ミサトの旅:もう一つの世界

 映画の中の写真部は摩耶学園時代とは似てる部分と違う部分があるんだよね。一番違うのは、あの時はミサトがトレーニングすればするほど、部員の心が離れて行ったんだ。でも映画では、もっと部員が心を合わせてる感じかな。

 似てるところは副部長役のコハクちゃん。高校の時ならアキコの役回りだけど、時に二重映しに見えることがあるぐらい。もちろん、見た目もタイプも全然違うけど、ミサトから見たポジションがよく似てる気がする。

 あの時だってアキコは頑張ってくれてたよ。アキコがあれだけ頑張ってくれてたから、途中までだけどミサトの指導に写真部も付いて来れてたと思うもの。アキコだって限界が来たから、あの日になったと思ってる。

 でもアキコとはコハクちゃんのようにはならなかった。最大の違いはコハクちゃんとやった激突のシーン。映画ではお互いの事を思いやりながらも火花を散らすような口論をやったけど、アキコとの時、そう、口論にさえならなかった。現実はそんなものかもね。

 ミサトの部長時代の田淵先生なんて、その前から指導方針で対立してたから、ミサトが退いたら、かえって喜んでたものね。現実は岩鉄顧問のように助けてくれるなんてないってこと。弱っていれば叩きに来ただけだもの。


 あれだけ嫌がっていた映画出演だけど、だんだん終わりも見えてきた。前期試験が心配だけど、良い時間を過ごした気がする。なにかね、ミサトの部長時代もこうなる可能性があったのを毎日演じてる気がしてきてる。

 そう、みんなが一丸になって写真甲子園を目指す写真部を。これだってミサトが一年から二年の時はそれが出来てたんだよ。野川部長、エミ先輩、藤堂副部長、アキコ、もちろん麻吹先生や、泉先生、新田先生。

 あははは、超が付く豪華メンバーだった。岩鉄顧問も渋くてイイけど、麻吹先生の熱いハートはもっと凄いんだよ。そう火傷するぐらい熱い熱いハートだった。それに応えて、みんなが一心不乱に燃え上がっていた、いや燃え上がらざるを得なくなった感じかな。

 ミサトもあんな写真部にしたかった。そうするつもりだった。でもミサトに麻吹先生の代役は荷が重すぎたよ。滝川監督なら、ミサトはあっさりお払い箱になるのは確実。あんな代役を出来る人はこの世にいないんじゃないかな。


 人生って幾つも分岐路があると思うのよね。あの時に、ああしていたらってやつ。人はその選択を両方試すことが出来ないのよね。どちらかを選ぶしかないし、選んだ結果は受け止めないといけないぐらい。この映画はミサトが選べなかった選択の結果を描いている気がする。

 たとえば翌年も麻吹先生が顧問だったら、全然違っていたはず。決勝大会ぐらいは余裕だろうし、連覇も夢じゃなかったはず。でもその選択枝はミサトに最初から無かったのよね。その結果がアレだもの。人生厳しいよ。

 それでもアキコとの溝を決定的にしたあの話し合い。あの時にミサトの心は冷えただけだったけど、そうじゃなくてコハクちゃんと演じたように、すべてをぶつけあって話が出来てたらな。それだけでも、かなり変わってた気がしてる。

 それと麻吹先生は無理でも岩鉄顧問ぐらいは居て欲しかった。あの時のミサトはアキコを失った瞬間に頼れる者がいなくなっちゃったのよね。なにかイジメで孤立無援になった時の事を思い出しちゃったもの。

 アキコと熱く語りあえて、岩鉄顧問がいたら、こんな世界になってたのかな。なんかなってた気がしてきてる。写真甲子園も優勝は無理でも、全力を尽くした満足感ぐらいを味わえた気がする。それがミサトのもう一つの結果の世界。

 それとだけど、分岐路を通り抜けた後でも、もう一度巻き戻しが出来るんじゃないかって思い出してる。巻き戻しは無理でも、分岐して流れて行った先で、再び合流する感じ。全部がそうならないだろうけど、時にはそうなる流れがあってもイイじゃない。


 映画の中がミサトの経験できなかった良い方のもう一つの世界なら、今度はハッピー・エンドになって欲しい。現実のあのバッド・エンドはもうコリゴリ。そりゃ、現実世界が甘い物じゃないのは良く知ってるけど、映画の中の世界ぐらいそうなって欲しいもの。

 そうなるはずよね。だって撮ってるのは、どうみても青春映画。バッドエンドで救いのない青春映画なんて見たことも、聞いた事もないもの。たとえ写真甲子園で優勝できなくても、仲間の絆を確かめ合ってのラストになるはず。それが青春映画だよ。

 青春映画といえば、これも気になっていることがあって、ヒロインは恋をするはずなんだ。でもって、今のところのヒロインはミサト。どう考えたって主役だもの。ただ、お相手役が出てくる気配もないのよね。

 どうなってるんだろ。とにかくビックリ箱演出の滝川流だから、突然現れるとか。でも演出こそビックリ箱だけど、滝川映画って綿密な伏線からの必然なんだよね。高校時代なら野川部長だけど、この映画の設定なら卒業生でいないし。これも明日の台本を読み進めない限りわかんないな。


 恋と言えばアキコも藤堂副部長と付き合いだしてから変わったものね。イイ男がいると女も変わるのかも。そう言えば、伊吹君とオフィスで会った時に、副部長とアキコに会ったって話してたっけ。あれは別々に会ったとは思えないから、あの二人は一緒だったに違いない。

 あれから三年だから、あのまま続いてたら、あの二人はどこまで行ったかな。考えるまでもなく最後までだよね。アキコと副部長がって思っちゃうけど、男と女だもの。行かない方が不思議だよ。

 あははは、オクテだオクテだと思っていたアキコに先を越されるとはね。そう言えば彼氏を作ったのもアキコの方が先だものね。ジェームスこそ決勝大会の時に遅れて作ったけど、お手てつないだだけ。大学に入ればと期待してたけど、キスさえ未経験でございます。

 それを考えるとエミ先輩と野川部長は改めて凄い人だと思う。写真甲子園で優勝させた上で恋まで実らせてるんだもの。あの二人も当り前だけど、くそ、羨まし過ぎるじゃない。ミサトにもはやく現われてくれないものかな。


 あれこれ考えてたら伊吹君のことを思い出しちゃった。さすがだよ、ツバサ杯のグランプリ取っちゃったもの。今ごろはハワイのはず。あのオンボロ高級ホテルにビックリしてるだろうな。

 アキコのことをオクテ、オクテって言ってるけど、ミサトも他人の事を言えないよね。伊吹君のこと好きだったんだ。新歓コンパで会った時にビビって来たんだ。そう人を恋するのに理由はいらないってこと。

 だから、あれだけ教えた。あは、こりゃツンデレもイイところだよ。でもデレまで行く前に伊吹君は去って行ったものね。ミサトのツンだけ見せてオシマイ。最初からデレで行くべきだったかな。それが出来ないのがミサトだけどね。

 オフィスでいきなり逢わされた時も動揺しまくり。麻吹先生の悪いとこだ。あれって加茂先輩たちの話が入ってる気がする。それとも伊吹君から聞いたのかもしれないけど、二人を逢せれば問題解決で一件落着ぐらいに考えてた気がする。

 そんなに簡単に行くはずないじゃない・・・素直になれなかったな。優しい言葉をかけようと喉まで出かかったのに、実際はあれだもの。結局トドメを刺したようなもの。これも仕方がない、いつもの事ながら後悔先に立たずだよ。

 どうにも未練だねぇ、伊吹君のことが忘れられないのよね。これは、野川部長をエミ先輩にさらわれた時と違う感じ。あそこまでトドメを刺してる伊吹君にまた巡りあえないかって。

 そんなこと起るわけないのにね。あれだけミサトの本性をさらけ出しちゃったもの。こんな捻くれた女を誰が好きになるものか。こんな女と付き合う男が不幸だよ。でもさぁ、でもさぁ、ミサトの本性ってなんだろ。

 あ~あ、いくら考えても変わんないからもう寝よう。明日も、新しい台本が来るのは夜が明けるより確実だし。