やっぱりそうなるか

去年医療関係者の間で話題になった年棒5500万円(正確には5520万円だそうです)の産婦人科医の顛末です。「英断」と言う声と「無謀」という声がありましたが、天秤をかけると「無謀」の予測が多かったように記憶しています。無謀の理由として覚えているのは、

  1. 分娩は行なわない約束だそうだが、きっと5500万円を盾になし崩しにされるだろうし、分娩が始まれば一人医長なので24時間365日拘束となり、残される道は医療事故が起こるか、医者が燃え尽きる。
  2. 他の診療科の医師の年棒が1500万円程度だそうだから、猛烈なやっかみに囲まれ精神的に孤立するだろう。
  3. 地域柄、医者だけではなく住民からも高給バッシングが嵐のように来るだろう。
一致した声としてあったのは、5500万円で一人雇うのなら、もう少し出して総額6000万円で、一人3000万ずつで2人雇った方が体制はもっと安定するんじゃないかということです。この辺は3000万なら誰も応募しなかったのかもしれませんし、なんとも言えませんが、高給とは言え産婦人科医一人医長の船出を不安をもって見守っていたのが去年です。

事態は「無謀」の予想が怖ろしいほど当たりながら進行したようです。予期されたように高給を盾に、しないはずの分娩が課せられるようになります。当然ですがその結果として、24時間365日拘束が出現します。1年勤めて休日は2日のみは医者レベルでも過酷な勤務条件です。今でも一人医長や、二人程度のスタッフのところは24時間拘束ですが、大学の応援のあるところでは、年に1回ぐらいは応援医師の派遣を受けて1週間程度は休暇が取れます。孤立無援のこの医師は2日だけです。それでも2日取れたのが奇跡のように思えます。

それでもこの医師は歯を食いしばってがんばり、無事大過なく1年を頑張ったようです。どう見ても過重な勤務なんですが、これに対し病院管理者である市の対応はどうであったかというと、まず確か3000万程度で2人目の産婦人科医師を確保しようとして失笑を買っています。同じ勤務条件なのに1人目と2人目でそれだけ差がつけられたらアホらしくて誰も了承しなかったと言う事です。既に5500万円が現実に存在するのに、何が悲しくてそれに較べて格安の条件を呑まなければならないかという事です。

また勤務条件の改善の為に、分娩室横に生活スペースを作り、24時間対応が出来るように整備したともあります。これは良く考えると怖ろしい事です。この整備は医師赴任後に行われた事は間違いありませんから、整備されるまではこの医師はどこで待機していたのでしょうか。おそらく医局のソファかなんかにゴロ寝しながら待機していたのでしょう。あれをやるとすごく体力を消耗します。そんな事が連日連夜続いていたかと思うと、その世界の異常さに目が眩むようです。それでも遅ればせながら整備したじゃないかと言われそうですが、整備したから良いのじゃなくて、そういう体制を取らなくて良いように人的整備をするのが本筋だと考えます。

助産師を3人から4人に増員したと言うのもあります。全部でたったの4人。県警の皆様、50人の捜査員で踏み込んでください。間違い無く保助看法違反の証拠が転がっています。助産師4人なんかで、24時間365日穴も無く勤務体制が組めるものなら組んでください。医者と違い助産師は労働基準法でしっかり守られていますから、簡単な算数でわかります。24時間365日の総労働時間は8760時間、4人で割ると2190時間、1日平均6時間、1週間で42時間。たった2時間しかオーバーしてないと言われそうですが、これはどんな時間帯にも一人しか助産師がいない状態なんです。一人の産婦人科医師と、一人の助産師で出産はもちろん、分娩の進行状況を調べる内診までカバーが出来るなんて誰が信じますか。もっと言えば増員する前は3人ですから、1日平均8時間、1週間で56時間ですから、どこかで間違い無く穴が空いていたのは誰でもわかります。

それでもってこの医師の契約は1年毎だったようで、契約更改交渉が行なわれたようです。医師の要求は記事によると

    給料は現状維持で、毎月1回の定期休暇の保証。
誤解無いように言っておきますが、この定期休暇とは週末土日や祝日を休んだ上でのプラスαではありません。掛け値なしの月に1回の休日です。これを受けた市の回答は、
  1. 年棒は720万減額した4800万円にする。
  2. 休日は保証できない。
当然交渉は難航します。とりあえず年棒は現行維持で折り合い、休日について交渉している時点で、市民病院なので市議会に途中経過を報告する事になります。ここでの市議会議員の発言が事態を急展開させます。
    「三千万円出せば大学病院の助教授が飛んでくるのに、四千八百万円は高過ぎる」
    「津で開業したころのうわさもいろいろ聞こえてくるのに」
この市民病院には二度と産婦人科医は寄り付かないでしょうね。他の診療科の医師にも動揺が広がることも予想されます。こういう不用意な発言が多くの地方病院の止めを刺したことなんて、議員先生は露ほどもご存じないようです。医療危機や、それがもっとも顕著な産科崩壊への認識はまだまだ非医療関係者には極めて乏しいようです。