀なくされました。これは去年から言われていまして、Win10がインストールされた新しいPCもスタンバイしていました。とは言うものの若い時と違って、新たな環境構築は億劫でノビノビにしていたのです。

 年末年始にやることに決めていましたが、これもズルズルと着手が遅れ、やっとこさ正月三日からスタートです。とりあえず久しぶりに起動したら、テンコモリのメイルと貯まりに貯まったアップデートで一時間はラクに経ったぐらいです。

 ここまでWin10への移行が遅れたのは、愛用の骨董品ソフトが業者曰く、

    「そんなもん動きまっかいな」
 とくに大ネックというか論外にされたのがLotus123 97。Excelに移行し損ねたツケです。まあ23年前のソフトですから、そう言われても仕方ありません。他にも20年クラスのソフトがゴロゴロ、それも現役で愛用中ですから頭を抱えた次第です。

 それでもググってみるとLotus2000なら動かせる方法があるとあり、Lotus2000が動くなら97だってでトライ。苦戦の末ですが、なんと動くじゃありませんか。それだったらと他のをトライ。これも業者に、

    「買い替えて下さい」
 あっさり言われたIllustrater。そんなこと言われても困るぐらい高いのですが、CS6には最初から64bit版があり無問題でOK。絶対無理とされたHomepage Bulder V6もOK。ハードルがさすがに高いと思っていたPhotoshop 7もOK。ScanSnao S1300はちゃんと富士通が対応してくれていました。

 この辺のソフトが必要なのは小説のためで、Lotus123は幕末からの年齢管理、IllustraterとPahotoshopは表紙絵と挿絵の作成、Homepage Builderはブログの表作りに必須だからです。

 小説といえば新しいWordはWin7時代のものとほぼ同じですが、それでも開いた瞬間に違和感が。そうフォオントが違うというか無いのです。代用フォントになってましたが、さてどうするかです。これも無ければ持っていけば入るとあり、問題なくスルスルと。 

 もうひとつですがFEPのユーザー辞書があります。これは遥かWX2から継ぎ足し、継ぎ足し使っていたのですが、業者曰く、

    「そんなもん入りまっかいな」
 トライしたらアッサリと。3日ほどあれこれやったら、実用レベルで使えそうな雰囲気になっています。Win10対応問題はMSが32bit対応をしていないからだそうですが、正直なところ、
    なんでやねん!
 いろんな理由があるのでしょうが、末端のローレベル・ユーザーにしたら迷惑なお話です。それでも128bitになるのは当分先でしょうから、当面は弥縫策でしのげたからヨシとします。それにしても、こういう作業が10年後なりに、まだ出来るかと言われると疑問の歳になったのを実感した正月でした。

アカネ奮戦記:あとがき

 タイムリミットが迫っていたアカネの結婚話です。独身のままにしておくのもあったのですが、やはり結婚させてみたかったです。そうなるとラブ・ロマンスになりますが、どうにもアカネのキャラでは、微妙な心理描写で話を紡ぐには無理がありました。

 それとラブ・ロマンス定番のライバルの登場による三角関係も、前作で使ったばっかりですし、アカネにも使いにくいと言ったところです。

 そこで関係をアカネとタケシだけに絞る方針にしたのですが、そうなると周囲の出来ごとに二人の恋が翻弄されないといけません。芸がないとは思いましたが前半のエピソードは前作の背景を借りています。

 あれも、もうちょっと引っ張りたかったのですが、そうもいかず後半のエピソードを作っています。モデルにした街は極めて適当ですが、地域として漠然と信州を想定しています。ネイティブの方には変に思われたでしょうが、あれぐらいが私の信州弁の限界です。あれは難しかった。

 後半のライバル辰巳の設定も何度か変更がありまして、影の部分を市長や築田にかなり割り振っています。今回限りのキャラにする予定だったのですが、次回以降にも使ってみたくなったぐらいです。脇役はやはり大事ですし。

 それとラブ・ロマンスでは濡れ場も必要だったのですが、キス・シーンまでカットしにしています。天真爛漫キャラのアカネではどうにも、こうにも書きにくくて、一行も書けなかったぐらいです。

 さて残るはシノブのロマンスですが、やっぱり前回で結婚させときゃ良かったと後悔しています。もう一回やらないといけませんし。それとも、このまま売れ残りの会に入れちゃいましょうか。

アカネ奮戦記:華燭の典

 式場はツバサ先生と同じで聖ルチア教会。ウェディング・プランはクレイエールの微笑む天使にした。動画はサキ先輩で、写真係はマドカさん。さすがにツバサ先生を来賓として外せないじゃない。だいたいツバサ先生に撮らせると、なにやらかすかわかんないじゃない。

    「アカネにだけは言われたくない」

 かもね。でも式では定番をやってしまった。親父とバージンロードを歩いたんだけど、きっちり裾踏まれてひっくり返った。でもこれはアカネが悪いんじゃなく、親父が悪いんだからな。次の定番の誓いの時にも、

    「汝健はこの女茜を妻とし、健やかなる時も、病める時も、常にこの者を愛し、慈しみ、守り、助け、この世より召されるまで固く節操を保つ事を誓いますか」
    「はい」
    「汝茜はこの男健を夫とし、健やかなる時も、病める時も、常にこの者に従い、共に歩み、助け、固く節操を保つ事を誓いますか」
    「はい」

 ここまでは良かったんだよ。問題はその次で、

    「今、この両名は天の父なる神の前に夫婦たる誓いをせり。神の定め給いし者、何人もこれを引き離す事あたわず」

 ここでつい神のところに引っかかってしまい、

    「神如きに二人の仲は引き裂かせるものか!」
 神父さんは困った顔してたけど、まあイイとする。神父さんだってホンモノの神がどれだけ手強い連中か知らないだろうし。だってだよ、アカネにとって神とは、すぐにアカネをマルチーズにしたがり、座興で容貌を別人に変える存在だからね、

 披露宴はこじんまりしたものにした。だってさぁ、呼び出したらゴッソリ来ちゃうんだもの。ツバサ先生たちにもこれは相談してたんだけど、

    「大賛成だ。後始末が大変になるかな」
    「ボクもそう思う。想像しただけでゾッとする」
    「マドカも賛成です。アカネ先生がどんな人かよく知っておられる方だけに祝福してもらうべきです」

 賛成してくれたのは良かったけど、賛成理由が気に入らなかった。だから式も、披露宴もまったく同じメンバーで動いた。ホントはツバサ先生に来賓祝辞はやらせたくなかったんだ。でも仕方ないじゃない。そしたら、

    「あのアカネが、ついに、ついに・・・」

 そこまで言って絶句しちゃったんだよ。披露宴会場はちょっとした感動に包まれてたし、アカネもそうだった。ツバサ先生は高砂席につかつかと歩いてきて、

    「後は伏せとく。やりだしたら、明日までかかるからな」

 ギャフン。でも助かった。やはり祝辞役はマドカさんか、せいぜいミサキさんぐらいにしておきたい。あの二人以外にやらすと、何を言いだすかわかったもんじゃないし。それでも、スタッフたちの祝辞は嬉しかった。

    「タケシ、アカネ先生を不幸にしたら珠算一級のオレが許さん」
    「それは書道初段のオレの仕事や」
    「簿記二級のオレをさしおいて・・・」
    「また逃げ出したら英検四級もオレが地の果てまで追いかけて火炙りにしてやる」

 心の籠った良い祝辞だった。でもさすがに二次会が終わってホテルの部屋に戻るとグッタリ。よくもまあ、世間の新婚夫婦は、こんなくたびれた状態で新婚初夜なんてやるもんだと感心した。アカネは寝たよ。翌日は神戸空港まで見送りにツバサ先生たちが来てくれたけど、

    「アカネ、しっかり仕込んでこい」
    「タケシ、枯れ果てるまでやってこい」
    「アカネ先生も早い方がイイと思います」
 たしかに。新婚旅行中に三十七歳の誕生日来ちゃうんだよね。アカネは、四人は欲しいから、年子でも四年がかりになっちゃうんだ。双子二セットもあるけど、それはそれで大変そうだし、一回で済むけど四つ子は論外だ。

 新婚旅行はユッキーさんたちからのプレゼントもあった。例のプライベート・ジェットを使わせてくれたんだ。もっとも成田に行くついでだったけど。タケシは目を丸くしてた。成田でやっと二人にきりになって飛行機に乗り込み席に着いたらホッとした。

    「タケシ、長かったけどやっとだね」
 そう言ったら力強く抱き寄せてくれた。これが幸せだ。やっと手に入れた幸せだ。なにがあっても手放すもんか。

アカネ奮戦記:タケシのデビュー

 アカネは溜め込んでた仕事をヒィーヒィー言いながらこなすことになったんだ。

    「ツバサ先生、なんとかしておくって話だったんじゃ」
    「おう、延期交渉は大変だった。でもスタッフも頑張ってくれてキャンセルは出なかったぞ。ちょっと増えた分は御褒美と思え」

 ギャフン。仕事は仕事、甘くないわ。とにかくこなすためにハイ・ピッチで進めたら、

    「アカネ、何度言ったらわかるんだ。スタッフを殺す気か!」

 タケシは個展に専念した。もう合格は決まってるようなものだけど師匠としてタケシの作品を見て回り。

    「タケシ、合格だよ」
 見る見る目に涙が溢れてた。でも、そうだろうな。苦労したもの。甲陵での馬術大会の苦悩、そこから逃げてしまった後悔の日々、赤壁市でやった辰巳との対決。どれも無駄じゃなかったよ。タケシの才能を開花させるために必要なものだったんだ。

 それと赤壁市の騒動のお蔭で、城下町フォト・コンテストの話が広がっちゃったんだ。言われて見れば西川流とオフィス加納のガチンコ勝負だったし、西川流は総帥の辰巳だし、オフィスもツバサ先生とアカネがいたものね。

 そこで理由はともあれタケシが辰巳に勝ってるんだものね。写真雑誌が特集まで組んで大騒ぎしてたし、一般週刊誌やワイドショーまで取り上げるぐらいだったんだ。お蔭で個展の方が大注目されちゃって、すっごい数の報道陣が来てた。

    「じゃあ、アカネは受付に行くね」
    「アカネ、ちょっと待て」
    「なにか文句でも」
    「受付がアカネだけじゃ不安過ぎる」

 アカネだって受付ぐらい出来るって頑張ったけど、

    「アカネ、ボクも不安だから」
    「アカネ先生、マドカもお手伝いさせて頂きます」

 なんとサトル先生もマドカさんも受付に座り、

    「アカネはしゃべるな」
    「座ってるだけでいいから」
    「ちゃんとサポートさせて頂きます」

 お前らな、そんなにアカネが受付するのが不安か。

    「当然だ」
    「やはりね」
    「タケシさんの晴れの門出ですから」

 マドカさんまで、そこまで言うか。当たってないとは言わないけど。でもサトル先生が妙に嬉しそうだった。

    「そりゃ、アカネ、女ばっかりだっただろ」

 なるほど。オフィスのプロは、サトル先生以外は女だったものね。

    「仲間ができてホッとする気分かな」

 たしかに。サトル先生は社長だけど社内でなにか提案しても、女三人が叩き潰してしまうことは多かったものね。これはだいぶ前だけど、マドカさんがプロになって間もない頃に、

    『女三人展』

 これをやろうってサトル先生が言いだした事があったんだ。ちなみにカツオ先輩も噛んでた。とはいえ、みんな仕事が忙しいからストックの写真でやろうって提案だったんだけど、

    『これはマドカを引き立たせるためか。そんなモノのためにわたしを引っ張り出すというのか』
    『それよりアカネの個展やっていない。まずそっちだよ。個展やりたい、やりたい』
    『マドカのストックでは無理です。三ヶ月下さい』

 三人とも一歩も譲らず企画は流れちゃったものね。この女三人展はその後も企画として何度も浮かび上がって来たけど、

    『どうしてアカネやマドカと肩を並べなきゃならんのだ』
    『アカネの個展、アカネの個展、アカネの個展』
    『準備期間をしっかり頂けないと協力できません』
 他にもサトル先生の提案で却下されたのも多数。まあ家でも相当尻に敷かれてるみたいだし。というかツバサ先生を尻に敷けるような男はいないと思うけど。


 タケシも専属契約になったんだけど、順調に依頼も入って来てる。これでオフィスのプロも五人になったんだけど。それだけのスタッフも抱えないといけないし、撮影スタジオだってこうなってくると手狭というか、塞がってしまってニッチもサッチもいかなくて、並んで順番待ちしてる状態。後ろに並んでたツバサ先生に、

    「ツバサ先生、ちょっと狭い気が」
    「だな。四人の時でもかなり無理があったが、五人は厳しいよな」
 加納志織時代でもオフィスの所属プロは最大で二人だったみたいで、加納ビル自体もプロが二人ぐらいを想定してるで良さそう。弟子をあんまり増やせないのも、広さの問題も一因になってるところがある。まあビル自体も相当ガタが来てるのは間違いないし。

 そうなると移転するか、建て直すかだけど、これは経営者サイドのツバサ先生とサトル先生の判断になってくる。いやこのビルを加納志織時代に建てたツバサ先生の判断だろうな。思い入れもいっぱいあるだろうし。実際にも、

    「やはり潰すとなると」
    「さすがにな。こんなオンボロ・ビルでも建てる時は大変だったからな」
 当時はかなり無理して建てたみたいなんだ。今でこそ賑やかな商店街の一角だけど、当時はシャッター通りで、通り抜ける間に誰にも出会わないなんて普通だったらしい。だから土地も割安だったそうだけど、建設資金の調達も大変で、さらに設計会社や、施工業者と一円単位まで値引き交渉までやったらしい。

 でもね、当時としてはかなり写真家のために配慮した設計になっているのは間違いない。いや、写真を撮るために特化した設計だとよくわかるもの。当時の加納先生の写真家としての夢を精一杯詰め込んだビルだって。


 移転か建て替えかは、かなりもめたみたいだし、移転先の誘致合戦まであったけど、最後はツバサ先生の決断で建て替えになったんだ。そのためにオフィスは仮事務所に移転。加納ビルの解体の時にはツバサ先生が神妙な顔してたよ。

    「また加納志織が遠くなったな」
    「大丈夫ですよ。絶対にツバサ先生は忘れませんから」
    「そうだな」

 規模はドカンと二十階建てだって。工期は三年弱ぐらいらしい。設計や施工はエレギオン・グループが全面協力で順調。

    「次のビル名は麻吹ビルですか。それとも星野ビルですか」
    「あん、加納ビルだよ」

 なんだよな。オフィス加納もオフィス麻吹に変える案が出たこともあったけど、頑として譲らなかったもの。それでも一~三階にはテナントも入るみたいでアカネも楽しみにしてる。これでまた商店街が盛り上がると嬉しいな。

    「もうすぐ式だな」
    「はい新居もばっちりです」
    「しかしタケシはエライと思う」
    「そうでしょ、そうでしょ、あんなイイ男世界中探したっていませんよ」
    「まだ逃げ出さないからだ」
 そこまで言うか。でもタケシと一緒に暮らすようになってアカネの生活は変わったもの。まずだよ、マンションのドアを開く時に、ものが溢れてくる心配がなくなったんだ。アカネは玄関になんでも置く癖があって、それが積み上がってて、ドアを開けた瞬間によく崩れてきた。

 部屋だって凄いんだ。だってさ、だってさ、床が見えるんだよ。それも隅から隅まで。アカネは部屋の床に物を置くのが大好きだったから、えらい変わりよう。ぜ~んぶタケシが片付けてくれるんだ。ご飯だってそうだよ。朝から台所で、

    『トントントン』

 こんな軽快な包丁の音がして、味噌汁もちゃんと付いた炊き立ての朝御飯がアカネが起きる頃には出来上がってるんだ。タケシはご飯にもこだわりがあって、電気炊飯器は使わないんだよね。

    「アカネ、土鍋の炊き立てが一番おいしいんだ」
 アカネもそう思う。お代わりいっぱいしちゃうもの。漬物だって、ちゃんと漬けてるんだよ。とにかくタケシの調理の腕はすごくて、うどんだって,そばだって打てちゃうんだ。そういえば魚どころか、鶏だってさばけるって言ってた。

 洗濯だってキチンとアイロンまでかけてある。それがね、ちゃんと引き出しに中にしまってあるんだよ。シーツもパジャマも毎日洗ってくれてて気持イイし、お風呂もピッカピカ。アカネも手伝おうと思ったんだけど、一度やったらタケシから、

    「アカネはそんなことをしなくて良いよ」

 こう言ってくれたんだ。なんて優しい旦那さんだろう。まだ式挙げてないけど、

    「アカネ、それは優しいんじゃなくて、無駄な仕事が増えるのを嫌がってるだけだと思うぞ」

 ギャフン。でもあんたもやろが。サトル先生から聞いたことあるぞ。

    「アカネには遠く及ばない。それとアカネより料理は確実に上手い」

 そうなんだよな。どうも加納志織時代には料理教室まで開いてたみたいで、手際もイイし、盛り付けも、味付けもプロ顔負け。

    「まあ、アカネの場合は小学生、いや幼稚園児も顔負けだし」

 く、くやしい。その通りなのが一番悔しい。そのうちタケシに教えてもらおう。

    「無駄な努力と思うぞ」
 うっ、当たってる、言い返せない。

アカネ奮戦記:谷奥温泉

 得体のしれないヌエみたいな女神どもだけど。イイこともちゃんとやってる。ユッキーさんはかなりの金額を村営の公衆浴場に寄付したんだよ。ありゃ、かなりどころでなくて、目を剥くぐらいで良さそう。

    「あれか。コトリも寄付しといたし」
 今までの公衆浴場の隣に新しい公衆浴場を建てたんだ。それも純和風でシックなやつ。モデルは道後温泉本館とか言ってた。道後温泉のより小ぶりだけど、これが、なかなか風格があって立派なもの。

 それだけじゃなく、エレギオン・グループの旅行会社も動かしたみたい。旅行会社だけじゃなく、テレビ局も動かしたみたいで、秘湯の旅シリーズで取り上げられて、福寿荘まで紹介されてた。コトリさんは、

    「ああ、あれ。あれぐらいはオマケみたいなもんや」
    「それなりに回収も出来るし」

 エレギオン・グループは観光事業も強いし、エレギオン・グループが乗り出したってだけで、便乗組がワンサカ寄って来たぐらいでも良さそう。そのためにビックリするぐらいの観光客や宿泊客が来るようになったみたい。

    「ちゃんとやったら、これぐらいは繁盛して当たり前の温泉やっただけや」
 赤壁市の観光とセットにすればヒットしたぐらいかな。今までもそういう素地はあったんだけど、とにかく市長の冷遇策に干されたのに火が着いたぐらいで良さそう。

 アカネもタケシと一緒に行ったんだけど、なんか二軒ほど新たな旅館が立ちつつあったよ。他にも土産物屋や、地元の農産物や特産品を売る店、喫茶店とか、こじゃれたレストランまで続々と出来てて、タケシもあまりの変わりように驚いてた。

 タケシがお世話になった福寿荘の御主人にも挨拶に行ったんだけど、隣に新館建ててた。民宿から旅館にするってお話だった。なんか繁盛したものだから息子さん夫婦も帰ってきて後を継いでくれるみたい。

    「タケシ、彼女だが」
    「いいえ、フィアンセです」
    「それにしても若いけど、いくつ下だが」
    「いいえ、十歳上の姉さん女房です」
    「なんだって! 世の中間違ってる」

 この時にはタケシの家にも挨拶に行ったけど、同じような会話になり、

    「あなたが、あの有名な渋茶のアカネさん」

 渋茶は余計だけど。

    「タケシを宜しくお願いします。婿に出すからには煮て食おうが、焼いて食おうが、かまいませんから。なんなら揚げ物でも刺身でも酢の物でも・・・」

 どうもタケシの家も普通じゃないみたいだ。アカネの家にも行ったんだけど、タケシがきっちり頭を下げて、

    「どうかアカネさんと結婚させて下さい」

 さすがはタケシ。よくやったと思ったんだ。この後は親父が複雑そうな顔をしながら『娘をよろしく』ぐらいになるのを期待して待ってたら、呆けたような顔になって、

    「アカネをもらってくれるなんて、これは夢か、幻か・・・」

 ウルサイわい。自分が育てた娘だろうが。さらにだよ、お袋まで、

    「どうかアカネを見捨てないでやってください。よろしくお願いします。この世に一人ぐらい奇特な人がいるとは信じてはいましたが、そんな人が二度と出るとは思えません」

 だから二人して床に頭をこすりつけるな。アカネが惚れられて結婚するんだぞ。姉ちゃんもいたんだけど、

    「アカネはバカですけど、ただのバカではありません。信じられないぐらいのバカで、この世のバカの基準を超越しています。超越しすぎてマトモそうに見えるところもありますから、どうか可愛がってやって下さい」

 フィアンセを前に『バカ、バカ』連発するな。まったくうちの家族ときたら、アカネを宇宙人か何かと勘違いしてるんじゃないかと思う時がある。そしたら姉ちゃんが、

    「でもそうじゃない、時々別人に変身しちゃうじゃない。靴のサイズまで小さくなるなんて地球人じゃない何よりの証拠」

 あれは女神どもが悪い。そうそう、やっぱりお世話になってるから挨拶には行った。タケシにも知ってもらっとかないといけないし。

    『コ~ン』

 三十階も一応ね。タケシは目をシロクロさせてた。そりゃ、そうだろ。とにかく女神どもの秘密の棲家だからな。それとコンテストの審査の時には気づかなかったみたいで、

    「えっ、木村さんじゃなくて小山社長、立花さんじゃなくて月夜野副社長、結崎さんじゃなくて夢前専務・・・」

 もう茫然としてた。気持ちはわかる。あんなに若く見える美女軍団がエレギオンHDのトップだからね。とりあえず、正体が女神なのは伏せといた。タケシが怖がってもいけないし、犬に変えられても困るから、

    「アカネさんと結婚するなら全身全霊を捧げるつもりじゃないとダメよ」
    「そうや、少しでも半端な気持ちがあったらアカン」
    「イイ人なのは間違いないけど、ワレモノ注意と思って細心の注意がいるよ」

 まったくどいつもこいつも。そうそうミサキさんも復帰していて、

    「アカネさんおめでとう。あなたなら明るくて楽しい家庭を築けるわ」
 そう、そう、これが普通だろう。どうして誰も素直にそう言ってくれないんだ。やはりミサキさんは女神の中でも別格だ。というか、なんで女神なんてやってるか不思議なぐらい。普通に人やればイイのに。ミサキさんもマルチーズの脅しを受けてるんだろうか。


 さて真打だけど、オフィス加納に戻った途端にやられた。アカネだって、タケシだって挨拶やお詫び、お礼をしなくちゃと思って、あれこれ言う事を考えてたんだよ。タケシなんて長期無断欠勤を謝らないといけないから、懸命になって考えてた。なのに、なのにだよ、いきなり、

    「やっとぶち抜かれたか」

 そんなもの開口一番に言うな。タケシが真っ赤になってるじゃないか。

    「痛かったと思うが、やればやるほど良くなるから心配しなくともよい」
 余計な心配だ。ほっとけ。でも、豪快に笑い飛ばしてこれだけだった。さすがは真打だと思った。