準々決勝の相手は正徳高校。いわゆる古豪で前身の正徳実業時代に何度か甲子園に出場してるんだよ。でも今度はうちが勝つんじゃないかの空気が学校中にパンパンに膨れ上がってる。それぐらい明舞学院戦のユウジの投球が凄かったんだ。
さてやねんけど、明舞戦に勝った後にバタバタと出来上がった後援会の会議に野球部の代表としてウチも呼ばれたんよ。この辺は顧問の先生は野球音痴だし、駿介監督やキャプテンは明日の準々決勝の準備に専念したいだろうから、GMのウチが代表として選ばれたと思ってたんや。会議の主題は明日の試合の応援をどうするか。基本は今までやってきた黄色のスポーツタオルをグルグル振り回すやねんけど校長が、
-
「チア・リーダーも欲しい」
-
「とりあえず竜胆君にお願いする」
-
「何人動員します?」
-
「まだ予選やから最大三人」
-
「いくらなんでも明日の準々決勝に無理だろうから、明後日の準決勝になんとか間に合わせてくれないか」
-
「明日には間に合わせてみせます」
コスチュームは商店街の洋裁学校に事情を話して頼み込んだんだ。業者に発注したんじゃ明日に間に合わへん思ったからなんや。ここも何度か駿介監督の小道具調達で訪れたことがあるから最初は警戒していたみたいやけど、チア・リーダーのコスチュームの話だとわかるとガラッと態度が変わって、
-
「それやったら喜んで協力させてもらいます」
-
「こんな感じで作るけどイイ?」
-
「明日の試合までに必ず完成させるから、まかせといて」
コスチュームの目途はこれでついたんやけど、次は振付練習せなあかん。うちの学校にはダンス部とかバトン部あらへんのよね。まあ、あったらウチがチア・リーダーせんでもエエんやけど、校内で振付やってくれる人なんて思いつかへんねん。そこで思いついたのがダンス教室。そこしか思いつかへんかったら、とにかく突撃してみた。ちょうどレッスンの真っ最中で、
-
『今、レッスン中やから後にしてくれへん』
-
「今日のレッスンはこれで中止にします」
ブラバンもコンバット・マーチを響かせとったで。ブラバンの部長と曲目詰めて、再びダンス教室へ。ダンスの先生は曲目が決まった段階で、その場でブラバンに演奏させて録音しとった。さらに教室の方に連絡しとってんけど、レッスン生が立派な黄色のボンボン作ってくれてた。
そこからレッスン生も協力してくれて夜中まで振付練習してくれたんよ。夕食も家に帰る時間が惜しいって出前取ってくれたし、練習が終わった時には零時回ってたからクルマで家まで送ってくれた。さらに翌朝も早くから練習に付き合ってくれたの。お蔭でなんとか、それなりに格好がつくようになったんだ。
小島も『うん』と言ってからは、ずっと頑張って付き合ってくれた。小島も洋裁学校の様子やダンスの先生の熱気に釣られてくれたみたいやった。ホンマに感謝してるけど、
-
「リンドウ先輩って、本当に天下無敵なんですねぇ」
ウチもチア・リーダーやるのはかまへんけど、実は人選にかなり後悔してる。勢いで小島を引っ張り込んだけど、よう考えんでも二人で並んでやらなあかんやんか。少々差があるというか、どう見たって小島の引き立て役やもん。ここに、さらに加納も参加させて、左右に従えてやらされたら、この世の地獄やんか。もうちょっと釣り合い考えといたら良かった。
だけどね、だけどね、チア・リーダーのコスチュームがなんとか試合前に出来上がった時に、うちの連中に嬉しそうに見せに行ったんだ。ちょっと恥しかったけど、どっちみち試合になれば、この格好でずっと踊ってるわけだし、褒めてもらおうというより、ちょっと笑いを取って楽しんでもらおうってところやったのよ。
『馬子にも衣裳』とか『豚に真珠』とか『猫に小判』ぐらいのツッコミは絶対入ると思ってたんよ、ウチのキャラはそこやからね。GMの仕事の一つとして、みんなの緊張感を解きほぐすのも大事やから、ここは少々笑いものになってちょうど良いぐらいってところ。でもね、少々は予想範囲だけど、そこそこで堪忍してねと内心は思ってた。そしたらいきなり大丸キャプテンが、
-
「目が潰れる」
-
「もう死んでもエエ」
地元の商店街も盛り上がってるで。ちゃんと染め抜きの横断幕を寄贈してくれたもんね。これは四回戦の後には出来上がっていたんだ。ただやけど、こういうものは『必勝』とか『好球必打』みたいなものが普通は書かれてるはずやねんけど、出来上がったものみてビックリした、ビックリした、だってやで
-
『竜胆薫を必ず甲子園に連れて行く』
-
「予選やからエエやろ」
-
「これがみんなの気持ちだから」
-
「オレたちは必ずリンドウを甲子園に連れて行く」
-
「そんなんじゃ、リンドウを甲子園に連れて行けへんぞ」
「お前はリンドウを甲子園に行かせへん気か」
「リンドウの甲子園の足を引っ張るつもりか」
-
「リンドウの甲子園を潰すのはお前や」
-
「監督、もうノック百本お願いします」
-
「リンドウさんはうちの野球部のために天から遣わされた守り神なんだよ」
「そんな大げさな、まるで女神や天使みたいやんか」
「うちの連中は女神より、天使より、リンドウさんを大切に想ってるよ」
-
「なんか不思議か?」
-
「女はわからん」
-
「カオルちゃんが、モテモテってだけやんか」
「でもウチやで」
「十分綺麗と思うけど」
-
「カオルちゃんやからみんな燃えられるんだ。他じゃ代用は絶対に無理」
-
『ボクたち野球部は竜胆薫さんに全員で恋してるんです』
-
「キャプテンも口が上手いよね」
-
「オレはキャプテンに負けてるつもりは毛頭ない」
-
「オレこそ一番だって」
「いやボクが一番や」
「なにいうてるんや、オレがダントツ」
うちの部員連中のウチへの熱狂も訳わからへんけど、もっと訳がわからへんことも起ってるのよ。夏休みに入った頃に『竜胆薫を愛する会』てのが出来てウチの追っかけするの。これだけでも『?』やねんけど、さらに『竜胆薫を愛する会から竜胆薫様を守る会』てのが出来てにらみ合いやってるんよ。なんなんよこの状態。ウチもこの学校の生徒やから、加納や小島が追っかけされてるの見て内心『羨ましい』と思てたの。なんかスターみたいやん。でも実際に追っかけされたら、あんな鬱陶しいもんあらへんのがようわかった。
だってやで、あの連中ずっとウチの後ろを付いて回るんよ。どこに行っても付いてくるんよ。お蔭で気の休まる間がなくなってもたんよ。トイレだって大変で、さすがにトイレの中まで追っかけ連中は入って来えへんけど、トイレの前にずっと待ってる訳よ。見られ続けてマジでシンドイから一息つきたいんやけど、あんまり時間をかけるわけにはいかんのよ。そりゃ、時間がかかったらウンコしてるって思われてまうやんか。そんな恥しいこと思われたくもないし。
加納や小島がなんであんな上品ぶったしゃべり方や歩き方をして、いつもすまし顔の理由も嫌っちゅうぐらいようわかったわ。あないに一日中見られとったら、迂闊なこと口にできへんし、あんだけくっ付かれてもて走ったりしたら、エライことになるもんな。表情かってそうで、一日中微笑んでいたら顔ひきつってまうし。これでも授業があれば、その間は少しはマシのはずなんやけど夏休みだから学校行ってる間ずっとなんだよ。
こんな状態はたまらんし、こんな追っかけされるのは、そもそもウチのキャラには合うてへんし、GMの仕事にも邪魔やから追っ払っうことにしたんよ。うちはGMやからせえへんけど、本来ならマネージャーがやりそうな雑用仕事でこき使ったってん。ウチが『こき使う』やから半端やないで。そうすりゃ、追っかけがいなくなって、スッキリする算段やってん。ほいでも、それぐらいじゃビクともしないのよ。
野球部の部室の掃除をやらせたら、目を疑うぐらいピカピカに磨きあげられてた。練習前後のグランド整備やらせても、それこそ小石一つ無くなってた。ユニフォーム洗わせてもそうやねん。ボール磨かせてもそう。それもやで、頼んだら奪い合うようにやりたがるんよ。
ウチの追っかけしてる連中は集団発狂したんやろか。それとも変な病気でも流行してるんやろか。ひょっとしたら毒キノコでも食べて頭がおかしゅうなっとるんやろか。なんかね、学校行くのが怖くなる時があるぐらいやねんよ。ウチも毎日鏡見てるけど、どう見たって、今まで通りのウチしか映ってないんよね。
しっかし、こんなんいつまで続くんやろ。入学してからずっと追っかけやられてる加納や小島を尊敬したし同情したわ。アイツらにはまともな学校生活なんてないんちゃうか思たもん。この調子じゃ、購買部のグッズ・ショップにウチのキャラクター・グッズが陳列されたり、写真部がブロマイドや写真集を売り出したりする悪寒さえしてきた。フィギュアなんてもう堪忍してくれやけど、まさかそこまではいかんやろ。
駿介監督は正徳高校にも油断してるわけやないんやけど、その次を見てはるわ。ここまでも決してラクというか、うちじゃ全部格上みたいなもんやけど、まだ対戦相手に恵まれた部分はたしかにあるのよね。だって抽選が終わって組み合わせ表見た時に、駿介監督は、
-
「準決勝まではあたらんか」
-
「駿介監督、なにか秘策がある」
「そんなんあるかいな、うちができるのは水橋の快投に期待するしかないやん」
-
「魔術師でしょ」
「水橋一人で十分魔術や」
-
「オレたちは必ずリンドウを甲子園に連れて行く」