コトリ部長はイタリアからの帰りにも時差ボケ対策をあれこれやってましたが、
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「だから時差って嫌い。どうしたって残るんだから」
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「これも勉強だから書いてみて」
副社長はさっそくマルコ氏のための工房の建設に着手します。マルコ氏以外の職人については、さすがエレギオンの金銀細工師で、マルコ氏が少し声をかけただけで、ヨーロッパからも続々と弟子入り希望者が押し寄せました。中には既に店を持っていたものまでおり、弟子入りするために店をたたんで応募する者もいたぐらいです。マルコ氏もコトリ部長に紹介してもらいました。マルコ氏は十二歳で弟子入りして二十歳の時にはエレギオンの金銀細工師の名乗りを許された天才で、マルコ氏自身が言うには、
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「うちの家はエレギオンが王国だった頃には貴族の家柄だったんだ」
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「可愛い」
マルコ氏は陽気なイタリア男なのですが、ジュエリーに関してはさすがのプロです。工房建設に関して細かい注文が次々出されますし、弟子の選抜も厳しいものがあります。このマルコ氏ですが、工房が出来るまでは準備室勤務になっています。とにかく日本語が怪しいので通訳としてミサキが準備室に常時ヘルプみたいな体制になっています。そりゃ、コトリ部長やシノブ部長が通訳として貼りつくわけにも行きませんし、そもそもイタリア語を話せる人材なんて、会社では限られていますから、一番下っ端のミサキになってしまいます。
結果的に工房準備室はミサキとマルコ氏の二人体制になっているので、あれこれ話をする機会が多くなっています。マルコ氏がとにかく驚いたのが、コトリ部長やシノブ部長が会社では重役待遇になっている点です。
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「ミサ〜キ、あのコト〜リもシノ〜ブもおエライさんなんだぞ。ちっとも、そんなこと話してくれなかったよ」
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「コト〜リは自分が年上過ぎるって言うんだよ。ボクは歳の差なんて関係ないって頑張ってるんだけど、コト〜リは恋人まではイイけど、結婚は無理だと言うんだよ」
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「エレギオンの伝統技術ってあるのですか」
「ミサ〜キ、そんなものはないんだよ。技術は常に進歩するし、デザインは常に変化する。常に最先端の技術とデザインを自由自在に使えるものだけにエレギオンの名が許されるんだ」
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「その程度のものを作りたいなら、他のところで働きなさい」
お弟子さんにも聞いたのですが、エレギオンの工房で弟子になるとはそういう事だそうです。他の工房で合格点レベルのものでも、エレギオンではゴミ同然に扱われるぐらいでしょうか。お弟子さんに日本人の方で久山さんって方がおられまして聞いてみたのですか、
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「そやなぁ、エレギオンでは他の工房で一人前レベルが見習いで始まるぐらいでエエと思うで。そこで働くのは夢みたいなもんで、それが日本にあるなんて信じられへんぐらい幸せや」
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「あれか、業界では有名で、尋ねられたらとにかくハイと答えたら合格やねん」
そんなマルコ氏が最初に作り上げた天使ブランドのためのイメージ作品は素晴らしいものでした。まずマネキンにドレスを着せたものに飾り付けたのですが、これを見た副社長が絶句してました。副社長だけではなく、それを見た重役室のすべての者が言った方が良いと思います。
さらに嫌がって逃げ回るコトリ部長とシノブ部長を業務命令でとっつかまえて、宣伝用の撮影も行いましたが、マルコ氏の作品は、人が身に付けることによってさらに魅力を増すのを誰もが思い知らされました。ミサキも撮影の時に一緒にいましたが、見惚れるを通り越えて茫然自失って感じです。その時になんですがマルコ氏が、
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「さて、ミサ〜キにも綺麗になってもらおう」
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「ミサキちゃん、逃げようとしても無駄よ。これは業務命令」
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「これはミサ〜キをイメージして作ったから、喜んでくれると嬉しい」
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「よっ、お似合い」
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「コトリ先輩、予想通りね」
「コトリもそうなると思ってた。これで決まりね」
「マルコも張り切るんじゃないかあぁ」
「そりゃ、そうなるよ。そのためもあってイタリアに行ってもらったんだから」
「でもコトリ先輩はそれでイイの」
「さすがにね。もうちょっと若ければ考えたけど」
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「ちょっと待ってくださいよ、お二人は本物の天使ですが、わたしは・・・」
「ミサキちゃん、あきらめてね。こんな感じでコトリもシノブちゃんもやらされたんだから。社員にとって業務命令は絶対よ。とりあえずマルコはノリノリだからね」
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「ミサ〜キ、これは内緒だからね」
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「今まで頑張ってくれた、ささやかな感謝の印だよ」