アングマール戦記:女神の男(1)

 偵察部隊の報告は次々に入ってきた。まずアングマール軍の退却は本当で、魔王はシャウスの道を越えてしまったみたい。さすがにアングマールまで帰ってしまったかどうかの確認は現時点では無理やったけど、城門の再開通作業と付け替え修理には着手させた。

 リューオンもベラテも落ちてなかった。よく落ちなかったものだと感心したけど、アングマール軍も木材調達には苦労してたみたい。エレギオン包囲戦であれだけ消費したら、リューオンやベラテに回すほどの余裕はなかったぐらいで良さそう。だからアングマール軍も無理攻めをせず、包囲してただけみたい。それでも三年は長かったと言ってた。

 エレギオン軍の損害は概算でほぼ一個軍団がまるまる消えるぐらいやった。あの大城壁と、あれだけの各種武器と対策を行っていても、ここまでの損害があったことに心が暗くなってた。もちろんエレギオンが落ちてたら、こんなものじゃ済まなかったんだけど、やっぱり戦争は嫌だ。

    「次座の女神様、調査結果の報告です」
 報告に来たのはメイス上席士官。包囲戦が始まった時には次席士官だったけど、上の士官が次々に亡くなって三年で繰り上がりってところ。でもタナボタやないぐらい優秀で、包囲戦中にコトリが見初めて女神の男になってもらった。
    「どうしても概算になりますが、アングマール軍の損害は当方の四倍はあると見て良いかと思われます」
    「じゃあ、四個軍団ぐらい消えちゃったってこと」
    「いえ、損害の多くは高原都市からの徴発兵で、アングマール直属軍に限って言えば、軍団にして一個半ぐらいではないかと」
    「やっぱり最後の梯子攻撃」
    「最後の二回は凄まじかったですから、あれがアングマール軍の真の力であったと見ています」
 魔王はおそらく偵察攻撃の時には高原都市の徴収兵を使い、エレギオンの戦法を見極めてから直属軍を使ったと見て良さそうだわ。
    「残されていた武器はどうだった」
    「敵ながら天晴れで、ほとんど何も残されていません」
 まあ、余裕を持って退却したものね。おそらく城門が城壁化しているのを見抜いていた気がする。追い討ちがないのなら、そういうものを回収したり処分する時間は十分あるものね。
    「それにしても、アングマールもよくあれだけ食糧が保ったね」
    「それなんですが、どうも途中から足りなくなったようです」
    「やっぱり、でどうしてたの」
    「これもおそらくなのですが、食い扶持を減らしていたみたいなのです」
    「それって・・・」
    「そうしか考えられません」
 時々、アングマール軍は無理攻めしてきたことがあるのよ。あの大城壁をよじ登ろうとしたのよ。とにかくあの高さだし、垂直に近い角度だし、上に行くほど継ぎ目なんて殆どなくなるのだけど、それでもよじ登ろうとするの。横の塔からの矢や、上から落とす石で余裕で撃退できたけど、あれって攻撃と言うより、食い扶持減らしが目的だったんだ。ついでで、それでエレギオンの矢が一本でも減ってくれたら十分みたいな。
    「ところで次座の女神様。そろそろお休みなられませんか」
    「そうだね、首座の女神は起きてきた?」
 すると後ろから、
    「起きてるわよ。トットとメイスとお休みに行ってらっしゃい」
    「ユッキー、その前に報告を」
    「もう聞いたわ。これから、やらなくちゃならない事がテンコモリあるけど、コトリの仕事はまず休むこと。メイスだってずっとお預けだったんだから、早く行ってあげなさい」
 メイスが顔を真っ赤にして、
    「お預けとは・・・」
    「だってそうじゃない。コトリはメイスを選んだけど、女神は魔王の心理攻撃への対応で目一杯で、寝る時間もなかったんだから。あのさなかに、やれるほど勇気はないでしょ」
    「その勇気と次座の女神様に対する勇気は違います」
    「ユッキー、からかうのはそれぐらいにしてあげて」
    「ほんじゃコトリ、初夜を楽しんで来てね。それとメイス、コトリが燃えだしたらアングマール軍より手強いからね」
    「ちょっとユッキー、それは言い過ぎよ」

アングマール戦記:エレギオン包囲戦(2)

 エレギオン包囲戦が始まってから一年。ついに来たの。エレギオンをすべて包み込むような巨大な力が押し寄せてきたの。それはまさに圧倒的な力だった。人の心から希望が消えていき、ひたすら虚しさと、絶望感に満たされるあの心理攻撃が。

    「コトリ、これね」
    「そう、この感じ。でも、ゲラスの時とは比べ物にならないぐらい強力だわ」
 これにまともに対抗する手段はなかったの。でも放っておくと、兵士は戦意を失い、職人たちはやる気を失い何も作ってくれなくなるの。それだけじゃないの。料理人はご飯を作らなくなるし、とにかく誰もが無気力状態にされてしまうの。

 ユッキーと二人で押し返そうと頑張ったけど無駄だった。魔王の心理攻撃は女神の災厄の呪いを封じ込めるだけでなく、女神の能力をかなり封じ込めてしまうの。それぐらい力の差があるとしか言いようがなかったわ。

    「ユッキー、こうなったら主女神を起こそう。そうでもしないと対抗できないよ」
    「いや、それは最終手段よ。わたしの見るところ、女神の力は見える範囲では通用するわ。走り回って対抗しよう」
 ユッキーの言う通り、二人が訪れたところの士気は回復してくれるのだけど、しばらくしたら逆戻りになっちゃうの。最初はユッキーと二人で走り回っていたのだけど、
    『ズシン』
 ある時期からさらに圧力が強まったの。女神の回復効果の及ぶ範囲、持続時間がさらに短くなっちゃった。三座や四座の女神もフル動員してひたすら走り回ったの。もう眠る時間もなくなってた。三座の女神は、
    「次座の女神様、いつまでこんなことを続ければ良いのですか」
    「そんなもの終わるまでに決まってるじゃない」
 城壁守備の指揮は四座の女神が貼りつきになっていた。そうでもしないと守り切れない感じやった。もちろん戦いが激しくなればユッキーやコトリも駆けつけるんだけど、それ以外でも煌々と光る輝く女神が不眠不休でいる必要があったのよ。包囲戦が三年目に入った時に、
    『ズシン』
 また強くなったの。その頃にはアングマール軍は何カ所かで空堀を埋め尽くし城壁に取り付けるようになっていた。城門前の落とし穴も既に埋め尽くされ、破城槌攻撃も何度も行われたの。

 破城槌に対してはロープでひっくり返す戦術を取ってたけど、それへの対策もあれこれされてたし、城門前には巨大な塔が四つも建てられてしまい、そこから城壁の上や、塔の中に向かっても攻撃してくるの。もちろん、こっちだって反撃するんだけど、巨大投石機も巨大石弓も二年を越える攻防戦でかなり傷んじゃってるのよね。

 城門の強化は思い切った手段に切り替えた。城門は内側に蝶番が付いていて、門に閂が掛けられてるんだけど、あの破城槌の攻撃を受け続けたら、閂がへし折られるか、蝶番が潰れるのは間違いなかったし、ここまでの包囲戦でもかなり傷んでいたの。

 まずコトリがやったのは蝶番の強化で上から下までビッシリ付けたった。それと閂だって二十本ぐらい追加したの。それでもあの破城槌はさらに強力なのよ。そこで、城門の後ろにビッシリと石を積み上げた。つまりは城門の後ろは事実上の城壁にしてもてん。こっちから打って出るのは出来なくなるけど、この心理攻撃下で打って出るなんて無理だからそうした。

 包囲戦が二年半を越えた時にアングマール軍は新たな戦術で攻勢に出てきた。エレギオンの大城壁に届く巨大な梯子を無数に用意して突撃してきたの。残っている兵器を総動員して戦ったわ。梯子を次々と登ってくるアングマール軍を次々と射落としたけど、いくらでも登って来るの。

 城壁の上から石を落として撃退しようとしたけど、今度は楯をもって登って来るの。その楯をぶち壊すような大きな石を落としたら、さらに頑丈な楯を持ちだしてくるみたいな。城壁の上は修羅場で、登ってくるアングマール軍に対する攻撃もあるけど、城壁上はアングマール軍の塔からの攻撃の的にもなるの。

 アングマール軍の梯子攻撃は三日間続いた。城壁の下にはアングマール軍兵士の死体が積み重なっていたし、守備側のエレギオン軍の損害も少なくなかった。そうしたら、一週間後に再び梯子攻撃が行われたの。アングマール軍も対策してた。梯子の幅が広がり、二人がかりで持つ頑丈な楯を先頭に登って来たの。さらに兵は重装歩兵だった。矢による攻撃の効果がどうしても落ちちゃうの。

 このままでは梯子は登られちゃうから、こっちも重装歩兵戦列を城壁の上に並べてん。これで登ってきたアングマール軍に対抗したんやけど、城壁の上自体が矢による攻撃にさらされていたから、こっちの損害もドンドンでた。それでも城壁に登ってきたアングマール軍兵には強力な対抗策になってくれた。そりゃ、梯子で登ったアングマール軍に戦列を組む余裕はなかったものね。それでも執拗にアングマール軍は攻撃を続け、これが一週間続いた。

 一ヶ月の間隔を空けて第三波がきた。城壁の上も城壁の下も地獄のような状態になる激戦が展開された。城門では破城槌が物凄い音を立ててたし、これを妨害する余裕は既に失われてた。アングマール軍はついに城壁上のエレギオン軍の一部を破り城壁の階段を下りて来たけど、コトリは重装歩兵部隊だけでなく騎馬隊も展開させといた。そしてついに押し返したの。

 三波にわたる梯子攻撃はエレギオン軍の被害も多かったけど、アングマール軍はより被害が大きかったと思うの。さすがのアングマール軍も第四波は仕掛けてこなかった。それでね、その頃から魔王の心理攻撃は弱まってきたの。そうなの、エレギオン軍があそこまで苦戦した理由の一つに魔王の心理攻撃で士気がなかなか奮わなかったのもあったのよ。

 もういつから寝てないかわからない状態のコトリとユッキーだったけど、アングマール軍の動きが妙なのよね、

    「コトリ、あれって退却してるんじゃない」
    「いや、誘ってるだけかも」
 まあ追撃するにも城門は塞いでしまってるから、指をくわえて見てるしかなかったけど、ついにアングマール軍は退却してくれた。もう包囲戦が始まって三年になっていたけど、なんとか守り切ったみたいなの。勝ったというよりも凌ぎきっただけかもしれないけど、エレギオンは落ちなかった。
    「コトリ、悪いけど今夜の当番は任せたわ」
    「何するの」
    「寝不足はお肌に良くないから、今夜は寝させていただくわ」
 寝不足って・・・もう二年だよ。でもユッキーには寝てもらったし、三座や四座の女神にも寝てもらった。コトリはマシュダ将軍に指示、
    「城門の再開通作業は偵察部隊を出してからにする。今晩中に城壁から騎馬隊を吊り降ろせる装置を作っておいてくれる。とにかくエレギオン以外がどうなってるかの情報がないからね」
    「かしこまりました。ところで次座の女神様はお休みにならないですか」
    「首座の女神が起きてきたら寝るわ」

アングマール戦記:エレギオン包囲戦(1)

 アングマール軍の布陣が完了したところで城門の前に真っ黒の大きな馬に乗り、黒づくめの魔王が側近を連れて現われた。そこから大音声で、

    「慈悲深きアングマール王より、エレギオン国民に告げる。王の目標はエレギオンにあらず、五女神なり。素直に差し出せばこのまま帰ることを約束する」
 なにが『慈悲深き』じゃ、厚かましいほどにも程があるわ。コトリが答えたろうと思たらユッキーが答えよった。
    「恵みの主女神の命を受けたるエレギオンの首座の女神より告す。聖なるエレギオンの地を踏みにじった罪は軽からず、必ずその報いを与えん」
    「おお、お前が首座の女神か。ワシの手の中で悶える姿が見えるぞ」
    「アングマール王よ、そちの願いは永遠に叶うことはあらん」
 さっと魔王は馬を返すと、巨大な破城槌が前進してきたの。マシュダ将軍に、
    「シャウスの破城槌もあれぐらいだった?」
    「いえ、半分もなかったです」
 アングマールの軍事技術の水準は高い。あれほど巨大な破城槌を作り、これを動かしているのにビックリしてもた。あれをひっくり返すのは難しいかもしんない。エレギオンの大城壁の周りには深い空堀が巡らされてるけど、城門前はないの。その代り、城門は高い二つの塔に挟まれるように出来ていて、近づいてきたら、雨あられのように矢や石が降り注ぐことが出来るようになってるの。

 でも破城槌の屋根は頑丈そうだった。石が当たる距離になって落としたんだけど、ビクともしやがらないの。でも破城槌の一回目の攻撃対策だけはしてたのよ。

    『ドッスーン』
 城門前に巨大な落とし穴を掘ってたの。そこはさっきまで魔王が立ってたんだけど、それぐらいじゃビクともしないようになってたけど、破城槌の重量なら当然落っこちるわ。でもって落とし穴はかなり深いのよ。だいたい三十メートルぐらい。破城槌ごと落っこちてくれた。でもって、そのまま城門を守る空堀になるって寸法。

 翌日からはアングマール軍の投石器攻撃が始まった。スプーンの先みたいなところに石を乗せて、弾き飛ばしてくるスタイル。見てると山なりに投げるのは苦手みたいで、城壁崩しが目的みたい。でもね、ユッキーの作った城壁は最上部で十メートルぐらいあって、基部は三十メートルぐらいあるの。基部は土塁を作った上に石垣で固めてあり、上部は石を積み上げて作ってあるの。

 その程度の投石器じゃビクともしないはずだけど、撃たれっぱなしは感じ悪いし、撃たれた石は転がり落ちて空堀を埋めるのよね。だから投石器潰しの反撃を行ったわ。ここはユッキーの指示で、巨大石弓で石を撃ちこんでみた。石弓の命中精度は巨大になっても高いのよね。上から狙い撃ちしたら、投石器兵はたまらず逃げて行ってくれた。

 続いて出てきたのが埋め立て車。屋根付き破城槌に似てるんだけど、中は空っぽで、後ろから土を運び込んで、前から空堀に運ぶの。これにも巨大石弓は効果があったわ。最初に出てきたやつの屋根を次々に撃ち抜いてくれた。でもアングマールもさるもの、次に投入された埋め立て車は屋根が段違いに強化されてた。

 なんと石を跳ね返しちゃうのよね。どれだけ頑丈な屋根やと思たもの。そこでユッキーの指示で矢に代えた。これも巨大な鏃を付けた代物やねんけど、威力は抜群やった。頑丈な屋根をぶち抜いてくれたの。

 そうしたらついに動く塔が出てきた。アングマール軍は三十メートル級の動く塔を作っちゃったのよ。それも一遍に十台並べて城壁に押し寄せてきたの。でも案外脆かった。さすがのアングマールもこれだけ巨大な動く塔に重装甲は施せなかったみたい。巨大石弓でボロボロにできたの。

 そしたらアングマール軍はボロボロになった動く塔を修理するのよ。どうもやけど、最初に装甲を壊されるのは計算内みたいで、そこから固定式の塔にして攻城拠点にする段取りみたいやった。修理工事を阻止するために激しく矢を浴びせたけど、射落としても、射落としても修理兵が送り込まれちゃったの。

 固定式の塔の装甲は頑丈で、巨大石弓でも突き刺さるけどぶち抜くのは困難やったの。そこで矢にロープを付けて特殊鏃で次々に打ち込んで引っ張って倒してやった。三台まで倒したんやけど、アングマール軍もすぐ対策をたて、頑丈なロープをビッシリ張り巡らせて、引っ張っても倒れないようにしたのよ。

 それに対して火矢でロープを焼こうとするエレギオン軍と、火矢を放とうとするエレギオン軍を塔から狙い撃ちするアングマール軍との激しいつばぜり合いになっていったの。もちろん埋め立て車の破壊戦もヒートアップしていったわ。

 ここで、ついにユッキーの指示が出て巨大投石機を動かすことになったの。とにかくデカイんだけど、城壁が二十五メートルもあるものだから、高さが十メートルもある巨大な台座の上に据え付けられてたの。そこからドデカイ岩をビューんと放り込んでいくの。距離は十分飛んでくれるんだけど、精度が大雑把なのが難点。だけど威力は抜群やった。まともにアングマール軍の塔に当たるとぶち壊してくれた。

 こうやって籠城のためにあれこれ準備してものは役に立ってくれて、やがて膠着状態になっていったの。膠着状態と言っても、アングマール軍は次々に装甲強化型埋め立て車を投入して来るし、動く塔ならぬ固定式の塔の新設も続けていたわ。もちろんそれに対する妨害破壊も延々と続いていた。

アングマール戦記:アングマール軍襲来

 エルグ平原に侵入したアングマール軍がどう動くかは、あれこれシミュレーション考えてた。まずはハマからリューオン、さらにベラテと順番に落としてエレギオンに襲いかかるパターン。そうなれば文字通りエレギオンが最後の砦になっちゃうんだけど、

    「コトリ、時間がかなりかかると思うの」
    「そうよねぇ、エレギオンが健在なら包囲網の背後を攻撃されるリスクもあるし」
 ほんじゃあ、いきなりエレギオンの包囲になるかだけど、
    「やっぱり背後が危なくない。補給路をさらしてるようなものだし」
    「そうよねぇ、そうなった時の打ち合わせはしてるけど、エレギオン単独包囲はないと思う」
 アングマールは五個軍団いるから一遍に四つとも包囲するパターンだけど、
    「だったらエレギオンを攻めるのは二個軍団ね。魔王が指揮してなかったら叩き潰してやる」
 一番可能性が高そうなのはまずハマを全軍で攻めるんじゃないかって予測。アングマールはハムノン高原を制圧してるけど、エルグ平原に出るにはシャウスの道を通るしかないから、エルグ平原にも戦略拠点になる都市がまず欲しいだろうって考えると思うの。ハマはシャウスの道のエルグ平原側にあるから、ここを奪っておけばシャウの道の確保はより万全になるものね。
    「ハマは落ちて欲しくないけど、五個軍団に攻められると苦しいかもね」
    「なんとか援護したいけど、五個軍団が総出で囲まれると厳しいよね」
    「じゃあ、そうなったら例の作戦やる?」
 例の作戦とは騎馬隊単独での襲撃作戦です。歩兵部隊で援護に赴けば、待ってましたとばかりに会戦に持ち込まれそうやし、やれば勝てるかどうかに不安がテンコモリ。そこで騎馬隊の優速を利用してのかく乱戦術なの。
    「準備はしてるけど、効果はどうだろ。そりゃ、ある程度は混乱してくれると思うけど、アングマール全軍を崩すのは無理だと思うの」
 とにもかくにも出方を見ようとなったんだ。アングマール軍は予想通りハマを囲んだわ。ハマは本格的に防備を強化していて、城壁は十五メートル以上もあるの。これを動く塔で攻略するには二十メートル級のものが必要になるんだけど、木材調達はどうするかは注目してた。

 そしたらアングマール軍にも知恵者がいたの。コトリもユッキーもシャウスの道を使って運び込んで来ると思っていたら、キボン川に木を流したのよ。ラウスの瀑布があるからロスも少なからず出たとは思ってるけど、やられたと思ったわ。

 騎馬隊襲撃もやらせたけど、最初は効果があったと思う。とくに初回の時は兵糧部隊の襲撃に成功して存分な成果と言えるものだったけど。後は警戒がドンドン厳重になって、思わしい戦果があがらず、むしろ損害が気になるようになっていったの。とにかく騎馬隊は貴重だから、無理できないのよね。

 でもハマは三ヶ月経っても落ちなかった。激戦は展開されているらしいの情報は入って来たけど落ちなかった。ここで動いたの。コトリは二個軍団を率いてハマに向かったの。ここまでの情報で『どうやら』ハマを囲んでいるのはアングマールの前衛部隊で、魔王の主力軍はまだ来ていないと読んだのよ。

 でもコトリの動きは読まれてた。ドーベル将軍にリューオンの郊外で迎え撃たれ、負けはしなかったけど痛み分けでエレギオンに戻らざるを得なくなちゃったの。やはりアングマール軍は強いわ。痛み分けと言ったけど、客観的に見るとエレギオン軍は劣勢やった。大敗しなかったのは、ドーベル将軍が深追いしなかっただけだった。

    「ユッキー、あかんかった」
    「ドーベル将軍って、そんなに強いの?」
 ドーベル将軍の用兵は鮮やかやった。ベッサスでのエレギオン軍の戦法を十分に検討していたみたいで、散兵部隊にも丈夫な大きな盾を持たせていた。それだけやなくて、盾を並べてあっという間に歩兵戦列組んじゃったのよ。盾は前だけでなく後列は頭の上に担ぎ上げてたから、上から矢を降らせる作戦も効果が乏しかったの。矢の効果が落ちた散兵戦は苦戦になってしまい。しかたがないから虎の子の騎兵隊に頑張らせて、なんとか総崩れを防いだぐらいかな。

 リューオン郊外でエレギオン軍が撃退され戦局は動くことになったわ。ついに魔王の主力軍がハマに進出して一ヶ月でついに落城しちゃったの。そこから魔王がどう動くかに注目していたんだけど、リューオンもベラテも囲んだだけで積極的には攻めようとせず、エレギオンを目指して来るのがわかった。

    「ところでコトリ、使わなかったの」
    「うん、ドーベルってなかなか男前やったし。もちろん最後は使って逃げ延びたけど」
    「それは今回限りにしてね。これは試合じゃなくて戦争だから」
    「わかった」
 これは災厄の呪いのことだけど、ハマを守り切れなかったのもこれだと思う。魔王がハマに来てから災厄の呪いが通じにくくなってるの。
    「コトリが言ってた、エロ魔王の力ってこんな感じなんだ。これは手強いわ」
    「そうでしょ」
    「二人が組んでも厳しいかもしれない」
    「でも、負けるもんか」
    「あたりまえよ、あんな歩くチンポコ変質者なんか・・・」
 ここで二人は声を合わせて、
    「海の藻屑に変えてやる」
 そしてついにエレギオン郊外にアングマール軍が姿を現したの。リューオンやベラテに包囲部隊を置いているはずだけど、それでもとても三~四個軍団程度に見えへんかった。
    「ユッキー、どんだけおるねん」
    「う~ん、たぶんだけどあれって高原都市の兵よ。根こそぎぐらい連れて来てる気がする」
 城外に布陣を進める大軍団を眺めながら、いよいよ追い詰められた感覚が湧いてきたわ。ここで負けたらホントに後がないのよ。エレギオン住民は虐殺されるし、コトリだって魔王の御馳走にされてしまう。

アングマール戦記:ホウキとチリ取り(4)

 クソ魔王のやり方は女がエクスタシーに達した瞬間を狙うのやけど、ひょっとしたら、そこにカギがあるんやないかと最初は考えてん。そやから、毎日必死こいてマスターベーションに励んだ時期もあったぐらい。もちろんこれは、あくまでも軍事研究のためだよ。

 でも無駄やった。あの瞬間を自分で冷静に観察するんは無理やったんよ。それと、よく考えたら、たとえこの方法で成功しても魔王攻撃の前にマスかかなアカンのは変やし、イヤやんか。それも果てるまでやで。たとえ上手くいきそうでも、実戦では絶対に使いたくないから断固として中止にした。

 方針転換して、体の中のエネルギーの効率利用のコントロールをあれこれやってみたの。今まで考えた事もなかってんけど、外に自在に力が使えるようになると、体内のエネルギーコントロールも出来ることがわかってんよ。ここが突破口やった。体内のエネルギーコントロールが出来ると、体内の好きな場所にエネルギーを集中できるようになってきてん。

 結構どころやない集中力がいるんやけど、とりあえず手に集めてみた。そこからが日数かかってんけど、極度に高めたら噴出しそうな感じに段々なってきてん。でも、これを部屋でやるとやばそうな感じがプンプンしてた。庭でも拙そうやったから、やっぱり演習場でやることにした。

 演習場の隅っこで極度に集中力を高めたら、どういうたらエエんやろ。ちょうど出来物がプチンと潰れる感じで、一挙にエネルギーが噴出したんよ。

    『ドッカーン』
 とりあえず前に何かが飛び出し、前の岩に当たってんけど、それこそ粉微塵になって吹き飛んでもた。それだけやなく、どうも斜め下に噴き出たみたいで、地面がドバっと掘れてた。同時にコトリはフラフラになっちゃった。全身のエネルギーが一挙に抜け落ちたって感じやった。

 これがコトリの最初に放った一撃やった。そうそう一撃の名前の由来やけど、あれ一発撃つと、次は撃てるもんじゃなかったのよ。一発しか撃てへんから一撃ってところ。最初の時なんて結局ぶっ倒れて演習場が大騒ぎになってもてん。大慌てで施療院に担ぎ込まれて、気が付いた時には三座の女神が、

    「次座の女神様、いったいどうやったらこんな事になってしまわれるのですか」
 そのまま三日間の入院。一か月ぐらい体がだるかったもの。入院中にもあれこれ考えとってんけど、クソエロ魔王の変態行為の意味がなんとなく見えてきたの。クソエロ魔王が女をエクスタシーにさせるのは、女をそれに集中させるためだろうって。そりゃ、あの瞬間に女は他のことを考えることが出来へんぐらい集中していると言えるからな。

 とくに女神の場合は自分でやってわかったんやけど、集中したところにエネルギーも集まる傾向があるねん。考えることに集中したら頭にエネルギーが集まるし、手仕事に集中したら手に集まってくる感じと言えば良いのかな。だったらエクスタシーに達する時はアソコにエネルギーが集まっているはずだって。それをあの汚らわしいチンポコ経由で吸い取りやがるんだ。

 よくまあ、そんないやらしいことを考えつくんだって思いっきり軽蔑したわ。それにいくら軍事研究のためとはいえ、マスかきまくったのに赤面してしもた。あれも全部クソエロ魔王が残部悪い。コトリはマスかくより、ちゃんとやるのが好きなのよ。それなのに、それなのに、研究のためにマスかいたから・・・コンチクショウ覚えてやがれ、

    「海の藻屑に変えてやる」
 でもそうとわかれば、土壇場勝負のベッドでの搾り尽くし合戦になった時の戦術の目途が立ったわ。体内のエネルギーをコントロールして、あそこにいかなようにすれば勝機があると思うの。そうなればコトリも気持ち良くなれないかもしれないけど、魔王のチンポコから思う存分搾り取れるじゃない。その時には目に物見せてやるから。

 一撃の二発目を試してみたのは、一か月後になったわ。一発目の時は全力を入れ過ぎてエライ目にあったから、その辺のコントロールを意識してやったら、まあまあの出来やった。そこで四座の女神に来てもらったの。だって一撃って一発しか撃てへんし、撃てばフラフラになっちゃうじゃない。だから、もう一人ぐらい撃てるのがいた方が嬉しいじゃない。ユッキーに教えようと思ったけど、前の大喧嘩からロクすっぽ口利いてないし。

 夜にコトリの家に来てもらって、やり方のコツをレクチャーしたの。体内エネルギーのコントロールをまず覚えてもらって、次の段階の任意のところに集中させる段階に入れたわ。庭でやってたのだけど、

    「とにかく手に思いっきり集中させてごらん」
 四座の女神は真面目だから全身を輝かせながら集中しているのはよくわかったの。ただ、これ以上やれば飛び出てしまいそうだったから、
    「この辺で今夜はオシマイにしよう」
 こう言ったんだけど、手遅れやった。四座の女神は極度の集中でコトリの言葉が耳に入らなくなっていたの。アッと思ったら、
    『ドッカーン』
 天に向かって飛んでった。そのまま四座の女神は白目を剥いて失神。コトリは急いで施療院に運んでいったの。三座の女神も出て来てくれて、
    「次座の女神様。四座の女神様に何をなされたのですか」
 このことがユッキーの耳に入り呼び出されちゃった。
    「コトリ、何やってるの! コトリだけじゃなく四座の女神まであんな状態にしてしまって。今は非常体制なのよ。四座の女神にもやってもらわなければならないことがヤマほどあるのに。どうしてくれるのよ」
 しゃあないから事情を話したんよ。あの大喧嘩から久しぶりに口利いたんだけど、
    「それって役に立つの? だって撃ったらあのザマじゃない」
    「そこは辛いところだけど、威力はあるで」
    「でも神に効果はホントにあるの?」
    「やってへんからわからへん」
 一撃による瞬間燃焼理論も聞いてもらったんやけど、
    「わたしもそんな感じはあるけど、あくまでも感じだけだし」
    「でも神相手にテストできへんやんか」
    「そこなのよね。たとえ効果があるとしても、エロ魔王に効くかどうかは未知数よ」
 冷静に考えればそうなんだけど、
    「最後の手段ぐらいの価値はあるか・・・」
    「でしょ、でしょ、一番のメリットはクソ魔王に触れずに使える点よ」
    「その価値は認めるわ。とにかくエロ魔王は・・・」
 なんとか三十分ぐらいで悪口は終らせて、
    「コトリ、ちょっと来てくれる」
 連れて行かれたのは、神殿の庭。
    「さっき言ってたの、こんな感じかなぁ」
 そこの岩にスパッと小さな穴が開いちゃったの。
    「これを最大出力でやる感じでイイのかな」
    「ちょっとユッキー、前から出来たの?」
    「ううん、コトリの話を聞いてたら、こんな感じだと思ったから」
 それにしても、なんでユッキーはあんなに器用やねん。
    「コトリ、その一撃だけど、もう練習もしないでね。そろそろシャウスの道は突破されそうなの」
 いよいよ魔王が来るみたい。