特命課まで作って心配されていたコトリ先輩の恋の行方ですが、加納さんとの争いはやはり熾烈だったようです。先手を取ったのはコトリ先輩です。少しだけ聞かせてくれましたが、そりゃ、もう物凄い勢いで迫られたみたいで、ついに山本先生から、
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『ボクはコトリちゃんを選びたい』
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『ちょっとどころやないポカやってもて』
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『あかんかった』
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『なにかね、シオリちゃんを祝福する気分で一杯になってもた』
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『不思議やねんけど、カズ君へのこだわりが日毎に薄れていく気がするのよ。あれだけ想てたのにね。人間、現金なものやわ。ひょっとしたらユッキーがなんかしてくれてるのかもしれないね』
この辺はミツルとも話していたのですが、先輩と加納さんの山本先生への異常なこだわり自体がユッキーさんの影響じゃなかっただろうかとも考えています。ユッキーさんは山本先生の次のお相手候補に先輩と加納さんを選んでいますが、拘束する代わりに美しさと若さを与えていたぐらいです。
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「コトリ先輩、どうなっちゃうの。これから急速に年相応になっちゃうの」
「ならないと思う。それはシノブを見てるとわかる。シノブはユッキーさんに綺麗にしてもらってるけど、日が経つほどますます輝き続けているもの。天使から与えられた恵みは変わらないと見て良さそうだ」
「じゃあ、不老不死?」
「不老も不死もないだろうが、非常に緩やかに、なおかつ綺麗に歳を重ねられていくと思うんだ。シノブもそうなってくれたら嬉しいけど」
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「実は歳を取った天使の写真を見たことがあるんだ」
「そんなの、あったんだ。誰の写真」
「正確には天使じゃないけど、恵みの教えの教祖の写真が残っていて見せてもらったんだ」
「どうだった?」
「とにかく古い写真の上に、教団の広報誌への転載だから不鮮明でわかりにくかったのだけど、あれが七十代とは思えなかった。教団の伝承では亡くなるまで、とにかく若々しく美貌も衰えなかったとなっていた」
「いつまでも若々しくて綺麗なままなら天使も悪くないね。そうだったらミツルも喜んでくれるだろうし、捨てられないだろうし」
「怒るよシノブ、ボクがシノブを捨てたりするものか」
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「加納さんって天使じゃないよね」
「違うはずだけど」
「あの人はなに」
「なにって言われても困るけど、これから幸せな一生を過ごすんじゃないかなぁ。山本先生を見続け、愛し続けることで、ユッキーさんから恵みを受け続けると思うんだ」
「じゃ、もっと、もっと綺麗になるの」
「あれ以上なんて想像もできないけどね」
「でも大きな疑問があるの」
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「コトリ先輩は天使よね」
「そうだよ、正真正銘のルチアの天使であることは、はっきりしている」
「そこなのよ、そこ。私たちは、そこで大きな勘違いをしていると思うの」
「どういうこと?」
「ユッキーさんがコトリ先輩を綺麗にしたと信じ込んでいるところだよ」
「えっ、あっ、そうか、言われてみれば」
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「シノブ。そうなると小島部長が綺麗なのは、ユッキーさんの力のためではなく、自分の天使の能力のためってことになるよな」
「そうなのよ、コトリ先輩は自分が天使であるとの意識は乏しいの。だから綺麗になって若々しいのはユッキーさんに、そうしてもらってると信じ込んでおられたのよ。でも、実はそうじゃなくて、自分の恋を実らすために自分で自分の魅力を高めていただけと見る方が正しいと思うの」
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「そう言われると、どうして加納さんが選ばれたんだろう。もちろん加納さんの美しさは人並み外れているから、加納さんが選ばれたこと自体は不思議とは言えないけど、天使の魅力に人が勝てるかって話だよな。でも、ユッキーさんが加納さんをより魅力的にしていたで良いんじゃないかなぁ」
「そういう説明もアリかもしれないけど、わざわざそうしてまで加納さんを贔屓する理由はないんじゃないの。だって山本先生のお相手候補は先に加納さんがいて、後からコトリ先輩が加わってるのよ」
「そうなのか! 小島部長が天使の能力で魅力を高めた時に、ユッキーさんはそれに負けないように加納さんに一方的に肩入れして勝たせてたのなら、最初から小島部長を引っ張り込まなければ良いものな」
「それだけじゃないのよ。詳しくは知らないけど、前回の失恋事件の時から延々と張り合ってるのよ。それはユッキーさんが登場する前からなのよ」
「つまり加納さんはユッキーさんの助けなしでも天使の小島部長と互角の勝負が出来たんだ。そうなると答えは一つかもしれない」
「どういうこと?」
「小島部長は天使だけど、加納さんも女神様だったんだよ。天使がいれば女神もいてもおかしくないじゃないか。女神もまた自分の魅力を全力で高めて、天使の魅力に勝ったんだ」
そうなるとユッキーさんが山本先生の次のお相手候補を一人に絞り切れなかった理由も同じだったかもしれません。稀有の能力者がたまたま候補として並立してしまったぐらいです。さらに言えば、どちらと結ばれても幸せになれるのも見えてしまったのかもしれません。
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「ユッキーさんも能力者だよね」
「これも間違いないよ」
「でもユッキーさんがこの恋で果たした役割は、天使か女神を山本先生と結ばせるために、その心をつなぎとめ、あの奇妙な三角関係を山本先生が選択するまで維持していただけかもしれないと思うの」
「そうなるね。ユッキーさんが二人を綺麗にしていた部分は無しと考えて良さそうだ。でも、そうなると、まさか、えっ、・・・」
「そうなのよ、問題は私になってくるの」
「そうだよシノブはなぜ綺麗になったかだ。でも、これはユッキーさんの能力と素直に考えて良いんじゃないかなぁ」
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『私とカズ坊からのプレゼントは変わらないから安心して。シノブさんのこれからの人生で役に立ってくれると嬉しいわ』
り誰に受け継がせるかは継承者の判断になるはずです。たとえば恵みの教えの教祖は死ぬ直前まで誰にも授けなかったから、亡くなった時に次の能力継承者が不明になっていたのかもしれません。
ユッキーさん能力の発現は異常なほど早かったとされますが、これも由紀子さんから伝ったのならわかります。由紀子さんはユッキーさんが四歳の時に亡くなっていますから、伝えるなら亡くなる前のはずです。だからあれだけ早かったと見て良い気がします。
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「ユッキーさんはコトリ先輩も、加納さんも綺麗にする必要はなかったでイイと思うの」
「そうだよね。別に手助けしなくても自分の能力で魅力を高められるからな」
「だとすればユッキーさんに綺麗にしてもらったのは、どう考えても私だけになるの」
「それって、ハワイに行く飛行機で考えてた、能力を伝えられるのは一人だけって話かい」
「ここまでくると、そう考えるしかないのかもしれない。綺麗にしてもらったのではなくて、能力を継承したから綺麗になったんだ」
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「シノブ。ユッキーさんは親族には伝えたくなかったんだろうな」
「私もそう思う。だって相手があれじゃ・・・」
教祖の三女の孫は由紀子さんと息子さんが二人なのですが、ユッキーさんには従兄弟はいても従姉妹はいません。娘も生まれたのですが、早くして亡くなっています。つまり三女の大聖歓喜天院家の血縁者に能力を継承させたくても相手がいない状態です。そのうえ、由紀子さんの結婚相手が、木村一族の人間で教団とも関わりが深いとわかった時点で絶縁状態です。
こういう場合はどうなるかですが、大聖歓喜天院家の伝承では木村の一族の娘に能力者が出現するとあります。ユッキーさんの場合は木村一族だけでなく、教主家の大聖歓喜天院家も候補になるとは思いますが、どちらにも伝える気はなかったと思います。そりゃ、ユッキーさんを氷姫にした黒幕みたいなものだからです。
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「ユッキーさんは今さら恵みの教えの教主家の娘に能力を受け継がせる気はなかったんだろうな」
「私もそう思う。それだけじゃないと思うの。ユッキーさんは自分の能力を誰にも継承させる気がなかったと思ってる」
「でもシノブは受け継いでるじゃないか」
「きっと、最後に気が変わったのよ」
そんなユッキーさんの気持ちが変わったのは、人生最後の束の間の幸せな時間と、山本先生の心に住んでからじゃないでしょうか。やっと、ユッキーさんがその能力の幸せな使い方を経験できたと思うのです。だからそう使える女性なら伝えても良いぐらいに心境が変わったぐらいに想像しています。そんな時に山本先生が私に興味を抱いたのです。その興味とは今から考えても恋愛対象ではなく、
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『ちょっともったいない子だな』
能力継承ですが私の経験から考えると、能力だけでなく伝える者の想いも同時に伝わるようです。ユッキーさんはまだ四歳でしたから、母の愛情が伝わっただけかもしれませんが、私の場合はユッキーさんの山本先生への一途すぎる愛情も伝わってしまったと考えています。だから、異様なほど山本先生に魅かれてしまったのではないかと思っています。ユッキーさんが能力を伝えられた時はまだ幼児でしたから、私にそんな心の変化が起こったのに驚かれた気がしています。だからあの夢の言葉、
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『でもね、あなたはだいじょうぶですよ。私が必ず守ってあげるから』
ここももう少し考えると、ユッキーさんは見える未来は確実なものではなく、そうなる可能性の高いものの一つだった気がしています。本当にすべてが見えていたのなら、加納さんだけを選んでいれば良かったからです。そうだ、そうだ、だからユッキーさんは守るって言ったんだ。私が一番幸せな未来に進んで行けるように守ってあげるって。
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「でもね、ミツル。私は能力継承者かもしれないけど、どうやって次に伝えるかわからないよ」
「それなら二つ考えられる」
「二つって?」
「一つはそのうちわかるってやつ」
「能力の発達みたいな感じ。じゃあ、もう一つは」
「ユッキーさんはシノブにこそ能力を伝えたものの、それ以上の伝承を望まなかった可能性もあるじゃないか」
「どういうこと?」
「シノブから次に伝承させる能力は与えなかったぐらいだよ」
追い求めていた答えが見つかった気がします。真実は時に平凡です。男と女が出会って恋をして結ばれます。結ばれた時には、その相手こそが自分の運命の人で、自分も幸せになり、もちろん相手も幸せになると信じて疑ったりしません。しかし世の中、そうは上手く行くときばかりじゃないので、離婚したりもありますが、そうさせなければ良いだけなのです。
結ばれた時の心のままで、相手をずっと愛し、幸せにし続ければ良いだけなのです。それだけで幸せいっぱいのカップルになれますが、私にはさらに能力が授けられています。私の幸せは相手も確実に幸せにします。相手だけでなく自分の周囲の人間も幸せにします。相手も周囲も幸せになれば、私は幸せになり・・・幸福の連鎖の中で暮らすことができるのです。
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「どうしたんだ、シノブ」
「ちょっと、考えごと。もし私が本当に天使だったら、歴代で一番幸せな天使になれるかもしれない」
「どういうこと」
「それはミツルがいるから」